死が分かつとも
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雲ひとつない綺麗な夜空に浮かぶ三日月。その月明かりを背に鉄塔の天辺に佇む者がひとり。夜闇に溶け込む真っ黒なコートに身を包むその者の手には、鋭く銀色に光る大鎌。命を刈り取るその形は空の三日月によく似ている。
その者が空から見下ろす視線の先にあるのは、大きな病院。大鎌を肩に掛けながらもう片方の手で革製の黒い小さな手帳の中身と病院の一室の窓を交互に見詰める。
「──、死因は病死か。……まだ若ェのにな」
手帳に記されているのはある男の名前と、その者の死因、そしてその時の予定時刻。まるで予言書のようなそれは彼の者の仕事道具のひとつ。
手帳をぱたんと片手で閉じると鉄塔の天辺から飛び立ち、病院の一室の窓辺に浮かぶ。翼がなくとも宙に浮く事が出来る事が、この者が人ならざる者であることを十二分に示している。
そして窓を開ける事もせずに するりと病室の中へと入り込んでいく。病室のベッドの上で眠る男こそが、手帳に記されていた男その人である。沢山の管に繋がれた彼の命のリミットはもう幾ばくもない。
「オレがしっかり導いてやるからな」
黒衣の男は大鎌を構える。すると眠る彼の身体から一本の淡い光の糸のようなものが浮かび上がる。
「……──……」
その糸を断ち切るすんでのところで、とうに意識など無い筈の男の口が動き、聞き取れるかも怪しい程の大きさの声を紡いだ。黒衣の男の手が止まる。
「な、んでオレの名前……、いや、気の所為だ」
ぶんぶんと頭を振り雑念を振り払い、光の糸を大鎌で断ち切る。それと同時に男の心臓の動きを映すモニターの波形が無機質な一定の音に変わると共に、一直線のそれに変わった。
「……、」
断ち切られた光の糸は、しゅるしゅると丸まっていき、やがて球体となったそれは黒衣の男の手のひらの上でふわふわと浮かぶ。よく人魂と呼ばれるものがあるが、その形はおよそその通りだ。
黒衣の男は再び窓をすり抜けて空へと飛び立つ。刈り取った魂をあるべき場所へと導く為に。
「新人が来るから教育係頼んだよ」
「……は?オレが?」
黒衣の男の上司に当たる人物からの通達。悲しいかな、彼らの業務も我々人間と同じように縦社会。上司の命令は絶対である。
「なんだってオレが、もっと適任居るだろ」
「んや、それがね、その子の希望なの」
「希望?」
「そ、君のこと知ってるみたいだったよ」
「……」
黒衣の男たちのような業務を行う者たちに名前を付けるならば、死神。今際の際を迎えた人間たちの魂が現世を彷徨ってしまわぬように、幽世へと導く存在。彼らに導かれた魂は幽世にて審判を受け、輪廻へと組み込まれる。が、稀にその輪廻から外されてしまう存在がいる。
それが、死神となる。
ただ前世、生前の記憶を持ったまま死神になる事はまず無いとされる。これは悠久の時を生きる彼らに思い出など必要ないからである。
教育係を任命された男もそうである。覚えていることは自身の名前程度で、その他の事は一切覚えていない。故に自分のことを知っているという新人に、少しの興味と恐怖に似た感情を抱いたのである。
「ほら、おいで」
上司に促されて目の前に黒い羽根と共に現れた姿に、男は目を見開く。
「よろしく、──」
「お、まえ……」
いくら記憶が無いといえど、自分が魂を導いた者の姿くらいは覚えている。数多幾千と導いてきた者の中で、直前に自身の名を呟いた者のことなど尚更。
「……オレはアンタを知らない」
「そりゃそうだと思うよ。何せ俺たちが一緒に居たのは前世のそのまた前世、いやそれよりも前なんだから」
「……は?」
「俺の人生の終わりの度にお前が導いてくれた。時代が移ろいでも姿が変わっても。最期に見るのはいつもお前の姿だった。でもそんな最期の瞬間しか逢えないなんて悲し過ぎるじゃん?」
死神というには優し過ぎる顔立ちをしたその男は続ける。
「だから俺もなる事にした」
「一度死神になっちまえば二度と、二度と転生出来ないんだぞ」
「それがどうかした?」
