雨の気配
¨
「あ、雨降るかも」
ぽつりと目の前に居る彼が呟いた。その言葉に窓の外を見るが清々しいくらいに晴れ渡った青空が広がっている。とても雨が降るとは思えない。
「雨?」
「ん、なんか湿気の匂いする。だから窓閉めておいて」
確かに雨が降るとアスファルトが濡れた独特の匂いがするのは分かる。でもそれは雨で濡れたから漂うものだと認識している。言われるがままに取り敢えず窓を閉める。
「湿気の匂い」
彼の言葉をそのまま繰り返して返すと、「そ、ジメッとしてる感じ」とさも当然のように答えるが、自分には生憎分からない。
「風は確かにちょっとジメッとしてるけど」
「いや、そういうのとはちょっと違うんだよ」
「……わかんないな」
「とにかく、雨降るかもってこと」
こんなに晴れているのに。太陽がギラギラと輝いていて鬱陶ささえ感じる程なのに。
「……あ、そういえば」
「ん?」
「あの人も似たような事言ってたな」
「ん?誰?」
「貴方の同居人」
「彼が?それいつの話?」
その人はこの目の前に居る人と一緒に暮らしているらしいのだが、そういう関係なのかどうなのかは定かではない。だけど同棲しているくらいだから、多分、そういう事なのだろう。
「貴方が此処に来る前かな」
因みに2人と自分との関係は同じ職場で働く同僚。そして今居る此処は休憩室。給湯室とも言う。目の前に居る彼は備え付けのキッチンに向かうとお湯を沸かし始めた。
「そっか。そん時他に何か言ってた?」
彼は棚からマグカップを取り出して、インスタントコーヒーの粉をそれぞれのマグカップに入れていく。黄色と赤色。色は違えどその造りはお揃いのものだと分かる。
「いや、何も」
自分が聞いたのは「雨降りそうだなぁ……」と気怠く呟く声。それ以上のことは何も聞いていない。
「あ、いい所に。俺のも頂戴」
休憩室の扉を開けて入って来たその人は、キッチンの中にいる彼にそう言うと、やっぱり気怠そうにソファーに座った。
「ふふ、だと思って貴方のも作ってるよ」
「お、流石」
さっきまでにはなかったふんわりとした雰囲気。これはソファーで携帯を触り始めた彼と居る時にしか見れない。そういう関係であるとは明言していないけど、これを見るとそうなんだと確信を持てる。
出来上がった珈琲ふたつを持ってソファーに向かう彼の手には、饅頭もある。何故饅頭。自分が知らないだけで珈琲に合うのか?いや、待てよ。赤色のマグカップはキッチンに置かれたままだ。
「ねぇ、色無いよこれ」
「白湯だもん、無いよ?」
「なんで白湯?俺珈琲飲みたいんだけど」
「うん、でもまずこれ食べて」
手に持っていた饅頭が差し出されている。それを渋々受け取っている。そういえばあの人は甘い物があまり好きではなかったような。
「いや、俺は珈琲を」
「いいから食べる!んでこれで飲むの!」
もそもそと食べ始めたが、饅頭なんて口の中の水分を全部持っていかれるものを食べているからか、少し眉間にシワが寄り始めていて面白い。
饅頭を食べ終わった彼はポッケから小さな巾着袋を出すと、その中身を机にぽろと落とした。小さな錠剤が入った銀色のシート。……薬?彼が何処か悪いだなんて話は自分は知らない。
「どこか悪いのか?」
「頭がね」
「その言い方だと俺が頭おかしいみたいだろ」
「この人雨が降る日とか頭痛くなるみたいなんだよね。で、的中率ほぼ100%だからもう天気予報より天気予報」
成程。偏頭痛ってやつか。それならその薬も納得。でも何故饅頭を食べさせたのだろう。
「しかもこの人さ、珈琲で薬飲もうとするのよ。それも空腹状態で」
あぁ、だから饅頭。それと白湯。どんな薬でも胃に何も入っていない状態で飲むのは胃に負担がかかる。それが鎮痛剤となれば尚更だ。珈琲と薬の相性も確か最悪だった気がする。
「酷いとお酒で飲むからホント……」
「別に効けばなん」
「良くないの。この前だって副作用で吐きそうとか言ってたでしょうが」
「……」
何も言い返せないのかバツが悪そうにズズッと白湯を啜る彼。あんなにバリバリ仕事が出来るのに、こんな一面があるとは。
「珈琲飲みたい……」
ぽそ、と呟く彼の目の前に今度はちゃんと赤色のマグカップが差し出される。
「……珈琲じゃないよこれ」
「うん、カフェオレ」
「俺はブラックがいいのに」
「そんなの訊いてないもーん」
「……」
マグカップの中身はどうやらカフェオレだったらしく、不満そうに啜った彼の眉間に更にシワが寄る。
「ねぇ、これ色が着いた牛乳だよ」
「そうとも言う」
「なんでぇ」
「この方が胃に優しいでしょ?」
「それは、そうだけど……」
あんなにしおらしい彼を見ているのも面白いけど、そろそろ休憩時間が終わってしまう。名残惜しいけどふたりの観察はここまで。
ふと、窓の外を見るとバケツをひっくり返したような勢いの雨が、激しく地面を叩いていた。
「……当たってらぁ……」
fin.
