本田菊(日)
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夜は深く、家の中はしんと静まり返っていた。窓の外では風がゆっくりと木々を揺らしている。カーテンの隙間から入り込む月明かりが、暗い部屋の床に細長く落ちていた。菊はナマエの隣で眠っていた。
ところが、ふと小さな声が聞こえた。
「……う……」
眠りの底から引き上げられるように、菊がゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした視界の中で隣を見ると、ナマエが布団の中で小さく身を縮めていた。
肩が震えている。その頬には涙が伝っていた。
「……どうしました?」
菊は眠気も忘れ、すぐに身体を起こした。心配そうに主人公の顔を覗き込み、状況を理解すると、眉を下げる。
「……怖い夢でも、見たのですか?」
ナマエは答えようとする。けれど、言葉になる前に涙がこぼれた。菊は何も急かさなかった。ただ、布団の上に置かれていた主人公の手へ、自分の手を重ねる。
冷たい。そう気づいた瞬間、菊の表情がさらに心配そうになる。
「……大丈夫ですよ」
指先を包むように、両手でそっと握る。しばらくそうしていると、ナマエの身体がわずかに菊のほうへ寄ってきた。
菊は一瞬だけ目を丸くした。そして、その意味を理解した途端、頬がほんのり赤くなる。普段なら、恋人からこうして頼られることが嬉しくても、照れが先に立ってしまう。けれど今は、そんなことを気にしている場合ではない。菊はゆっくりと腕を広げた。
「ほら。私はここにいますから」
主人公がその胸元へ寄ってくる。菊はそっと受け止めた。背中へ腕を回し、もう片方の手を頭へ添える。そのまま、逃げてしまわないようにするのではなく、安心できる場所を作るように、静かに抱き寄せた。
「……怖かったですね」
ナマエの身体が小さく震える。菊はその震えが落ち着くまで、何も言わずに背中を撫で続けた。一定のゆっくりとした動き。髪に触れる手も優しい。やがてナマエの呼吸が少しずつ穏やかになっていく。その変化を感じ取り、菊はようやく小さく息を吐いた。
「でも、もう大丈夫です」
ナマエが菊の服をぎゅっと掴む。その仕草に、菊は少し驚いたように目を瞬かせた。それから、困ったように笑う。
「私がそばにいますから」
口にした途端、自分で恥ずかしくなったのか、菊はわずかに視線を逸らした。耳まで赤くなっている。けれど、抱きしめる腕は緩まなかった。
「……そんなに私のことを頼ってくださると」
背中を優しく撫でながら、菊は小さく笑う。
「嬉しくて……困ってしまいますね」
言い終えると、菊はますます照れたように目を伏せた。
「……今のは忘れてください」
そんなことを言いながらも、ナマエを離すつもりはないらしい。むしろナマエが安心したように身体を預けてくると、その重みを受け止めるように抱き方を少しだけ変えた。背中を包み込むように腕を回す。頭が楽な位置になるよう、肩の位置をわずかに調整する。そして、何度もゆっくりと髪を撫でた。
部屋には、二人の静かな呼吸だけが響いている。先ほどまで聞こえていた泣き声は、もうほとんど聞こえない。
「……よかった」
菊が小さく呟いた。その声には、心から安心したような響きがあった。ナマエが目を閉じる。けれど、まだ完全には眠っていないらしい。菊の服を掴んだ指先だけは、離れようとしなかった。菊はそれに気づくと、少しだけ口元を緩める。
「……眠れそうですか?」
小さな頷き。
「そうですか」
菊はほっとしたように微笑んだ。それから布団を整え、ナマエの肩が冷えないように掛け直す。それでも手は離さない。ナマエの手を自分の手で包み、親指でそっと手の甲を撫でる。
「では、眠るまでこうしていましょう」
静かな声だった。約束するように、ゆっくりと言葉を置く。ナマエの呼吸が、さらに穏やかになる。菊はその様子を見守りながら、しばらく黙っていた。
夜の静けさが戻ってくる。さっきまで泣いていたことが嘘のようだった。やがてナマエが眠りについたのを確認すると、菊は小さく微笑む。
「……おやすみなさい」
その声は、とても優しかった。ナマエの髪を最後に一度だけ撫でる。そして菊自身も、その隣で静かに目を閉じた。
