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忠犬系ガジル・レッドフォックスの話(FT)

序章終盤と終章序盤




ふと目が覚めて、身を起こした。
緩く首を回して辺りを見渡せば、隣にいたはずの鉄竜――メタリカーナの姿はなかった。

「……?」

いつもなら、いつもなら俺はメタリカーナやアンナ先生との約束を守って、動いたりはしなかっただろう。
ただその時は変な風が吹いていたから、何となく、かけていた毛布を肩にかけて、何となく、吸い込まれるようにふらふらと歩いていった。

「なに、してんだ…?」

そこで何が起こるか、知らぬまま。







さあさあと優しい風が頬を撫でる中、木陰に座っていた。空は憎たらしいほどに青く、そこに自身の親である竜はいない。

背の低い草が風に合わせて色を変えていく。それをぼんやりと見つめて、膝に顔を埋めた。

――ぐぅ

こんなときでも、腹は減るんだな。

そう思いながらズボンのポケットを探って、メタリカーナにもらったボルトを一本取り出す。本来の人間にとっての食べ物ではないそれを、軽い音と共に噛み砕いた。


「メタリカーナ」


どこ行ったんだよ。
そう言葉にはできないまま、二本目のボルトをかじった。

言葉にできなかった感情は、口の中でボルトとぐちゃぐちゃに飲み下された。





メタリカーナが居なくなった、777年7月7日から7年が経った。
始まりはスラム、そして色んな場所を放浪し、魔導師ギルド【幽鬼の支配者】のマスタージョゼに拾われそのままギルドに所属した。
最初は慣れない空気に落ち着かなかったが、今では依頼を一人でこなせるようにもなった。このギルド特有の空気と言うか、距離感にも慣れ、今では――

「ガジル、マスターが呼んでいたぞ。また何かやらかしたのか?」
「してねえよ、多分。」
「多分て、大丈夫なのかそれ。」

こんな風に軽口も叩けるようになった。

「ダメだと思う…、前も評議院に呼ばれてた…。」「るっせえジュビア。あとあれは、俺は絶対に悪くない。」
「「………」」
「何か言えよ。」






豪奢な扉の前で立ち止まる。

「マスター、ガジルだ。」
「…入りなさい。」

指示された通りに扉を開け部屋に入ると、ざわざわと波打つ魔力と殺気。今日はいつになく不機嫌らしい。

「――【妖精の尻尾】」
「……」
「【妖精の尻尾】を、潰します。」
「……、」

昔から、俺がマスターに拾われたときから、マスターは【妖精の尻尾】に強く執着していた。
しかし態々こちらから戦争を仕掛けるなんて、ハイリスクなことを行うほどだっただろうか?評議院の統制により、ギルド間の武力構想は禁じられている。
…いや、そんなことはマスターも理解しているはずだ。
それなら俺は、


「分かった。」
「おや、驚かないんですねぇ。」
「別に、いつかはやりそうな気がしてたしな。…それに、ここのトップはあんただ。」


このギルドに居る限り、俺はマスターに従うさ。
そう笑えば、マスターはふ、と目を伏せた。

「で、俺を呼んだってことは何か頼みたいことがあるんだろ?」
「ふふ、お見通しですねぇ…。」

に、と片頬を吊り上げる様はきっと極悪人なことだろう。


「どのような方法を使っても構いません。【妖精の尻尾】を、焚き付けなさい。」


指示を飛ばすマスターの瞳は獣のように危うい光にギラついていた。
久しぶりに見ることができたその目に、背筋にゾクゾクとした電流が走る。

「ギヒッ、了解。」
「…本当にお前はよく働きますねぇ。」
「……さっきも言ったろ、トップはあんただ。あんたがどこに向かおうが、俺は着いていくだけだ。」

ギヒヒ、と笑う顔はさぞかし悪人面だっただろうに、マスターは最初の不機嫌はどこへ行ったのか、ただただ上機嫌に笑っていた。







【妖精の尻尾】に打ち付けた鉄柱に腰掛け、はぁ~、とため息をはいた。
元から【妖精の尻尾】が大騒ぎするギルドだと有名だからか、鉄柱を打ち付けていても ――勿論可能な限り静かに行動したが―― 住民達が騒ぎ出さなかったのは楽だった。
しかし、面倒なのはここからだ。このギルドを破壊する行為は【妖精の尻尾】を焚き付けるための行為だ。が、この程度ではあのマカロフ・ドレアーは動かない。もっと、もっと大きな火種がないと、マスターの望んだ展開シナリオには届かない。

「はぁー…」

どうしたもんかね、と月を見上げれば、下に小さな羽虫の音。一人、二人、三人…チームか。
ギルドの惨状に呆然としている奴らの前に、軽い足取りで飛び降りる。

「…羽虫が三匹。まあ、着火材には十分か…?」
「ッ鉄竜のガジル…!!」

灯台に照らされ俺のギルドマークが顕になり、羽虫の一人がどこで知ったのか俺の名を叫んだ。
どこのギルドでもそうなのか、あるいは【妖精の尻尾】だからか、ギルドに愛着は持っているらしい。お前がやったのかと憎悪を滲ませるその瞳が、きらりと街灯に煌めいて、つい喉が震えた。肌を刺す殺気が心地良い。


「ギヒッ…さっさと来いよ、【妖精の尻尾】のクズ共が。」


火をつけないと爆弾は爆発しない。簡単なことだろ?







薄暗い広場で、三人の男女が地に伏していた。一本だけついている街灯には蛾が集り、チチ、チチ、と羽をガラスにぶつけさせている。伏せさせた張本人の男は、岩に腰掛けて本日何度目かのため息をはいた。

それに反応したのか何なのか、一人の女が苦しそうに声を上げる。


なんで、こんなこと…、


それに男は答える。

「マスターの命令だからな。」

掌で魔法を構築しながら片頬を吊り上げ、何かを吐き出すように話を続ける。

「受けた恩は返す。当たり前のことだろ?」

そう笑った男が、女には泣いているように見えたのは、きっと何かの見間違いだったのだろう。



「マスターマカロフに伝えろ、【幽鬼の支配者】が来たってな。」



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