平行線
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3ヶ月に一度来るというソレが初めて来たのは高校3年の頃だった。
俺はごくごく普通の家庭で生まれ育った。両親と3つ上の姉との4人家族。亡くなった祖父母も曾祖父母も、そのまたご先祖もずっとベータしかいない、典型的なベータ家系だった。俺も当然、ベータとして平凡な人生を送っていくのだと思っていた。
高校3年の春の健康診断で俺はオメガだと診断され、人生に絶望した。世間では皆平等だと声高に宣言されちゃいるが、実際 人々に根付いている差別意識は簡単には無くなりはしない。昔程その差別は無くなったとはいえ、オメガというだけで進路も職業も制限されて軽視される。
俺はオメガを嫌悪していた。つまり俺も差別する側の人間だったわけだが、たった一度の検査でそれが逆転してしまった。
初めてヒートを迎えた時は、何となく身体が怠くて熱っぽく、風邪を引いたのだと思った。だけど次第にその熱は全身を疼かせ、脳の中を支配していき、ひとつの事しか考えられなくなっていった。抑制剤を飲めばこのヒートの症状は抑えられる。が、その代償に酷い副作用に苦しめられるようになった。
家族には猿のように発情して自慰に勤しむ姿も、副作用で寝込む姿も見られたくなくて、高校卒業と同時に家を出た。引き留められる事はなかった。
それから月日は流れて俺は24歳になった。
「……っ、げほ…」
胃が痙攣し、喉に酸っぱいものが込み上げて胃液を吐き出す。激しい頭痛と吐気で食事もままならないせいで、俺の胃の中には もう吐き出すものがない。
何度こうして苦しめられてきただろう。ヒートを繰り返す度に、抑制剤の量が増えていく。それに伴って副作用も強まっていく。薬を飲んでも飲まなくても外出なんてのは出来ない。ただ地獄のような期間が一週間、続くだけだ。いっそのこと早く死んでしまいたいとさえ、思うようになった。そもそもおそらく俺は長くは生きられない。
番を持たないオメガは年々激しくなっていくヒートや抑制剤の副作用に身体が耐えきれなくなり、やがて衰弱して命を落とす。俺もきっとそうなる。それでいい。はしたなく他人を求めるくらいなら、死んだ方がマシだ。
便座に向かって嘔吐いているとインターホンが来客を報せて鳴った。しかし身体に力が入らず、立ち上がることすら出来ない。が、どうせこの部屋に来るのはひとりしか居ない。暫くして鍵を開ける音がして、廊下を歩く足音が聴こえた。そして、トイレで蹲っている俺を見付けて、その大きな手で背中を擦ってくれた。
「大丈夫か?吐いたのか?」
「……ん、だいじょ…ぶ…」
俺を心配そうに覗き込む彼は幼馴染だ。元々家が近所で小さい頃から一緒に遊んでいた仲の彼は、俺が家を出る頃に一人暮らしを始めた。今は隣の部屋に住んでいる彼の第2の性はベータで、俺のヒートに誘発される事はない。それが何よりも救いだった。俺の部屋の合鍵を渡してあって、俺が動けない時には何かと世話を焼いてくれる。
「動けるか?」
「……ん」
「ベッド行こうか」
彼に肩を支えられながら寝室へと戻ってベッドに横たわると、彼はスポーツドリンクを差し出してきた。
「飲めそうか?」
「……飲む」
俺はそれを受け取って中身で喉を潤していく。甘い液体が身体に染み渡るようで心地好い。気付けば吐気は治まっていた。
「何か食えそうなら用意するけど」
「……いい、要らない」
酷く疲れていた。まともに睡眠が取れないからだ。目を閉じてもガンガンと打ち付けるような頭痛と、さっきのような吐気で寝るに寝られない。死ぬまでこれが続くのかと思うと気が滅入っておかしくなってしまいそうだ。
「なァ、そろそろ番作ッた方が良いンじゃねェの?」
彼が言いたい事はわかる。ヒートの身体的な負担を軽減し、自分の身を守る為には番を作る事が一番手っ取り早い。そんなことは言われなくても分かっている。それでも。
「嫌だね」
「嫌ッてお前……」
「俺に浅ましく股開けってか?」
「そ、ンな言い方……」
イライラする。俺に番を作る気が無いのは彼も知っている筈だ。俺は好きでもないアルファに身体を明け渡す事だけはしたくない。自分が性欲に溺れる姿は絶対に見られたくないし、ましてや相手の子どもを孕むくらいなら死んだ方がマシだ。
