誰が為にその牙を剥く
¨
最悪だな、と深い溜息が口から漏れ出す。
別に捜査一課との合同捜査が最悪なわけではない。警察という組織に所属する人間なら誰もが憧れる部署との仕事だ。純粋にそこは嬉しく思う。が、問題は時期だ。彼が、陽(ハル)が以前の相棒を亡くしてしまった季節。
彼は大丈夫だろうか。
彼は決して弱くはない。寧ろ強い。だけども何処かふわふわと儚くて何かの拍子にしゃぼん玉のように、ぱっと弾けて消えてしまいそうな。そんな人だ。
幸いなのはオレたちと行動を共にしているのが、彼が捜一時代の頃に付き合いがあったであろう人たち。彼のことを深くはないけど、それなりに理解してくれている人たち、な筈。
合同捜査が決まった時、その話を訊いた彼の表情が酷く強張っていたのは、きっと気の所為ではないし それに気付かない程俺も鈍感ではない。だけど、オレがどれだけ大丈夫なのかと訊いても あの手この手でのらりくらりと躱されるし、丸め込まれてしまう。仕方無しに見守るくらいしか出来ない。
他の奴らの態度は見ていられなかった。言葉にこそしちゃいないが、冷ややかな視線が突き刺さる。嗚呼、この感じは久し振りだな、と懐かしさを覚えるが 今それを向けられているのはオレではなくて、相棒である陽だ。
「見ろよ、"相棒殺し"が居るぜ」
「よく来れるよな」
不意に聴こえた毒のような音に思わず掴み掛かりそうになる。それを止めているのは蜘蛛の糸のように細い一本の糸で繋がれている理性。今ここでオレが彼奴らに手を出したら辛い思いをするのは陽だ。それは理解している。だけども、彼の何もかも諦めたような表情に歯を食い縛る力が、拳を握り締める力が強くなる。
「なァ」
「何?」
「どうしたい?」
「別にいい」
彼がそう言う事は分かっていた。分かっていたからこそ、彼の返答に腹の奥で燃え上がっている炎の勢いが増す。駄目だろ、ちゃんと怒らなきゃ。そう彼に言いたい。だけどそれを言おうと口を開いたとて、きっとオレから出る言葉は彼を傷付けてしまう。
「……わかッた」
出来るだけ感情が声に乗らないように義務的にそう返すと、彼は安心したような表情を見せる。やめろよ、そんな顔が見たいわけじゃねぇのに。
合同捜査、と言っても機捜の俺らは殆ど雑用しかしていない仕事を終えて捜査本部に戻る。報告を終えて部屋の後ろの方へと向かう時に、オレに対して向けられる視線に気付く。軽蔑と嘲笑を含むそれと共にヒソヒソと声も聴こえる。どうやら陽からオレへと興味が移ったらしい。コイツら揃いも揃って暇なんだろうか。
オレにとっては日常茶飯事で慣れている事だからと、何も言わずにいたが、ふと隣を見ると苛立ちを隠そうともしていない彼がいた。そして、声がする方を鋭く睨み付けたかと思えば「チッ…」と舌打ちが聴こえた。結構な音量の。
「え、何してンの」
「……何が」
「いいンだよ、慣れてッから」
オレが彼の為に怒ることを許してくれないのなら、オレも同じ。オレの為に彼が怒ることも許してやらない。それにまた彼がアイツらの標的になるのも嫌。
オレの口から出たのは以前に彼の為に怒ろうとした時に、彼が言った言葉。その言葉で彼はオレを止めた。殆ど無意識の内に出ていたそれに、オレより先に目の前の陽がハッとした直後に眉間にシワを寄せて、口を噤む。しばらくして彼はふ、と目を逸らした。どうやってオレの言葉から逃げようか考えている時の顔だ。
「レ」
「なァ、今回のこの合同捜査、ひとりで行こうとしてただろ」
オレの名前を呼ぶ彼の声を遮って続ける。
「オレだけ別の部署と合同捜査させるように進言してたらしいじゃねェの」
何も知らない、知ろうともしないで馬鹿にして来る奴らは嫌いだ。そんな嫌いな人間が居る上に、傷付けられると分かっている状態で大事な相棒を送り出せるわけが無い。
「ちゃンと、話そうぜ」
