うっかり呪われた我が強めの一般人の話(呪術)
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10月17日 07:25
「人違いしてますよ!」
そう大見得切って窓から飛び出し、浮遊感を感じるその一瞬。
そういえば俺の部屋三階じゃね? という気づきと共に走馬灯のようなものが脳裏に流れるが、幸運なことに足がジィイインとするだけで済んだ。めちゃくちゃ痛かったけど。
小学校の頃流行った度胸比べに負け続けた俺にしては頑張ったな、と自分に感心する暇なんて無い。
何たって、メガネ女が俺と同じように窓から飛び降りて追いかけてくるのだから。
俺はあまりの恐怖に叫んだ。叫んで、全速力で逃げた。
超怖かった。「オマエ、コロス」でも十分怖かったのに、「オマエ、ゼッタイ、コロス」にメガ進化しているんだから。女性にとって大事な腹を物で殴ったんだから怒るのも仕方ないとは思うけど。
しかしアレで漏らさなかった俺は凄いんじゃなかろうか。
それからはもう必死で、地獄のような追いかけっこを十五分。
あっちへこっちへ逃げ回りながら「パンダロボット壊れたなら弁償しますから!」とか「殴ったことは謝りますけど!」とか「本当に人違いなんです!」とか叫んだが、全然聞いてくれなかった。
途中まるで俺の動きが見えているみたいに先回りされたり、何故か体が急に動かなくなったり、謎の見えない壁? にぶつかったりしたものの、半泣きになりながらもなんとか逃げきることには成功した。
特に先回りは本当に酷かった。隠れても逃げてもパンダとメガネ女に挟まれて、何度悲鳴をあげたことか知れない。
そう思うと俺ってば超頑張った。多分、今世紀一頑張った。運動苦手なのに頑張った。
俺武器持った人から逃げるのとか初めてなのに。途中からメガネ女だけじゃなく何故か復活してるパンダロボットと謎の「明太子」少年からも逃げきったんだから、本当よく頑張ったよ我ながら。
その間俺の命を救ってくれた靴べらはメガネ女に切られてご臨終したけど。でも頑張ったよ。
メガネ男はいつのまにか居なくなってたとはいえ、三対一だよ? 凄くない? 何か賞貰ってもいいレベルじゃない?
……まあ、逃げきったというよりも相手が諦めたと言った方が正しいんだけども。
と言うのも、アワアワ逃げてる間にいつの間にか先回りされなくなっていた。
それでも怖くて暫く走って、ようやく追いかけられていないことに気づいて、ヘロヘロになりながら人目の少ないところまで辿り着いた。というのが俺の逃走劇なんだから、アクション映画みたいなスタイリッシュさやクールさは微塵もない。
ちなみに逃げている間は当然の権利のように化け物が見えまくっていたし、「ねェ゙え?」と話しかけられたし、なんなら集まってきていた。
必死に逃げている内にいつの間にかほとんど居なくなってはくれたが、それはそれとして幻覚だったらよかったのになぁ、と俺の人指し指をちゅうちゅう吸っている化け物を見る度思う。まるで赤ちゃんみたいだなぁと思ったが赤ちゃんに失礼なので撤回する。
手を勢いよく振っても離れないし、触るのも嫌なので放置する他なかった。
……まあ、まだ小さいし、一生懸命な姿は少し可愛く……はねぇよ。普通に造形がキモいよ。目なんて何個あるんだよ。普通に無理だよ。
化け物を見ると心が死にそうなので、できるだけ視界から外そう。
「そんなことよりも――ここ、どこ?」
必死に逃げて、人が居ない方へ居ない方へ進んでいる内にいつの間にか迷子になっていた。
今居るのは川に架かった古ぼけた橋の下。壁に凭れてへたりこんでるのが俺。
人も少なく、雑草やら金網フェンスやらで隠れやすそうだったためこれ幸いと滑り込んだのだ。
少なくとも俺の見知った場所ではない。
仕方がないので現在位置を検索しようとスマホを取り出すが、ショルダーバッグから取り出したスマホの画面はバキバキに割れていた。逃げている間にぶつけたり転がったりしたのでそれのせいだろう。やっぱ今日の運勢最高とか嘘じゃん。
画面はバキバキだがどうにか起動できたので、Go0gleマップで現在位置を検索する。見てみれば我が家から五駅ほど離れた川の近くに居るらしい。
はぁあー、と大きな溜め息を吐く。化け物のついた手とは反対の手で眉間を揉むと、乾いた粉のような血が指先についた。
どうやって帰ろう。いや帰れないか。戻ったところであのメガネ女達居るよなぁ……。どうしよう……。
しかしまあ、五駅分走ってることにも気づかないとは、俺の必死さとメガネ女達の恐ろしさが伺える。
「うん?」
そこで気づく。
ようやくの、あまりにも遅すぎる気づき。
先回りされてたの『スマホの位置情報 』のせいじゃね?
