うっかり呪われた我が強めの一般人の話(呪術)
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10月17日 18:07
⭐瑞雄´s 頭
回転は早いが、混乱すると知能が著しく下がるためろくなことにならない。
また、驚くと瑞雄の意思関係なく勝手に攻撃か逃走のどちらかを命令するため、ろくなことにならない。
ぅびゃあああああ
不細工な泣き声が家に響く。
それを聞いて、ばあちゃんは割烹着を着たままスタスタとやって来た。
「こら瑞雄、また転けたのかい」
「うぅ゙ぃいいい゙い゙!!」
「まったく……泣くんじゃないよ、情けないね。しゃんとしな!」
ばあちゃんから投げ掛けられる言葉はいつも粗雑だったけど、俺の涙を拭うその手はひたすらに優しかった。
ばあちゃんはどこまでも強い人だった。顔がシワシワになるくらいおばあちゃんなのに、動きは素早いし、力持ちで、確固たる芯のある人だった。
孫の俺はノロマで、弱くて、泣き虫なのに。
「嫌なことを考えるときには悪いもんが寄ってくるもんだ。
だから瑞雄、辛いときとか、泣きそうなときこそ楽しいことを考えな」
転けて痛くて泣いたり、友達と喧嘩して悲しくて泣いたり、思ったようにできなくて悔しくて泣いたりする度に、ばあちゃんはそう言った。耳にタコができるくらい。
「ばあちゃん、『わるいもん』ってどんなの?」
「真っ黒いヤツさ。変な格好のね」
「『まっくろいヤツ』が来たらどうなるの?」
「……お前を連れていっちまう」
「どこに?」
「怖いところさ」
その後、子供の頃の俺は『怖いところ』が怖くてまた泣いたんだったか。
・
目がしぱしぱして、何度も瞬きをする。
敷き布団なんて久しぶりだな、と掛け布団をもう一度被って目を閉じた。
久しぶりにばあちゃんの夢を見た気がした。
微睡んだ頭で、細い紐を手繰りよせるように思い出す。
ばあちゃんはもうビックリするくらい厳しかったけど、教えてもらったことも多かった。礼儀作法だとか、子供は大人が守るとか、毎日誰かと会話しろとか。
他にはハンコは確認してから押せとか、命令口調のヤツには気を付けろとか、変な格好のヤツにはついていくなとか。それはもう口酸っぱく。
(――変な格好のヤツ……)
銃刀法違反のメガネ女……謎「明太子」少年……目隠し白髪男……極めつけのパンダロボット……。
思い返してみれば、どいつもこいつも真っ黒――パンダはロボなので除く――の変な格好だったなと思う。
すげぇや、ばあちゃん。予言者じゃん。
実際のところ、ばあちゃんの『怖いところに連れていかれちまう』を思い出したから、どこかに連れていこうとしている可能性に気づけたわけだし。聞いてみたときの白髪頭の反応からして本当に連れていこうとしてたっぽいし。
ばあちゃんとしては、頭ぱっぱらパーだった俺が不審者についていかないように言った言葉なのだと思うけども。でもやっぱばあちゃんはすげぇや。神かな?
「……いやそれどころじゃなく!!??」
どこ!!? ここ!!!
勢いよく飛び上がり慌てて周囲を確認する。
しかしそんな焦燥をせせら笑うように、周りには誰も居らず、俺の眠っていた場所はごく普通の和室だった。
「客間……?」
けしてきらびやかなわけではない、小さな床の間があるだけの普通の客間だ。壁や畳から年月の流れを感じられる、普通の客間……いや、私室だろうか。
あまりにも普通すぎて「わあ、ばあちゃん家思い出すなぁ」と平和ボケした感想が出るくらいには平凡だ。
そしてそんな和室のど真ん中で、せんべい布団に寝かされていた俺。ちなみに服も俺が着ていたものから変わっているし、ショルダーバッグも見当たらない。一体全体どういうことなの。
分かることと言えば、壁にかけられた時計から今が夕方の六時ということ。
思い出せ、頑張れ俺。
あの白髪男に「どこに連れていこうとしてました?」と問うた後、俺はどうなった? 俺に何があった?
