袖引き
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「なーにが連続自殺だ。自殺の名所、だなんて言葉で片付けるから飛び降りるやつが後を絶たねぇんだろうが」
不機嫌そうに廃ビルの階段をわざとらしく音を立てて上がっていく彼──陽さんの後ろを、俺も着いて上がっていく。廃ビルよろしく、壁や階段の一部は朽ちて剥がれ落ちており、窓ガラスはヒビが入っていたり、はたまた割れていてただの穴と化していたり。
今回俺たちが此処に来たのはとある事件の調査の為。それが先程彼が悪態を付くように漏らしていた連続自殺。被害者たちに共通点は無く、それぞれが知人だったという情報も無い。更に身を投げるような、そんな雰囲気でも何でもなかったという。転落事故、といえばそうなのだろうが何件も立て続けに起こるのは不自然だ。それもこんな廃ビルで。まだ連続自殺の方がしっくり来る。
「大体、屋上の鍵を開けっ放しにしてる時点で管理不足にも程があるだろ」
確かにそれは言えている。が、この一連の事故?事件には不審点がある。そのひとつが、
「いや、管理者が言うには屋上への扉はきちんと施錠しているそうですよ。それが何故か、自殺者が出た時は毎回鍵が開いてるんだとか」
「はぁ?嘘だろ。管理者が言い訳してるだけだろ」
「まぁ…そうでしょうね」
最新の電子キーでも無ければ、ナンバー式の鍵でもない。至って普通の、鍵穴に鍵を差し込むタイプの鍵。とはいえ、何かの拍子にひとりでに開くようなものではない。俺が屋上への扉を開けて外へと出る。
……あれ?鍵が開いて……。
「さて、現場検証といきますか」
「俺はあっちにある鞄見てくるわ」
陽さんが親指で指したのは今回の被害者の持ち物であろう鞄。若い男性だったという。サラリーマンがよく使う通勤用の鞄だ。職場で何かあって此処で、という線も考えられなくはない。
屋上の縁には俺の腰辺りの高さの塀があるだけだ。他にフェンスなど落下防止の為の何かはない。これなら簡単に乗り越えられてしまう。その縁の塀には経年劣化による錆が物凄い量付いているが、崩れ落ちているような箇所はなさそうだ。と、なると転落事故ではなくやはり身投げなのだろうか。
「……ん?」
ふと、目に付いたのは壁の上側に付いている錆。その形がどう見ても手形にしか見えない。それも向きが"外から内へ"だ。まるで落ちかけた誰かがしがみついたような。……今までの被害者たちも此処に手を付いて、下を覗いたのかもしれない。
「気味が悪……──」
ひゅ、と音がした。ような気がしてそちらを見れば。
「──!?」
落ちていく陽さんの姿。何故。どういう、いやそんな事より掴まなくては。落として堪るか……!
塀から身を乗り出して腕を伸ばした途端、自分の身体を支える為に付いていた方の手元の塀が ぼろ、と崩れた。支えを失った俺の身体はもう殆ど前のめりになっていて、今更踏み止まれない。このままじゃ落ち──
「イチ!!」
落ちる寸前のところで止まった。俺の脚を必死に掴んでいるのは彼だ。ならばさっき落ちていったのは何だ?
「何お前まで落ちようとしてんだ……っ」
全力で掴んで押さえてはいるが、どうやら俺を引き上げることは出来ないらしく。それもそうだろう、こんな低い塀じゃ。脚以外殆ど投げ出されている俺の状態じゃ。
「ックソが……!」
このままじゃ下手したら彼まで落ちてしまいかねない。かと言って離せとも言えない。でも俺が自力で這い上がる事も出来ない。どうしたものか。
すると突然ぐいっと引っ張られる感覚がして、次に尻への痛み。後ろでぜぇぜぇと荒れた息遣いが聴こえる。
「お前ほん、と……この馬鹿!」
「痛っ」
ぺちん、と俺の頬を叩く渇いた音。の後にむにゅと強めに頬を片手で挟まれて掴まれる。痛い。
「マジで焦ったんだからな」
「ひょへん(ごめん)」
「で?なんで落ちそうになってたんだよ」
「塀が崩れたんです」
あそこ、と指差す。が、そこは崩れていない錆だらけの塀があるだけ。それどころか、あの手形の錆も無い。確かに見たのに。確かに崩れたのに。
「……、取り敢えず現場検証は終わった。後は担当の科に引き継ごう。イチは先行ってろ」
「……わかりました」
彼に促さられるままに俺は廃ビルの屋上から階段を降りて下へと向かう。そこにはこの事件を担当する刑事たちが揃っていて、俺は彼らに報告をする。と、いっても報告することなど無いに等しいが。
────……
「おいお前、そこのお前だよ」
男の睨む先には塀の上に座る幼い子供の姿。齢にして5歳くらいだろうか。季節は冬に差し掛かったというのに、その子供は半袖半ズボンだ。
「アイツは連れていかせねぇよ」
「……ナーンダ、ツマンナイノ」
子供はカラカラと笑ってそれだけ言うと塀の外側へと落ちるように消えていく。それを見て男は大きな溜息をひとつ吐き出して、ポケットから小さなキーホルダーを取り出すと、塀の外へと投げた。可愛らしい熊の小さなぬいぐるみ。
「ソレ、やるよ。"渡る"のに必要だろ」
────……
「最初の事故は二十年前だそうです」
「あ?何が」
「あの廃ビルの」
「嗚呼、アイツね」
「アイツ?」
「いや、なんでもない。で?その最初のがなんだって?」
「小さな子供がどうやって入ったのか、転落死したんだそうです。ただ、あんな人目の無い場所にあったビルです。発見された時には一週間経っていて遺体の損傷も激しく、今ほど身元特定の技術も発達していません。……結局身元不明で処理された事故だったそうです」
「ふぅん……」
「当時捜索願いも出ていなかったらしいですし、屋上もすぐ閉鎖されて花も何も供えられる事もなかったって話」
彼岸と此岸を隔てる三途の川。そこを渡る為に渡し舟に乗るのだが、それには六文銭が必要だったという。それが無いと渡し舟には乗せて貰えない。つまり彼岸へ渡ることが出来ずに此方を彷徨うだけになってしまうという。だから故人の棺の中には今でも六文銭を印刷した紙やレプリカなどを納める風習がある。無事に彼処へいけるようにと。
「家族からの餞もなかったのなら、渡れなかったんでしょうね、三途の川。だから仲間を作ってた、とか」
「……大丈夫だろ」
「何が?」
「もう大丈夫だよ、アイツは」
「何の話?え?アイツって誰ですか?」
「くはっ、お前は知らなくていいよ」
そういえば、あのビルから落ち掛けた時、俺たちを引っ張ったのは誰だったのだろうか。
(みて!くまちゃんのぬいぐるみ!)
(おぉ、これはまた可愛い餞だな)
fin.