「はゎわ」
大急ぎでスマホの位置情報を無効にし、電源を切った。
いそいそとスマホをしまう。ダサい。あまりにもダサすぎる。何度も何度も先回りされて「何でだよぉ゙!!」と絶叫していたというのに、原因が俺のスマホとは。
あぁ゙~~ぢぐじょゔ、と項垂れると、不意に涙が出そうになった。
むしろ、泣き虫だった俺としてはよく持った方だ。身に覚えのないことで追いかけ回されて、痛い思いをして、家具は壊れるし靴べらは切られるしスマホの画面は割れるし、何故か分かんないけど会社の人達からは忘れられてるし。家には帰れないし。
あげていっても辛いだけだというのに、ネガティブな思考が止められない。
ああ駄目だ。
ばあちゃんと約束したのに。
ポジティブに。楽しいこと、楽しいことを考えなくちゃ。
ああ、嗚呼。でもちょっと、疲れちゃったなぁ。
「だィ、じ゙ョォゔぶ?」
とうとう堪えきれなくなった涙が溢れ落ちる寸前、濁った音で問いかけられる。
驚いてバッと顔を上げるとそこにはさっきまで俺の指を吸っていた化け物がいた。俺と化け物の視線がかち合うと、化け物は再び下手くそな「だいじょうぶ?」を口にした。
「……お、お前~~~!!」
あまりの感動に化け物をギュッと抱きしめる。ベチャッと変な音がしたがこの際どうでもいい。俺だって砂やら埃やら乾いた血やらで汚れているんだから。
「お前良いヤツだったんだなぁ、ごめんなぁ」
「オ、ァ゙……」
ダバダバと溢れる感涙に咽びながら、化物に頬をすりよせる。抱きしめた化け物の体は大きく 、驚くほどの安心感を与えられた。
ごめんな、俺キモいとか思っちゃった。見た目で判断しちゃいけないよな。お前のことめちゃくちゃ雑に扱ったのに、そんな俺のことも心配してくれるんだもんな。いいヤツだなぁ。
よくよく見てみれば、お前は可愛いよ。大量の目も見方を変えればチャーミング――
「――あれ? お前、こんなデカかったっ、」
け。
言葉が紡がれるよりも先に、何かが破裂するような音が響いた。
次いで、抱きしめていた化け物の頭部が破裂し、肉のような何かが周りに降り注ぐ。
あまりにも突然の出来事に、理解が遅れる。
「えっ?」
「あーあー、ダメじゃない君、呪霊なんて育てちゃったら。あと少しで取り込まれるところだったよ?」
「はっ? えっ? じゅれ、っえ?」
「あれ、もしかして知らない? おっかしいなぁ……」
いつの間にか目の前に立っていた、目に包帯を巻いた白髪の男。ヤツは首をかしげた後、「ちょっと待ってね~」とどこかに電話し始めた。
その姿を呆然と眺めること数秒。ようやく理解する。この白髪の男が、目の前に居た化け物を殺したのだと。
どうやって? いつの間に? 取り込まれるって? 『じゅれい』って? そもそも誰?
何も分からない今、たった一つだけ明確に判明していること。それは、この男は俺を殺せるということ。
メガネ女達としていた追いかけっことは訳が違う。恐怖に喉が引きつれ、ひぅと情けない音が鳴る。
先程までとは格の違う死の恐怖。冷や水を浴びたかのような寒さが襲う。
震えた指で、ショルダーバッグの肩紐をぎゅうと握りしめた。
そうだ。よくよく見てみれば、メガネ女達と酷似した服装をしている。まさかわざわざ追いかけてきたのか。ちくしょうもう二度と位置情報はONにしない。
「あっねぇ君、野々口 瑞雄で合ってるよね?」
「ぅわっ!? ……あ、合ってます……」
「うんうん、だよね、オッケー!」
唐突に話を振られ大袈裟な程に肩が跳ねた。
名前を確認されつい肯定してしまったが、答えない方が良かっただろうかという考えが脳裏によぎる。
しかしそれは違うとすぐに思い直した。そもそも人違いということをきちんと確認して貰わなければいけないのだから、ここは正直に動くべきだろう。
それに何たって、この男とは会話ができている!
