CLAMP作品小説
かつて、異世界の仲間達と共に様々な異世界を巡る旅をしていた黒鋼とファイ。二人の出会い、異世界の仲間達と共に旅をする事は飛王・リードに仕組まれたものだったが、彼らが旅の中で幾多の困難を乗り越え、絆を結び、友情を育んだのは間違いなく自分達の意志だ。二人が旅の中で育んできた友情は彼らの旅の仲間、小狼の「ひとつの世界に留まらない」という対価を支払う事を目的とした飛王・リードを打ち倒した後の二度目の旅の中で愛情へと変化していく。
後に小狼が対価を払い終え、彼は運命のひとのサクラ姫が待つ玖楼国へと帰る事になり、それと同時に白モコナは四月一日と黒モコナが待つミセへ、黒鋼もまた故郷の日本国へと帰る事になり、産まれた国のヴァレリアも育った国のセレスも滅んでしまい帰る場所がないファイはどうするか悩んだのだが、二度の旅の中でファイに愛情の気持ちを抱き、ファイがいない人生は考えられなくなってしまった黒鋼によって彼も日本国へ行く事になったのである。
そうしてファイが黒鋼とともに日本国で暮らすようになってから一年が経ち、ファイが日本国の言葉や文化に慣れてきたという事もあって黒鋼とファイの祝言が行われたのである。祝言の参列者は少なかったが、二人の結婚は知世姫、天照、蘇摩やかつての旅仲間の小狼、サクラ姫、モコナに心から祝福され、祝言の後の結婚初夜も心も体の両方が幸せに包まれる最高の至福の時間だった。
幸せな結婚初夜の後、ファイは黒鋼の裸の胸をぎゅうっと抱きしめながら一度目の旅の時にセレス国から日本国へと次元移動し、左腕を失って重体を負い、意識を失ってしまった黒鋼が集中治療を受けている最中に起こった事を思い出していた───
* * *
セレス国でのアシュラ王との戦いで重体を負い、更にファイを閉じていく世界から連れ出すためにファイの魔力がかけられた自身の左腕をファイの身代わりとするために切り落とした事で黒鋼は死の一歩手前状態となってしまった。『小狼』、サクラ姫の躰、黒鋼、ファイ、モコナが日本国に到着してすぐ彼は医療班による集中治療を受ける事になり、セレス国で負傷した『小狼』、サクラ姫の身体、ファイも医療班による治療を受ける事になったのである。『小狼』とファイの体の傷は一日で回復し、サクラ姫の躯の傷も回復しつつあるが、重体を負った黒鋼は今も集中治療の最中で目を覚ます気配はない。黒鋼の様子が気になって仕方がないファイは毎日のように黒鋼が療養している部屋を訪れ、目を覚まさない彼の隣で泣いて縋っていた。
そんな日々の中、ファイは日本国の兵達と忍達が黒鋼に対する悪口を話しているのを襖越しに聞いてしまったのである。
「知ってるか?今、追放された黒鋼が帰ってきて集中治療を受けているらしいぜ」
「知ってる知ってる。脇腹を抉られ、左腕も失うという重体らしいじゃないか。あんな有様じゃもう忍としてやっていけないだろうし、月読姫様に仕える事もできなくなるだろうよ。俺達に散々威張り散らしてきた罰 だな、ざまぁみろ!!」
「まさに天罰ってやつだな。俺なんてあいつに『こんな弱い奴と働けるか!』って暴言を吐かれた挙句、暴力も振るわれたんだ!あんな奴、死んでしまえばいいんだ!!」
兵達と忍達が悪口を言っているのは知世姫の次元移動の術によって日本国に追放される前の黒鋼の事である。諏訪が壊滅した後、白鷺城に移って忍となってからの彼は城内で乱暴を働き、兵や忍軍の仲間達にも横柄に接し、主の知世姫にも無礼な態度を取る有様の乱暴狼藉という言葉が似合う悪名高い存在だったのだ。
異世界を巡る旅の中で心身共に成長した黒鋼だが、旅を経て変わった黒鋼の事を知らない日本国の者達から見た黒鋼はパワハラ、命令違反、暴力事件を繰り返して追放された不良忍でしかなく、黒鋼の人望など無いに等しいのだ。黒鋼が知世姫に仕える忍になってからというもの、彼による暴言、暴力等のパワハラ行為を散々受けてきた兵達や忍達からしたら黒鋼がそのまま死んでしまえばいいと思うのも当然と言えば当然である。
「黒鋼を……悪く言うな……悪く言うなっ……!!」
襖越しに兵達と忍達の黒鋼に対する悪口を聞いてしまったファイは落ち込むのと同時に怒りに震え、黒鋼を悪く言った兵達と忍達に文句を言うために襖を開けようとするが、襖を開けようとした瞬間に『小狼』の声が聞こえてきたのだ。
