業(カルマ)

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「待てこの糞ガキィィイッ!!」

町を駆け抜ける俺の背中に、大人達の怒号が浴びせられる。理由は単純明快。売られていたパンを俺が盗んだからだ。赦して欲しいだなんて思わない。だが生きる為に手段なんてものは選んでいられない。

家畜のように醜く肥えた大人達には、その日の食事にありつけるかどうかも分からない毎日なんて到底分かりゃしないだろうし、そんな重たい身体じゃ風のように駆け抜ける俺に追い付ける筈もないだろう。


天国だろうが、地獄だろうが。こんな腐った世の中よりマシだというなら喜んで行ってやるよ。

『人は皆平等なのです』

何処ぞのペテン師がほざいた言葉。そんなもの、この世界の何処にも存在していないというのに。結局は富、名誉、権力。それらがすべてだ。何も持っていない者には、人間としての尊厳すら許されない。



大人達を撒いた後にすれ違った行列の中。その中に目を奪われる程に美しい奴が居た。男なのか女なのか。そんなことはどうでもいいと思える程に美しい。

だけどこのクソみたいな町にその美しさはどう見たって浮いている。何処かの貴族の人間だろうか。いや、俺の勘が違うと言っている。気持ちが悪いくらいににやついている大人に手を引かれ俯いているソイツの頬に、涙が見えたような気がした。

──売られてきたのか。

綺麗なアイツはきっと、富豪の家に買われたのだろう。金持ちの道楽?巫山戯るな。汚い大人が人を買う理由なんて、決して良いものなんかじゃない。胸糞悪い。反吐が出る。


『神は皆を救ってくれます』

そんな訳がない。そもそも神なんて居ないだろう。居るとするなら何故俺を、アイツを救ってくれないんだ。何故見捨てるんだ。



ある日の夕暮れ時、店が閉まり始めた頃を見計らって剣をひとつ盗んだ。闘う為の武器をひとつだけ持って、あの綺麗なアイツを助け出すんだ。自由にしてやるんだ。

──……俺が、アイツの神になるんだ。

抱えて走るには重たい剣を力の限り振り回して、醜い大人達を何人も斬り捨ててやった。今更どれだけ罪が増えようがどうだっていい。もう後戻りなんて出来ない。しようとも思わない。

返り血に塗れた俺は何に見えるだろうか。なんだっていい。アイツを救えるなら。



アイツの元に辿り着く頃にはもうこの屋敷に生きている存在は、俺とアイツだけになっていた。一体何人の命を奪ったか分からない。10を超えた辺りから数えるのを止めた。

「此処から逃げよう。……俺が、アンタを此処から連れ出してやるから」

俺が差し出した手は取られることはなかった。それどころか、ソイツは珠を転がしたような声と、華が咲いたような笑顔でこう言った。

「──殺してください」

そんな綺麗な声であまりに悲痛な叫びを。そんな素敵な笑顔で「死にたい」と言うのか。その綺麗な身体は、魂はどれ程の穢れに染められたのか。きっと、俺が想像するよりも。剣を握る手に無意識に力が入る。

君がそれで救われるのなら。「死」が君を救うのなら。

──俺は死神になろうじゃないか。

最後の一振りを、君に。



町外れの小高い丘の上、十字架を模した組木の前で俺はただ立ち尽くしていた。両手は土と血で汚れている。泣く事すら忘れていた俺の腹が、思い出したように空腹を報せて鳴る。

俺は君の神になれたのだろうか。せめて、せめて君が来世は幸せであるようにと、俺は信じもしていない神に祈った。


ある時代、ある場所、乱れた世界の片隅で。



fin.
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