Prologue
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世界で一番の広さと深さを誇る湖、"オセアン"。その岸辺に胡座をかく男がひとり。銀色の短髪で眠たそうな眼をした彼の手には木の棒に糸と針を付けただけの簡易的な釣竿。その糸の先は湖の中に垂らされている。どれだけの時間、この男がここで釣り糸を垂らしているかは分からないが、どうやら収穫は未だゼロのようだ。
「つれねーなぁ……」
男は溜息と共に呟く。それに答えるように男の腹の虫がぎゅるると鳴る。男は更に深い溜息を吐き出す。
「腹減ったなぁ……」
男はごろんと地面に寝転がって、空を漂う雲を眺める。ふわりと吹くそよ風が気持ちがいいのか、男はすぐに微睡み始めた。
男の傍らには彼の得物のカタナと呼ばれる、片刃の剣が置かれている。黒塗りの鞘に収められたそれは"ヤマト"という国独特の工芸品。彼が着ている衣服もその国の民族衣装であり、わたし達の世界で喩えるならば着物が一番近いだろう。
「んぁ」
ふと、男が目を覚ます。いつの間にか空は今にも泣き出しそうな程にどんよりと暗く重たい雲に覆われている。それだけではない。湖の水面がざわざわと波立っている。
「……」
ただただ天候が悪化しただけではない、と男は考えたのか岸辺からカタナを手にゆっくりと離れていく。水面をその視界に捉えたまま。
やがて湖の水面は激しく波立ち、ぐるぐると渦潮のような流れを作り始めていく。これは流石に自然現象ではない、と男は身構える。
徐々に激しさを増していく水面が一瞬、静まり返る。全ての時が止まったかのように。のも束の間。
激しい水飛沫と轟音と共に水底から現れた"ソレ"は、喩えるならば空飛ぶ鯨であろうか。淡い水色の鱗で全身を覆い、額には長く鋭い一本角を携え、紅く光る眼で男を睨む。
「ボエェエェェッ!!!」
宙を泳ぐ鯨──"ケートス"はありったけの咆哮で大気を、水面を、地面を揺るがす。
「さかな……っぽいけど、こんなでけぇのは食い切れねぇなぁ」
男は怯むことなく、呑気な事をぼやく。
「でもおまえどうにかしないと、ゆっくり釣り出来ねぇもんな」
ふー、と溜息をひとつ吐き出した後、男はすっと構える。その構えはカタナを鞘に収めたままに腰を捻りつつ低く落とし、カタナの柄に手を軽く掛けているだけ。"ヤマト"では居合と呼ばれる構えである。
「──"水斬(ミズキリ)"」
はたしてケートスは自らの命が潰えたことに気付けたのだろうか。それ程に疾く、確かに。カシン、と鞘にカタナを収める音が響くと同時にケートスの巨体は湖に落ちていき、二度と浮き上がることは叶わない。
「あいつが居たらそりゃ釣れねぇな。……場所変えるかぁ」
男は大きな欠伸をひとつ。「よっこいせ」と簡易的な釣竿を拾い上げ"オセアン"を後にしようと振り返ると、目の前に何やら可愛らしい生き物が佇んでいるではないか。
「……なんだおまえ、……なんだ?」
男の膝くらいの丈のそれはペンギンの様な姿をしており、その手をぺんぺんと拍手をするように叩き合わせている。
「いやーすごいね君!あの化け鯨を一撃で仕留めるなんて!僕じゃなきゃ見逃しちゃってたよ!」
「……しゃべ、った、え?しゃべっ」
「やだなぁ、僕だって喋るくらい出来るよ!」
「いやだっておまえ、ぺん」
「のんのん、僕をその辺のペンギンと一緒にしてもらっちゃ困るよ!」
ペンギンらしきその生物はさながら人間が人差し指をチッチッと振るように、フリッパーを振っている。その様子に男は開いた口が塞がらない。
「そんな事より!君はめでたく選ばれたんだ!」
「え、なに、なんの話」
「これがその証!失くしちゃダメだからね!」
「え、いや、ちょ」
男の手に勢い良く乗せられたのは小さな銀色の鍵。持ち手の部分には青い宝石が埋め込まれている。男がこれは何だと問う前に、ペンギンのような生物は忽然と姿を消していた。周りを見渡せど見当たらない。気配すらも無い。
「どういうこ……、え?ちょ、えぇ?待っ──」
息をつく間も無く、男の足元の地面が消える。