追いかけ回されて混乱しまくってたときとは違う。今は俺も冷静だ。大丈夫、大丈夫。
「お待たせ~、それで君」
「あのっ!あっ……」
言葉が被ってしまって焦る俺に、男はニコリと笑って俺に会話を譲ってくれた。
……い、いい人だ!! 目に包帯巻いてるし、めっちゃ怪しいけど、いい人だ!!
「……さ、遮るみたいになってしまってすみません。
あの白黒の……パンダのロボがどこか壊れてしまったなら、何とか工面して弁償します。メガネの女性に靴べらで突撃してしまったことも、ちゃんと謝罪します。あの……明太子? の男の子にも、ちゃんと。」
「……」
「でも、俺、本当に知らないんです!
ボロボロの箱とか、本当に見てなくて、俺その日拾ったの落とし物のマフラーくらいで。
じゅ、じゅれい? とかも分かんないです。本当なんです。多分誰かと間違えてると、思うん……です、けど……」
語尾にいくにつれ、どんどんと声量が小さくなる。
だって白髪のいい人がピクリとも反応しないんだもん。いつの間にか目の包帯外してるし。何なのもう。
返事も反応もなく、顎に手を添えてじっと見られると何かダメなことを言ってしまったのか不安が押し寄せてくる。
どうしよう、ダメかもしれない。あの化け物みたいに殺されるのかな、嫌だな、死にたくないな、逃げた方がいいかな。
グルグルと回る思考は白髪のいい人の声で打ち止められた。
「君、これ見えるよね?」
へっ?と間抜けな声が漏れる。
白髪のいい人はさっき破裂させた化け物の残骸を持ち上げた。
崩れかけの肉片は、俺のことを心配してくれた化け物のもの。化け物の濁った「だいじょうぶ?」と、白髪のいい人の「取り込まれる」。どちらが正しかったのか判断する術を、俺は今持っていない。
「……見えてます」
「いつから?」
「き、昨日からです。……嘘じゃないです。」
白髪のいい人はまた首をかしげた。
「――うーん、合わない な」
白髪のいい人の『合わない』が何を指しているのかは分からなかったが、人違いだと示したい俺にとって悪い意味ではないと感じた。
ほんの少し胸が軽くなる。良かった。これなら悪いことにはならないかもしれない。
「あ、あの……それで、俺、家に帰りたくて」
「……」
「あの……?」
「え? ああ、勿論!
ただ一応話も聞いときたいからさ、色々質問してもいいかな?」
「はいっ! 俺にできることなら、なんでも――」
パシッ
自分の体で、自分が動かしたというのに、理解に遅れが生じる。
俺は今、白髪のいい人が伸ばした手を、叩き落とした。折角ちゃんと会話が成立していたというのに、とんでもないことをしてしまったと罪悪感が襲う。
「あっ、す、すみませ――」
――あれ?
俺、白髪のいい人の手を叩き落としたとき、見えなかった。だから、理解が追い付かなかった。
白髪のいい人の手も、見えてなかったから。
白髪のいい人――いや、この男は何故、手を伸ばした?
何をしようとしていた?
チラリ、瞳だけを上に向けて、立ったままの男を見上げる。
男は不思議な色をした目を細め、にっこりと笑っていた。
「あ、あの、今、何を……」
「いやいや! 手を貸そうとしただけだよ、君ボロボロみたいだし。ほら、」
男の白い手が差しのべられる。
普通なら、本来なら。数秒前なら掴めた筈の掌が、今は酷く恐ろしい。
無意識に後ろへと下がっていたのか、とんと壁にぶつかった。
不意にばあちゃんの言葉を思い出して、口の端がひくついた。
「一つ、聞きたいんですけど、今俺のこと、どこに連れていこうとしてました?」
男の表情から、笑顔が消えた。
・
次回予告
瑞雄の『いい人』判定を一瞬で覆す白髪目隠し男!
一体白髪目隠し男は誰なんだ!
そして危機に瀕した瑞雄はこれからどうなってしまうのか!
