第一話≪よろしく≫
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第一話≪よろしく≫
「ここら辺は足元気を付けろよー。」
「お~。」「はぁ~い。」
森の中、男の案内に従い一同は進んでいく。
慣れているのかさくさくと道を進む男のナビゲートは豪快な笑い方や仕草とは違い、以外にも配慮の行き届いた丁寧なものだった。
適度に休憩(ハッピーとルーシーのおねだりにより回数は増えていたが)も挟みつつも四時間。着々と蜘蛛の巣谷の外へと近づいていることは徐々に薄くなっていく霧が確証付けていた。
もうほとんど霧がなくなった数回目の休憩中、男はふー、と大きく息を吐きながらフードを脱いだ。押さえるものがなくなりぱさりと流れる黒髪が、何故だかルーシーの目を引いていた。
「ッおい!!!」
「うぉっ!?」
突然、むっつりと黙ったままだったグレイが男の肩を掴む。男にとっては無口だと思っていた奴に唐突に肩を掴まれ、驚きで空いた口が塞がらない様子だった。その姿にグレイはハッとし、わずかによろめきながらも男から離れる。
男は俯いたグレイから表情を伺い知ることはできなかったが、小さく囁かれた言葉は聞くことができた。
「カル」
カル、それは――
「オレの名前……、教えてたっけ?」
ぽかんと口を開く男――カルの反応にナツ達は話が見えず困惑を露にするが、それよりも気を動転させていたのはグレイの方だった。
俯かせていた顔が勢いよく上がり、見ることができた表情は親に見捨てられた子供のようで、カルは訳が分からず眉を下げる。
「覚えてねぇのかよ…オレのこと……ッ!!」
「覚えてねぇも何も、そもそも……初対面…だよな?」
「ッ……!!」
いっそ悲痛にも聞こえる叫びに反しやはりと言うべきかカルに思い当たることはなく。耐えきれず膝から崩れ落ちたグレイにカルは慌てるが、エルザに静かに止められされるがままに腰を落ち着かせた。
ナツ達は誰から言うこともなく自然と腰を下ろし二人の様子を伺っている。
「――カル。カル・サマエル」
初めに口を開いたのはグレイの方だった。
ナツがカル・サマエルって名前だったのか、と少しずれたことを考えている横で、マカロフは微かに眉を潜めた。
「オレはアンタに何度も助けられた。
師匠の言葉に従って西の国に向かうオレに、無一文の子供 に食い物も長距離列車の切符もくれた。生意気なことしか言わなかったオレが襲われた時も、アンタは体を張ってオレを助けた。
何の見返りも求めずに。」
地から目をそらさずに語るグレイの代わりに、カルにはグレイ以外全員の視線が刺さっていた。
「街で別れるまでの半年間、アンタには世話になりっぱなしだった。
だから、別れ際にアンタと約束したんだ。次に会った時、借りを返すって……なのに!アンタは覚えてねぇのかよ……!!」
「…、うーん……」
ここまでのやりとりがあって本当に覚えてないの?と聞こえそうな程に視線が強くなる。半年も一緒に居たと言うのに忘れられているのであれば流石に不憫に感じたのだろう。カルはばつが悪そうに頬をかいた。
暗に分からないと語るカルの仕草をグレイが見ることはなかったが、空気で感じ取ったのだろう。強く握られた拳に更に力がこもる。
見ていられなかったのか一番近くに座っていたルーシーがそっと肩を支えた。反対ではハッピーが腕に手を添える。
「グレイ、」
「ちょ、ちょっと待て!!」
突然大声を出したカルに、今度はグレイが困惑することになった。片手で額を押さえるカルの表情は見えない。ルーシーが、おそるおそると口を開いた。
「え、と…カル……さん?」
「……カルでいい。すまん、確認してぇんだが、おまえの名前はグレイ、なのか?」
衝撃が走る。