確か――、そう、そうだ。
白髪男から表情が削げ落ちた後、全く見えないような速さの攻撃が炸裂した。いや、実際見えなかった。
攻撃されたと認識したのは、いつの間にか白髪男から離れている自分に驚いた後だった。俺の体が、勝手に白髪男の攻撃を避けたのだ。白髪男の手を叩き落としたときと同じように。
白髪男はその事に目を見開いていたけど、絶対俺の方が驚いていた。何たって白髪男の攻撃も、避けた自分の動きさえも俺は見えていなかったんだから。
……それからの記憶はない。途切れてしまっている。
あの後、白髪男がもう一度攻撃を仕掛けてきたのをうっすらぼんやり覚えているような、いないような。
攻撃を受けたのか、避けたのか。逃げきったのか、捕まったのか。
分からない。ただこの一言に尽きた。
いや、でも俺今居るの屋内だし……。
捕まった、のか? そもそもの話、黒づくめの人達は何だったんだ? 白髪男は人違いに気づいたと思うけど、その上で何故俺をつれていこうとしたんだ?
……。
……。
まさか、口封じ……?
いやいやそんな、こんな平和な現代で。とも思うが、黒づくめの格好をした人ならやりかねない。
相手の方が人間違いをしたのに身勝手な話ではあるが……、だって黒づくめだもん。そういうの週刊サンデーで読んだことある。
とりあえず寝かされていた敷き布団を畳みつつ、最初の疑問に立ち返り『一体ここはどこなんだ』と唸ってみる。唸ったところで分かるなら人生もっと簡単だったけど、まあそんなこともなく。
「あっ起きたんだ!」
「キョェ゙ア゙アアアア!!!?」
「ッ本当に、申し訳ございませんでした!!」
三つ指を揃えて、俺史上もっとも丁寧に礼をする。
所謂土下座の姿勢の俺に対して、特徴的な髪色の青年――虎杖 悠仁くんは「いーよ別に、気にすんなって!」と快活に笑った。
虎杖くんによると、家の前で倒れていた俺を拾って介抱してくれたらしい。
『ただ眠ってるだけだったし、全くと言っていい程起きなかったのでとりあえず家に入れた。あと地面に転がってたので一応着替えさせた。』というのが虎杖くんの談。
――俺は眠らされたのか眠ったのか、自分でそこに来たのか誰かに置いていかれたのかはやはり分からない。
ただ何かしら、第三者の手がかかっているのは確実だろうと思う。黒づくめの人達とは別の誰かが。
何たって虎杖くんに発見されたとき俺は血痕だけでなく傷の一つも無かったらしい。それは虎杖くんが返してくれた服やバッグも、割れていたスマホ画面も同様だった。
メガネ女達にやられた傷口を治し、所々血に汚れたり切れたりした俺の服とバッグを綺麗にして戻し、ついでに割れてたスマホの画面を直す。何故そんな面倒なことを? と疑問には思う。正直何も分からない。
が、それはそれとしてもし会えたらお礼がしたいところでもある。
とにもかくにも、今は目の前の恩人。
虎杖くんについて現在確定しているのは、黒づくめの人達とは無関係であり、超絶優しい俺の恩人だということ。
だって知ってるか? 俺と虎杖くんマジの他人なんだぜ? そんな他人が家の前で寝てて、通報も放り出すこともせず布団も服も貸してくれてるんだぜ? 着てた服泥ついちゃったからってお洗濯して返してくれたんだぜ……?
やべぇよ……、優しさの天元突破だよ……。優しすぎてちょっと心配になるレベルだよ……。小さな善いことをして「ふへへ」してたのがちっぽけに思える。
更に言えば返してくれたショルダーバッグ。あの中に入っていたスマホにも、財布や印鑑にも触れた形跡は無かった。
とてもいい人……否、すごくいい人。
どうかビックリするくらい幸せになってほしい。
――まあ、そんな恩人虎杖くんを殴った恩知らずが!! 俺なんですけどね!!!