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世界で一番の広さと深さを誇る湖、"オセアン"。その岸辺に胡座をかく男がひとり。銀色の短髪で眠たそうな眼をした彼の手には木の棒に糸と針を付けただけの簡易的な釣竿。その糸の先は湖の中に垂らされている。どれだけの時間、この男がここで釣り糸を垂らしているかは分からないが、どうやら収穫は未だゼロのようだ。
「つれねーなぁ……」
男は溜息と共に呟く。それに答えるように男の腹の虫がぎゅるると鳴る。男は更に深い溜息を吐き出す。
「腹減ったなぁ……」
男はごろんと地面に寝転がって、空を漂う雲を眺める。ふわりと吹くそよ風が気持ちがいいのか、男はすぐに微睡み始めた。
男の傍らには彼の得物のカタナと呼ばれる、片刃の剣が置かれている。黒塗りの鞘に収められたそれは"ヤマト"という国独特の工芸品。彼が着ている衣服もその国の民族衣装であり、わたし達の世界で喩えるならば着物が一番近いだろう。
「んぁ」
ふと、男が目を覚ます。いつの間にか空は今にも泣き出しそうな程にどんよりと暗く重たい雲に覆われている。それだけではない。湖の水面がざわざわと波立っている。
「……」
ただただ天候が悪化しただけではない、と男は考えたのか岸辺からカタナを手にゆっくりと離れていく。水面をその視界に捉えたまま。
やがて湖の水面は激しく波立ち、ぐるぐると渦潮のような流れを作り始めていく。これは流石に自然現象ではない、と男は身構える。
徐々に激しさを増していく水面が一瞬、静まり返る。全ての時が止まったかのように。のも束の間。
激しい水飛沫と轟音と共に水底から現れた"ソレ"は、喩えるならば空飛ぶ鯨であろうか。淡い水色の鱗で全身を覆い、額には長く鋭い一本角を携え、紅く光る眼で男を睨む。
「ボエェエェェッ!!!」
宙を泳ぐ鯨──"ケートス"はありったけの咆哮で大気を、水面を、地面を揺るがす。
「さかな……っぽいけど、こんなでけぇのは食い切れねぇなぁ」
男は怯むことなく、呑気な事をぼやく。
「でもおまえどうにかしないと、ゆっくり釣り出来ねぇもんな」
ふー、と溜息をひとつ吐き出した後、男はすっと構える。その構えはカタナを鞘に収めたままに腰を捻りつつ低く落とし、カタナの柄に手を軽く掛けているだけ。"ヤマト"では居合と呼ばれる構えである。
「──"水斬(ミズキリ)"」
はたしてケートスは自らの命が潰えたことに気付けたのだろうか。それ程に疾く、確かに。カシン、と鞘にカタナを収める音が響くと同時にケートスの巨体は湖に落ちていき、二度と浮き上がることは叶わない。
「あいつが居たらそりゃ釣れねぇな。……場所変えるかぁ」
男は大きな欠伸をひとつ。「よっこいせ」と簡易的な釣竿を拾い上げ"オセアン"を後にしようと振り返ると、目の前に何やら可愛らしい生き物が佇んでいるではないか。
「……なんだおまえ、……なんだ?」
男の膝くらいの丈のそれはペンギンの様な姿をしており、その手をぺんぺんと拍手をするように叩き合わせている。
「いやーすごいね君!あの化け鯨を一撃で仕留めるなんて!僕じゃなきゃ見逃しちゃってたよ!」
「……しゃべ、った、え?しゃべっ」
「やだなぁ、僕だって喋るくらい出来るよ!」
「いやだっておまえ、ぺん」
「のんのん、僕をその辺のペンギンと一緒にしてもらっちゃ困るよ!」
ペンギンらしきその生物はさながら人間が人差し指をチッチッと振るように、フリッパーを振っている。その様子に男は開いた口が塞がらない。
「そんな事より!君はめでたく選ばれたんだ!」
「え、なに、なんの話」
「これがその証!失くしちゃダメだからね!」
「え、いや、ちょ」
男の手に勢い良く乗せられたのは小さな銀色の鍵。持ち手の部分には青い宝石が埋め込まれている。男がこれは何だと問う前に、ペンギンのような生物は忽然と姿を消していた。周りを見渡せど見当たらない。気配すらも無い。
「どういうこ……、え?ちょ、えぇ?待っ──」
息をつく間も無く、男の足元の地面が消える。
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