ヘビの命(単発まとめ)
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親父は天才と呼ばれる医師だった。
その所以か家にいる時間は少なく、会話することも稀。……話せる機会が来ても目も合わせずパソコンなり書類なりを見ながら「言いたいことがそれだけならもう行け。話すことは何もない。私は忙しいんだ、見てわかるだろう」。……俺に興味があるようには到底思えなかった。今思えば単なる跡継ぎのために俺が存在したのだと理解しているが、そんな冷たい反応をされてもまだ幼少期の俺は人々を救う力のある親父を心から尊敬し、愛されたい……そう思っていた。
いつかは自分を見て貰える日が来ると。
……小さな命を奪ったあの日。
「父さんどうしようっ、ヘビを、ころして、」
殺したヘビの亡骸を抱え、命を奪ったことへの罪悪感に酷く取り乱しながら親父の書斎に駆け込んだ。
きっと命を救う仕事をしている父なら心から怒ってくれると、今日こそ俺を見てくれると。……取り乱しながらもどこかで俺を見て貰えるかもしれないという気持ちがなかったとは言えない。
しかし親父が俺を見たのは一瞬で、すぐに手元の書類に視線を戻してただ無感情に
「……あれを片付けろ」
と、開口一番そう言った。
命令を受けた親父の秘書に亡骸をするりと奪われ呆然とする俺に
「ヘビ如きの命を奪ったからなんだ、その程度で騒ぐな愚かしい。知らないなら覚えておけ、"ヘビの命は軽い"」
そう淡々と当たり前のように言い放ったあいつにショックを受けたんだったか。そう、この時点では。
俺が叫びながら書斎に駆け込んだものだから別の部屋にいた母も慌てて書斎に駆け込んで俺を抱き締め、
「可哀想な坊や、ヘビのせいで心を痛めるなんて……貴方は何も悪くないの、ヘビ一匹殺したからって何も心配はいらないわ。だから落ち着いて……ね」
何も悪くない、そう何度も優しく刷り込むように唱えられながら頭を撫でられた。
「お前はこれからたくさんの人の命を救う人間になるんだ。無価値な命のことを考えるような時間の余裕があるならさっさと部屋に戻り勉強をしろ」
「っヘビの命にも価値はっ!」
「聞こえなかったのか」
「!……わ、かり、ました。……父さん」
二度も言わせるなと言わんばかりの重く低く声色に怯み、口を閉ざす。ようやく自分は父から愛されないのだと悟ったのがこの瞬間だ。
「本当に優しい子……でもね、ヘビにもその慈愛をもつ必要はないのよ。
さ、お父さんは多忙で大変ですから部屋に戻りましょうね。あとで紅茶を淹れてあげるから」
「……ありがとうございます」
母のヘビの差別発言に曖昧な笑みを浮かべながら礼を言って足早に書斎を後にし、自室に戻ってすぐ俺はドアを背にずるずると座り込んで。
「……ヘビの命は軽い、ヘビの命は軽い、ヘビの命は、」
頭を抱えながら何度も何度も呟く、まるで呪詛のように。いや、まるで、ではないか。結果俺はその言葉が原因で命を一度落としているのだから。
……すべての命は平等であると信じていた。すべての命をいつか救える大人になると信じていた。両親もそう望んでいると信じて、疑わなかった。
救う価値もない軽い命があるなんて、誰よりも尊敬した医師である父親の口から、誰に対しても分け隔てなく愛情を注いでいた母親の口から聞きたくは、なかった。
自分の心を守るために言われるがままヘビの命は軽いと心に刻んだとはいえ、本当は……命は戻らないものだと。取り返しのつかないことを俺はしたのだと、教えて欲しかった。あのヘビを埋葬してやりたかった。一緒に……。
家族とは、そういうものじゃなかったのか?