ほら、と陽の腕を掴んで部屋の外へと歩き出すと意外にも素直に着いて来る彼。廊下に出ると少し息がしやすくなった。歓迎されていないのは分かりきっていたから、無意識に気を張っていたのかもしれない。
少し強引だったが、彼をあの場から一刻も早く連れ出したかった。これ以上あんな奴らに心無い言葉と冷たい視線を彼に投げ付けさせる訳にはいかない。
「まず、隊長に進言した理由は?」
「他の部署の仕事を経験するのもいい事だろ」
「それは今じゃなくて良かッただろ?」
「……、」
言葉に詰まって俯く彼。ほらね。いつもならそのよく回る頭で俺を説き伏せるのに。本調子じゃない彼に隊長も気付いたのか、オレが憧れている部署の仕事なのだから出来るだけ連れて行け、と隊長に丸め込まれたらしい。
「あのなァ、よくオレの事を犬扱いするが、犬だッて尻尾振る相手は選ンでだよ。陽の言い分は正しいよ。オレが他の所でもやッていけるようにッて思ッてンのも知ッてる。けど、今の陽は間違ッてる。だから"待て"も"行け"も訊いてやらねェ」
オレの言葉に彼は「脅しかよ」と吐き捨てた。そう、これは脅しだ。彼の亡くなってしまった以前の相棒が要因で、不安になるのならオレは隣で生きていると伝え続ける。もし、その不安から俺を遠ざけようとするのなら。
「陽が自分でオレと相棒でいる事をやめようッてンなら、オレはそれを全力で阻止してやるよ」
彼の綺麗な目が真ん丸になる。そんな驚くことか?
「なんでそこまで……」
「オレは陽の事だから怒ッたンだよ」
彼が一番後悔しているのなんて、オレでも分かる。あの時こうすれば良かったが積み重なって、彼の中で一生忘れる事の出来ない痛みになっている。だから、何も知らない奴らが好き勝手言って、彼を傷付けることが許せない。彼の元相棒だって、きっと同じ事を思うに違いない。
オレだって、陽の相棒なのだから。
「俺は……、言われて当然だと思ってる。だけど蓮(レン)に飛び火するのは」
「飛び火ッて何?オレが色々言われンのは自業自得ッてやつ」
過去に居た部署でのアレコレや、恩師の事。根も葉もない言葉たちに混ざって、オレの恩師を悪く言われる事もある。それはそれで腹が立つ。だけど、オレにとっての恩師であろうが、取り返しの付かない罪を犯した事は変わらない事実。それを止められなかったのはオレで、自業自得というのも間違いでは無い。
「自業自得じゃない事も、あるだろ。俺はそれが許せない」
陽の声には怒りが混ざっている。いつだったから彼はオレに正しい奴だと言った。それなら彼は優しい人だ。オレの事でこんなにも怒ってくれる。
「同じだよ。陽のソレと同じ。オレはお前の正義を貶されるのが嫌なンだよ」
隊長はあの時の彼の行いは正しかったと言っていた。その通りだとオレも思う。彼の元相棒の正義は間違った方向に突き進んでいた。それを彼が正しい方向へと戻そうとした。結果彼の元相棒は、ありとあらゆるタイミングが悪く重なり帰らぬ人になってしまったが、それでも間に合った未来を想像して、苦しんでいるのが今の陽だ。
「嫌だと思ッたこと、苦しい辛いと思ッたこと。口に出さねェでもその感情は無視しないでほしい」
オレの自分勝手の我儘でほんの些細な願い。
これから先もオレたちはこの地獄で生きていく。だから陽には少しでも生きやすいと思って貰えるように、少なくともこのオレが相棒として彼の隣に居る間は、その間だけでも、彼には心から笑っていて欲しい。
「それに忘れたのか?オレたちが単独行動するとろくな事にならねェだろ」
オレの言葉に彼が微かに笑った。
「……意地張って悪かったよ」
「陽が頑固なのは知ッてるよ。で?こういう時はなンて言うのが正解だ?ほら、」
彼の表情が柔らかい笑顔に変わった。
「……、ありがとう」
「ン、よし」
オレは御前が傷付けられた時、陽が道を間違えそうな時に怒るよ、これからも。だから御前も俺の為に怒ってくれよ。
相棒なんだから。
fin.