そう、彼らは自己紹介を未だしていないのである。すなわち、自分の名すらも未だ語っていなかったのだ。
小さく「おまえ名前も言わず覚えてるかっつってたのかよ。」
「う、うるせ…」
「でも名前で思い出してくれたらいいね。」というやり取りが繰り広げられる。
カルは何を考えているのかあ゛ーと頭をがしがしとかき、大きなため息を一つ。グレイは申し訳なさやら恥ずかしさやらでおずおずと口を開いた。
「ぉ、おう、グレイで、合ってる。その、すまん。忘れてた。」
「いや、オレもオレだ。そんでグレイって、あのグレイ・フルバスターか?」
「「!」」
ファーストネームしか伝えていないのにも関わらず、カルはさらりとラストネームを口にした。
ナツ達に二度目の衝撃が走り、今か今かと言葉の続きを待つ。しかしそれは予想に反し、布を絞るようにか細く吐き出された。
「うっそだろォ……。」
頭を抱え、はぁー、と大きく大きくため息を吐く。次いですぅー、と大きく大きく息を吸って、へらりと眉を下げて笑った。
「あー……久しぶり、グレイ。いつぶりだ?」
久しぶり。
そのたった一言で微妙だった空気がわっと明るくなる。少なくともこれでようやく、グレイはしっかりと恩人に会見えたわけだ。
だが先程までが先程だけに、やはりナツ達は戸惑いを覚えるわけで。
「お、覚えてたのか?……あ、いや、思い出したのか?」
「思い出すも何も忘れるわけねぇだろ……。そこまでオレぁ薄情じゃねぇよ。」
「さっきまで『初対面だよな?』とか言ってたのにね。」
「う゛っ、……グレイだって分かんなかったんだよ。」
分からなかった……?
誰からともなくカルの言葉を復唱する。曇りのない顔で疑問符を浮かべるナツ達にとうとう居たたまれなくなったのか、堪えきれなくなったのか、カルは叫んだ。
「だっておまえ、こんな、こんな小さかったじゃねぇか!いつの間にこんなデカくなったんだよ!!分かんねぇよ!!」
「オレはそんな小さかねぇ!それにもう十年もたってんだぞ!!ガキ扱いすんんじゃ…撫でるな!!」
「オレにとっちゃおまえはガキだし十年前は最近だ!!」
「年よりかアンタは!!てかアンタいくつだよ顔変わんなすぎだろ!!」
「うっせぇ!!」
しゅっしゅっと膝辺りで手を動かすカルにすかさずグレイが突っ込みを入れる。
慣れたやり取りを見たルーシーは、一緒に居たっていう半年間もこんな感じだったんだろうな、と――
「――って、一体年いくつよ!?グレイが子供の頃ってことは……あたし達の倍以上!?」
「確かに、私と同じくらいに見えるがな。」
「おいおい、女に年齢は聞くもんじゃねぇぞ?」
「おまえ女だったのかーっ!?」
「いや男だけど。」
「そういえばカルは何でフード被ってたの?」
「ん?ああ、大昔の逸話だよ。『蜘蛛の谷に霧が出たら顔を隠せ。でなきゃ連れてかれるぞ。』ってな。」
「へぇ~!そんなのあったんだ。ところでルーシー、汁。」
「汗よ!」
・
◯
・
と、いうわけだ。
やけに考え込んでるとは思っていたけど、まさかグレイと知り合いだったなんて思いもよらなかった。でもテンポよく会話する二人の姿にやけに納得してしまった。子供扱いされて照れるグレイの姿はちょっとレアだったし。
「ね、せっかく引っ越してきたんだし明日にでもギルドに遊びに来て!明日の夜にはグレイも依頼 から帰ってくるし!」
やいやい話しながら、夕焼け空の下、川沿いを並んで歩く。
「ふ、そうだなぁ。アイツとは新しく約束しちまったんだから、ちゃんと果たしにいかねぇとな。」
――約束。
例え偶然会えたからといってグレイが〝借りを返す〟という約束を果たそうとしても、カルは用事があってギルドについてこれる訳じゃなかった。
だからカルは、グレイと蜘蛛の巣谷の出口で新しい約束を結んだのだ。