頑張れ瑞雄!負けるな瑞雄!
次回、「マジでここどこ?」
お楽しみに!
「人違いしてますよ!」
そう大見得切って窓から飛び出し、浮遊感を感じるその一瞬。
そういえば俺の部屋三階じゃね? という気づきと共に走馬灯のようなものが脳裏に流れるが、幸運なことに足がジィイインとするだけで済んだ。めちゃくちゃ痛かったけど。
小学校の頃流行った度胸比べに負け続けた俺にしては頑張ったな、と自分に感心する暇なんて無い。
何たって、メガネ女が俺と同じように窓から飛び降りて追いかけてくるのだから。
俺はあまりの恐怖に叫んだ。叫んで、全速力で逃げた。
超怖かった。「オマエ、コロス」でも十分怖かったのに、「オマエ、ゼッタイ、コロス」にメガ進化しているんだから。女性にとって大事な腹を物で殴ったんだから怒るのも仕方ないとは思うけど。
しかしアレで漏らさなかった俺は凄いんじゃなかろうか。
それからはもう必死で、地獄のような追いかけっこを十五分。
あっちへこっちへ逃げ回りながら「パンダロボット壊れたなら弁償しますから!」とか「殴ったことは謝りますけど!」とか「本当に人違いなんです!」とか叫んだが、全然聞いてくれなかった。
途中まるで俺の動きが見えているみたいに先回りされたり、何故か体が急に動かなくなったり、謎の見えない壁? にぶつかったりしたものの、半泣きになりながらもなんとか逃げきることには成功した。
特に先回りは本当に酷かった。隠れても逃げてもパンダとメガネ女に挟まれて、何度悲鳴をあげたことか知れない。
そう思うと俺ってば超頑張った。多分、今世紀一頑張った。運動苦手なのに頑張った。
俺武器持った人から逃げるのとか初めてなのに。途中からメガネ女だけじゃなく何故か復活してるパンダロボットと謎の「明太子」少年からも逃げきったんだから、本当よく頑張ったよ我ながら。
その間俺の命を救ってくれた靴べらはメガネ女に切られてご臨終したけど。でも頑張ったよ。
メガネ男はいつのまにか居なくなってたとはいえ、三対一だよ? 凄くない? 何か賞貰ってもいいレベルじゃない?
……まあ、逃げきったというよりも相手が諦めたと言った方が正しいんだけども。
と言うのも、アワアワ逃げてる間にいつの間にか先回りされなくなっていた。
それでも怖くて暫く走って、ようやく追いかけられていないことに気づいて、ヘロヘロになりながら人目の少ないところまで辿り着いた。というのが俺の逃走劇なんだから、アクション映画みたいなスタイリッシュさやクールさは微塵もない。
ちなみに逃げている間は当然の権利のように化け物が見えまくっていたし、「ねェ゙え?」と話しかけられたし、なんなら集まってきていた。
必死に逃げている内にいつの間にかほとんど居なくなってはくれたが、それはそれとして幻覚だったらよかったのになぁ、と俺の人指し指をちゅうちゅう吸っている化け物を見る度思う。まるで赤ちゃんみたいだなぁと思ったが赤ちゃんに失礼なので撤回する。
手を勢いよく振っても離れないし、触るのも嫌なので放置する他なかった。
……まあ、まだ小さいし、一生懸命な姿は少し可愛く……はねぇよ。普通に造形がキモいよ。目なんて何個あるんだよ。普通に無理だよ。
化け物を見ると心が死にそうなので、できるだけ視界から外そう。
「そんなことよりも――ここ、どこ?」
必死に逃げて、人が居ない方へ居ない方へ進んでいる内にいつの間にか迷子になっていた。
今居るのは川に架かった古ぼけた橋の下。壁に凭れてへたりこんでるのが俺。
人も少なく、雑草やら金網フェンスやらで隠れやすそうだったためこれ幸いと滑り込んだのだ。
少なくとも俺の見知った場所ではない。
仕方がないので現在位置を検索しようとスマホを取り出すが、ショルダーバッグから取り出したスマホの画面はバキバキに割れていた。逃げている間にぶつけたり転がったりしたのでそれのせいだろう。やっぱ今日の運勢最高とか嘘じゃん。
画面はバキバキだがどうにか起動できたので、Go0gleマップで現在位置を検索する。見てみれば我が家から五駅ほど離れた川の近くに居るらしい。
はぁあー、と大きな溜め息を吐く。化け物のついた手とは反対の手で眉間を揉むと、乾いた粉のような血が指先についた。
