うっかり呪われた我が強めの一般人の話(呪術)
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10月17日 06:53
テレビの中で、アナウンサーが今日の星座占いの結果を発表している。ホットコーヒーをチビチビと飲みながらぼんやりと眺めている内に、俺の星座が一位をもぎ取っていた。
いつもなら喜んでいた結果だろうに中々諸手を挙げられないのは、最寄り駅からの道中一切消えなかった幻覚のせいだろう。
ぎりぎりキモ可愛いの範疇な小さい化け物も居れば、総毛立つレベルで気持ち悪いクソデカ化け物も居た。しかし幻覚だけでも十分辛いというのに、幻覚に飽き足らず幻聴さえも聞こえてきてしまったのだ。
一番怖かったクソデカ化け物の濁った「みェ゙でるゥ?」という幻聴は、俺が粗相しかける程の恐怖と衝撃を与えた。
ぶっちゃけまじで漏らすかと思った。流石に幻覚とは言え怖かった。絶対運勢最高とか嘘。
まだ幸いだったのは、家を目前に安心した瞬間幻覚と幻聴が鳴りを潜めた所だ。今回は家の前に黒づくめの怪しい人達も居なかったし、やはり彼らも疲れた俺の幻覚だったのだろう。
会社の人達の集団記憶喪失は気になるが、上司の連絡を待って、そこから考えればいい。きっと大丈夫だ。
シャワーを浴びて未だ水気の残る髪もそのままに、Go0gleマップで『近くの精神科』を検索する。スマホは一秒も待たず近所の総合病院を表示した。診療開始は九時からのようなので、十分前に電話でもすればいいだろう。
トースターが食パンを焼いている間に、ショルダーバッグに財布やらお薬手帳やらを入れていく。何分精神科に行くのは初めてなので、念のため印鑑も入れておいた。お金はクレジットカードがあれば十分だろう。
チーン。
ちょうどバッグの準備が終わったとき、トースターも自らの仕事を終えていた。
――ピンポーン
と、同時に、家のチャイムが鳴る。
トースターは一先ず捨て置き、メンズのズボンを大急ぎで履きながら「はーい!」と声を出して在宅の意を示した。
一瞬、昨日見た黒づくめのヤツらが頭によぎる。が、すぐにアレは幻覚なんだからと頭を振って切り替えた。
――ピンポーン
訪問客はせっかちなのか、もう一度チャイムが鳴る。
パタパタとスリッパを鳴らして玄関に向かい、扉を開ける。
「はいはーい、お待たせしま、し……」
最後の一音が出る前に、パタン、と扉を閉めた。
深く、長く深呼吸をする。本当に俺疲れてるんだな……、と眉間を揉みながら、もう一度ドアノブに手を掛ける。
――その前に、件の扉はあちら側から開かれた。
「閉めるなよぅ、パンダは嫌いか?」
そこには先程見たときと変わらず、パンダが居た。
そう、パンダが、居た。
「……パン、ダ……?」
「そうそう、俺パンダ」
「パンダ……?」
「ちょっと聞きたいことが、」
「いっ、イ゙ヤアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
咄嗟に靴箱にかけていた靴べらを振りかぶる。
靴べらはペチコーン、とプラスチックの軽い音を立てて謎のパンダへと直撃した。
「はっ! あっ、はわ、ごめんなさ」
思い切りパンダを靴べらで殴った後に、パンダを殴ってしまったことに気づいてハッとする。
殴ったことに対し反射的に出た謝罪を言い終わる前に、パンダは緩やかに前へと倒れた。
こっ、殺してしまった……!!?