「あっ、起きたんだ!」と後ろから話しかけられ、つい驚いてしまって。
「キョェ゙ア゙アアアア!!!? しッ、知らない人ォ!!!」
と人の枕でバスバスと……。知らない家に居んだから知らない人居て当然だろバカ野郎。
その後、虎杖くんに締め落とされてようやく冷静を取り戻したのだ。大人として情けねぇ……。
「本当に、本当にご迷惑を……」
「いや、俺も瑞雄のこと締めちゃったし……」
「アレは正当防衛なので」
「された側が言うんだ」
ばっと頭を上げて虎杖くんの言葉を否定する。
本当に、今回ばかりは俺が貧弱で良かった。これで俺が虎杖くんに怪我なんてさせてたら腹を切ってたかもしれない。できるなら虎杖くんみたいな細マッチョになりたいけど。
微妙な心境になる俺の横で、虎杖くんがあっと声を上げた。
「そういえば、瑞雄って門限何時? どうせなら晩飯食ってけよ!」
「門限、っていやいや、そこまでお世話になるわけにはいかないよ。ご家族にも迷惑になっちゃうでしょ」
「あー、別に気にしなくていいよ。俺親いねぇんだ」
「へ…………エッ!? えっあっえ、ほっ、保護者は!? ちゃんとごはん食べてる!?」
衝撃の事実に慌てて虎杖くんの肩を掴んで問い詰める。俺に揺さぶられている虎杖くんは俺の勢いに若干引きながらも、ひまわりのような笑顔で答えてくれた。あまりにも眩しい笑顔だった。
「だ、ダイジョブだって! 今は病気で入院してっけど、爺ちゃんが居るし。俺料理得意だから!」
「そっ……か、そっかぁ。虎杖くんは凄いな。じゃあ虎杖くんは今実質一人暮らしなんだ」
「おう!」
元気一杯の返事をする虎杖くんはどこまでも純真で真っ直ぐだ。
虎杖くん――見ず知らずの俺を家に入れちゃうくらい優しい人。そして暴れる俺を問答無用で締め落とせるような強い人 。
そんな虎杖くんにあえて言いたい。中学生一人の家に赤の他人を連れ込むのは止めよう、とすっっっっごく言いたい。
でもあくまで俺は助けられた側の人間で、尚且つ一切の抵抗もできず虎杖くんに締め落とされた側の人間。そんな俺が言ったところで「アンタがそれ言う?」となってしまうことは自明の理。
ただ、それはそれとして、俺は大人として言うことは言わねばならないのだ。だって俺はつい今朝『怖い人』達に追いかけ回されたばかりなんだから。(人違いだけど。)
例え言ってる本人が半泣きになりながら逃げ回るしかできない、おそらく腕相撲で虎杖くんに勝てない人間だとしてもだ。
「……虎杖くん。その、怖い人とか、危ない人には、絶対、絶対のぜーったいに気を付けてね」
苦虫を噛み潰したような顔で言う俺に、虎杖くんはまた明るい笑顔で返事をした。
「で、晩飯食っていかねーの?」
「ん……ん゙ん゙ん゙」
「いや、ダメそうならいいよ! 無理強いはしたくねーし……」
「――………、…そのぉ、……もしかして、なんだけど……。寂しかったり、する?」
虎杖くんは答えず、今初めて自覚しましたと言わんばかりに固まった。
「ッ食べよ゙ゔ!!!!」
正直なところ、察してはいた。俺が寝ていた部屋にはまだ生活感が残っていたから、『爺ちゃん』の入院は最近のことなのだろうな、とも。
赤の他人の俺を家にあげたのは虎杖くんの優しさだろう。けど、行かないでほしいという感覚には俺も覚えがあった。
いつもそこにあったものがないと、寂しくて落ち着かない。共感できる。
一応、黒づくめの人達が追ってくることも考えはした。けど、多分大丈夫だろうと自分の中で完結させた。
黒づくめとは無関係の虎杖くん家前に俺を置いていった、第三者。彼、あるいは彼女なら、黒づくめに俺を見つけさせるようなヘマはしない筈だ。
確証はある。何たって、第三者は服だけでなくスマホの画面まで直しておく徹底ぶり。絶対凝り性だ。見つからないようにするくらいしている、筈だ。何が目的かは知らないけど。
「わっ、おいしい……!!」
「へへ、だろ?」
食べているのは秋野菜カレー。旬の野菜と鶏肉がごろっと入った男子学生垂涎もの。