最悪だな、と深い溜息が口から漏れ出す。
別に捜査一課との合同捜査が最悪なわけではない。警察という組織に所属する人間なら誰もが憧れる部署との仕事だ。純粋にそこは嬉しく思う。が、問題は時期だ。彼が、陽(ハル)が以前の相棒を亡くしてしまった季節。
彼は大丈夫だろうか。
彼は決して弱くはない。寧ろ強い。だけども何処かふわふわと儚くて何かの拍子にしゃぼん玉のように、ぱっと弾けて消えてしまいそうな。そんな人だ。
幸いなのはオレたちと行動を共にしているのが、彼が捜一時代の頃に付き合いがあったであろう人たち。彼のことを深くはないけど、それなりに理解してくれている人たち、な筈。
合同捜査が決まった時、その話を訊いた彼の表情が酷く強張っていたのは、きっと気の所為ではないし それに気付かない程俺も鈍感ではない。だけど、オレがどれだけ大丈夫なのかと訊いても あの手この手でのらりくらりと躱されるし、丸め込まれてしまう。仕方無しに見守るくらいしか出来ない。
他の奴らの態度は見ていられなかった。言葉にこそしちゃいないが、冷ややかな視線が突き刺さる。嗚呼、この感じは久し振りだな、と懐かしさを覚えるが 今それを向けられているのはオレではなくて、相棒である陽だ。
「見ろよ、"相棒殺し"が居るぜ」
「よく来れるよな」
不意に聴こえた毒のような音に思わず掴み掛かりそうになる。それを止めているのは蜘蛛の糸のように細い一本の糸で繋がれている理性。今ここでオレが彼奴らに手を出したら辛い思いをするのは陽だ。それは理解している。だけども、彼の何もかも諦めたような表情に歯を食い縛る力が、拳を握り締める力が強くなる。
「なァ」
「何?」
「どうしたい?」
「別にいい」
彼がそう言う事は分かっていた。分かっていたからこそ、彼の返答に腹の奥で燃え上がっている炎の勢いが増す。駄目だろ、ちゃんと怒らなきゃ。そう彼に言いたい。だけどそれを言おうと口を開いたとて、きっとオレから出る言葉は彼を傷付けてしまう。
「……わかッた」
出来るだけ感情が声に乗らないように義務的にそう返すと、彼は安心したような表情を見せる。やめろよ、そんな顔が見たいわけじゃねぇのに。
合同捜査、と言っても機捜の俺らは殆ど雑用しかしていない仕事を終えて捜査本部に戻る。報告を終えて部屋の後ろの方へと向かう時に、オレに対して向けられる視線に気付く。軽蔑と嘲笑を含むそれと共にヒソヒソと声も聴こえる。どうやら陽からオレへと興味が移ったらしい。コイツら揃いも揃って暇なんだろうか。
オレにとっては日常茶飯事で慣れている事だからと、何も言わずにいたが、ふと隣を見ると苛立ちを隠そうともしていない彼がいた。そして、声がする方を鋭く睨み付けたかと思えば「チッ…」と舌打ちが聴こえた。結構な音量の。
「え、何してンの」
「……何が」
「いいンだよ、慣れてッから」
オレが彼の為に怒ることを許してくれないのなら、オレも同じ。オレの為に彼が怒ることも許してやらない。それにまた彼がアイツらの標的になるのも嫌。
オレの口から出たのは以前に彼の為に怒ろうとした時に、彼が言った言葉。その言葉で彼はオレを止めた。殆ど無意識の内に出ていたそれに、オレより先に目の前の陽がハッとした直後に眉間にシワを寄せて、口を噤む。しばらくして彼はふ、と目を逸らした。どうやってオレの言葉から逃げようか考えている時の顔だ。
「レ」
「なァ、今回のこの合同捜査、ひとりで行こうとしてただろ」
オレの名前を呼ぶ彼の声を遮って続ける。
「オレだけ別の部署と合同捜査させるように進言してたらしいじゃねェの」
何も知らない、知ろうともしないで馬鹿にして来る奴らは嫌いだ。そんな嫌いな人間が居る上に、傷付けられると分かっている状態で大事な相棒を送り出せるわけが無い。
「ちゃンと、話そうぜ」