『今回はおまえが会いに来てくれたけどよ、今度はオレがそっちまで行く。それまで待ってくれるか?』
『……ガキ扱いすんじゃねぇ。』
『よっし!少し時間はかかるかもしんねぇけど、良い子に待ってろよ?』
『だからガキ扱いすんじゃねぇって!』
わしわしとグレイの頭を撫でる姿はまるで頼もしい兄のようで、一人っ子だったアタシは少しだけグレイが羨ましくなったのは、秘密の話だ。
「けど、明日は無理なんだ。」
「えー!?」
「明日は整理とかしなきゃいけねぇし。それに買い物にも行きてぇんだけど………そういや店ってどこにあるんだ?」
「買いたいものによるかな……。」
店の場所も分からないのに買い物に行こうとする辺り、カルは結構おっちょこちょいだと思う。
「じゃあ、アタシでよければ案内しよっか?」
「ホントか!?すっげぇ助かる!!そんじゃ約束だ!」
「ええ、約束!どんなものが買いたいの?」
「んー、色々買いてぇからなぁ……トカゲの干物とか……」
「と、トカゲの干物がある店は知らないかな……。
そう言えば、カルの家はどこにしたの?まだマグノリアには慣れてないだろうし、明日はアタシが迎えに行くよ!」
そこまで話して、まるでデートみたいだとハッとする。サラッと約束してしまったが、カルと話すときは異性だとか性別だとかをつい忘れてしまう。
「何から何まですまん、ありがとな!」
「どういたしまして!」
……その理由は溢れ出る〝兄オーラ〟のせいだろうな、とわしわしと頭を撫でられながら考える。撫でられるなんてママが死んじゃってからはいつぶりかな。
上がる口角を押さえることなどする気も起きなかったし、なんなら離れていく大きな掌が少し寂しかった。
「んーと、家の場所だったよな?オレん家はちょうどこの川沿いだな。」
「じゃあ結構近所なのかもね。」
歩いている内に、いつの間にかしばらく先に見えていたアタシの家がすぐ近くに見え――
「あ、ここ。ここが新しいオレん家。」
「隣!!!」
「んぁ?」
「あっはははは!ひぃ、ふ、ははははっ!」
説明すれば、カルはツボに入ったのか腹を抱えて笑っていた。アタシもまさかカルがアパートの隣に引っ越してくるなんて思いもしなかった。
「はぁー、これじゃご近所さんどころかお隣さんだな!」
ふ、とカルが一呼吸おいて、アタシに手を差し出した。
「これからよろしく、ルーシー。」
「っうん!よろしく、カル!」
しっかりと握手をしたらカルはいっとう嬉しそうに笑って、夕日に照らされた笑顔はすごく綺麗で、アタシはカルの手の冷たさなんてすぐに忘れてしまった。
「あ、ついでだし寄ってくか?何かしら礼に飯作れんぞ?
……いや、すまん、やっぱダメだ。」
アタシが何かを言うよりも早くカルは自己解決したのか「うん、やっぱダメだ。」とうんうん頷いている。
「?何かあったの?」
「いやな、実は今家ん中何もねぇんだよ。」
家に何もない。それを聞いてアタシも最初は苦労したことを思い出す。特に食器類を用意し忘れるのは引っ越しあるあるらしいし、
「ああ、お皿とかアタシも忘れたなぁ。」
「いや、家具がねぇんだ。」
「家具?」
「家具。」
「……ホントに〝何も〟無いの?」
「ん?おう。空っぽ。」
おう、と頷くカルは発言とはまるで違い何の問題もなさそうに見える。
驚きに空いた口が塞がらないアタシを見て自分がおかしいことに気づいたのだろうか、頬をかいて困ったように話し始める。
「いつも宿やら列車やら馬車やら野宿やらで、何買えば良いか全く分かんなくてな……その……。
……やっぱ家具って必要なんだな。明日は家具も買いに行っていいか?」
「少なくともトカゲの干物よりは必要ね。
けど……多分買うよりも貰った方が早いわよ?安上がりだし。」