無理を言って俺も手伝わせてもらったが、横目で見た虎杖くんの手捌きはばあちゃんの動きとよく似ていた。多分最適化するとそうなるんだろうと思う。
「……やばい、本当においしい……ぐすっ」
「泣くほど!? 嬉しいけど!」
仕事が繁忙期に入ったこともあり中々時間がとれず、ここ数日粗末なものしか食べていなかった俺はちょっと泣きかけた。ていうか泣いた。じんわりと胸に広がる暖かさが、ここ二日の非日常のせいでささくれ立った心を癒していく。
大人の矜持もぶん投げて涙を流す成人男性の俺に、男子中学生の虎杖くんは慌ててティッシュの箱を差し出してくれた。
「ぁ゙ー……ごめんねぇ、ごはん中なのに、疲れが出ちゃったかなぁ」
「や、いいよ。ビックリはしたけど。誰にでも辛いときってあるし」
俺でよかったら話聞くよ。
虎杖くんはなんてことのないようにそう付け足した。あまりにさらりと言われたので、一瞬「俺って虎杖くんの彼女でしたっけ?」と錯覚しそうになった。やべぇよ虎杖くん、気づいたら女にされちゃってたよ。
「んーん、大丈夫。虎杖くんは優しいね」
ただ、それはそれ、これはこれ。
虎杖くんに黒づくめの人達のことを言うわけにはいかない。まだ確定ではないとはいえ、白髪男が口封じをしようとした可能性は残っている。
……あと、普通に厨二臭くて人に話すのは辛い。
そんな俺の思考もつゆ知らず、虎杖くんは誉められたことに対して若干の照れを表情に出していた。
「……そういや、瑞雄ってどこら辺から来たんだ? ここら辺の奴じゃないよな」
「ああ、静岡市の辺りから」
「静岡!? 結構遠いところから来たんだな、観光?」
「エッ? ああ、うん。ソウダネ……」
――どういうことだ。
静岡市 の遠くではなく、静岡 の遠くって。
嫌な予感に口の端が引くついた。
「えっ……と、一応、念のため聞きたいんだけど、ここって、どこ?」
「仙台だけど」
「仙台」
手からスプーンが滑り落ちそうになって、慌てて握りしめた。
これは流石に予想外。第三者の誰かさんは凝り性だろうとは思っていたけど、まさか静岡から宮城までやるなんて。めっちゃ頑張るじゃん。
でも確かに、これなら俺の記憶が途切れた時間と虎杖くんに拾われた時間の差が大きいことにも頷ける。
「もしかして目的地と違った?」
「いや! 違って……なくはないこともなくもなく……」
「どっちだよ! でもダイジョブ? 泊まる場所とか……あ、俺んちこのまま泊まってく?」
「それは絶対ダメ」
ピシャンと切り捨てた提案に、虎杖くんが「なんで!」と不貞腐れる。
その表情にわずかな寂しさを見つけてしまい、罪悪感がチクチクしてくる。
「あのね虎杖くん、俺は物凄い悪い人かもしれないんだよ。虎杖くんが寝てる間にお金を盗んだり、殺そうとするかもしれないんだよ」
「瑞雄はそんな悪い奴じゃないだろ」
「ン゙ッ……、その言葉は嬉しいけど、悪いヤツが『僕悪いヤツです!』って近づいてくるわけじゃないからね。」
……中には人違いで襲ってくるヤツもいるけど。
「虎杖くんはとても優しい人だけど、他人にだけじゃなく自分にも優しくしてあげようね」
諭すような言葉遣いになったからか、虎杖くんはカレールーを頬につけたまま口を尖らせた。
さっき渡されたティッシュ箱を返して、トントンと自らの頬を叩くと、察した虎杖くんは慌てて頬を拭いていた。
「多分、虎杖くんが求めれば、虎杖くんのお友達は絶対答えてくれるんじゃないかな。虎杖くんは素敵な人だもの」
「……」
「あと、純粋に未成年しかいない家に転がり込むのは大人としてヤバイから」
「えっ、……えっ!?」
「……もしかして、同い年くらいだと思ってた?」
そんなまさか、いっても大学生程度だろう。
そう思って口にした問いは、虎杖くんの頷きで無残にも肯定されてしまった。
俺もう24だよ?
・
次回予告!
実はサクッと顔合わせだけして別れさせるつもりだった虎杖くん、まさか晩飯を一緒に食べるとは作者も予想していなかったぞ!!
流石は主人公、格が違うぜ!!