ほら、と陽の腕を掴んで部屋の外へと歩き出すと意外にも素直に着いて来る彼。廊下に出ると少し息がしやすくなった。歓迎されていないのは分かりきっていたから、無意識に気を張っていたのかもしれない。
少し強引だったが、彼をあの場から一刻も早く連れ出したかった。これ以上あんな奴らに心無い言葉と冷たい視線を彼に投げ付けさせる訳にはいかない。
「まず、隊長に進言した理由は?」
「他の部署の仕事を経験するのもいい事だろ」
「それは今じゃなくて良かッただろ?」
「……、」
言葉に詰まって俯く彼。ほらね。いつもならそのよく回る頭で俺を説き伏せるのに。本調子じゃない彼に隊長も気付いたのか、オレが憧れている部署の仕事なのだから出来るだけ連れて行け、と隊長に丸め込まれたらしい。
「あのなァ、よくオレの事を犬扱いするが、犬だッて尻尾振る相手は選ンでだよ。陽の言い分は正しいよ。オレが他の所でもやッていけるようにッて思ッてンのも知ッてる。けど、今の陽は間違ッてる。だから"待て"も"行け"も訊いてやらねェ」
オレの言葉に彼は「脅しかよ」と吐き捨てた。そう、これは脅しだ。彼の亡くなってしまった以前の相棒が要因で、不安になるのならオレは隣で生きていると伝え続ける。もし、その不安から俺を遠ざけようとするのなら。
「陽が自分でオレと相棒でいる事をやめようッてンなら、オレはそれを全力で阻止してやるよ」
彼の綺麗な目が真ん丸になる。そんな驚くことか?
「なんでそこまで……」
「オレは陽の事だから怒ッたンだよ」
彼が一番後悔しているのなんて、オレでも分かる。あの時こうすれば良かったが積み重なって、彼の中で一生忘れる事の出来ない痛みになっている。だから、何も知らない奴らが好き勝手言って、彼を傷付けることが許せない。彼の元相棒だって、きっと同じ事を思うに違いない。
オレだって、陽の相棒なのだから。
「俺は……、言われて当然だと思ってる。だけど蓮(レン)に飛び火するのは」
「飛び火ッて何?オレが色々言われンのは自業自得ッてやつ」
過去に居た部署でのアレコレや、恩師の事。根も葉もない言葉たちに混ざって、オレの恩師を悪く言われる事もある。それはそれで腹が立つ。だけど、オレにとっての恩師であろうが、取り返しの付かない罪を犯した事は変わらない事実。それを止められなかったのはオレで、自業自得というのも間違いでは無い。
「自業自得じゃない事も、あるだろ。俺はそれが許せない」
陽の声には怒りが混ざっている。いつだったから彼はオレに正しい奴だと言った。それなら彼は優しい人だ。オレの事でこんなにも怒ってくれる。
「同じだよ。陽のソレと同じ。オレはお前の正義を貶されるのが嫌なンだよ」
隊長はあの時の彼の行いは正しかったと言っていた。その通りだとオレも思う。彼の元相棒の正義は間違った方向に突き進んでいた。それを彼が正しい方向へと戻そうとした。結果彼の元相棒は、ありとあらゆるタイミングが悪く重なり帰らぬ人になってしまったが、それでも間に合った未来を想像して、苦しんでいるのが今の陽だ。
「嫌だと思ッたこと、苦しい辛いと思ッたこと。口に出さねェでもその感情は無視しないでほしい」
オレの自分勝手の我儘でほんの些細な願い。
これから先もオレたちはこの地獄で生きていく。だから陽には少しでも生きやすいと思って貰えるように、少なくともこのオレが相棒として彼の隣に居る間は、その間だけでも、彼には心から笑っていて欲しい。
「それに忘れたのか?オレたちが単独行動するとろくな事にならねェだろ」
オレの言葉に彼が微かに笑った。
「……意地張って悪かったよ」
「陽が頑固なのは知ッてるよ。で?こういう時はなンて言うのが正解だ?ほら、」
彼の表情が柔らかい笑顔に変わった。
「……、ありがとう」
「ン、よし」
オレは御前が傷付けられた時、陽が道を間違えそうな時に怒るよ、これからも。だから御前も俺の為に怒ってくれよ。
相棒なんだから。
fin.