もらう?と首を傾げるカルはきっと家具は買うものだと思ってるんだろう。
というよりも、セレブでもない限り家具は買うよりも家や部屋に着いてくるか貰う方が主流だ。
「たしかフェアリーヒルズ……えっとギルドの女子寮なんだけど、不要な家具が溜まってるってミラさんもぼやいてたから快く譲って貰えると思うよ。アタシもちょっと譲って貰ったんだけどね。」
家具は処分も持ち運びも面倒だし、こんな風に大きなアパートや寮だと逆に溜まっていってしまう始末。今日日そんな空っぽな家がある方が珍しい。そういうことを知らない辺り、カルは少し世間知らずなんだろうか。
「それにカルはアタシ達の命の恩人な訳だし、マスターに話を通せばきっとすぐ許して貰えるよ。」
しかし、どうしてかカルの反応はよくなかった。
理由は――
「んー……オレとしては大したことしたつもりねぇし……そんなの貰ったりして悪くねぇのか?」
――らしい。
こういうところがいい人なんだろうけど、恩を感じている側からすればちょっともどかしい。
「悪くないよ、絶対に悪くない。マスターも『何か礼でもできたらいいんじゃがのう』って言ってたでしょ?」
「っふ、それ、物真似か?」
「似てるでしょ。」
「んふふ、似てる。
……じゃあ、お言葉に甘えてもいいか?」
「……!ええ!アタシにどんと任せなさい!」
それから迎えに行く(という程遠くもないけど)時間も決めてそろそろ別れよう(という程遠くもないけど)とした頃、カルは思い出したように口を開いた。
「あ、なあルーシー、金庫売ってる店ってこの街にあるか?」
「金庫!?あ、あると思うわよ?魔法がかかってない普通のだと思うけど……。」
「うんにゃ、普通のでいいんだ。時間がありゃ行きてぇんだけど、いいか?」
「勿論!」
『村が滅ぼされた、あの時。オレが下した判断が正しいかと聞かれれば、オレは胸を張って正しいと言える筈だ。』
(カル・サマエルの手記より)
・
◯
・
▽特に意味のないメモ
ちなみに、本来なら〝蜘蛛の巣谷〟の村を改心させたのはマスター マカロフです。
(前述のアニメオリジナルエピソードより)
また、グレイが西の国に向かう際手助けしたのは(一部)ギルダーツです。
(スピンオフ漫画『FAIRY TAIL~氷の軌跡~』より)
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「ここら辺は足元気を付けろよー。」
「お~。」「はぁ~い。」
森の中、男の案内に従い一同は進んでいく。
慣れているのかさくさくと道を進む男のナビゲートは豪快な笑い方や仕草とは違い、以外にも配慮の行き届いた丁寧なものだった。
適度に休憩(ハッピーとルーシーのおねだりにより回数は増えていたが)も挟みつつも四時間。着々と蜘蛛の巣谷の外へと近づいていることは徐々に薄くなっていく霧が確証付けていた。
もうほとんど霧がなくなった数回目の休憩中、男はふー、と大きく息を吐きながらフードを脱いだ。押さえるものがなくなりぱさりと流れる黒髪が、何故だかルーシーの目を引いていた。
「ッおい!!!」
「うぉっ!?」
突然、むっつりと黙ったままだったグレイが男の肩を掴む。男にとっては無口だと思っていた奴に唐突に肩を掴まれ、驚きで空いた口が塞がらない様子だった。その姿にグレイはハッとし、わずかによろめきながらも男から離れる。
男は俯いたグレイから表情を伺い知ることはできなかったが、小さく囁かれた言葉は聞くことができた。
「カル」
カル、それは――
「オレの名前……、教えてたっけ?」
ぽかんと口を開く男――カルの反応にナツ達は話が見えず困惑を露にするが、それよりも気を動転させていたのはグレイの方だった。