「『死んでしまえばいい』だなんて簡単に言うな!彼は両親と故郷を失うという壮絶な経験をし、大切なものを誰にも奪われないために強さを求めた……。そうして今、やっと彼は大切な存在 を守り抜いてこの日本国に帰る事ができたんだ!!貴方達は彼の仲間なんだろう?仲間なのならば彼の回復と目覚めを願うべきではないのか」
『小狼』は黒鋼に対する悪口を言っていた兵達と忍達を真っ直ぐに見据え、言った。だが、兵達と忍達の返答はそんな彼の言葉を真っ向から否定するものだった。
「黒鋼が両親と故郷を失ったのは理解してるぜ。だがな、子供の頃に家族や故郷を失った奴はこの日本国にはごまんといる。家族や故郷を失ったのは黒鋼だけじゃねぇんだよ!!」
「俺だって戦で家族も故郷も失って忍になったんだ。日本国の事情も何も知らない異国人が横から口を出すな!!」
「そうだそうだ!不幸な生い立ちなのは俺だって同じだ!俺は両親を流行病で失い、身寄りもなかったからはずっと物乞いをして食いつないでいたんだぞ。天照帝様が救ってくださらなかったら俺は兵になる事もなく、とっくの昔に死んでいただろうな……」
「そんな惨めだった俺達に比べたら黒鋼は故郷が壊滅するまでは領主の息子として産まれた坊っちゃん育ちで嵩高な布団に広い部屋があって使用人がいる贅沢な環境だったんだ。俺達にはそんな贅沢な環境すら与えられなかったんだぞ。かつては贅沢な環境があっただけでも黒鋼は俺達よりはるかにマシだろうよ」
「それなのに黒鋼は成人した後も自分こそがこの世で一番不幸な存在だとでも言わんがばかりに我儘し放題で俺達には当然の事、天照帝様や月読姫様にも無礼な態度を取り続けていたんだ!!これが俺達をはじめとする他の忍達や兵達、天照帝様や月読姫様に対する侮辱でなくて何なんだ!!」
「……!!」
黒鋼の好き勝手な我儘な振る舞いにより辛酸を嘗めさせ続けられてきた兵達と忍達の怒りの言葉はあまりにも重い。確かに黒鋼は飛王・リードの介入で両親と故郷を失うという不幸に見舞われた。だが、この日本国は戦乱の世の中にあり、それ故に領主ですら戦で死んでしまう事もあるのだ。領主ですら簡単に死んでしまう事もあるのだから、平民だった彼らの親が死んでしまう事や故郷を失うという事は日本国に住んでいる以上、普通にあり得る事であり、決して黒鋼だけが特別に不幸だったわけではないのである。兵達と忍達の言葉の重さに『小狼』は二の句が告げず、黙って立ち尽くす事しかできなかった。
「分かったか?小僧。分かったら二度と黒鋼の事を話すんじゃねぇぞ」
「そうだそうだ。黒鋼は俺達にとって仲間なんかじゃない!あいつが大切な存在 を守り抜いたから何だってんだ、そんなの俺達にとって知った事じゃねぇよ」
「お前はせいぜいあの金の髪の異国人と一緒に黒鋼の回復を願うこったな。まぁあれだけの重体だ、助からないと思うがな」
そう言い捨てて兵達と忍達は去っていった。『小狼』は日本国の国柄、黒鋼の同僚や部下達がかつて乱暴狼藉だった頃の彼に受けた被害に関する事情も知らずに安易な気持ちで口を挟んでしまった後悔から自分を責め、襖越しに一連のやり取りを聞いていたファイもまた黒鋼が知世姫、天照、蘇摩を除いた日本国の人達からよく思われていない現実を突き付けられた事でさらに深く落ち込んでしまい激しく泣いたのだった。
* * *
「ねぇ、黒様」
「なんだ?」
ファイは黒鋼の裸の胸を抱きしめる体勢はそのままで、左手で彼の短髪を優しく撫でながら言う。
「知世姫の術で追放される前の君は白鷺城内でしょっちゅう乱暴を働いて……兵や忍軍の仲間達にも横柄に接して……知世姫にも無礼な態度を取る乱暴狼藉な不良忍だったんだよね」
「……そうだな」
突然ファイから旅に出る前の過去の悪行について突っ込まれた黒鋼は事実が事実なので否定できず、肯定の返事を返した。
「一度目の旅の時、君が重体で眠ってる間に旅に出る前の君から乱暴の被害にあった兵達と忍達が君に対しての悪口を話してるのを聞いちゃったんだ」
「……そうか」
「黒様に対するその悪口を聞いて……オレは悔しくて悔しくて仕方がなかった。オレを守るために重体を負った黒様がなんでこんなに好き勝手言われなきゃいけないんだって」
「………………」
黒鋼に対する悪口を話していた兵達と忍達に対し、心の底から悔しい気持ちが溢れ出るファイ。かつての自分の乱暴狼藉な振る舞いが原因で愛する存在 のファイがこれほどまでに惨めな気持ちを抱いてしまっている事に黒鋼は過去の自分に対して憤りを感じずにはいられない様子だ。
「……ユゥイ」