あっけらかんと話す男とは対照的に困惑の表情を浮かべる教育係の男。そのふたりを少し離れたところから微笑みながら見守る上司の男。
「あの日あの時救えなかったお前を、隣でずっとずっと守っていけるなら俺は何にだってなるよ」
「……好きにしろ、どのみちアンタは新人死神なんだ。オレがしごいてやるから覚悟しておけよ」
「ふふ、勿論。よろしく頼むよ、先輩」
死神となる魂が生前の記憶を持たない理由は、思い出が必要ないとされているが、事実は辿った人生の苦痛にこれ以上苛まれる事がないようにだという。
そう、自ら命を捨てる選択をした者が死神となるのだ。命を軽んじた罰として。二度と捨てられぬように。
「君は特例なの、だからあんまり無理しないようにね」
「大丈夫、彼の傍に居られるなら何だっていいさ」
「そっか。あぁそうだ、君のような特別な魂の持ち主が他に2人居る筈なんだ」
「なら見付けないとだね」
「……ただ、ひとりはもう悪魔になってるからね、回収は難しいかも」
「だから俺に'これ'、渡したんでしょ?」
「そ、君は悪魔専門の死神、頑張ってね」
男が振り抜いたそれはシャンッと音を立てて一本の剣となる。悪魔を滅する十字架を模したそれは銀色に美しく煌めく。
「……で、この手帳はどうしたらいい?」
「まずは使用者登録をだな。……待て、鎌は?もう貰ったか?」
「ん?うん、貰った」
「よし、なら取り敢えずここにお前の名前を……。つかアイツそれくらい済ませてからオレに寄越せよ……」
「ははっ、いいじゃん。時間はたっぷりあるんだからさ」
黒衣に身を隠した男ふたりは笑い合う。そして夜闇に消えていく。今まさに潰えようとしている命の元へと。
───…
「は……、てめェ…悪魔か」
「僕の正体に気付くなんて凄いねぇ?さっすが死神くん」
長身で細身の男の後ろで腕を組み佇む小柄な男。彼と大鎌を携えた男の声が重なる。
『命令だ』
「消しなさい」
「逃げろ!!」
「Yes、my load」
「それは訊けないな」
十字架を模した二振りの剣がぶつかり合い火花を散らす。それはまた別のお話。
fin.
雲ひとつない綺麗な夜空に浮かぶ三日月。その月明かりを背に鉄塔の天辺に佇む者がひとり。夜闇に溶け込む真っ黒なコートに身を包むその者の手には、鋭く銀色に光る大鎌。命を刈り取るその形は空の三日月によく似ている。
その者が空から見下ろす視線の先にあるのは、大きな病院。大鎌を肩に掛けながらもう片方の手で革製の黒い小さな手帳の中身と病院の一室の窓を交互に見詰める。
「──、死因は病死か。……まだ若ェのにな」
手帳に記されているのはある男の名前と、その者の死因、そしてその時の予定時刻。まるで予言書のようなそれは彼の者の仕事道具のひとつ。
手帳をぱたんと片手で閉じると鉄塔の天辺から飛び立ち、病院の一室の窓辺に浮かぶ。翼がなくとも宙に浮く事が出来る事が、この者が人ならざる者であることを十二分に示している。
そして窓を開ける事もせずに するりと病室の中へと入り込んでいく。病室のベッドの上で眠る男こそが、手帳に記されていた男その人である。沢山の管に繋がれた彼の命のリミットはもう幾ばくもない。
「オレがしっかり導いてやるからな」
黒衣の男は大鎌を構える。すると眠る彼の身体から一本の淡い光の糸のようなものが浮かび上がる。
「……──……」
その糸を断ち切るすんでのところで、とうに意識など無い筈の男の口が動き、聞き取れるかも怪しい程の大きさの声を紡いだ。黒衣の男の手が止まる。
「な、んでオレの名前……、いや、気の所為だ」
ぶんぶんと頭を振り雑念を振り払い、光の糸を大鎌で断ち切る。それと同時に男の心臓の動きを映すモニターの波形が無機質な一定の音に変わると共に、一直線のそれに変わった。
「……、」
断ち切られた光の糸は、しゅるしゅると丸まっていき、やがて球体となったそれは黒衣の男の手のひらの上でふわふわと浮かぶ。よく人魂と呼ばれるものがあるが、その形はおよそその通りだ。
黒衣の男は再び窓をすり抜けて空へと飛び立つ。刈り取った魂をあるべき場所へと導く為に。