――――俺は、ヘビの命は軽いと認識すると同時に、家族への興味も失った。
「なんで無理したの」
ヘビ探偵の声に記憶の海から現実に引き戻される。
低めの、明らかに怒っている声色。人間だったら仁王立ちしている様のヘビ探偵の前で、俺は正座していた。
「……一人なら……相手にできると思いまして……」
自分の口から出たとは思えない歯切れの悪い答えに内心苦笑する。
「で、そう思った結果どうなりましたか」
「……頬の傷くらいで大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ!僕っ、助手が怪我したって聞いてどれだけ肝を冷やしたと……!あと少しナイフの軌道がずれてたら助手、無事で済まなかったよ!?」
今週の始め頃、ストーカーに付きまとわれているが警察に相談出来るほどの証拠がない、しばらく護衛してほしいという女性の依頼で俺は一人でその女性の送り迎えをしていた。そして今日、痺れを切らしたストーカーの男がお前は彼女のなんなんだと、彼女を家に送って事務所へと帰ろうとしたときに詰め寄られたのだ。……ナイフを持って。
そしてまあ、……返り討ちにして身柄を拘束したもののその際、頬に傷を受けたと。
依頼主に警察を呼んでもらいその身柄を引き渡してからヘビ探偵には傷のことを適当に誤魔化すつもりで事務所に帰ってみれば、どこから聞いたのか事の顛末をすべて把握しているヘビ探偵に正座させられ……今に至る。
傷を受けたのは間違いだった。説得を試みたばかりに……さっさと制圧すればこんな説教聞かずに済んだはずだ。ヘビ探偵にそんな苦しそうな顔もさせなかった。
「……しばらく助手依頼で外出するの禁止ね」
「は、いやそれは」
「正座!」
「……はい」
立て膝をつき手を伸ばそうとしたがそう言われてしまえば姿勢を戻すしかない。
「……あのね、助手。自覚ある?」
「なんのですか」
「僕、君、大切。君、僕の、家族。ドゥーユーアンダスタン?」
突然の日本語発音の英語に吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
「笑うとこじゃないです」
「笑ってません」
はあ、と溜め息をひとつ溢してからするするとその身体を伸ばし、正座する俺を至近距離から覗き込んだ。
「……痛い?」
「言っておきますが、これくらいあの無能の助手していた頃では日常茶飯事でしたよ」
「そういう問題じゃない」
とりつく島もないな。
「……家族が怪我したら、そりゃ嫌でしょ」
しきりにヘビ探偵が口にする家族、という言葉がくすぐったい。
俺のために怒って、俺のせいで悲しんで。
あの頃求めていた家族のあり方がこの歳になって手に入るなんて、勝手に家族に失望していた幼少期の俺に想像できる筈もないだろうな。
「……反省してます」
「ほんとかな」
「家族の悲しむ顔を見るのは苦しいと学んだので」
「……そこわかってくれたなら許す」
渋々言った許すの言葉にほっとする。
「依頼の同行も?」
「同行だけね。簡単な依頼じゃない限り別行動は禁止」
「は?過保護すぎませんかね」
「誰のせいだ」
「私のせいですね」
「わかっているならよろしい」
手分けして依頼をした方が効率もいいのに……、なんて口答えはしない。外出禁止令などに進化されたら堪ったもんじゃないからな。
「……さ、反省会は終わり!助手、今日は災難だったね、依頼主さんを守ってくれてありがとう、お疲れ様!」
「なんだ、褒めてもくれるんですね」
「当たり前でしょ、褒めて伸ばすのは人間もヘビも共通事項!シチュー作ってあるんだ、今よそうから今日頑張った助手クンは座って待っていてください」
「よそうくらいやりますよ」
「逆によそうだけなら簡単だから気を遣わなくていいんだよ」
「……じゃあ、仕方なく座ります」
「どうぞどうぞ」
大人しく席につき、シチューをよそう様を見詰めた。
コンロ脇に用意された皿に盛り付けていく。当初ヘビ探偵がカレーやシチューを盛り付けるときはハラハラしたものだが……手慣れたものだ。
ふ、と。家族愛、という単語が脳裏に浮かんだ。
家族も愛も柄じゃない。