次回、「位置情報なしで目的地に行くのは案外難しい」
お楽しみに!
⭐瑞雄´s 頭
回転は早いが、混乱すると知能が著しく下がるためろくなことにならない。
また、驚くと瑞雄の意思関係なく勝手に攻撃か逃走のどちらかを命令するため、ろくなことにならない。
ぅびゃあああああ
不細工な泣き声が家に響く。
それを聞いて、ばあちゃんは割烹着を着たままスタスタとやって来た。
「こら瑞雄、また転けたのかい」
「うぅ゙ぃいいい゙い゙!!」
「まったく……泣くんじゃないよ、情けないね。しゃんとしな!」
ばあちゃんから投げ掛けられる言葉はいつも粗雑だったけど、俺の涙を拭うその手はひたすらに優しかった。
ばあちゃんはどこまでも強い人だった。顔がシワシワになるくらいおばあちゃんなのに、動きは素早いし、力持ちで、確固たる芯のある人だった。
孫の俺はノロマで、弱くて、泣き虫なのに。
「嫌なことを考えるときには悪いもんが寄ってくるもんだ。
だから瑞雄、辛いときとか、泣きそうなときこそ楽しいことを考えな」
転けて痛くて泣いたり、友達と喧嘩して悲しくて泣いたり、思ったようにできなくて悔しくて泣いたりする度に、ばあちゃんはそう言った。耳にタコができるくらい。
「ばあちゃん、『わるいもん』ってどんなの?」
「真っ黒いヤツさ。変な格好のね」
「『まっくろいヤツ』が来たらどうなるの?」
「……お前を連れていっちまう」
「どこに?」
「怖いところさ」
その後、子供の頃の俺は『怖いところ』が怖くてまた泣いたんだったか。
・
目がしぱしぱして、何度も瞬きをする。
敷き布団なんて久しぶりだな、と掛け布団をもう一度被って目を閉じた。
久しぶりにばあちゃんの夢を見た気がした。
微睡んだ頭で、細い紐を手繰りよせるように思い出す。
ばあちゃんはもうビックリするくらい厳しかったけど、教えてもらったことも多かった。礼儀作法だとか、子供は大人が守るとか、毎日誰かと会話しろとか。
他にはハンコは確認してから押せとか、命令口調のヤツには気を付けろとか、変な格好のヤツにはついていくなとか。それはもう口酸っぱく。
(――変な格好のヤツ……)
銃刀法違反のメガネ女……謎「明太子」少年……目隠し白髪男……極めつけのパンダロボット……。
思い返してみれば、どいつもこいつも真っ黒――パンダはロボなので除く――の変な格好だったなと思う。
すげぇや、ばあちゃん。予言者じゃん。
実際のところ、ばあちゃんの『怖いところに連れていかれちまう』を思い出したから、どこかに連れていこうとしている可能性に気づけたわけだし。聞いてみたときの白髪頭の反応からして本当に連れていこうとしてたっぽいし。
ばあちゃんとしては、頭ぱっぱらパーだった俺が不審者についていかないように言った言葉なのだと思うけども。でもやっぱばあちゃんはすげぇや。神かな?
「……いやそれどころじゃなく!!??」
どこ!!? ここ!!!
勢いよく飛び上がり慌てて周囲を確認する。
しかしそんな焦燥をせせら笑うように、周りには誰も居らず、俺の眠っていた場所はごく普通の和室だった。
「客間……?」
けしてきらびやかなわけではない、小さな床の間があるだけの普通の客間だ。壁や畳から年月の流れを感じられる、普通の客間……いや、私室だろうか。
あまりにも普通すぎて「わあ、ばあちゃん家思い出すなぁ」と平和ボケした感想が出るくらいには平凡だ。
そしてそんな和室のど真ん中で、せんべい布団に寝かされていた俺。ちなみに服も俺が着ていたものから変わっているし、ショルダーバッグも見当たらない。一体全体どういうことなの。
分かることと言えば、壁にかけられた時計から今が夕方の六時ということ。
思い出せ、頑張れ俺。
あの白髪男に「どこに連れていこうとしてました?」と問うた後、俺はどうなった? 俺に何があった?