俯かせていた顔が勢いよく上がり、見ることができた表情は親に見捨てられた子供のようで、カルは訳が分からず眉を下げる。
「覚えてねぇのかよ…オレのこと……ッ!!」
「覚えてねぇも何も、そもそも……初対面…だよな?」
「ッ……!!」
いっそ悲痛にも聞こえる叫びに反しやはりと言うべきかカルに思い当たることはなく。耐えきれず膝から崩れ落ちたグレイにカルは慌てるが、エルザに静かに止められされるがままに腰を落ち着かせた。
ナツ達は誰から言うこともなく自然と腰を下ろし二人の様子を伺っている。
「――カル。カル・サマエル」
初めに口を開いたのはグレイの方だった。
ナツがカル・サマエルって名前だったのか、と少しずれたことを考えている横で、マカロフは微かに眉を潜めた。
「オレはアンタに何度も助けられた。
師匠の言葉に従って西の国に向かうオレに、無一文の
何の見返りも求めずに。」
地から目をそらさずに語るグレイの代わりに、カルにはグレイ以外全員の視線が刺さっていた。
「街で別れるまでの半年間、アンタには世話になりっぱなしだった。
だから、別れ際にアンタと約束したんだ。次に会った時、借りを返すって……なのに!アンタは覚えてねぇのかよ……!!」
「…、うーん……」
ここまでのやりとりがあって本当に覚えてないの?と聞こえそうな程に視線が強くなる。半年も一緒に居たと言うのに忘れられているのであれば流石に不憫に感じたのだろう。カルはばつが悪そうに頬をかいた。
暗に分からないと語るカルの仕草をグレイが見ることはなかったが、空気で感じ取ったのだろう。強く握られた拳に更に力がこもる。
見ていられなかったのか一番近くに座っていたルーシーがそっと肩を支えた。反対ではハッピーが腕に手を添える。
「グレイ、」
「ちょ、ちょっと待て!!」
突然大声を出したカルに、今度はグレイが困惑することになった。片手で額を押さえるカルの表情は見えない。ルーシーが、おそるおそると口を開いた。
「え、と…カル……さん?」
「……カルでいい。すまん、確認してぇんだが、おまえの名前はグレイ、なのか?」
衝撃が走る。
そう、彼らは自己紹介を未だしていないのである。すなわち、自分の名すらも未だ語っていなかったのだ。
小さく「おまえ名前も言わず覚えてるかっつってたのかよ。」
「う、うるせ…」
「でも名前で思い出してくれたらいいね。」というやり取りが繰り広げられる。
カルは何を考えているのかあ゛ーと頭をがしがしとかき、大きなため息を一つ。グレイは申し訳なさやら恥ずかしさやらでおずおずと口を開いた。
「ぉ、おう、グレイで、合ってる。その、すまん。忘れてた。」
「いや、オレもオレだ。そんでグレイって、あのグレイ・フルバスターか?」
「「!」」
ファーストネームしか伝えていないのにも関わらず、カルはさらりとラストネームを口にした。
ナツ達に二度目の衝撃が走り、今か今かと言葉の続きを待つ。しかしそれは予想に反し、布を絞るようにか細く吐き出された。
「うっそだろォ……。」
頭を抱え、はぁー、と大きく大きくため息を吐く。次いですぅー、と大きく大きく息を吸って、へらりと眉を下げて笑った。
「あー……久しぶり、グレイ。いつぶりだ?」
久しぶり。
そのたった一言で微妙だった空気がわっと明るくなる。少なくともこれでようやく、グレイはしっかりと恩人に会見えたわけだ。
だが先程までが先程だけに、やはりナツ達は戸惑いを覚えるわけで。
「お、覚えてたのか?……あ、いや、思い出したのか?」
「思い出すも何も忘れるわけねぇだろ……。そこまでオレぁ薄情じゃねぇよ。」
「さっきまで『初対面だよな?』とか言ってたのにね。」
「う゛っ、……グレイだって分かんなかったんだよ。」
分からなかった……?
