泣き方
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「観たい映画がある」と言った君に連れ出されてやって来た映画館。チケットを買って上映時間までの間に、ポップコーンやドリンクも買って準備万端で席に着く。映画の内容はおろか、あらすじさえも全く知らない状態の俺は、どんな映画なのか純粋に楽しみにしていた。勿論、君とのデートというだけで気分は有頂天なのだけれど。
映画の内容は絶対に恋人同士で観るものではないだろう、というものだった。隣で君は鼻水垂らしながら泣きじゃくっている。感動もの、には間違いないけれど「大切な存在が居なくなってしまう」というものだった。それも不条理な、無情な理由で。映画のヒロイン役の女性のセリフの「どうして先にいってしまうの」という言葉が厭に脳に焼き付いて離れない。
「あんな最期って可哀想過ぎるよぉ…」
映画館から家に帰った後でも、君は泣きっぱなしで。まるで涙腺のスイッチが壊れたみたいに。俺はそんな君を慰める術を知らなくて、ただ、君が言葉途切れに話す映画の感想を黙って訊いているだけだ。
「なんで泣かないの?」
君がふと、そう言った。泣かなかった理由は単純にあの話は作り物だと思っていたからなのだろうけど、それを訊いてくるということは、まさかこの人は俺を泣かせたかったからあの映画をチョイスしたのだろうか。
「ね、そういやさ、死にたいって言ってたじゃん」
それは君と恋人という関係になる前に、俺がよく零していた言葉だ。別に自ら死ぬ気は無い。無いのだけど、どうしようもなくこの世界から自分の存在を消してしまいたいと、そう思う事が多くて。何かの拍子にこの命がぱっと散らないだろうか、と考えながら日々を生きていた。そう、例えば、映画の彼氏のように。
「まだ、死にたいって思う?」
君の質問への答えは今は分からない、というのが正しい。正直、君という存在が傍に在り始めてからは、あれだけあった希死念慮は殆どなくなっている。だけど、時折、やっぱり襲ってくる。過去の痛みを忘れるなよと言わんばかりに。俺を蝕んで、侵して、暗闇に引き摺り込んで来る。
「死にたい時はオレに言ってよ。ここにぶつけるんじゃなくてさ」
彼は俺の腕を取って、下ろしていた袖を捲り上げた。何度も何度も繰り返して消えなくなってしまった痕。その上に真新しい傷が数箇所。見返せば見返す程、醜い。
「頼りないかもしれないけど、貴方を守りたいの。言ったでしょ?どんな貴方も好きだよって」
君の暖かい言葉は壊れてしまったこの心に沁み渡る。砂漠に降り注ぐ恵みの雨のように。何度君の言葉に救われたか分からない。
「消毒、してないでしょ?したげるからちょっと待ってて」
棚から救急箱を取り出して、慣れた手付きで処置をしていく君はこんな俺と恋人になったことを、後悔していないだろうか。そんな事、君に訊いたらきっと少し怒りながら「そんなわけない」と言うのだろう。でもどうしたって不安は募る。もしも愛想を尽かされてしまったら。もしも君が離れていってしまったら。もしも、君を失ってしまったら。
「ごめんね、ホントは映画の前に消毒すべきだったんだけどさ。気分転換になるかなって思って」
それであの映画。遺された側の気持ちは、……俺も嫌という程思い知らされた。愛する人に先立たれる事の、無念、後悔。嗚呼そうか、そうだ。同じ思いをさせる訳にはいかない。この痛みを、傷を抱えるのは俺だけでいい。俺はこんな簡単な事にも気付かずに。
「わ、ごめん、痛かった?」
違う。この涙は。
「わふっ、ちょっと力強…」
この傷だらけの腕でも君を守れるだろうか。君を、この不条理な現実から隠せるだろうか。
「ふふ、大丈夫だよ」
願わくば、俺の腕の中が君にとって安らぐ場所でありますように。抱き締め返してくれる君の腕の中が、俺にとって安らぐ場所であるように。
この命は、愛する君の為に。