確か――、そう、そうだ。
白髪男から表情が削げ落ちた後、全く見えないような速さの攻撃が炸裂した。いや、実際見えなかった。
攻撃されたと認識したのは、いつの間にか白髪男から離れている自分に驚いた後だった。俺の体が、勝手に白髪男の攻撃を避けたのだ。白髪男の手を叩き落としたときと同じように。
白髪男はその事に目を見開いていたけど、絶対俺の方が驚いていた。何たって白髪男の攻撃も、避けた自分の動きさえも俺は見えていなかったんだから。
……それからの記憶はない。途切れてしまっている。
あの後、白髪男がもう一度攻撃を仕掛けてきたのをうっすらぼんやり覚えているような、いないような。
攻撃を受けたのか、避けたのか。逃げきったのか、捕まったのか。
分からない。ただこの一言に尽きた。
いや、でも俺今居るの屋内だし……。
捕まった、のか? そもそもの話、黒づくめの人達は何だったんだ? 白髪男は人違いに気づいたと思うけど、その上で何故俺をつれていこうとしたんだ?
……。
……。
まさか、口封じ……?
いやいやそんな、こんな平和な現代で。とも思うが、黒づくめの格好をした人ならやりかねない。
相手の方が人間違いをしたのに身勝手な話ではあるが……、だって黒づくめだもん。そういうの週刊サンデーで読んだことある。
とりあえず寝かされていた敷き布団を畳みつつ、最初の疑問に立ち返り『一体ここはどこなんだ』と唸ってみる。唸ったところで分かるなら人生もっと簡単だったけど、まあそんなこともなく。
「あっ起きたんだ!」
「キョェ゙ア゙アアアア!!!?」
「ッ本当に、申し訳ございませんでした!!」
三つ指を揃えて、俺史上もっとも丁寧に礼をする。
所謂土下座の姿勢の俺に対して、特徴的な髪色の青年――虎杖 悠仁くんは「いーよ別に、気にすんなって!」と快活に笑った。
虎杖くんによると、家の前で倒れていた俺を拾って介抱してくれたらしい。
『ただ眠ってるだけだったし、全くと言っていい程起きなかったのでとりあえず家に入れた。あと地面に転がってたので一応着替えさせた。』というのが虎杖くんの談。
――俺は眠らされたのか眠ったのか、自分でそこに来たのか誰かに置いていかれたのかはやはり分からない。
ただ何かしら、第三者の手がかかっているのは確実だろうと思う。黒づくめの人達とは別の誰かが。
何たって虎杖くんに発見されたとき俺は血痕だけでなく傷の一つも無かったらしい。それは虎杖くんが返してくれた服やバッグも、割れていたスマホ画面も同様だった。
メガネ女達にやられた傷口を治し、所々血に汚れたり切れたりした俺の服とバッグを綺麗にして戻し、ついでに割れてたスマホの画面を直す。何故そんな面倒なことを? と疑問には思う。正直何も分からない。
が、それはそれとしてもし会えたらお礼がしたいところでもある。
とにもかくにも、今は目の前の恩人。
虎杖くんについて現在確定しているのは、黒づくめの人達とは無関係であり、超絶優しい俺の恩人だということ。
だって知ってるか? 俺と虎杖くんマジの他人なんだぜ? そんな他人が家の前で寝てて、通報も放り出すこともせず布団も服も貸してくれてるんだぜ? 着てた服泥ついちゃったからってお洗濯して返してくれたんだぜ……?
やべぇよ……、優しさの天元突破だよ……。優しすぎてちょっと心配になるレベルだよ……。小さな善いことをして「ふへへ」してたのがちっぽけに思える。
更に言えば返してくれたショルダーバッグ。あの中に入っていたスマホにも、財布や印鑑にも触れた形跡は無かった。
とてもいい人……否、すごくいい人。
どうかビックリするくらい幸せになってほしい。
――まあ、そんな恩人虎杖くんを殴った恩知らずが!! 俺なんですけどね!!!