「ッオレはお前が心配で、」
「ベータのお前に俺の気持ちなんて分かるわけないだろ」
俺がそう吐き捨てると彼は何かを堪えるように唇を噛み締めたが、それ以上何も言わずに立ち去った。俺は部屋を出ていく彼の背中を見送る事もせずに、布団を頭まで被った。
ヒートが明けた途端に罪悪感に苛まれた。苛立っていたとはいえ、彼に酷い事を言ってしまった。だが元来の意地っ張りな性格のせいで謝るタイミングが分からない。取り敢えず仕事に向かおうと玄関を出たところで、同じように仕事に向かう彼と鉢合わせた。
「お、もう体調は大丈夫か?」
「あぁ……うん……」
何事も無かったかのように笑顔で話し掛けてきた彼。気不味くて目が合わせられない。
「この前はゴメンな?余計な事言ッちまった」
謝らないといけないのは俺の方なのに。
「無神経だッたよな。もう言わねェからさ」
「……俺も、ごめん」
「また何かあッたら頼ッてくれ。お前の力になりてェから」
なんとなくぎこちない空気が流れる。彼は優しい。愚直な程に。その優しさに助けられているのは事実。だけど、いくら幼馴染といってもいつまで俺の面倒を見るつもりなのか。きっと彼もいつかはお似合いのベータの女性と結婚して、俺の元から離れていくくせに。
あれから2ヶ月半。また忌むべきあの熱がやってきた。
「ッは…ぁっ、…」
予定より2週間も早くきたソレは俺の脳と身体を蝕んでいく。ベッドで布団に包まってただひたすらに耐える。
抑制剤が足りない。本来なら明日処方してもらう予定だった。手持ちの少ない薬をやりくりしてどうにか凌ごうとしたが、到底抑えられそうにない。身体の奥で渦巻く熱が、欲が、本能が、理性を奪って、思考を染め上げていく。
数え切れない程に手を伸ばした下半身は自分の欲で濡れている。それでも治まることはない。寧ろ身体の熱は増していく。奥の奥まで穿たれて、暴かれて、快楽に身を委ねてしまいたい。何も考えずに、本能のままに。
「──」
突然名前を呼ばれて身体が跳ねた。いつの間にか彼がベッドの脇に立っていた。
「なん、で……」
「スマン、鳴らしたンだけど返事も無ェし、何かあッたンじゃねェかと思ッて……」
全く気付かなかった。それ程に耽ってしまっていたということか。ふと、乱れた状態の着衣が見られている事を意識してしまって、かっと顔が熱くなる。
「見、んな…よ…」
「わ、悪ィ、すぐ出てく」
「ぁ……待っ、て……」
「え、?」
慌てて踵を返そうとする彼の服の裾を、ベッドから床に転げ落ちながら掴んだ。掴んでしまった。こんなみっともない姿を誰にも見られたくなかったのに、何故彼を引き留めてしまったのか。ましてや彼にだけは見られたく──違う。きっと、彼にだけは見られても構わなかったんだ。
彼は優しい。俺の頼みならきっと何でも訊いてくれる。そして俺はその優しさに付け込もうとしている。だけど、もう身体が耐えられない。熱くて苦しくて、どうしようもできない。彼は困惑した表情で俺を見下ろしている。もう、どうなってもいい。彼になら。この身を暴かれたって構わない。
「…ッ、たすけ、て……」
絞り出した声は酷く小さく、弱々しいものだった。それでも彼にはちゃんと届いたらしく、俺の身体がベッドに寝かせられ、彼がゆっくりと覆い被さってきた。
それから彼は俺を労わるように、優しく抱いた。何度も何度も、謝りながら。
「本当にごめン」
行為が一通り終わった後、彼は深く頭を下げた。俺は一時的に熱は治まりはしたが 気怠さにベッドに身を沈めたまま彼に視線を送る。
「謝んなよ。そもそも俺が誘ったんだから」
「それはそうかもしンねェけど、……こんな事するつもりじゃ……」
彼は視線を彷徨わせた後 意を決したように続ける。
「やッぱ番を作るべきだ。オレじゃその場凌ぎにしかならねェし。アルファの知り合いで誰か、信用出来る人を」
「その話はもうしないって言わなかったか?」
「ッ悪ィ……、」
「もう俺に構わなくて良いよ。またこんなことになったらお前も嫌だろ」
「オレは、」
「これからはちゃんと薬を用意して、自分でなんとかするから。様子も見に来なくていい。今までありがとう」
