Prologue

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かつて栄華を極めたと歴史に名を刻んだ都市、"ナルム"。荘厳な城を中心にこの辺りの地域一帯を治めていたという。

だがある時、たった一夜にして茨に覆われ滅んでしまったとされている。そう言われる所以は、城を含む城下町の至る所に茨で造られた人間の像があり、そのどれもが何かから逃げるような恐怖の表情を浮かべているのだ。

世の探求者や歴史学者たちは、この茨の人間像は元はここに住んでいた人間達なのではないかと推論しているが、実際この地に何が起こったのかは未だ謎のままである。

そんな"ナルム"の町にひとりの男が訪れている。

「へェ……、これが噂の……」

茨の人間像をまじまじと観察しながら、手に持ったノートに何かを書き込んでいる若い男。緩くウェーブ掛かった黒髪に、くっきりとした目鼻立ち。目付きはやや鋭く長いまつ毛と紫紺色の瞳が彼の麗しさを際立たせている。左頬には悪魔の翼を模したようなタトゥーがある。

「建物の状態を見るにここがこうなッたのは……」

ノートに更に何かを書き込むこの男は、名をレン=ウィステリアといい、考古学者の端くれである。今回この"ナルム"に立ち入ったのは調査の為でもあるが、ほとんど彼の私用の為と言って過言は無い。

「さて、……記録はこンなモンでいいだろ」

ノートをパタンと閉じると、ぽいと投げてしまう。が、そのノートは地に落ちることなく消えてしまった。

「滅ンだ城は今や魔物の巣窟……ッてか?」

レンの背後、地面や建物の外壁からざわざわと滲み出て来る無数の黒い靄のような何か。それらは徐々に人型や四足の獣型の姿を取っていく。

「別に此処の奴らッて訳でもなさそうだな。成程な、……面白ェ」

不敵な笑みを浮かべたレンの右手にはいつの間にか一本のカタナ。ただその刃は夜の闇のように深く黒く染まっている。彼はカタナを手にぐるりと一閃。

──パキパキパキパキィ……ン……

するとどうだ。レンの周囲を囲っていた黒い靄達の足元から氷の刃が突き出すではないか。そしてそれは余す事無く黒い靄達を貫いて仕留めていく。

「……何の鍵だ?」

地面に落ちていた小さな鍵。それを拾って眺めてみるが何処の何の鍵なのかは皆目見当もつかない。アメジストだろうか、綺麗な紫色の小さな宝石が装飾に使われているそれをポケットに仕舞い込み、レンは"ナルム"を後にしようと踵を返した途端。

「ぐえっ」
「──!?」

レンの頭上から突然襲いかかった衝撃。何かが降ってきたのだと理解するのに時間は掛からなかったが、一体何が……と見ると、地面に落ちているひとりの人間。それは藍色の着物を召した銀髪の男。

「どこから湧いて……」
「いてて……ぅおっ、ひと!?」

身体を起こしたその男はレンの姿を見るやいなや、距離を取る為に後ろ跳びを数回。下駄という履物の割には軽やか過ぎる身のこなしに、レンは警戒心を強める。

「ひとつ、御前は"何"だ?ふたつ、此処に居る目的は何だ?」
「……ひとつめの質問には、"君と似たようなもん"って答えておこうかな。ふたつめの質問は……、おれが知りたい」
「……は?」

予想していなかった答えにレンは呆気に取られ、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

「すっげぇボロボロだけど、ここどこ?」

銀髪の男が周りを見渡しながら呟く。どうやら本当に自身が何故ここに居るのかを理解していないようである。

「……此処は"ナルム"だ」
「なるむ……知らんな」
「此処が滅ンだのは数百年前だからな。逆にこれだけ遺跡として遺ッている方が珍しい」
「ほぉん……」
「それにこの城に封印されていたある神具が」
「まてまてまて、おれに言われてもわからん」
「……悪ィ、久々に会話出来る奴と会ッたから」
「そんなことある?いや、旅してたらあるか」

溜め息混じりに話すレンの背後で先の影のようなものたちがまた姿を現す。今度は更に数が多く、数体巨躯のものもいる。

「うっわ、きもちわる」
「知ッてるか?この世界は一度滅ンでるらしいぜ」

振り向きもせずにレンがぱちんと指を鳴らしたその音の直後、彼の背後の影たちは地面から突き出た氷の刃に串刺しにされ消え、パキンと音を立てて氷の刃も砕け散る。

「なんの話?」
「……まァいい、あッちに行けば人里に着く」
「いや、君といた方がよさそう」
「はァ?」
「ペンギンのこととか知ってそう」
「ペンギン?」
「うん、ほら、ちょうどあんな感じの」

銀髪の男が指差す先に仰向けに転がっているペンギン。紫色の体毛が目立つそれはどうやら自力で起き上がれないのか、じたばたともがいている。

「あれもここの魔物?」
「いや、こンなのは初めて見る」
「おっ、にんげん!いいとこに!おこしてくれ!たのむ!」

2人が近寄ってみるとかなりビックサイズなペンギンはとても元気良くじたばたしている。逆にそれだけもがいていて何故起き上がることが出来ないのか。

「きみたち!かぎをもってるね!ならはなしははやい!」

じたばたとしたままに、ペンギンは勢い良くぺぇんっとその手を叩き合わせた。

「げっ、やな予感」
「このせかいのめいうんは!きみたちにかかってるよ!」

2人の足元の地面に魔法陣が浮かび上がる。離れる暇も無く2人の姿は消えてしまった。

「こんかいはうまくいくといいなぁ」


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