「――あ、あわわわ慌てるなこういう時は落ち着いて警察、保健所、動物園、パンダ、死んでる。
ウワアアア゙ア゙ア゙ア゙!!?」
どうしよう!! と大混乱に陥る俺の頭に天啓が降りた。もしかしてこのパンダも幻覚なのでは? と。
だって俺宅配とか頼んでないし、仮に俺の家に訪れるヤツがいたとしても、今はまだ七時を過ぎたたばかりの筈。そうだ、普通ならこんな時間に訪問客が来ることはない。
未だ殴った感覚の残る掌は、靴べらをぎゅうと握りしめることでごまかした。
「幻覚……そうだよな! うん、こんなリアルなパンダとか居るわけないし! 幻覚げんかぶぇっ」
さっきのプラスチックの軽い音とは違う、重いドガシャアッという音と共に、俺は廊下を通り越し部屋まで吹っ飛んだ。
一瞬のことに理解が追い付かず混乱する俺をよそに、俺を吹っ飛ばした張本人である黒服メガネの女も「えっこんな吹っ飛ぶのかよ」と驚いていた。
いや何ビックリしてんの、俺のがビックリしてるんだけど。と、先程パンダ(幻)を殴ったことも忘れ、壊れた家具の上で考える。
そんなビックリしていた黒服メガネの女は、後ろから出てきた黒スーツメガネの男と何やら呪物、だの回収、だの言い合いをしている。
「っつうか、いい加減起きろパンダ! いつまでふざけて……、」
怒りが収まらないのか女はパンダをげしげしと蹴って八つ当たりをしていた。殴っといてなんだけどパンダかわいそ。動物愛護団体に怒られるぞ。
……と言うか、今気づいたがどっちのメガネも昨日家の前に居た怪しいヤツらじゃん。あれ? 何で?
幻覚じゃ――
――ポタッ
たらりと垂れる違和感におでこを擦れば、手にべったりとついたのは真っ赤な鮮血だった。
えっ、……えっ? 血? 何で? 家具、壊れて? 痛い? あれ?
「幻覚じゃない……?」
あのパンダも、あの黒づくめのヤツらも、あの変な化け物も、幻覚じゃない?
吹っ飛ばされた衝撃がまだ収まらないのか、あんまりな事実を受け入れられないからか、上手く体が動かず起き上がることができない。
モタモタしてる間にメガネ男は倒れたパンダを連れて外に出て行き、女は瞬きの間もなく俺に近づいた。「えっ?」と驚くよりも先に、女から一風変わった槍のようなものを突き付けられる。
槍の刃先が蛍光灯を浴びてギラリと煌めいた。
「はゎ」
「野々口 瑞雄、お前三日前に何か拾ったよな、ぁあ゙? さっさと出してパンダ元に戻せクソが!!」
「ひょわ」
ものすごい剣幕とじんわり近づいてくる刃先に、クソデカ化け物と負けず劣らずの強い恐怖に襲われる。
槍を持った女は俺への殺意を必死に押さえるかのような表情をしていた。
俺だって、俺だってこのわけのわからない状態が解決して、黒づくめの人達がさっさと帰ってくれるなら協力したい。できるもんなら。
ただ残念なことに、俺はコイツの言うことが全く分からなかった。
そもそもパンダを元に戻せというのが分からない。
今になって冷静に考えてみれば、俺がやったのは精々プラスチックの靴べらでペチコーンと殴ったくらいで、メガネ女が俺を吹っ飛ばしたときのドガシャアッとは訳が違う。
仮にパンダが着ぐるみで中の人が居たとしても俺の衝撃など微々たるもの、倒れるまでには行かない筈。本物のパンダはそもそも喋らない。
つまりあのパンダは――高性能パンダロボット。
まだ未発達のロボットなら、俺のペチコーンで倒れたのも頷ける。突然パンダ出しといて当たり屋みたいな理論だなとは思うが、殴ったのは俺なので弁償しろと言うのなら弁償しよう。
ただ元に戻せと言われても俺は頭がよろしくないのでロボはちょっと分かんない。
次に三日前、確かに俺は物を拾った。
拾ったが、それは駅のホームに落ちていた可愛らしいマフラーだし、その後駅員室にきちんと届けた。更に言えばその翌日、落とし主が相談に来て無事返されたことも教えてもらった。
それを俺に出せとか、何言ってるんだ? そんなにあの可愛いピンクのマフラーが欲しかったのか? 変態なのか?
「ま、マフラーなら」
「ちっげぇわ!! ボロボロの箱! 証拠は割れてんだよ、さっさと出せ!!」
「ひぇっ」
俺の返答に苛立ちが増したのか、ぐいっと更に刃先を近づけられる。嘘言ってないのに……何で……?