柄じゃないが、ヘビ探偵がくれる感情が。
今俺が持っているこの感情こそが、きっと。
……やめだやめだ、恥ずかしい。
椅子からがたりと立ち上がり、ヘビ探偵の横に向かう。
「やっぱ手伝います」
「え、急にどうしたの」
「ちょっと、まあ、あるんですよ色々と」
「別にもう手伝うことないけどな……じゃあテーブルによそったもの並べてくれる?」
「仰せのままに」
こういうのは、言葉にする方が野暮というものだろう。
参考資料
9月19日誕生花
『サルビア 燃える思い 知恵 家族愛』
『ブロワリア 貴方は魅力に富んでいる』
『ツリフネソウ 安楽 私に触れないで下さい 詩的な愛』
『スゲ あきらめ 自重』
その所以か家にいる時間は少なく、会話することも稀。……話せる機会が来ても目も合わせずパソコンなり書類なりを見ながら「言いたいことがそれだけならもう行け。話すことは何もない。私は忙しいんだ、見てわかるだろう」。……俺に興味があるようには到底思えなかった。今思えば単なる跡継ぎのために俺が存在したのだと理解しているが、そんな冷たい反応をされてもまだ幼少期の俺は人々を救う力のある親父を心から尊敬し、愛されたい……そう思っていた。
いつかは自分を見て貰える日が来ると。
……小さな命を奪ったあの日。
「父さんどうしようっ、ヘビを、ころして、」
殺したヘビの亡骸を抱え、命を奪ったことへの罪悪感に酷く取り乱しながら親父の書斎に駆け込んだ。
きっと命を救う仕事をしている父なら心から怒ってくれると、今日こそ俺を見てくれると。……取り乱しながらもどこかで俺を見て貰えるかもしれないという気持ちがなかったとは言えない。
しかし親父が俺を見たのは一瞬で、すぐに手元の書類に視線を戻してただ無感情に
「……あれを片付けろ」
と、開口一番そう言った。
命令を受けた親父の秘書に亡骸をするりと奪われ呆然とする俺に
「ヘビ如きの命を奪ったからなんだ、その程度で騒ぐな愚かしい。知らないなら覚えておけ、"ヘビの命は軽い"」
そう淡々と当たり前のように言い放ったあいつにショックを受けたんだったか。そう、この時点では。
俺が叫びながら書斎に駆け込んだものだから別の部屋にいた母も慌てて書斎に駆け込んで俺を抱き締め、
「可哀想な坊や、ヘビのせいで心を痛めるなんて……貴方は何も悪くないの、ヘビ一匹殺したからって何も心配はいらないわ。だから落ち着いて……ね」
何も悪くない、そう何度も優しく刷り込むように唱えられながら頭を撫でられた。
「お前はこれからたくさんの人の命を救う人間になるんだ。無価値な命のことを考えるような時間の余裕があるならさっさと部屋に戻り勉強をしろ」
「っヘビの命にも価値はっ!」
「聞こえなかったのか」
「!……わ、かり、ました。……父さん」
二度も言わせるなと言わんばかりの重く低く声色に怯み、口を閉ざす。ようやく自分は父から愛されないのだと悟ったのがこの瞬間だ。
「本当に優しい子……でもね、ヘビにもその慈愛をもつ必要はないのよ。
さ、お父さんは多忙で大変ですから部屋に戻りましょうね。あとで紅茶を淹れてあげるから」
「……ありがとうございます」
母のヘビの差別発言に曖昧な笑みを浮かべながら礼を言って足早に書斎を後にし、自室に戻ってすぐ俺はドアを背にずるずると座り込んで。
「……ヘビの命は軽い、ヘビの命は軽い、ヘビの命は、」
頭を抱えながら何度も何度も呟く、まるで呪詛のように。いや、まるで、ではないか。結果俺はその言葉が原因で命を一度落としているのだから。
……すべての命は平等であると信じていた。すべての命をいつか救える大人になると信じていた。両親もそう望んでいると信じて、疑わなかった。
救う価値もない軽い命があるなんて、誰よりも尊敬した医師である父親の口から、誰に対しても分け隔てなく愛情を注いでいた母親の口から聞きたくは、なかった。
自分の心を守るために言われるがままヘビの命は軽いと心に刻んだとはいえ、本当は……命は戻らないものだと。取り返しのつかないことを俺はしたのだと、教えて欲しかった。あのヘビを埋葬してやりたかった。一緒に……。
家族とは、そういうものじゃなかったのか?