どうやって帰ろう。いや帰れないか。戻ったところであのメガネ女達居るよなぁ……。どうしよう……。
しかしまあ、五駅分走ってることにも気づかないとは、俺の必死さとメガネ女達の恐ろしさが伺える。
「うん?」
そこで気づく。
ようやくの、あまりにも遅すぎる気づき。
先回りされてたの『
「はゎわ」
大急ぎでスマホの位置情報を無効にし、電源を切った。
いそいそとスマホをしまう。ダサい。あまりにもダサすぎる。何度も何度も先回りされて「何でだよぉ゙!!」と絶叫していたというのに、原因が俺のスマホとは。
あぁ゙~~ぢぐじょゔ、と項垂れると、不意に涙が出そうになった。
むしろ、泣き虫だった俺としてはよく持った方だ。身に覚えのないことで追いかけ回されて、痛い思いをして、家具は壊れるし靴べらは切られるしスマホの画面は割れるし、何故か分かんないけど会社の人達からは忘れられてるし。家には帰れないし。
あげていっても辛いだけだというのに、ネガティブな思考が止められない。
ああ駄目だ。
ばあちゃんと約束したのに。
ポジティブに。楽しいこと、楽しいことを考えなくちゃ。
ああ、嗚呼。でもちょっと、疲れちゃったなぁ。
「だィ、じ゙ョォゔぶ?」
とうとう堪えきれなくなった涙が溢れ落ちる寸前、濁った音で問いかけられる。
驚いてバッと顔を上げるとそこにはさっきまで俺の指を吸っていた化け物がいた。俺と化け物の視線がかち合うと、化け物は再び下手くそな「だいじょうぶ?」を口にした。
「……お、お前~~~!!」
あまりの感動に化け物をギュッと抱きしめる。ベチャッと変な音がしたがこの際どうでもいい。俺だって砂やら埃やら乾いた血やらで汚れているんだから。
「お前良いヤツだったんだなぁ、ごめんなぁ」
「オ、ァ゙……」
ダバダバと溢れる感涙に咽びながら、化物に頬をすりよせる。抱きしめた化け物の体は
ごめんな、俺キモいとか思っちゃった。見た目で判断しちゃいけないよな。お前のことめちゃくちゃ雑に扱ったのに、そんな俺のことも心配してくれるんだもんな。いいヤツだなぁ。
よくよく見てみれば、お前は可愛いよ。大量の目も見方を変えればチャーミング――
「――あれ? お前、こんなデカかったっ、」
け。
言葉が紡がれるよりも先に、何かが破裂するような音が響いた。
次いで、抱きしめていた化け物の頭部が破裂し、肉のような何かが周りに降り注ぐ。
あまりにも突然の出来事に、理解が遅れる。
「えっ?」
「あーあー、ダメじゃない君、呪霊なんて育てちゃったら。あと少しで取り込まれるところだったよ?」
「はっ? えっ? じゅれ、っえ?」
「あれ、もしかして知らない? おっかしいなぁ……」
いつの間にか目の前に立っていた、目に包帯を巻いた白髪の男。ヤツは首をかしげた後、「ちょっと待ってね~」とどこかに電話し始めた。
その姿を呆然と眺めること数秒。ようやく理解する。この白髪の男が、目の前に居た化け物を殺したのだと。
どうやって? いつの間に? 取り込まれるって? 『じゅれい』って? そもそも誰?
何も分からない今、たった一つだけ明確に判明していること。それは、この男は俺を殺せるということ。
メガネ女達としていた追いかけっことは訳が違う。恐怖に喉が引きつれ、ひぅと情けない音が鳴る。
先程までとは格の違う死の恐怖。冷や水を浴びたかのような寒さが襲う。
震えた指で、ショルダーバッグの肩紐をぎゅうと握りしめた。
そうだ。よくよく見てみれば、メガネ女達と酷似した服装をしている。まさかわざわざ追いかけてきたのか。ちくしょうもう二度と位置情報はONにしない。
「あっねぇ君、野々口 瑞雄で合ってるよね?」
「ぅわっ!? ……あ、合ってます……」
「うんうん、だよね、オッケー!」
唐突に話を振られ大袈裟な程に肩が跳ねた。
名前を確認されつい肯定してしまったが、答えない方が良かっただろうかという考えが脳裏によぎる。
しかしそれは違うとすぐに思い直した。そもそも人違いということをきちんと確認して貰わなければいけないのだから、ここは正直に動くべきだろう。
それに何たって、この男とは会話ができている!
