行先は彼岸
¨
その日は疲れていたこともあって、タクシーでも拾って帰ろうと思ったのが事の始まり。
目の前に止まったタクシーの後部座席に乗り込んで目的地を告げて、ふぅ と息をついて深く座り込む。見ようによってはだらしない座り方だ。
窓の外を流れていく景色を眺めている内に、俺の意識は深く深く沈んでいった。
どれだけ眠っていたのか分からないが、ふと目が覚めてもまだタクシーは走っていた。ほんの5分程落ちていただけなのだろうか。いや、それにしては。待て、此処は何処だ?何処を走っている?俺の知らない風景だ。
日頃電車通勤だが、車での帰り道の景色も大体は頭に入っている。道の都合上、近道などしようがないことも。
「ちょっと、何処行く、つも……り……」
メーター稼ぎにあらぬ方向にでも走っているのかと問い詰めてやろうと、身を乗り出して運転席に座るソイツの肩を掴む。が、どういう訳か掴めない。手がすり抜けてしまう。
「……!」
人間じゃない。直感でそう思った。すぐさま降りなくては。何処に連れて行かれるか分かったものではない。だけどもこんな何処かも分からないところで降ろされても、それはそれで困る。が、まだそっちの方がマシかもしれない。
とにかく止めてくれと懇願しても、一切聞く耳を持たないソレはどんどん速度を上げていく。
「私ト一緒ニ落チマショウ?」
不意に聞こえた女性の、いや、子供の声。女の子のそれだ。声の方を見るとさっきまで何も居なかった助手席に小さな女の子が居るではないか。黒いおかっぱに赤いワンピース。絶対にコイツも人間じゃない。
「ホラ、一緒ニ」
「っアンタひとりで行けよ!!」
声の限り叫んだ途端にぱっと景色が変わって、家のベッドの上。……夢?何処から?俺は確かに帰りにタクシーを使った。だけど、タクシーを降りてからの記憶が無い。というかそもそもタクシーから降りた記憶が無い。どうなっているんだ。
「どしたの……?」
眠たそうな目を擦りながら、のそっと起き上がる同居人。しまった。起こしてしまった。
「あぁ、…うん、なんでもない……と思う」
「……?変な夢でも見た?」
「多分……?」
「そか、じゃぎゅってしたげる」
眠たいせいで力加減が馬鹿になっている同居人が、半ばラリアットのように腕を引っ掛け倒して俺を寝かせて、その腕の中にぎゅっと収めた。
「ねぇ、俺が帰って来た時 なんか、変な…なんか、なかった?」
「んぅ?」
「いや、なんでもない。ごめんな、変なこと訊いて」
一体何処から何処までが夢だったのだろう。タクシーに乗ったこと自体が夢だった?そうなると今度 帰り道そのものの記憶がすっ飛んでいることになる。
「今は寝ちゃおうよ」
同居人の優しい声。その声に導かれるがままに眠りにつくのに時間は掛からなかった。
「……絶対連れて行かせないよ」
翌朝、玄関にこんもりと盛り塩がある事に気が付いた。同居人に用意したのかと問うと、「なんとなくね」とその理由ははぐらかされてしまった。
更に後日、同居人に手渡された小さなマスコット。カバンに付けられるようになっているそれは、俺が以前描いたキャラクターのものだ。まん丸の白いおばけ。まさか立体的になって現実に手に乗せられるとは。
「御守り代わりに持ってて」
「おぉ、うん、ありがとう…?」
「いい?絶対失くさないでよ?」
「君からの贈り物を失くすわけないだろ」
「ふふ、ならよし」
まさかこのマスコットが本当に御守りだったなんて、俺はつゆ知らず。その抗力を知るのはまた別のお話。
fin.
その日は疲れていたこともあって、タクシーでも拾って帰ろうと思ったのが事の始まり。
目の前に止まったタクシーの後部座席に乗り込んで目的地を告げて、ふぅ と息をついて深く座り込む。見ようによってはだらしない座り方だ。
窓の外を流れていく景色を眺めている内に、俺の意識は深く深く沈んでいった。
どれだけ眠っていたのか分からないが、ふと目が覚めてもまだタクシーは走っていた。ほんの5分程落ちていただけなのだろうか。いや、それにしては。待て、此処は何処だ?何処を走っている?俺の知らない風景だ。
日頃電車通勤だが、車での帰り道の景色も大体は頭に入っている。道の都合上、近道などしようがないことも。
「ちょっと、何処行く、つも……り……」
メーター稼ぎにあらぬ方向にでも走っているのかと問い詰めてやろうと、身を乗り出して運転席に座るソイツの肩を掴む。が、どういう訳か掴めない。手がすり抜けてしまう。
「……!」
人間じゃない。直感でそう思った。すぐさま降りなくては。何処に連れて行かれるか分かったものではない。だけどもこんな何処かも分からないところで降ろされても、それはそれで困る。が、まだそっちの方がマシかもしれない。
とにかく止めてくれと懇願しても、一切聞く耳を持たないソレはどんどん速度を上げていく。
「私ト一緒ニ落チマショウ?」
不意に聞こえた女性の、いや、子供の声。女の子のそれだ。声の方を見るとさっきまで何も居なかった助手席に小さな女の子が居るではないか。黒いおかっぱに赤いワンピース。絶対にコイツも人間じゃない。
「ホラ、一緒ニ」
「っアンタひとりで行けよ!!」
声の限り叫んだ途端にぱっと景色が変わって、家のベッドの上。……夢?何処から?俺は確かに帰りにタクシーを使った。だけど、タクシーを降りてからの記憶が無い。というかそもそもタクシーから降りた記憶が無い。どうなっているんだ。
「どしたの……?」
眠たそうな目を擦りながら、のそっと起き上がる同居人。しまった。起こしてしまった。
「あぁ、…うん、なんでもない……と思う」
「……?変な夢でも見た?」
「多分……?」
「そか、じゃぎゅってしたげる」
眠たいせいで力加減が馬鹿になっている同居人が、半ばラリアットのように腕を引っ掛け倒して俺を寝かせて、その腕の中にぎゅっと収めた。
「ねぇ、俺が帰って来た時 なんか、変な…なんか、なかった?」
「んぅ?」
「いや、なんでもない。ごめんな、変なこと訊いて」
一体何処から何処までが夢だったのだろう。タクシーに乗ったこと自体が夢だった?そうなると今度 帰り道そのものの記憶がすっ飛んでいることになる。
「今は寝ちゃおうよ」
同居人の優しい声。その声に導かれるがままに眠りにつくのに時間は掛からなかった。
「……絶対連れて行かせないよ」
翌朝、玄関にこんもりと盛り塩がある事に気が付いた。同居人に用意したのかと問うと、「なんとなくね」とその理由ははぐらかされてしまった。
更に後日、同居人に手渡された小さなマスコット。カバンに付けられるようになっているそれは、俺が以前描いたキャラクターのものだ。まん丸の白いおばけ。まさか立体的になって現実に手に乗せられるとは。
「御守り代わりに持ってて」
「おぉ、うん、ありがとう…?」
「いい?絶対失くさないでよ?」
「君からの贈り物を失くすわけないだろ」
「ふふ、ならよし」
まさかこのマスコットが本当に御守りだったなんて、俺はつゆ知らず。その抗力を知るのはまた別のお話。
fin.