「あっ、起きたんだ!」と後ろから話しかけられ、つい驚いてしまって。
「キョェ゙ア゙アアアア!!!? しッ、知らない人ォ!!!」
と人の枕でバスバスと……。知らない家に居んだから知らない人居て当然だろバカ野郎。
その後、虎杖くんに締め落とされてようやく冷静を取り戻したのだ。大人として情けねぇ……。
「本当に、本当にご迷惑を……」
「いや、俺も瑞雄のこと締めちゃったし……」
「アレは正当防衛なので」
「された側が言うんだ」
ばっと頭を上げて虎杖くんの言葉を否定する。
本当に、今回ばかりは俺が貧弱で良かった。これで俺が虎杖くんに怪我なんてさせてたら腹を切ってたかもしれない。できるなら虎杖くんみたいな細マッチョになりたいけど。
微妙な心境になる俺の横で、虎杖くんがあっと声を上げた。
「そういえば、瑞雄って門限何時? どうせなら晩飯食ってけよ!」
「門限、っていやいや、そこまでお世話になるわけにはいかないよ。ご家族にも迷惑になっちゃうでしょ」
「あー、別に気にしなくていいよ。俺親いねぇんだ」
「へ…………エッ!? えっあっえ、ほっ、保護者は!? ちゃんとごはん食べてる!?」
衝撃の事実に慌てて虎杖くんの肩を掴んで問い詰める。俺に揺さぶられている虎杖くんは俺の勢いに若干引きながらも、ひまわりのような笑顔で答えてくれた。あまりにも眩しい笑顔だった。
「だ、ダイジョブだって! 今は病気で入院してっけど、爺ちゃんが居るし。俺料理得意だから!」
「そっ……か、そっかぁ。虎杖くんは凄いな。じゃあ虎杖くんは今実質一人暮らしなんだ」
「おう!」
元気一杯の返事をする虎杖くんはどこまでも純真で真っ直ぐだ。
虎杖くん――見ず知らずの俺を家に入れちゃうくらい優しい人。そして暴れる俺を問答無用で締め落とせるような強い
そんな虎杖くんにあえて言いたい。中学生一人の家に赤の他人を連れ込むのは止めよう、とすっっっっごく言いたい。
でもあくまで俺は助けられた側の人間で、尚且つ一切の抵抗もできず虎杖くんに締め落とされた側の人間。そんな俺が言ったところで「アンタがそれ言う?」となってしまうことは自明の理。
ただ、それはそれとして、俺は大人として言うことは言わねばならないのだ。だって俺はつい今朝『怖い人』達に追いかけ回されたばかりなんだから。(人違いだけど。)
例え言ってる本人が半泣きになりながら逃げ回るしかできない、おそらく腕相撲で虎杖くんに勝てない人間だとしてもだ。
「……虎杖くん。その、怖い人とか、危ない人には、絶対、絶対のぜーったいに気を付けてね」
苦虫を噛み潰したような顔で言う俺に、虎杖くんはまた明るい笑顔で返事をした。
「で、晩飯食っていかねーの?」
「ん……ん゙ん゙ん゙」
「いや、ダメそうならいいよ! 無理強いはしたくねーし……」
「――………、…そのぉ、……もしかして、なんだけど……。寂しかったり、する?」
虎杖くんは答えず、今初めて自覚しましたと言わんばかりに固まった。
「ッ食べよ゙ゔ!!!!」
正直なところ、察してはいた。俺が寝ていた部屋にはまだ生活感が残っていたから、『爺ちゃん』の入院は最近のことなのだろうな、とも。
赤の他人の俺を家にあげたのは虎杖くんの優しさだろう。けど、行かないでほしいという感覚には俺も覚えがあった。
いつもそこにあったものがないと、寂しくて落ち着かない。共感できる。
一応、黒づくめの人達が追ってくることも考えはした。けど、多分大丈夫だろうと自分の中で完結させた。
黒づくめとは無関係の虎杖くん家前に俺を置いていった、第三者。彼、あるいは彼女なら、黒づくめに俺を見つけさせるようなヘマはしない筈だ。
確証はある。何たって、第三者は服だけでなくスマホの画面まで直しておく徹底ぶり。絶対凝り性だ。見つからないようにするくらいしている、筈だ。何が目的かは知らないけど。
「わっ、おいしい……!!」
「へへ、だろ?」
食べているのは秋野菜カレー。旬の野菜と鶏肉がごろっと入った男子学生垂涎もの。
無理を言って俺も手伝わせてもらったが、横目で見た虎杖くんの手捌きはばあちゃんの動きとよく似ていた。多分最適化するとそうなるんだろうと思う。