誰からともなくカルの言葉を復唱する。曇りのない顔で疑問符を浮かべるナツ達にとうとう居たたまれなくなったのか、堪えきれなくなったのか、カルは叫んだ。
「だっておまえ、こんな、こんな小さかったじゃねぇか!いつの間にこんなデカくなったんだよ!!分かんねぇよ!!」
「オレはそんな小さかねぇ!それにもう十年もたってんだぞ!!ガキ扱いすんんじゃ…撫でるな!!」
「オレにとっちゃおまえはガキだし十年前は最近だ!!」
「年よりかアンタは!!てかアンタいくつだよ顔変わんなすぎだろ!!」
「うっせぇ!!」
しゅっしゅっと膝辺りで手を動かすカルにすかさずグレイが突っ込みを入れる。
慣れたやり取りを見たルーシーは、一緒に居たっていう半年間もこんな感じだったんだろうな、と――
「――って、一体年いくつよ!?グレイが子供の頃ってことは……あたし達の倍以上!?」
「確かに、私と同じくらいに見えるがな。」
「おいおい、女に年齢は聞くもんじゃねぇぞ?」
「おまえ女だったのかーっ!?」
「いや男だけど。」
「そういえばカルは何でフード被ってたの?」
「ん?ああ、大昔の逸話だよ。『蜘蛛の谷に霧が出たら顔を隠せ。でなきゃ連れてかれるぞ。』ってな。」
「へぇ~!そんなのあったんだ。ところでルーシー、汁。」
「汗よ!」
・
◯
・
と、いうわけだ。
やけに考え込んでるとは思っていたけど、まさかグレイと知り合いだったなんて思いもよらなかった。でもテンポよく会話する二人の姿にやけに納得してしまった。子供扱いされて照れるグレイの姿はちょっとレアだったし。
「ね、せっかく引っ越してきたんだし明日にでもギルドに遊びに来て!明日の夜にはグレイも
やいやい話しながら、夕焼け空の下、川沿いを並んで歩く。
「ふ、そうだなぁ。アイツとは新しく約束しちまったんだから、ちゃんと果たしにいかねぇとな。」
――約束。
例え偶然会えたからといってグレイが〝借りを返す〟という約束を果たそうとしても、カルは用事があってギルドについてこれる訳じゃなかった。
だからカルは、グレイと蜘蛛の巣谷の出口で新しい約束を結んだのだ。
『今回はおまえが会いに来てくれたけどよ、今度はオレがそっちまで行く。それまで待ってくれるか?』
『……ガキ扱いすんじゃねぇ。』
『よっし!少し時間はかかるかもしんねぇけど、良い子に待ってろよ?』
『だからガキ扱いすんじゃねぇって!』
わしわしとグレイの頭を撫でる姿はまるで頼もしい兄のようで、一人っ子だったアタシは少しだけグレイが羨ましくなったのは、秘密の話だ。
「けど、明日は無理なんだ。」
「えー!?」
「明日は整理とかしなきゃいけねぇし。それに買い物にも行きてぇんだけど………そういや店ってどこにあるんだ?」
「買いたいものによるかな……。」
店の場所も分からないのに買い物に行こうとする辺り、カルは結構おっちょこちょいだと思う。
「じゃあ、アタシでよければ案内しよっか?」
「ホントか!?すっげぇ助かる!!そんじゃ約束だ!」
「ええ、約束!どんなものが買いたいの?」
「んー、色々買いてぇからなぁ……トカゲの干物とか……」
「と、トカゲの干物がある店は知らないかな……。
そう言えば、カルの家はどこにしたの?まだマグノリアには慣れてないだろうし、明日はアタシが迎えに行くよ!」
そこまで話して、まるでデートみたいだとハッとする。サラッと約束してしまったが、カルと話すときは異性だとか性別だとかをつい忘れてしまう。
「何から何まですまん、ありがとな!」
「どういたしまして!」
……その理由は溢れ出る〝兄オーラ〟のせいだろうな、とわしわしと頭を撫でられながら考える。撫でられるなんてママが死んじゃってからはいつぶりかな。
上がる口角を押さえることなどする気も起きなかったし、なんなら離れていく大きな掌が少し寂しかった。
「んーと、家の場所だったよな?オレん家はちょうどこの川沿いだな。」
「じゃあ結構近所なのかもね。」
歩いている内に、いつの間にかしばらく先に見えていたアタシの家がすぐ近くに見え――
「あ、ここ。ここが新しいオレん家。」
「隣!!!」
「んぁ?」
「あっはははは!ひぃ、ふ、ははははっ!」
説明すれば、カルはツボに入ったのか腹を抱えて笑っていた。アタシもまさかカルがアパートの隣に引っ越してくるなんて思いもしなかった。
「はぁー、これじゃご近所さんどころかお隣さんだな!」
ふ、とカルが一呼吸おいて、アタシに手を差し出した。
「これからよろしく、ルーシー。」
「っうん!よろしく、カル!」
しっかりと握手をしたらカルはいっとう嬉しそうに笑って、夕日に照らされた笑顔はすごく綺麗で、アタシはカルの手の冷たさなんてすぐに忘れてしまった。
「あ、ついでだし寄ってくか?何かしら礼に飯作れんぞ?
