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自分を肯定できない聖母系ドフラミンゴの話(op)

ロシナンテの回想




兄上は凄い人だ。


物知りで、頭が良くて、そしてすごく優しい。
人前で涙を流しているところなんて見たことがないし、声を荒げるところも勿論の事だった。

だからあの日が初めてだった。兄上の怒りを見たのも、涙を見たのも。

「……、は?」

父が家族で下界に下りようと言ったときだ。
おれはその意味もよく分からずに喜んでいたが、兄上はそうではなかった。
それから父と、いつものような、丁寧で穏やかな声色で話をしていた。何やら小難しい話だから、父との話が終わるまで待っていようとして――、大きな声で気が付いた。

「ッ現実を見てください!!私達が仲良くしようと笑んだところで、周りが皆答えてくれるわけではありません!!」
「見ていないのはお前だよドフィ。決めつけていれば、何も見えてこないじゃないか。」
「ええその通りです!!だからこそ父上も楽観的に決めつけになるのをお止めください!!!」

おれは呆然と見ているしかなかった。
言い合いは数分間続き、終止符を打ったのは父の言葉だった。


「…ドフィ、なぜ分かってくれないんだい。」

「…、ッ……!」


兄上はくしゃりと音がしそうな程顔を歪め、顔を俯かせた。

「……、…声を荒げてしまい、申し訳ありませんでした。少し……一人で、考えさせてください。」

父の返事を待たずに踵を返した兄上の目に、一筋だけ涙が伝っていた。




それから兄上が一人で何を考えていたのかは分からない。ただ翌日には、これから忙しくなるな、といつもの優しい兄上に戻っていて、おれは呑気にホッとしていた。




下界に下りる前夜、眠れなくて兄上の部屋に向かった時話し声が聞こえて、幼い悪戯心で耳をたてた。

『ドフラミンゴ、君は聡明だ。』

知らない声だった。そっと覗くと、電伝虫で通話をしているようだった。

『望むなら、君だけでも――』
「お心遣いに、感謝申し上げます。ですが……私には、弟がいるので。」

その時は何を話しているのかは分からなかったが、成長した今なら分かる。兄上だけでも聖地で過ごさないかと言う提案を蹴ったのだ。
俺のために。



父は死んだ。
磔にされたあの日。当たり所が悪かった。
兄上の糸に降ろされたときにはもう遅かった。

兄上はゆっくりと立ち上がり、父の死体を細切れにした。俺達を磔にした奴らも、ゆっくり、一人ずつ細切れにしていた。
何人いたかも、人かどうかすらも分からなくなると、瓦礫で埋めて、火で焼きつくした。

「ごめんな、ロシー。」

涙が止まらないおれに、兄上が声をかけた。
何故謝っているのか分からなかった。

「酷いものを見せた。」

兄上が酷いものを見せて謝るなら、おれは兄上に酷いことをさせたことを謝らなければいけない。

天竜人の死体は何に利用されるか分からない。だから、もしもの時は何も残らないようにしなければいけない。兄上が昔してくれた話だ。

それを、兄上がおれの分までしてくれたんだ。

「ごめんな。」

おれだって、そう言おうとしても、涙に流されて口から出ることはなかった。

「…行こう、ロシー。ここも直に追手が来る。」

当然のようにおれをおぶる兄上への、ありがとうも、ごめんなさいも口からは出ず、また涙が溢れた。





兄上は凄い人だ。


物知りで、頭がよくて、そして、底抜けに優しい人だ。


だが、おれは時々不安になる。
その優しさが、いつか兄上を殺すんじゃないかと。


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