この激昂具合、よくは知らないがとてもパンダロボットが大事だったのだろう。メガネもかけてるし開発者なのかもしれない。だとしたら壊してしまったのは申し訳ない。
ただ本当に知らないのだ。
繰り返しを愛する俺の生活で三日前変わったことと言えば、そのマフラーと、ゴミを拾ったくらい。
そのゴミも箱なんてものではなく普通のどこにでもあるゴミだ。
ボロボロの箱だとか、この女が落としたのかは知らないが、そんな変なものがあれば絶対に記憶に残る。
だのに何故そんな俺が拾ったと分かり、全く覚えのない証拠が存在するのか。
そこで本日二度目の天啓が降りる。
俺がその日通勤時にしていた服装は、極々一般的なスーツにコート、ビジネスバッグ。
恐らくだが、背丈も平均的な俺を誰かと勘違いしているんじゃないだろうか。何たって本当に記憶にないんだもん。
しかし、この俺に刃物を突き付ける女がそれを伝えて納得してくれるだろうか。いや無理だ。さっき「マフラーなら拾いましたけど、」って答えようとしたときの顔ヤバかったもん。もう「オマエ、コロス」って顔してたもん。話し合いとか絶対無理じゃん……。下手に喋ったら逆に殺されそうじゃん……。
話し合い以外で、この状況を打開するために俺ができること、それは――
――逃げる!!
吹っ飛ばされて凄い痛かったけど、俺はずっと離していなかった。
そう、靴べらを!!
右手で家具の残骸を女に投げ、その瞬間できた隙に飛び出し、靴べらを女の鳩尾へと押し出した。
「っづ!?」
「ごめんなさい!」
正直無理かと思っていたのだが、意外なことにちゃんと食らってくれ女は膝をついた。
だが俺のひ弱な力ではすぐに復帰するだろうと、急いでショルダーバッグを掴んで窓から外に出た。
「人違いしてますよ!!」
ずっと言いたかった、大事な一言を残して。
・
次回予告
何とか黒づくめの男女(+パンダ)から逃げ出すことに成功した瑞雄だが、当然その程度では終わらない!
追手が増えたり壁にぶつかったり、瑞雄は逃げることができるのか!
頑張れ瑞雄!負けるな瑞雄!
次回、「現在位置情報は早めに消そう」
お楽しみに!
テレビの中で、アナウンサーが今日の星座占いの結果を発表している。ホットコーヒーをチビチビと飲みながらぼんやりと眺めている内に、俺の星座が一位をもぎ取っていた。
いつもなら喜んでいた結果だろうに中々諸手を挙げられないのは、最寄り駅からの道中一切消えなかった幻覚のせいだろう。
ぎりぎりキモ可愛いの範疇な小さい化け物も居れば、総毛立つレベルで気持ち悪いクソデカ化け物も居た。しかし幻覚だけでも十分辛いというのに、幻覚に飽き足らず幻聴さえも聞こえてきてしまったのだ。
一番怖かったクソデカ化け物の濁った「みェ゙でるゥ?」という幻聴は、俺が粗相しかける程の恐怖と衝撃を与えた。
ぶっちゃけまじで漏らすかと思った。流石に幻覚とは言え怖かった。絶対運勢最高とか嘘。
まだ幸いだったのは、家を目前に安心した瞬間幻覚と幻聴が鳴りを潜めた所だ。今回は家の前に黒づくめの怪しい人達も居なかったし、やはり彼らも疲れた俺の幻覚だったのだろう。
会社の人達の集団記憶喪失は気になるが、上司の連絡を待って、そこから考えればいい。きっと大丈夫だ。
シャワーを浴びて未だ水気の残る髪もそのままに、Go0gleマップで『近くの精神科』を検索する。スマホは一秒も待たず近所の総合病院を表示した。診療開始は九時からのようなので、十分前に電話でもすればいいだろう。
トースターが食パンを焼いている間に、ショルダーバッグに財布やらお薬手帳やらを入れていく。何分精神科に行くのは初めてなので、念のため印鑑も入れておいた。お金はクレジットカードがあれば十分だろう。