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「観たい映画がある」と言った君に連れ出されてやって来た映画館。チケットを買って上映時間までの間に、ポップコーンやドリンクも買って準備万端で席に着く。映画の内容はおろか、あらすじさえも全く知らない状態の俺は、どんな映画なのか純粋に楽しみにしていた。勿論、君とのデートというだけで気分は有頂天なのだけれど。
映画の内容は絶対に恋人同士で観るものではないだろう、というものだった。隣で君は鼻水垂らしながら泣きじゃくっている。感動もの、には間違いないけれど「大切な存在が居なくなってしまう」というものだった。それも不条理な、無情な理由で。映画のヒロイン役の女性のセリフの「どうして先にいってしまうの」という言葉が厭に脳に焼き付いて離れない。
「あんな最期って可哀想過ぎるよぉ…」
映画館から家に帰った後でも、君は泣きっぱなしで。まるで涙腺のスイッチが壊れたみたいに。俺はそんな君を慰める術を知らなくて、ただ、君が言葉途切れに話す映画の感想を黙って訊いているだけだ。
「なんで泣かないの?」
君がふと、そう言った。泣かなかった理由は単純にあの話は作り物だと思っていたからなのだろうけど、それを訊いてくるということは、まさかこの人は俺を泣かせたかったからあの映画をチョイスしたのだろうか。
「ね、そういやさ、死にたいって言ってたじゃん」
それは君と恋人という関係になる前に、俺がよく零していた言葉だ。別に自ら死ぬ気は無い。無いのだけど、どうしようもなくこの世界から自分の存在を消してしまいたいと、そう思う事が多くて。何かの拍子にこの命がぱっと散らないだろうか、と考えながら日々を生きていた。そう、例えば、映画の彼氏のように。
「まだ、死にたいって思う?」
君の質問への答えは今は分からない、というのが正しい。正直、君という存在が傍に在り始めてからは、あれだけあった希死念慮は殆どなくなっている。だけど、時折、やっぱり襲ってくる。過去の痛みを忘れるなよと言わんばかりに。俺を蝕んで、侵して、暗闇に引き摺り込んで来る。
「死にたい時はオレに言ってよ。ここにぶつけるんじゃなくてさ」
彼は俺の腕を取って、下ろしていた袖を捲り上げた。何度も何度も繰り返して消えなくなってしまった痕。その上に真新しい傷が数箇所。見返せば見返す程、醜い。
「頼りないかもしれないけど、貴方を守りたいの。言ったでしょ?どんな貴方も好きだよって」
君の暖かい言葉は壊れてしまったこの心に沁み渡る。砂漠に降り注ぐ恵みの雨のように。何度君の言葉に救われたか分からない。
「消毒、してないでしょ?したげるからちょっと待ってて」
棚から救急箱を取り出して、慣れた手付きで処置をしていく君はこんな俺と恋人になったことを、後悔していないだろうか。そんな事、君に訊いたらきっと少し怒りながら「そんなわけない」と言うのだろう。でもどうしたって不安は募る。もしも愛想を尽かされてしまったら。もしも君が離れていってしまったら。もしも、君を失ってしまったら。
「ごめんね、ホントは映画の前に消毒すべきだったんだけどさ。気分転換になるかなって思って」
それであの映画。遺された側の気持ちは、……俺も嫌という程思い知らされた。愛する人に先立たれる事の、無念、後悔。嗚呼そうか、そうだ。同じ思いをさせる訳にはいかない。この痛みを、傷を抱えるのは俺だけでいい。俺はこんな簡単な事にも気付かずに。
「わ、ごめん、痛かった?」
違う。この涙は。
「わふっ、ちょっと力強…」
この傷だらけの腕でも君を守れるだろうか。君を、この不条理な現実から隠せるだろうか。
「ふふ、大丈夫だよ」
願わくば、俺の腕の中が君にとって安らぐ場所でありますように。抱き締め返してくれる君の腕の中が、俺にとって安らぐ場所であるように。
この命は、愛する君の為に。
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