胸の奥が締め付けられるように痛い。だけどこうするしかない。もう彼を巻き込んではいけない。俺は今笑えているだろうか。
「ッ……」
「じゃあね」
彼がまだ何か言いたそうなのを遮って別れを告げて、寝返りを打って彼に背中を向ける。これでいい。彼はベータ。俺とは違う。ベータ同士で良い人を見付けるべきなんだよ。今日のことは一度の過ちとして忘れて欲しい。
「──!」
ぐい、と肩を掴まれて仰向けにされる。俺を見下ろす彼の表情は今にも泣き出しそうなそれで。止めろよ、そんな顔されたら。
「オレは!お前を助けたくて……ッ、でもオレじゃダメで!お前の番になッてやれない……!だから、他の誰かとお前が番になれば良いッて、そう思ッてた、のに……!」
俺の肩を掴む手がその声と同じように震えている。
「お前が誰かのモノになるなンて耐えられねェンだよ……」
「……え?」
「好きなンだよ」
覆い被さるようにして抱き締められて、心臓が大きく跳ねる。耳元で囁かれるように告げられた言葉に、俺の心が大きく揺さぶられる。
「好きだよ、──」
何を、何を言っているんだ。ベータはベータ同士。これがこの世界の常識だろうに。それなのにオメガである俺が好きだなんて。
「お前の事助けてやれねェのに、好きになッて御免」
どれだけ想い合っても俺たちは番にはなれない。そして番を持たないオメガはやがて衰弱死する。それは彼も当然承知している筈なんだ。それでも彼は俺を誰にも渡したくないと言う。彼らしくない、自分本位な考え。
つまり俺の運命は、彼を選んで番を作らないまま死んでいくか、何処かのアルファを選んで番になって無益に生き長らえるか。そのどちらかを選ばなくてはならない。
嗚呼、彼は優しくなんか無かった。
その事に気付いた俺は自然と口元が緩んでしまう。
「……俺もベータに生まれたかった」
彼の背中に腕を回して服をきゅ、と握り締める。声が震える。
「オメガになんかなりたくなかった……っ」
俺がベータだったら彼とずっと一緒に居られたのに。
互いに涙で濡れた頬を撫で合って。そしてそっと、触れるだけの口付けを交わした。
俺に残された時間はあとどれくらいなのかは分からない。それでも、最期のその時まで彼の傍に居たいと願う。
fin.
3ヶ月に一度来るというソレが初めて来たのは高校3年の頃だった。
俺はごくごく普通の家庭で生まれ育った。両親と3つ上の姉との4人家族。亡くなった祖父母も曾祖父母も、そのまたご先祖もずっとベータしかいない、典型的なベータ家系だった。俺も当然、ベータとして平凡な人生を送っていくのだと思っていた。
高校3年の春の健康診断で俺はオメガだと診断され、人生に絶望した。世間では皆平等だと声高に宣言されちゃいるが、実際 人々に根付いている差別意識は簡単には無くなりはしない。昔程その差別は無くなったとはいえ、オメガというだけで進路も職業も制限されて軽視される。
俺はオメガを嫌悪していた。つまり俺も差別する側の人間だったわけだが、たった一度の検査でそれが逆転してしまった。
初めてヒートを迎えた時は、何となく身体が怠くて熱っぽく、風邪を引いたのだと思った。だけど次第にその熱は全身を疼かせ、脳の中を支配していき、ひとつの事しか考えられなくなっていった。抑制剤を飲めばこのヒートの症状は抑えられる。が、その代償に酷い副作用に苦しめられるようになった。
家族には猿のように発情して自慰に勤しむ姿も、副作用で寝込む姿も見られたくなくて、高校卒業と同時に家を出た。引き留められる事はなかった。
それから月日は流れて俺は24歳になった。
「……っ、げほ…」
胃が痙攣し、喉に酸っぱいものが込み上げて胃液を吐き出す。激しい頭痛と吐気で食事もままならないせいで、俺の胃の中には もう吐き出すものがない。
何度こうして苦しめられてきただろう。ヒートを繰り返す度に、抑制剤の量が増えていく。それに伴って副作用も強まっていく。薬を飲んでも飲まなくても外出なんてのは出来ない。ただ地獄のような期間が一週間、続くだけだ。いっそのこと早く死んでしまいたいとさえ、思うようになった。そもそもおそらく俺は長くは生きられない。
番を持たないオメガは年々激しくなっていくヒートや抑制剤の副作用に身体が耐えきれなくなり、やがて衰弱して命を落とす。俺もきっとそうなる。それでいい。はしたなく他人を求めるくらいなら、死んだ方がマシだ。
