黯然銷魂

side.神山


「神山さん!!」

誰かの叫びにも似た俺の名前を呼ぶ声で、ハッとして動きが止まる。それと同時に握り締めていた何かの破片が手から落ちて、カランと音を立てた。

俺は、何をしていたんだっけ。

「私が分かりますか?」

俺の両肩を掴んで問い掛ける彼は……、そうだ、成瀬さんだ。彼の表情は歪んでいるように見える。心配?怒り?呆れ?どれだろうか。

「ぁ……」

ぐらりと視界が回って、彼の方へと身体が傾く。何故だろう。とても眠たいような気がする。抱き留めてくれた彼の肩に顎を乗せて見渡せる範囲に見える光景に、ひゅ、と喉が鳴った。

泥棒でも入ったのかというくらいに荒れた部屋。テーブルの上に置いてあったものは軒並み床にばら撒かれていて、グラスか何かが割れて飛び散っている。家具は壁や床に傷をつけながら、正しい向きではない状態で佇んでいる。

そして俺自身の手が真っ赤に染まっている。

それを見た途端にざざっとノイズが走ったように目の前の光景が、自分の見た事のない景色と重なる。こんな景色は知らない。頭が割れるように痛い。誰だ、この女性は。知らない。痛い。

「神山さん!」

違う。俺じゃない。それなのに自分の目の前に血を流した女性が倒れている。俺の手は真っ赤で。知らない知らない知らない……!いくら頭を振っても消えちゃくれない光景。

「……み、さ……き……」

ガンガンと殴られるような頭痛に意識が朦朧とする。あぁ、そうだ。俺は。……俺は、何をしていたんだっけ。



傷は手の平と、腕。どれも俺が自分で付けた。その記憶はないがそれ以外に考えられない。多分、割れた破片を握り締めてやったんだろう。ベッドに腰掛けた俺の傷の手当てを慣れた手付きでこなしていく彼。滅茶苦茶になっていた部屋は彼の手で片付けられた。

俺は過去にも同じ事をしている。その度の記憶はないけど彼がそう言うのだからそうなんだろう。消えなくなった傷痕がそれを証明している。

「…これ、全部飲んだんですか?」

彼が手に持つのは割れた薬瓶。中身は何だったっけ。飲んだ記憶もあまり無い。けど、このふわふわとした感覚や傷の痛みが無いことから、おそらく俺はあの中身を飲んだんだろう。どれだけの量があったかなんて覚えている筈もない。

「神山さん、私は……僕はそんなに頼りないでしょうか」

俺の脚の間でしゃがんでいる彼の手が俺の頬に添えられる。温かくて心地良い手。ずっと触れていたい温もり。

「何かあったら僕を呼んでくださいって、言いましたよね」

彼のふわふわとした髪を包帯が巻かれた手で撫でる。柔らかくて綺麗な黒髪。

「なんで笑ってるんですか……」

温もりが俺の身体を包み込んで、程よい圧迫感で満たしていく。このままこの温もりとひとつに溶け合えたらいいのに。そうしたらきっと。

「"苦しい"って言っていいんですよ」

彼が腕の力を強める。少し痛くて苦しいくらいに。でもそれが逆に心地良い。

「……"助けて"って、……言っていいんですよ」

彼の声が震えている。肩に顔を押し付けられている俺からは表情が見えないけど、きっと泣いているんだろう。俺は何度、彼を泣かせれば気が済むんだろう。

どうして俺を此処に連れてきたんだろう。どうして、俺を見捨てないんだろう。

嗚呼、消えて無くなってしまいたい。


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