Prologue
¨
所変わって此処は常夏の地と呼ばれる"サンフラ"。太陽が照り付けるこの地は寒さなど無縁の地である。……筈なのだが、今現在は一面が銀世界の雪国へと変わり果てている。
「つまり、その"銀狼"ってのを倒せばこの異常気象も解決するって事なのか?」
サンフラ地方の都市、"ミネンス"という街。その酒場のマスターとカウンター越しに話すひとりの男。燃えるような紅い髪をした彼の顔立ちはどこか幼さを残したままである。
「だが兄ちゃん、あの銀狼を倒すなんて夢物語だぜ?なんせここら一帯を雪景色にしちまう奴なんだから」
「いや、丁度その銀狼の角が欲しくてね」
銀狼とは、名の通り銀色に近い体毛をしている巨大な狼の姿をした魔物である。氷属性の魔法を操るとされ、その額に伸びる角は氷属性を宿す武具を造る為に、重宝される貴重な素材のひとつとなっている。然るべき機関に売りに出せば暫くの路銀には困らない。
「兄ちゃんが倒してくれるんならこの街は大助かりだな!」
「まぁあんまり期待しないでくれよ」
カウンターに代金を置いて男は酒場を後にする。向かうのは銀狼の住処と言われている平原。元々は美しい緑の絨毯が広がっているのだが、今は雪に埋もれている。それはそれで美しい銀世界だ。
「がうっ」
「……は?」
雪を踏み締めながらターゲットを探していると、男の目の前に現れた小さな、といっても大型犬くらいの大きさの真っ白な狼。だがその額に生えている角が、魔物である証拠。
「幼体か?」
男の知識の中の銀狼はもっと巨大で、それこそこんな人間の目の前で尻尾をぶんぶんと振る魔物ではない。
男が唇を撫でながら考え込んでいると、不意に小さな狼が遠吠えを始めた。狼の遠吠えには仲間への伝達や、縄張り主張などの意味があるという。これは魔物であっても同じ。つまり。
「おいおい……嘘だろ……っ」
遠くから駆けて来るそれは間違いなく銀狼の成体。だがその数は一頭や二頭ではない。銀狼は群れを作る習性も動物の狼と同じく持つ為だ。はぐれた幼体の遠吠えを聴いて迎えに来たのだ。
「そりゃあれだけ居れば草原が銀世界にもなるか」
一頭一頭が強力な氷属性の力を持つ狼の魔物が、十数頭居るのだから当たり前と言われれば当たり前の事である。問題はこの平原のど真ん中、逃げ場や隠れ場所はない。男に残されている選択肢は迎え撃つ事ただひとつ。
「……仕方ない」
男は自身の脚に提げているホルダーから拳銃を取り出すと流れるような動作で次々に弾を撃ち出す。そしてその弾丸は確実に銀狼たちの額を撃ち抜いていく。
「……!」
群れの長だろうか。一際大きな個体が男へと弾丸をものともせず飛び掛かる。だが男はそれを待っていたかのように不敵に笑うと、身を翻しながら銀狼の顔面を力の限り蹴り飛ばした。
「氷属性には炎属性、よーく効くだろ」
群れの長が呆気なくやられてしまった事で、弾丸の雨を運良く逃れていた他の銀狼たちは、分かりやすく狼狽えた様子で二の足を踏んでいる。そして散り散りに何処かへと去っていった。
「……こいつ使うと魔力大きく持ってかれるから疲れるんだよなぁ」
手に持った拳銃をくるくると指で回しながら息をついた男は、地面に伸びている銀狼の額から生えている鋭い蒼い角を鷲掴み、根元を脚で蹴って折ると、「へぇ」と感嘆の声を漏らした。
「中々良い値が付きそうだ」
銀狼の角を脚に提げたホルダーに仕舞い込む。男が持つホルダーは魔法鞄と呼ばれる種類のもので、中身が異空間に繋がっており、その見た目からは想像も付かない程の容量を持つ。分かりやすい例えで言うならば、四次元ポケットだ。
「さて、次は何を……ん?」
男の目の前に現れたのは淡い桃色のペンギンのような何か。じっと男を見ている。
「知らない魔物だな……。新種か?そりゃこれだけ銀世界になっていれば、生態系が変わってもおかしくはないな」
ペンギンのような何かはこちらを見ているだけで、特に襲い掛かってくる様子もない。無害だろう、と男は素通りしようと足を進める。が、その先に回り込むようにそれは走り出す。短い足にしては中々に素早い。
「俺に何か用?あ、角が欲しいとか?これは俺の路銀にするんだからあげられないよ」
それは手を男に差し出す。まるで何かを寄越せと言わんばかりに。男は何かあげられるものはないかとホルダーの中を探るが、これといってこの生物が喜びそうなものは持っていない。
「ん!」
「痛っ、え、なに?鍵?」
ホルダーを探っていた男の顔面にぺちっと何かが当たる。投げ付けられたその何かが地面にぽとりと落ちて、雪に埋まる。男が拾い上げて見るとそれは小さな銀色の鍵。ルビーのような赤い宝石で装飾されている。
「なにこれ、どこの鍵?……て、あれ?居ない……」
男の視界には見渡す限りの雪原。あの淡い桃色のペンギンは何処にも居ない。仕留めた銀狼たちの亡骸も不思議なことに何処にも見当たらない。
「……で、振り返ったらここは何処よ」
足元に広がっていた雪は消え、背の低い草たちが気持ちよさそうに揺れている。
「転移魔法陣でも踏んだのか俺は」
男の溜め息が虚しく響く。
.