便座に向かって嘔吐いているとインターホンが来客を報せて鳴った。しかし身体に力が入らず、立ち上がることすら出来ない。が、どうせこの部屋に来るのはひとりしか居ない。暫くして鍵を開ける音がして、廊下を歩く足音が聴こえた。そして、トイレで蹲っている俺を見付けて、その大きな手で背中を擦ってくれた。
「大丈夫か?吐いたのか?」
「……ん、だいじょ…ぶ…」
俺を心配そうに覗き込む彼は幼馴染だ。元々家が近所で小さい頃から一緒に遊んでいた仲の彼は、俺が家を出る頃に一人暮らしを始めた。今は隣の部屋に住んでいる彼の第2の性はベータで、俺のヒートに誘発される事はない。それが何よりも救いだった。俺の部屋の合鍵を渡してあって、俺が動けない時には何かと世話を焼いてくれる。
「動けるか?」
「……ん」
「ベッド行こうか」
彼に肩を支えられながら寝室へと戻ってベッドに横たわると、彼はスポーツドリンクを差し出してきた。
「飲めそうか?」
「……飲む」
俺はそれを受け取って中身で喉を潤していく。甘い液体が身体に染み渡るようで心地好い。気付けば吐気は治まっていた。
「何か食えそうなら用意するけど」
「……いい、要らない」
酷く疲れていた。まともに睡眠が取れないからだ。目を閉じてもガンガンと打ち付けるような頭痛と、さっきのような吐気で寝るに寝られない。死ぬまでこれが続くのかと思うと気が滅入っておかしくなってしまいそうだ。
「なァ、そろそろ番作ッた方が良いンじゃねェの?」
彼が言いたい事はわかる。ヒートの身体的な負担を軽減し、自分の身を守る為には番を作る事が一番手っ取り早い。そんなことは言われなくても分かっている。それでも。
「嫌だね」
「嫌ッてお前……」
「俺に浅ましく股開けってか?」
「そ、ンな言い方……」
イライラする。俺に番を作る気が無いのは彼も知っている筈だ。俺は好きでもないアルファに身体を明け渡す事だけはしたくない。自分が性欲に溺れる姿は絶対に見られたくないし、ましてや相手の子どもを孕むくらいなら死んだ方がマシだ。
「ッオレはお前が心配で、」
「ベータのお前に俺の気持ちなんて分かるわけないだろ」
俺がそう吐き捨てると彼は何かを堪えるように唇を噛み締めたが、それ以上何も言わずに立ち去った。俺は部屋を出ていく彼の背中を見送る事もせずに、布団を頭まで被った。
ヒートが明けた途端に罪悪感に苛まれた。苛立っていたとはいえ、彼に酷い事を言ってしまった。だが元来の意地っ張りな性格のせいで謝るタイミングが分からない。取り敢えず仕事に向かおうと玄関を出たところで、同じように仕事に向かう彼と鉢合わせた。
「お、もう体調は大丈夫か?」
「あぁ……うん……」
何事も無かったかのように笑顔で話し掛けてきた彼。気不味くて目が合わせられない。
「この前はゴメンな?余計な事言ッちまった」
謝らないといけないのは俺の方なのに。
「無神経だッたよな。もう言わねェからさ」
「……俺も、ごめん」
「また何かあッたら頼ッてくれ。お前の力になりてェから」
なんとなくぎこちない空気が流れる。彼は優しい。愚直な程に。その優しさに助けられているのは事実。だけど、いくら幼馴染といってもいつまで俺の面倒を見るつもりなのか。きっと彼もいつかはお似合いのベータの女性と結婚して、俺の元から離れていくくせに。
あれから2ヶ月半。また忌むべきあの熱がやってきた。
「ッは…ぁっ、…」
予定より2週間も早くきたソレは俺の脳と身体を蝕んでいく。ベッドで布団に包まってただひたすらに耐える。
抑制剤が足りない。本来なら明日処方してもらう予定だった。手持ちの少ない薬をやりくりしてどうにか凌ごうとしたが、到底抑えられそうにない。身体の奥で渦巻く熱が、欲が、本能が、理性を奪って、思考を染め上げていく。
数え切れない程に手を伸ばした下半身は自分の欲で濡れている。それでも治まることはない。寧ろ身体の熱は増していく。奥の奥まで穿たれて、暴かれて、快楽に身を委ねてしまいたい。何も考えずに、本能のままに。
「──」
突然名前を呼ばれて身体が跳ねた。いつの間にか彼がベッドの脇に立っていた。
「なん、で……」
「スマン、鳴らしたンだけど返事も無ェし、何かあッたンじゃねェかと思ッて……」