「あ、雨降るかも」
ぽつりと目の前に居る彼が呟いた。その言葉に窓の外を見るが清々しいくらいに晴れ渡った青空が広がっている。とても雨が降るとは思えない。
「雨?」
「ん、なんか湿気の匂いする。だから窓閉めておいて」
確かに雨が降るとアスファルトが濡れた独特の匂いがするのは分かる。でもそれは雨で濡れたから漂うものだと認識している。言われるがままに取り敢えず窓を閉める。
「湿気の匂い」
彼の言葉をそのまま繰り返して返すと、「そ、ジメッとしてる感じ」とさも当然のように答えるが、自分には生憎分からない。
「風は確かにちょっとジメッとしてるけど」
「いや、そういうのとはちょっと違うんだよ」
「……わかんないな」
「とにかく、雨降るかもってこと」
こんなに晴れているのに。太陽がギラギラと輝いていて鬱陶ささえ感じる程なのに。
「……あ、そういえば」
「ん?」
「あの人も似たような事言ってたな」
「ん?誰?」
「貴方の同居人」
「彼が?それいつの話?」
その人はこの目の前に居る人と一緒に暮らしているらしいのだが、そういう関係なのかどうなのかは定かではない。だけど同棲しているくらいだから、多分、そういう事なのだろう。
「貴方が此処に来る前かな」
因みに2人と自分との関係は同じ職場で働く同僚。そして今居る此処は休憩室。給湯室とも言う。目の前に居る彼は備え付けのキッチンに向かうとお湯を沸かし始めた。
「そっか。そん時他に何か言ってた?」
彼は棚からマグカップを取り出して、インスタントコーヒーの粉をそれぞれのマグカップに入れていく。黄色と赤色。色は違えどその造りはお揃いのものだと分かる。
「いや、何も」
自分が聞いたのは「雨降りそうだなぁ……」と気怠く呟く声。それ以上のことは何も聞いていない。
「あ、いい所に。俺のも頂戴」
休憩室の扉を開けて入って来たその人は、キッチンの中にいる彼にそう言うと、やっぱり気怠そうにソファーに座った。
「ふふ、だと思って貴方のも作ってるよ」
「お、流石」
さっきまでにはなかったふんわりとした雰囲気。これはソファーで携帯を触り始めた彼と居る時にしか見れない。そういう関係であるとは明言していないけど、これを見るとそうなんだと確信を持てる。
出来上がった珈琲ふたつを持ってソファーに向かう彼の手には、饅頭もある。何故饅頭。自分が知らないだけで珈琲に合うのか?いや、待てよ。赤色のマグカップはキッチンに置かれたままだ。
「ねぇ、色無いよこれ」
「白湯だもん、無いよ?」
「なんで白湯?俺珈琲飲みたいんだけど」
「うん、でもまずこれ食べて」
手に持っていた饅頭が差し出されている。それを渋々受け取っている。そういえばあの人は甘い物があまり好きではなかったような。
「いや、俺は珈琲を」
「いいから食べる!んでこれで飲むの!」
もそもそと食べ始めたが、饅頭なんて口の中の水分を全部持っていかれるものを食べているからか、少し眉間にシワが寄り始めていて面白い。
饅頭を食べ終わった彼はポッケから小さな巾着袋を出すと、その中身を机にぽろと落とした。小さな錠剤が入った銀色のシート。……薬?彼が何処か悪いだなんて話は自分は知らない。
「どこか悪いのか?」
「頭がね」
「その言い方だと俺が頭おかしいみたいだろ」
「この人雨が降る日とか頭痛くなるみたいなんだよね。で、的中率ほぼ100%だからもう天気予報より天気予報」
成程。偏頭痛ってやつか。それならその薬も納得。でも何故饅頭を食べさせたのだろう。
「しかもこの人さ、珈琲で薬飲もうとするのよ。それも空腹状態で」
あぁ、だから饅頭。それと白湯。どんな薬でも胃に何も入っていない状態で飲むのは胃に負担がかかる。それが鎮痛剤となれば尚更だ。珈琲と薬の相性も確か最悪だった気がする。
「酷いとお酒で飲むからホント……」
「別に効けばなん」
「良くないの。この前だって副作用で吐きそうとか言ってたでしょうが」
「……」
何も言い返せないのかバツが悪そうにズズッと白湯を啜る彼。あんなにバリバリ仕事が出来るのに、こんな一面があるとは。
「珈琲飲みたい……」
ぽそ、と呟く彼の目の前に今度はちゃんと赤色のマグカップが差し出される。
「……珈琲じゃないよこれ」
「うん、カフェオレ」
「俺はブラックがいいのに」
「そんなの訊いてないもーん」
「……」
マグカップの中身はどうやらカフェオレだったらしく、不満そうに啜った彼の眉間に更にシワが寄る。
「ねぇ、これ色が着いた牛乳だよ」
「そうとも言う」
「なんでぇ」
「この方が胃に優しいでしょ?」
「それは、そうだけど……」
あんなにしおらしい彼を見ているのも面白いけど、そろそろ休憩時間が終わってしまう。名残惜しいけどふたりの観察はここまで。
ふと、窓の外を見るとバケツをひっくり返したような勢いの雨が、激しく地面を叩いていた。
「……当たってらぁ……」
fin.
