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別人の記憶があるヴィンスモーク・ヨンジの話(op)

園庭にて、




書庫に向かう廊下の途中で、押し殺されたような嗚咽を強化された聴覚が拾った。それは二日に一回、あるいは毎日レベルで聞こえてくる。
今回は声が一つだけだったから良かったものの、二つ以上あったときは面倒極まりない。一応適当に止めたりはしているけれども、鼬ごっこでしかないだろう。(ニジ達の気持ちも分からないでもないが、後が面倒なので止めて欲しい。)

しょーがないなー、と一つため息を吐いて、くるりと左を向く。慣れたことのように窓を開け、ぴょんと地面に飛び降りた。

「サンジ何してんの…って、」

着地地点から少し先には予想通りサンジが居た。今日は怪我も少ないし楽に済むなぁ、と思考が巡ったが、それ以上に面倒くさそうなものが見えてつい口から声が漏れる。

「うわぁ……。」
「……っ、…よんじぃ…!」

勢いよく飛び付いてきたサンジを受け止めつつ、問いかける。

「もしかしてあれ、あの亀?」
「っ……!ぅ…ッ!」

地面には、甲羅にヒビが入りぐったりとした亀が居た。たしかあの亀は、今日の座学でサンジが持ち込んでたものだ。
只でさえ実技も座学も遅れをとっているのに不必要な物まで持ち込むなど、何かしら軋轢が生じるとは思っていたが……どちらがやったことかは知らないが、こんな面倒なことよくやるものだ。いっそあの二人はサンジのことが好きなんじゃないかと最近思う。

「おれ、っの、せ、でッ!」
「あーうんうん、とりあえず落ち着こ?」

ぐちゃぐちゃな顔にハンカチを押し付けると、ぐぇ、と蛙がつぶれたような声がした。落ち着かせるために水か何かあればよかったが、生憎家の中で水筒を持ち歩く習慣はない。

「で、落ち着いたらラボのおじさん達に会いに行こう。」

亀はまだ生きているようだし、ラボの研究員の元へ持っていけば治して貰えるだろう。医者の者達に頼もうかとも思ったが、医療棟は最後尾。移動中に亀が死ぬのが関の山だ。

「?なん、で?」
「この亀まだ生きてるから、治療して貰えるかもよ?亀治して欲しくないの?それとも先にサンジの傷治療する?」

動かない亀を指差して問えば、よほど亀が大切なのか首が千切れそうな勢いで首を振っていた。

「おっ、おれは後でいい!」
「じゃあ行こう。ほら」
「ぅ、んっ」

手を繋いだ左手は良いが、右手で抱えた亀は持つのが大変だった。よく分かんないべちゃべちゃが服に着いたし。亀を治し終わっても、サンジの怪我の手当てまでしなくてはならない。こういうことがあるからサンジの相手はニジと同じくらい面倒くさいのだ。






見晴らしのいい丘で、風に煽られて揺れる草木を横目にサンジと手を繋いで歩く。生意気にもおれの頭の上に乗った亀は、甲羅に巻かれた包帯も気にせずに風を楽しんでいた。

「わっ、」

突然サンジが立ち止まったために危うく亀を落としそうになった。亀を大事に思うならそういうのは止めて欲しいのだが、どうやらそんなことを頭に入れる用な余裕はないらしい。
眉を下げて深刻そうな表情なのに、顔に貼られたガーゼのせいで何故かひどくまぬけに見えた。

「…やっぱり、帰さなきゃダメなのかな……。」
「……。」


十数分前、ラボの研究員達に亀を任せている間、サンジの手当てをしながらおれはサンジに忠告をした。

『サンジ、亀の治療が終わったら、あの亀を帰しに行こう。』
『!?な、なんで、』
『〝なんで〟って、サンジはあの亀飼いたかったの?自分で守れもしないのに?』
『っ……、』
『おれにはよく分かんないことだけど、大切だからこそ離れなくちゃいけないときもあるんでしょ?
次は甲羅にヒビが入るだけじゃすまないかもしんないよ?』