全く気付かなかった。それ程に耽ってしまっていたということか。ふと、乱れた状態の着衣が見られている事を意識してしまって、かっと顔が熱くなる。
「見、んな…よ…」
「わ、悪ィ、すぐ出てく」
「ぁ……待っ、て……」
「え、?」
慌てて踵を返そうとする彼の服の裾を、ベッドから床に転げ落ちながら掴んだ。掴んでしまった。こんなみっともない姿を誰にも見られたくなかったのに、何故彼を引き留めてしまったのか。ましてや彼にだけは見られたく──違う。きっと、彼にだけは見られても構わなかったんだ。
彼は優しい。俺の頼みならきっと何でも訊いてくれる。そして俺はその優しさに付け込もうとしている。だけど、もう身体が耐えられない。熱くて苦しくて、どうしようもできない。彼は困惑した表情で俺を見下ろしている。もう、どうなってもいい。彼になら。この身を暴かれたって構わない。
「…ッ、たすけ、て……」
絞り出した声は酷く小さく、弱々しいものだった。それでも彼にはちゃんと届いたらしく、俺の身体がベッドに寝かせられ、彼がゆっくりと覆い被さってきた。
それから彼は俺を労わるように、優しく抱いた。何度も何度も、謝りながら。
「本当にごめン」
行為が一通り終わった後、彼は深く頭を下げた。俺は一時的に熱は治まりはしたが 気怠さにベッドに身を沈めたまま彼に視線を送る。
「謝んなよ。そもそも俺が誘ったんだから」
「それはそうかもしンねェけど、……こんな事するつもりじゃ……」
彼は視線を彷徨わせた後 意を決したように続ける。
「やッぱ番を作るべきだ。オレじゃその場凌ぎにしかならねェし。アルファの知り合いで誰か、信用出来る人を」
「その話はもうしないって言わなかったか?」
「ッ悪ィ……、」
「もう俺に構わなくて良いよ。またこんなことになったらお前も嫌だろ」
「オレは、」
「これからはちゃんと薬を用意して、自分でなんとかするから。様子も見に来なくていい。今までありがとう」
胸の奥が締め付けられるように痛い。だけどこうするしかない。もう彼を巻き込んではいけない。俺は今笑えているだろうか。
「ッ……」
「じゃあね」
彼がまだ何か言いたそうなのを遮って別れを告げて、寝返りを打って彼に背中を向ける。これでいい。彼はベータ。俺とは違う。ベータ同士で良い人を見付けるべきなんだよ。今日のことは一度の過ちとして忘れて欲しい。
「──!」
ぐい、と肩を掴まれて仰向けにされる。俺を見下ろす彼の表情は今にも泣き出しそうなそれで。止めろよ、そんな顔されたら。
「オレは!お前を助けたくて……ッ、でもオレじゃダメで!お前の番になッてやれない……!だから、他の誰かとお前が番になれば良いッて、そう思ッてた、のに……!」
俺の肩を掴む手がその声と同じように震えている。
「お前が誰かのモノになるなンて耐えられねェンだよ……」
「……え?」
「好きなンだよ」
覆い被さるようにして抱き締められて、心臓が大きく跳ねる。耳元で囁かれるように告げられた言葉に、俺の心が大きく揺さぶられる。
「好きだよ、──」
何を、何を言っているんだ。ベータはベータ同士。これがこの世界の常識だろうに。それなのにオメガである俺が好きだなんて。
「お前の事助けてやれねェのに、好きになッて御免」
どれだけ想い合っても俺たちは番にはなれない。そして番を持たないオメガはやがて衰弱死する。それは彼も当然承知している筈なんだ。それでも彼は俺を誰にも渡したくないと言う。彼らしくない、自分本位な考え。
つまり俺の運命は、彼を選んで番を作らないまま死んでいくか、何処かのアルファを選んで番になって無益に生き長らえるか。そのどちらかを選ばなくてはならない。
嗚呼、彼は優しくなんか無かった。
その事に気付いた俺は自然と口元が緩んでしまう。
「……俺もベータに生まれたかった」
彼の背中に腕を回して服をきゅ、と握り締める。声が震える。
「オメガになんかなりたくなかった……っ」
俺がベータだったら彼とずっと一緒に居られたのに。
互いに涙で濡れた頬を撫で合って。そしてそっと、触れるだけの口付けを交わした。
俺に残された時間はあとどれくらいなのかは分からない。それでも、最期のその時まで彼の傍に居たいと願う。
fin.