「……やばい、本当においしい……ぐすっ」
「泣くほど!? 嬉しいけど!」
仕事が繁忙期に入ったこともあり中々時間がとれず、ここ数日粗末なものしか食べていなかった俺はちょっと泣きかけた。ていうか泣いた。じんわりと胸に広がる暖かさが、ここ二日の非日常のせいでささくれ立った心を癒していく。
大人の矜持もぶん投げて涙を流す成人男性の俺に、男子中学生の虎杖くんは慌ててティッシュの箱を差し出してくれた。
「ぁ゙ー……ごめんねぇ、ごはん中なのに、疲れが出ちゃったかなぁ」
「や、いいよ。ビックリはしたけど。誰にでも辛いときってあるし」
俺でよかったら話聞くよ。
虎杖くんはなんてことのないようにそう付け足した。あまりにさらりと言われたので、一瞬「俺って虎杖くんの彼女でしたっけ?」と錯覚しそうになった。やべぇよ虎杖くん、気づいたら女にされちゃってたよ。
「んーん、大丈夫。虎杖くんは優しいね」
ただ、それはそれ、これはこれ。
虎杖くんに黒づくめの人達のことを言うわけにはいかない。まだ確定ではないとはいえ、白髪男が口封じをしようとした可能性は残っている。
……あと、普通に厨二臭くて人に話すのは辛い。
そんな俺の思考もつゆ知らず、虎杖くんは誉められたことに対して若干の照れを表情に出していた。
「……そういや、瑞雄ってどこら辺から来たんだ? ここら辺の奴じゃないよな」
「ああ、静岡市の辺りから」
「静岡!? 結構遠いところから来たんだな、観光?」
「エッ? ああ、うん。ソウダネ……」
――どういうことだ。
嫌な予感に口の端が引くついた。
「えっ……と、一応、念のため聞きたいんだけど、ここって、どこ?」
「仙台だけど」
「仙台」
手からスプーンが滑り落ちそうになって、慌てて握りしめた。
これは流石に予想外。第三者の誰かさんは凝り性だろうとは思っていたけど、まさか静岡から宮城までやるなんて。めっちゃ頑張るじゃん。
でも確かに、これなら俺の記憶が途切れた時間と虎杖くんに拾われた時間の差が大きいことにも頷ける。
「もしかして目的地と違った?」
「いや! 違って……なくはないこともなくもなく……」
「どっちだよ! でもダイジョブ? 泊まる場所とか……あ、俺んちこのまま泊まってく?」
「それは絶対ダメ」
ピシャンと切り捨てた提案に、虎杖くんが「なんで!」と不貞腐れる。
その表情にわずかな寂しさを見つけてしまい、罪悪感がチクチクしてくる。
「あのね虎杖くん、俺は物凄い悪い人かもしれないんだよ。虎杖くんが寝てる間にお金を盗んだり、殺そうとするかもしれないんだよ」
「瑞雄はそんな悪い奴じゃないだろ」
「ン゙ッ……、その言葉は嬉しいけど、悪いヤツが『僕悪いヤツです!』って近づいてくるわけじゃないからね。」
……中には人違いで襲ってくるヤツもいるけど。
「虎杖くんはとても優しい人だけど、他人にだけじゃなく自分にも優しくしてあげようね」
諭すような言葉遣いになったからか、虎杖くんはカレールーを頬につけたまま口を尖らせた。
さっき渡されたティッシュ箱を返して、トントンと自らの頬を叩くと、察した虎杖くんは慌てて頬を拭いていた。
「多分、虎杖くんが求めれば、虎杖くんのお友達は絶対答えてくれるんじゃないかな。虎杖くんは素敵な人だもの」
「……」
「あと、純粋に未成年しかいない家に転がり込むのは大人としてヤバイから」
「えっ、……えっ!?」
「……もしかして、同い年くらいだと思ってた?」
そんなまさか、いっても大学生程度だろう。
そう思って口にした問いは、虎杖くんの頷きで無残にも肯定されてしまった。
俺もう24だよ?
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次回予告!
実はサクッと顔合わせだけして別れさせるつもりだった虎杖くん、まさか晩飯を一緒に食べるとは作者も予想していなかったぞ!!
流石は主人公、格が違うぜ!!
次回、「位置情報なしで目的地に行くのは案外難しい」
お楽しみに!