……いや、すまん、やっぱダメだ。」
アタシが何かを言うよりも早くカルは自己解決したのか「うん、やっぱダメだ。」とうんうん頷いている。
「?何かあったの?」
「いやな、実は今家ん中何もねぇんだよ。」
家に何もない。それを聞いてアタシも最初は苦労したことを思い出す。特に食器類を用意し忘れるのは引っ越しあるあるらしいし、
「ああ、お皿とかアタシも忘れたなぁ。」
「いや、家具がねぇんだ。」
「家具?」
「家具。」
「……ホントに〝何も〟無いの?」
「ん?おう。空っぽ。」
おう、と頷くカルは発言とはまるで違い何の問題もなさそうに見える。
驚きに空いた口が塞がらないアタシを見て自分がおかしいことに気づいたのだろうか、頬をかいて困ったように話し始める。
「いつも宿やら列車やら馬車やら野宿やらで、何買えば良いか全く分かんなくてな……その……。
……やっぱ家具って必要なんだな。明日は家具も買いに行っていいか?」
「少なくともトカゲの干物よりは必要ね。
けど……多分買うよりも貰った方が早いわよ?安上がりだし。」
もらう?と首を傾げるカルはきっと家具は買うものだと思ってるんだろう。
というよりも、セレブでもない限り家具は買うよりも家や部屋に着いてくるか貰う方が主流だ。
「たしかフェアリーヒルズ……えっとギルドの女子寮なんだけど、不要な家具が溜まってるってミラさんもぼやいてたから快く譲って貰えると思うよ。アタシもちょっと譲って貰ったんだけどね。」
家具は処分も持ち運びも面倒だし、こんな風に大きなアパートや寮だと逆に溜まっていってしまう始末。今日日そんな空っぽな家がある方が珍しい。そういうことを知らない辺り、カルは少し世間知らずなんだろうか。
「それにカルはアタシ達の命の恩人な訳だし、マスターに話を通せばきっとすぐ許して貰えるよ。」
しかし、どうしてかカルの反応はよくなかった。
理由は――
「んー……オレとしては大したことしたつもりねぇし……そんなの貰ったりして悪くねぇのか?」
――らしい。
こういうところがいい人なんだろうけど、恩を感じている側からすればちょっともどかしい。
「悪くないよ、絶対に悪くない。マスターも『何か礼でもできたらいいんじゃがのう』って言ってたでしょ?」
「っふ、それ、物真似か?」
「似てるでしょ。」
「んふふ、似てる。
……じゃあ、お言葉に甘えてもいいか?」
「……!ええ!アタシにどんと任せなさい!」
それから迎えに行く(という程遠くもないけど)時間も決めてそろそろ別れよう(という程遠くもないけど)とした頃、カルは思い出したように口を開いた。
「あ、なあルーシー、金庫売ってる店ってこの街にあるか?」
「金庫!?あ、あると思うわよ?魔法がかかってない普通のだと思うけど……。」
「うんにゃ、普通のでいいんだ。時間がありゃ行きてぇんだけど、いいか?」
「勿論!」
『村が滅ぼされた、あの時。オレが下した判断が正しいかと聞かれれば、オレは胸を張って正しいと言える筈だ。』
(カル・サマエルの手記より)
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ちなみに、本来なら〝蜘蛛の巣谷〟の村を改心させたのはマスター マカロフです。
(前述のアニメオリジナルエピソードより)
また、グレイが西の国に向かう際手助けしたのは(一部)ギルダーツです。
(スピンオフ漫画『FAIRY TAIL~氷の軌跡~』より)
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