「新人が来るから教育係頼んだよ」
「……は?オレが?」
黒衣の男の上司に当たる人物からの通達。悲しいかな、彼らの業務も我々人間と同じように縦社会。上司の命令は絶対である。
「なんだってオレが、もっと適任居るだろ」
「んや、それがね、その子の希望なの」
「希望?」
「そ、君のこと知ってるみたいだったよ」
「……」
黒衣の男たちのような業務を行う者たちに名前を付けるならば、死神。今際の際を迎えた人間たちの魂が現世を彷徨ってしまわぬように、幽世へと導く存在。彼らに導かれた魂は幽世にて審判を受け、輪廻へと組み込まれる。が、稀にその輪廻から外されてしまう存在がいる。
それが、死神となる。
ただ前世、生前の記憶を持ったまま死神になる事はまず無いとされる。これは悠久の時を生きる彼らに思い出など必要ないからである。
教育係を任命された男もそうである。覚えていることは自身の名前程度で、その他の事は一切覚えていない。故に自分のことを知っているという新人に、少しの興味と恐怖に似た感情を抱いたのである。
「ほら、おいで」
上司に促されて目の前に黒い羽根と共に現れた姿に、男は目を見開く。
「よろしく、──」
「お、まえ……」
いくら記憶が無いといえど、自分が魂を導いた者の姿くらいは覚えている。数多幾千と導いてきた者の中で、直前に自身の名を呟いた者のことなど尚更。
「……オレはアンタを知らない」
「そりゃそうだと思うよ。何せ俺たちが一緒に居たのは前世のそのまた前世、いやそれよりも前なんだから」
「……は?」
「俺の人生の終わりの度にお前が導いてくれた。時代が移ろいでも姿が変わっても。最期に見るのはいつもお前の姿だった。でもそんな最期の瞬間しか逢えないなんて悲し過ぎるじゃん?」
死神というには優し過ぎる顔立ちをしたその男は続ける。
「だから俺もなる事にした」
「一度死神になっちまえば二度と、二度と転生出来ないんだぞ」
「それがどうかした?」
あっけらかんと話す男とは対照的に困惑の表情を浮かべる教育係の男。そのふたりを少し離れたところから微笑みながら見守る上司の男。
「あの日あの時救えなかったお前を、隣でずっとずっと守っていけるなら俺は何にだってなるよ」
「……好きにしろ、どのみちアンタは新人死神なんだ。オレがしごいてやるから覚悟しておけよ」
「ふふ、勿論。よろしく頼むよ、先輩」
死神となる魂が生前の記憶を持たない理由は、思い出が必要ないとされているが、事実は辿った人生の苦痛にこれ以上苛まれる事がないようにだという。
そう、自ら命を捨てる選択をした者が死神となるのだ。命を軽んじた罰として。二度と捨てられぬように。
「君は特例なの、だからあんまり無理しないようにね」
「大丈夫、彼の傍に居られるなら何だっていいさ」
「そっか。あぁそうだ、君のような特別な魂の持ち主が他に2人居る筈なんだ」
「なら見付けないとだね」
「……ただ、ひとりはもう悪魔になってるからね、回収は難しいかも」
「だから俺に'これ'、渡したんでしょ?」
「そ、君は悪魔専門の死神、頑張ってね」
男が振り抜いたそれはシャンッと音を立てて一本の剣となる。悪魔を滅する十字架を模したそれは銀色に美しく煌めく。
「……で、この手帳はどうしたらいい?」
「まずは使用者登録をだな。……待て、鎌は?もう貰ったか?」
「ん?うん、貰った」
「よし、なら取り敢えずここにお前の名前を……。つかアイツそれくらい済ませてからオレに寄越せよ……」
「ははっ、いいじゃん。時間はたっぷりあるんだからさ」
黒衣に身を隠した男ふたりは笑い合う。そして夜闇に消えていく。今まさに潰えようとしている命の元へと。
───…
「は……、てめェ…悪魔か」
「僕の正体に気付くなんて凄いねぇ?さっすが死神くん」
長身で細身の男の後ろで腕を組み佇む小柄な男。彼と大鎌を携えた男の声が重なる。
『命令だ』
「消しなさい」
「逃げろ!!」
「Yes、my load」
「それは訊けないな」
十字架を模した二振りの剣がぶつかり合い火花を散らす。それはまた別のお話。
fin.