『その時、サンジはあの亀を守れるの?』


この会話以降ずぅっと黙っていたのだが、どうやらずっと考え続けていたらしい。

「帰したくない……でも、おれじゃきっと、守れない。けど…けど!せっかくできた友達なんだ!離れるなんて、そんな簡単にできないよ……!」
「……ねえ、サンジ、」

ぼろぼろと涙と鼻水を垂らしながら、絞り出すようにサンジは言った。声をかければ怒られるとでも思ったのか、サンジがぎゅうっと目を瞑る。
バカだなぁ、と思いながら手を伸ばし、サンジの顔にちり紙を押し付けた。

「ぐぇっ、よ、ヨンジ…?」
「……おれさ、大切とかトモダチとかよく分かんないけど、そんなに深刻に考えることなの?」
「、ぇ……? 」
「だっておれ、一生会うななんて言ってないじゃん。」

亀が落ちるので内心首を傾げるおれに対し、サンジはぽかんとまぬけ面を晒していた。そして、じわりじわりと破顔し笑顔に変わっていく。その光景におれは更に首を傾げることになった。

「ふ、はははっ!そっか、そうだよね…!」
「?」
「うん、おれちゃんと帰すよ!大切だから!」

先ほどまではあんなに帰したくないと愚図っていたのに、今は笑顔でおれの頭上の亀を地に移動させている。感情の有無が関わっているのかは分からないが、サンジの挙動はたまに理解できない。

サンジにつられるように草地に腰を下ろし、亀とじゃれ合うサンジに忠告をする。

「サンジ、分かってるとは思うけど、また会いたいなら強くならなきゃダメだよ?」
「っ!!」

誰にも気づかれずにここまで来れるくらいにはね、と付け足した言葉はちゃんと届いているのだろうか。
さっきはあんなに晴れやかに笑っていたのに、また深刻そうな顔に逆戻りだ。
これだから分からないんだよね、と脳内で呟きつつ、上手く言葉を繋ぐためくるくると頭を働かせた。


「サンジ、サンジは、強いのって嫌い?」


丘に座りながらぽつりと呟けば、サンジは真ん丸な目をさらに丸くして、俯いた。はくはくと何度も口を開閉させて、ようやく言葉を吐く。

「お父さんや、イチジ達が言うのが強さなら、嫌い…だと、思う。」
「そんな強さなら、要らないって思う?」
「……、…分かんない。けど、強くなって他の人にこんなことするなら、強くなんてなりたくない。」

最初は小声でボソボソ喋ってるだけだったのに、最後の方になるにつれ語気が強くなっていく。
おれもサンジと同じだったら、こんな感じになってたのかなぁ。……いや、多分違うだろうなぁ。

「まあ、実際今のサンジは弱いもんね。」
「ぐはっ」

中々深く刺さったらしい言葉にサンジが悶絶しているが、ガン無視で話し続ける。

「弱いからイチジ達に殴られても反撃できないし、亀も守れない。
……だけどもし、亀を守れるくらい、全部のトモダチを守れるくらい強くなったら――その強さってさ、父さんの言う強さとおんなじかな。」
「――ッ違う!絶対、違う!」

何が琴線に触れたかは大方察するが、あまりに急に元気になったので少しだけポカンとしてしまった。

「…大切なものを守るための〝強さ〟は、人を何倍も強くしてくれるんだって。」

記憶の持ち主である男の言葉。一人称視点で流れる記憶におれの感情がつられることはなく、ただ映像を〝眺めている〟に等しい。彼の記憶を思い起こす度、おれと彼に決定的な感情の違いがあることを思い知る。

「それを絶対に忘れちゃダメなんだって。」

サンジの反応も見ず、おれはぼんやりと記憶の持ち主について考えていた。


「ねぇサンジ、もし…、もしサンジが、何かを守るために強くなって…」
「……?」
「あの亀を守れるくらい…おれ達よりもずっとずーっと強くなったら…、その時は――


――おれを壊してね。」








「…え?」
「………なんちゃって!冗談だよ、騙されちゃった?」
「よ、ヨン、」
「そろそろ戻ろう?もうすぐ、夕食の時間だから。」


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