――――俺は、ヘビの命は軽いと認識すると同時に、家族への興味も失った。
「なんで無理したの」
ヘビ探偵の声に記憶の海から現実に引き戻される。
低めの、明らかに怒っている声色。人間だったら仁王立ちしている様のヘビ探偵の前で、俺は正座していた。
「……一人なら……相手にできると思いまして……」
自分の口から出たとは思えない歯切れの悪い答えに内心苦笑する。
「で、そう思った結果どうなりましたか」
「……頬の傷くらいで大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ!僕っ、助手が怪我したって聞いてどれだけ肝を冷やしたと……!あと少しナイフの軌道がずれてたら助手、無事で済まなかったよ!?」
今週の始め頃、ストーカーに付きまとわれているが警察に相談出来るほどの証拠がない、しばらく護衛してほしいという女性の依頼で俺は一人でその女性の送り迎えをしていた。そして今日、痺れを切らしたストーカーの男がお前は彼女のなんなんだと、彼女を家に送って事務所へと帰ろうとしたときに詰め寄られたのだ。……ナイフを持って。
そしてまあ、……返り討ちにして身柄を拘束したもののその際、頬に傷を受けたと。
依頼主に警察を呼んでもらいその身柄を引き渡してからヘビ探偵には傷のことを適当に誤魔化すつもりで事務所に帰ってみれば、どこから聞いたのか事の顛末をすべて把握しているヘビ探偵に正座させられ……今に至る。
傷を受けたのは間違いだった。説得を試みたばかりに……さっさと制圧すればこんな説教聞かずに済んだはずだ。ヘビ探偵にそんな苦しそうな顔もさせなかった。
「……しばらく助手依頼で外出するの禁止ね」
「は、いやそれは」
「正座!」
「……はい」
立て膝をつき手を伸ばそうとしたがそう言われてしまえば姿勢を戻すしかない。
「……あのね、助手。自覚ある?」
「なんのですか」
「僕、君、大切。君、僕の、家族。ドゥーユーアンダスタン?」
突然の日本語発音の英語に吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
「笑うとこじゃないです」
「笑ってません」
はあ、と溜め息をひとつ溢してからするするとその身体を伸ばし、正座する俺を至近距離から覗き込んだ。
「……痛い?」
「言っておきますが、これくらいあの無能の助手していた頃では日常茶飯事でしたよ」
「そういう問題じゃない」
とりつく島もないな。
「……家族が怪我したら、そりゃ嫌でしょ」
しきりにヘビ探偵が口にする家族、という言葉がくすぐったい。
俺のために怒って、俺のせいで悲しんで。
あの頃求めていた家族のあり方がこの歳になって手に入るなんて、勝手に家族に失望していた幼少期の俺に想像できる筈もないだろうな。
「……反省してます」
「ほんとかな」
「家族の悲しむ顔を見るのは苦しいと学んだので」
「……そこわかってくれたなら許す」
渋々言った許すの言葉にほっとする。
「依頼の同行も?」
「同行だけね。簡単な依頼じゃない限り別行動は禁止」
「は?過保護すぎませんかね」
「誰のせいだ」
「私のせいですね」
「わかっているならよろしい」
手分けして依頼をした方が効率もいいのに……、なんて口答えはしない。外出禁止令などに進化されたら堪ったもんじゃないからな。
「……さ、反省会は終わり!助手、今日は災難だったね、依頼主さんを守ってくれてありがとう、お疲れ様!」
「なんだ、褒めてもくれるんですね」
「当たり前でしょ、褒めて伸ばすのは人間もヘビも共通事項!シチュー作ってあるんだ、今よそうから今日頑張った助手クンは座って待っていてください」
「よそうくらいやりますよ」
「逆によそうだけなら簡単だから気を遣わなくていいんだよ」
「……じゃあ、仕方なく座ります」
「どうぞどうぞ」
大人しく席につき、シチューをよそう様を見詰めた。
コンロ脇に用意された皿に盛り付けていく。当初ヘビ探偵がカレーやシチューを盛り付けるときはハラハラしたものだが……手慣れたものだ。
ふ、と。家族愛、という単語が脳裏に浮かんだ。
家族も愛も柄じゃない。
柄じゃないが、ヘビ探偵がくれる感情が。
今俺が持っているこの感情こそが、きっと。
……やめだやめだ、恥ずかしい。
椅子からがたりと立ち上がり、ヘビ探偵の横に向かう。
「やっぱ手伝います」
「え、急にどうしたの」
「ちょっと、まあ、あるんですよ色々と」
「別にもう手伝うことないけどな……じゃあテーブルによそったもの並べてくれる?」
「仰せのままに」
こういうのは、言葉にする方が野暮というものだろう。
参考資料
9月19日誕生花
『サルビア 燃える思い 知恵 家族愛』
『ブロワリア 貴方は魅力に富んでいる』
『ツリフネソウ 安楽 私に触れないで下さい 詩的な愛』
『スゲ あきらめ 自重』