チーン。
ちょうどバッグの準備が終わったとき、トースターも自らの仕事を終えていた。
――ピンポーン
と、同時に、家のチャイムが鳴る。
トースターは一先ず捨て置き、メンズのズボンを大急ぎで履きながら「はーい!」と声を出して在宅の意を示した。
一瞬、昨日見た黒づくめのヤツらが頭によぎる。が、すぐにアレは幻覚なんだからと頭を振って切り替えた。
――ピンポーン
訪問客はせっかちなのか、もう一度チャイムが鳴る。
パタパタとスリッパを鳴らして玄関に向かい、扉を開ける。
「はいはーい、お待たせしま、し……」
最後の一音が出る前に、パタン、と扉を閉めた。
深く、長く深呼吸をする。本当に俺疲れてるんだな……、と眉間を揉みながら、もう一度ドアノブに手を掛ける。
――その前に、件の扉はあちら側から開かれた。
「閉めるなよぅ、パンダは嫌いか?」
そこには先程見たときと変わらず、パンダが居た。
そう、パンダが、居た。
「……パン、ダ……?」
「そうそう、俺パンダ」
「パンダ……?」
「ちょっと聞きたいことが、」
「いっ、イ゙ヤアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」
咄嗟に靴箱にかけていた靴べらを振りかぶる。
靴べらはペチコーン、とプラスチックの軽い音を立てて謎のパンダへと直撃した。
「はっ! あっ、はわ、ごめんなさ」
思い切りパンダを靴べらで殴った後に、パンダを殴ってしまったことに気づいてハッとする。
殴ったことに対し反射的に出た謝罪を言い終わる前に、パンダは緩やかに前へと倒れた。
こっ、殺してしまった……!!?
「――あ、あわわわ慌てるなこういう時は落ち着いて警察、保健所、動物園、パンダ、死んでる。
ウワアアア゙ア゙ア゙ア゙!!?」
どうしよう!! と大混乱に陥る俺の頭に天啓が降りた。もしかしてこのパンダも幻覚なのでは? と。
だって俺宅配とか頼んでないし、仮に俺の家に訪れるヤツがいたとしても、今はまだ七時を過ぎたたばかりの筈。そうだ、普通ならこんな時間に訪問客が来ることはない。
未だ殴った感覚の残る掌は、靴べらをぎゅうと握りしめることでごまかした。
「幻覚……そうだよな! うん、こんなリアルなパンダとか居るわけないし! 幻覚げんかぶぇっ」
さっきのプラスチックの軽い音とは違う、重いドガシャアッという音と共に、俺は廊下を通り越し部屋まで吹っ飛んだ。
一瞬のことに理解が追い付かず混乱する俺をよそに、俺を吹っ飛ばした張本人である黒服メガネの女も「えっこんな吹っ飛ぶのかよ」と驚いていた。
いや何ビックリしてんの、俺のがビックリしてるんだけど。と、先程パンダ(幻)を殴ったことも忘れ、壊れた家具の上で考える。
そんなビックリしていた黒服メガネの女は、後ろから出てきた黒スーツメガネの男と何やら呪物、だの回収、だの言い合いをしている。
「っつうか、いい加減起きろパンダ! いつまでふざけて……、」
怒りが収まらないのか女はパンダをげしげしと蹴って八つ当たりをしていた。殴っといてなんだけどパンダかわいそ。動物愛護団体に怒られるぞ。
……と言うか、今気づいたがどっちのメガネも昨日家の前に居た怪しいヤツらじゃん。あれ? 何で?
幻覚じゃ――
――ポタッ
たらりと垂れる違和感におでこを擦れば、手にべったりとついたのは真っ赤な鮮血だった。
えっ、……えっ? 血? 何で? 家具、壊れて? 痛い? あれ?
「幻覚じゃない……?」
あのパンダも、あの黒づくめのヤツらも、あの変な化け物も、幻覚じゃない?