腕の中の温かな感触と、先ほどまでの不安が消えていったことへの安堵。それだけで、夜はもう十分に穏やかなものになっていた。菊は眠りにつく直前まで、ナマエの手を離さなかった。
ところが、ふと小さな声が聞こえた。
「……う……」
眠りの底から引き上げられるように、菊がゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした視界の中で隣を見ると、ナマエが布団の中で小さく身を縮めていた。
肩が震えている。その頬には涙が伝っていた。
「……どうしました?」
菊は眠気も忘れ、すぐに身体を起こした。心配そうに主人公の顔を覗き込み、状況を理解すると、眉を下げる。
「……怖い夢でも、見たのですか?」
ナマエは答えようとする。けれど、言葉になる前に涙がこぼれた。菊は何も急かさなかった。ただ、布団の上に置かれていた主人公の手へ、自分の手を重ねる。
冷たい。そう気づいた瞬間、菊の表情がさらに心配そうになる。
「……大丈夫ですよ」
指先を包むように、両手でそっと握る。しばらくそうしていると、ナマエの身体がわずかに菊のほうへ寄ってきた。
菊は一瞬だけ目を丸くした。そして、その意味を理解した途端、頬がほんのり赤くなる。普段なら、恋人からこうして頼られることが嬉しくても、照れが先に立ってしまう。けれど今は、そんなことを気にしている場合ではない。菊はゆっくりと腕を広げた。
「ほら。私はここにいますから」
主人公がその胸元へ寄ってくる。菊はそっと受け止めた。背中へ腕を回し、もう片方の手を頭へ添える。そのまま、逃げてしまわないようにするのではなく、安心できる場所を作るように、静かに抱き寄せた。
「……怖かったですね」
ナマエの身体が小さく震える。菊はその震えが落ち着くまで、何も言わずに背中を撫で続けた。一定のゆっくりとした動き。髪に触れる手も優しい。やがてナマエの呼吸が少しずつ穏やかになっていく。その変化を感じ取り、菊はようやく小さく息を吐いた。
「でも、もう大丈夫です」
ナマエが菊の服をぎゅっと掴む。その仕草に、菊は少し驚いたように目を瞬かせた。それから、困ったように笑う。
「私がそばにいますから」
口にした途端、自分で恥ずかしくなったのか、菊はわずかに視線を逸らした。耳まで赤くなっている。けれど、抱きしめる腕は緩まなかった。
「……そんなに私のことを頼ってくださると」
背中を優しく撫でながら、菊は小さく笑う。
「嬉しくて……困ってしまいますね」
言い終えると、菊はますます照れたように目を伏せた。
「……今のは忘れてください」
そんなことを言いながらも、ナマエを離すつもりはないらしい。むしろナマエが安心したように身体を預けてくると、その重みを受け止めるように抱き方を少しだけ変えた。背中を包み込むように腕を回す。頭が楽な位置になるよう、肩の位置をわずかに調整する。そして、何度もゆっくりと髪を撫でた。
部屋には、二人の静かな呼吸だけが響いている。先ほどまで聞こえていた泣き声は、もうほとんど聞こえない。
「……よかった」
菊が小さく呟いた。その声には、心から安心したような響きがあった。ナマエが目を閉じる。けれど、まだ完全には眠っていないらしい。菊の服を掴んだ指先だけは、離れようとしなかった。菊はそれに気づくと、少しだけ口元を緩める。
「……眠れそうですか?」
小さな頷き。
「そうですか」
菊はほっとしたように微笑んだ。それから布団を整え、ナマエの肩が冷えないように掛け直す。それでも手は離さない。ナマエの手を自分の手で包み、親指でそっと手の甲を撫でる。
「では、眠るまでこうしていましょう」
静かな声だった。約束するように、ゆっくりと言葉を置く。ナマエの呼吸が、さらに穏やかになる。菊はその様子を見守りながら、しばらく黙っていた。
夜の静けさが戻ってくる。さっきまで泣いていたことが嘘のようだった。やがてナマエが眠りについたのを確認すると、菊は小さく微笑む。
「……おやすみなさい」
その声は、とても優しかった。ナマエの髪を最後に一度だけ撫でる。そして菊自身も、その隣で静かに目を閉じた。
腕の中の温かな感触と、先ほどまでの不安が消えていったことへの安堵。それだけで、夜はもう十分に穏やかなものになっていた。菊は眠りにつく直前まで、ナマエの手を離さなかった。
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