所変わって此処は常夏の地と呼ばれる"サンフラ"。太陽が照り付けるこの地は寒さなど無縁の地である。……筈なのだが、今現在は一面が銀世界の雪国へと変わり果てている。
「つまり、その"銀狼"ってのを倒せばこの異常気象も解決するって事なのか?」
サンフラ地方の都市、"ミネンス"という街。その酒場のマスターとカウンター越しに話すひとりの男。燃えるような紅い髪をした彼の顔立ちはどこか幼さを残したままである。
「だが兄ちゃん、あの銀狼を倒すなんて夢物語だぜ?なんせここら一帯を雪景色にしちまう奴なんだから」
「いや、丁度その銀狼の角が欲しくてね」
銀狼とは、名の通り銀色に近い体毛をしている巨大な狼の姿をした魔物である。氷属性の魔法を操るとされ、その額に伸びる角は氷属性を宿す武具を造る為に、重宝される貴重な素材のひとつとなっている。然るべき機関に売りに出せば暫くの路銀には困らない。
「兄ちゃんが倒してくれるんならこの街は大助かりだな!」
「まぁあんまり期待しないでくれよ」
カウンターに代金を置いて男は酒場を後にする。向かうのは銀狼の住処と言われている平原。元々は美しい緑の絨毯が広がっているのだが、今は雪に埋もれている。それはそれで美しい銀世界だ。
「がうっ」
「……は?」
雪を踏み締めながらターゲットを探していると、男の目の前に現れた小さな、といっても大型犬くらいの大きさの真っ白な狼。だがその額に生えている角が、魔物である証拠。
「幼体か?」
男の知識の中の銀狼はもっと巨大で、それこそこんな人間の目の前で尻尾をぶんぶんと振る魔物ではない。
男が唇を撫でながら考え込んでいると、不意に小さな狼が遠吠えを始めた。狼の遠吠えには仲間への伝達や、縄張り主張などの意味があるという。これは魔物であっても同じ。つまり。
「おいおい……嘘だろ……っ」
遠くから駆けて来るそれは間違いなく銀狼の成体。だがその数は一頭や二頭ではない。銀狼は群れを作る習性も動物の狼と同じく持つ為だ。はぐれた幼体の遠吠えを聴いて迎えに来たのだ。
「そりゃあれだけ居れば草原が銀世界にもなるか」
一頭一頭が強力な氷属性の力を持つ狼の魔物が、十数頭居るのだから当たり前と言われれば当たり前の事である。問題はこの平原のど真ん中、逃げ場や隠れ場所はない。男に残されている選択肢は迎え撃つ事ただひとつ。
「……仕方ない」
男は自身の脚に提げているホルダーから拳銃を取り出すと流れるような動作で次々に弾を撃ち出す。そしてその弾丸は確実に銀狼たちの額を撃ち抜いていく。
「……!」
群れの長だろうか。一際大きな個体が男へと弾丸をものともせず飛び掛かる。だが男はそれを待っていたかのように不敵に笑うと、身を翻しながら銀狼の顔面を力の限り蹴り飛ばした。
「氷属性には炎属性、よーく効くだろ」
群れの長が呆気なくやられてしまった事で、弾丸の雨を運良く逃れていた他の銀狼たちは、分かりやすく狼狽えた様子で二の足を踏んでいる。そして散り散りに何処かへと去っていった。
「……こいつ使うと魔力大きく持ってかれるから疲れるんだよなぁ」
手に持った拳銃をくるくると指で回しながら息をついた男は、地面に伸びている銀狼の額から生えている鋭い蒼い角を鷲掴み、根元を脚で蹴って折ると、「へぇ」と感嘆の声を漏らした。
「中々良い値が付きそうだ」
銀狼の角を脚に提げたホルダーに仕舞い込む。男が持つホルダーは魔法鞄と呼ばれる種類のもので、中身が異空間に繋がっており、その見た目からは想像も付かない程の容量を持つ。分かりやすい例えで言うならば、四次元ポケットだ。
「さて、次は何を……ん?」
男の目の前に現れたのは淡い桃色のペンギンのような何か。じっと男を見ている。
「知らない魔物だな……。新種か?そりゃこれだけ銀世界になっていれば、生態系が変わってもおかしくはないな」
ペンギンのような何かはこちらを見ているだけで、特に襲い掛かってくる様子もない。無害だろう、と男は素通りしようと足を進める。が、その先に回り込むようにそれは走り出す。短い足にしては中々に素早い。
「俺に何か用?あ、角が欲しいとか?これは俺の路銀にするんだからあげられないよ」
それは手を男に差し出す。まるで何かを寄越せと言わんばかりに。男は何かあげられるものはないかとホルダーの中を探るが、これといってこの生物が喜びそうなものは持っていない。
「ん!」
「痛っ、え、なに?鍵?」
ホルダーを探っていた男の顔面にぺちっと何かが当たる。投げ付けられたその何かが地面にぽとりと落ちて、雪に埋まる。男が拾い上げて見るとそれは小さな銀色の鍵。ルビーのような赤い宝石で装飾されている。
「なにこれ、どこの鍵?……て、あれ?居ない……」
男の視界には見渡す限りの雪原。あの淡い桃色のペンギンは何処にも居ない。仕留めた銀狼たちの亡骸も不思議なことに何処にも見当たらない。
「……で、振り返ったらここは何処よ」
足元に広がっていた雪は消え、背の低い草たちが気持ちよさそうに揺れている。
「転移魔法陣でも踏んだのか俺は」
男の溜め息が虚しく響く。
.