吹っ飛ばされた衝撃がまだ収まらないのか、あんまりな事実を受け入れられないからか、上手く体が動かず起き上がることができない。
モタモタしてる間にメガネ男は倒れたパンダを連れて外に出て行き、女は瞬きの間もなく俺に近づいた。「えっ?」と驚くよりも先に、女から一風変わった槍のようなものを突き付けられる。
槍の刃先が蛍光灯を浴びてギラリと煌めいた。
「はゎ」
「野々口 瑞雄、お前三日前に何か拾ったよな、ぁあ゙? さっさと出してパンダ元に戻せクソが!!」
「ひょわ」
ものすごい剣幕とじんわり近づいてくる刃先に、クソデカ化け物と負けず劣らずの強い恐怖に襲われる。
槍を持った女は俺への殺意を必死に押さえるかのような表情をしていた。
俺だって、俺だってこのわけのわからない状態が解決して、黒づくめの人達がさっさと帰ってくれるなら協力したい。できるもんなら。
ただ残念なことに、俺はコイツの言うことが全く分からなかった。
そもそもパンダを元に戻せというのが分からない。
今になって冷静に考えてみれば、俺がやったのは精々プラスチックの靴べらでペチコーンと殴ったくらいで、メガネ女が俺を吹っ飛ばしたときのドガシャアッとは訳が違う。
仮にパンダが着ぐるみで中の人が居たとしても俺の衝撃など微々たるもの、倒れるまでには行かない筈。本物のパンダはそもそも喋らない。
つまりあのパンダは――高性能パンダロボット。
まだ未発達のロボットなら、俺のペチコーンで倒れたのも頷ける。突然パンダ出しといて当たり屋みたいな理論だなとは思うが、殴ったのは俺なので弁償しろと言うのなら弁償しよう。
ただ元に戻せと言われても俺は頭がよろしくないのでロボはちょっと分かんない。
次に三日前、確かに俺は物を拾った。
拾ったが、それは駅のホームに落ちていた可愛らしいマフラーだし、その後駅員室にきちんと届けた。更に言えばその翌日、落とし主が相談に来て無事返されたことも教えてもらった。
それを俺に出せとか、何言ってるんだ? そんなにあの可愛いピンクのマフラーが欲しかったのか? 変態なのか?
「ま、マフラーなら」
「ちっげぇわ!! ボロボロの箱! 証拠は割れてんだよ、さっさと出せ!!」
「ひぇっ」
俺の返答に苛立ちが増したのか、ぐいっと更に刃先を近づけられる。嘘言ってないのに……何で……?
この激昂具合、よくは知らないがとてもパンダロボットが大事だったのだろう。メガネもかけてるし開発者なのかもしれない。だとしたら壊してしまったのは申し訳ない。
ただ本当に知らないのだ。
繰り返しを愛する俺の生活で三日前変わったことと言えば、そのマフラーと、ゴミを拾ったくらい。
そのゴミも箱なんてものではなく普通のどこにでもあるゴミだ。
ボロボロの箱だとか、この女が落としたのかは知らないが、そんな変なものがあれば絶対に記憶に残る。
だのに何故そんな俺が拾ったと分かり、全く覚えのない証拠が存在するのか。
そこで本日二度目の天啓が降りる。
俺がその日通勤時にしていた服装は、極々一般的なスーツにコート、ビジネスバッグ。
恐らくだが、背丈も平均的な俺を誰かと勘違いしているんじゃないだろうか。何たって本当に記憶にないんだもん。
しかし、この俺に刃物を突き付ける女がそれを伝えて納得してくれるだろうか。いや無理だ。さっき「マフラーなら拾いましたけど、」って答えようとしたときの顔ヤバかったもん。もう「オマエ、コロス」って顔してたもん。話し合いとか絶対無理じゃん……。下手に喋ったら逆に殺されそうじゃん……。
話し合い以外で、この状況を打開するために俺ができること、それは――
――逃げる!!
吹っ飛ばされて凄い痛かったけど、俺はずっと離していなかった。
そう、靴べらを!!
右手で家具の残骸を女に投げ、その瞬間できた隙に飛び出し、靴べらを女の鳩尾へと押し出した。
「っづ!?」
「ごめんなさい!」
正直無理かと思っていたのだが、意外なことにちゃんと食らってくれ女は膝をついた。
だが俺のひ弱な力ではすぐに復帰するだろうと、急いでショルダーバッグを掴んで窓から外に出た。
「人違いしてますよ!!」
ずっと言いたかった、大事な一言を残して。
・
次回予告
何とか黒づくめの男女(+パンダ)から逃げ出すことに成功した瑞雄だが、当然その程度では終わらない!
追手が増えたり壁にぶつかったり、瑞雄は逃げることができるのか!
頑張れ瑞雄!負けるな瑞雄!
次回、「現在位置情報は早めに消そう」
お楽しみに!