追いかけ回されて混乱しまくってたときとは違う。今は俺も冷静だ。大丈夫、大丈夫。
「お待たせ~、それで君」
「あのっ!あっ……」
言葉が被ってしまって焦る俺に、男はニコリと笑って俺に会話を譲ってくれた。
……い、いい人だ!! 目に包帯巻いてるし、めっちゃ怪しいけど、いい人だ!!
「……さ、遮るみたいになってしまってすみません。
あの白黒の……パンダのロボがどこか壊れてしまったなら、何とか工面して弁償します。メガネの女性に靴べらで突撃してしまったことも、ちゃんと謝罪します。あの……明太子? の男の子にも、ちゃんと。」
「……」
「でも、俺、本当に知らないんです!
ボロボロの箱とか、本当に見てなくて、俺その日拾ったの落とし物のマフラーくらいで。
じゅ、じゅれい? とかも分かんないです。本当なんです。多分誰かと間違えてると、思うん……です、けど……」
語尾にいくにつれ、どんどんと声量が小さくなる。
だって白髪のいい人がピクリとも反応しないんだもん。いつの間にか目の包帯外してるし。何なのもう。
返事も反応もなく、顎に手を添えてじっと見られると何かダメなことを言ってしまったのか不安が押し寄せてくる。
どうしよう、ダメかもしれない。あの化け物みたいに殺されるのかな、嫌だな、死にたくないな、逃げた方がいいかな。
グルグルと回る思考は白髪のいい人の声で打ち止められた。
「君、これ見えるよね?」
へっ?と間抜けな声が漏れる。
白髪のいい人はさっき破裂させた化け物の残骸を持ち上げた。
崩れかけの肉片は、俺のことを心配してくれた化け物のもの。化け物の濁った「だいじょうぶ?」と、白髪のいい人の「取り込まれる」。どちらが正しかったのか判断する術を、俺は今持っていない。
「……見えてます」
「いつから?」
「き、昨日からです。……嘘じゃないです。」
白髪のいい人はまた首をかしげた。
「――うーん、
白髪のいい人の『合わない』が何を指しているのかは分からなかったが、人違いだと示したい俺にとって悪い意味ではないと感じた。
ほんの少し胸が軽くなる。良かった。これなら悪いことにはならないかもしれない。
「あ、あの……それで、俺、家に帰りたくて」
「……」
「あの……?」
「え? ああ、勿論!
ただ一応話も聞いときたいからさ、色々質問してもいいかな?」
「はいっ! 俺にできることなら、なんでも――」
パシッ
自分の体で、自分が動かしたというのに、理解に遅れが生じる。
俺は今、白髪のいい人が伸ばした手を、叩き落とした。折角ちゃんと会話が成立していたというのに、とんでもないことをしてしまったと罪悪感が襲う。
「あっ、す、すみませ――」
――あれ?
俺、白髪のいい人の手を叩き落としたとき、見えなかった。だから、理解が追い付かなかった。
白髪のいい人の手も、見えてなかったから。
白髪のいい人――いや、この男は何故、手を伸ばした?
何をしようとしていた?
チラリ、瞳だけを上に向けて、立ったままの男を見上げる。
男は不思議な色をした目を細め、にっこりと笑っていた。
「あ、あの、今、何を……」
「いやいや! 手を貸そうとしただけだよ、君ボロボロみたいだし。ほら、」
男の白い手が差しのべられる。
普通なら、本来なら。数秒前なら掴めた筈の掌が、今は酷く恐ろしい。
無意識に後ろへと下がっていたのか、とんと壁にぶつかった。
不意にばあちゃんの言葉を思い出して、口の端がひくついた。
「一つ、聞きたいんですけど、今俺のこと、どこに連れていこうとしてました?」
男の表情から、笑顔が消えた。
・
次回予告
瑞雄の『いい人』判定を一瞬で覆す白髪目隠し男!
一体白髪目隠し男は誰なんだ!
そして危機に瀕した瑞雄はこれからどうなってしまうのか!
頑張れ瑞雄!負けるな瑞雄!
次回、「マジでここどこ?」
お楽しみに!