「ど、どうしたの?黒様」
結婚初夜を迎えるその時までずっと名前を呼ぶ事のなかった黒鋼が真名を呼んだ事にファイは思わず目を見開く。
「確かに過去の俺は城内で乱暴を働き、兵や忍達にも横柄に接し、主にも無礼な態度を取ってきた。それは紛れもない事実だ。否定はしない」
「……うん」
「それに俺は今まで俺を殺そうとして向かってきた奴を殺し、俺が生涯守ると決めたものを奪おうとする奴も殺してきた。今まで何人殺したかも覚えてねぇ。俺は俺が殺してきたたくさんの奴らの屍の上に立っている」
「……分かってるよ」
「俺が過去にしてきた悪行で俺を恨んでいる奴らや俺が殺してきた奴ら……俺はたくさんの人間を傷つけてきた。いつかその報いを受ける日が必ず来るだろうな」
黒鋼は自分が過去にやってきた悪行の数々と何人殺したかも覚えてないくらいの人々の屍を思い、懺悔の気持ちで語る。後悔の気持ちでいっぱいになっている黒鋼に対し、ファイは『君だって君が傷つけてきた人達と同じくらいに十分傷ついてきたんだから何も背負う必要はない』と慰めようとしたが、そんな言葉では黒鋼にとって気休めにしかならないと察し、彼の唇に自身の唇を軽く重ねた後、黒鋼の顔を見つめて決意の言葉をかける。
「もし、そうだとしても……君がした事が罪だというなら、オレもその罪を背負いたい」
「ユゥイ……」
ファイの瞳と言葉から強い意思を感じ取り、黒鋼はファイを見つめ返す。
「その為にいつか罰を受けるならそれでも構わない。オレは君と……鷹王様と生きたい」
ファイは黒鋼の真名を呼び、黒鋼がしてきた過去の罪が原因となっていつか罰を受ける事になったとしても黒鋼とともに生きていきたいという強い心の想いを黒鋼に打ち明ける。
「……俺と添い遂げる覚悟があるんだな」
「当たり前じゃない。オレは君にどこまでもついて行くよ。たとえ地の果てまでもね」
「地の果てまでも……か。言い切りやがったな」
「ふふっ、それくらい君の事が好きって事だよ」
「そうかよ、俺もお前が好きだ」
「そんなの知ってるよぅ。だってオレも君の事が大好きなんだから……」
そうしてピロートークを続けているうちに夜が更けていき、今日から二人の結婚生活が始まる。いつか後の未来に罰を受ける時が来るのかは分からない……が、今のこの幸せが一日でも長く側にあるようにと二人は心から強く願い続けるのだ───
END
後に小狼が対価を払い終え、彼は運命のひとのサクラ姫が待つ玖楼国へと帰る事になり、それと同時に白モコナは四月一日と黒モコナが待つミセへ、黒鋼もまた故郷の日本国へと帰る事になり、産まれた国のヴァレリアも育った国のセレスも滅んでしまい帰る場所がないファイはどうするか悩んだのだが、二度の旅の中でファイに愛情の気持ちを抱き、ファイがいない人生は考えられなくなってしまった黒鋼によって彼も日本国へ行く事になったのである。
そうしてファイが黒鋼とともに日本国で暮らすようになってから一年が経ち、ファイが日本国の言葉や文化に慣れてきたという事もあって黒鋼とファイの祝言が行われたのである。祝言の参列者は少なかったが、二人の結婚は知世姫、天照、蘇摩やかつての旅仲間の小狼、サクラ姫、モコナに心から祝福され、祝言の後の結婚初夜も心も体の両方が幸せに包まれる最高の至福の時間だった。
幸せな結婚初夜の後、ファイは黒鋼の裸の胸をぎゅうっと抱きしめながら一度目の旅の時にセレス国から日本国へと次元移動し、左腕を失って重体を負い、意識を失ってしまった黒鋼が集中治療を受けている最中に起こった事を思い出していた───
* * *
セレス国でのアシュラ王との戦いで重体を負い、更にファイを閉じていく世界から連れ出すためにファイの魔力がかけられた自身の左腕をファイの身代わりとするために切り落とした事で黒鋼は死の一歩手前状態となってしまった。『小狼』、サクラ姫の躰、黒鋼、ファイ、モコナが日本国に到着してすぐ彼は医療班による集中治療を受ける事になり、セレス国で負傷した『小狼』、サクラ姫の身体、ファイも医療班による治療を受ける事になったのである。『小狼』とファイの体の傷は一日で回復し、サクラ姫の躯の傷も回復しつつあるが、重体を負った黒鋼は今も集中治療の最中で目を覚ます気配はない。黒鋼の様子が気になって仕方がないファイは毎日のように黒鋼が療養している部屋を訪れ、目を覚まさない彼の隣で泣いて縋っていた。
そんな日々の中、ファイは日本国の兵達と忍達が黒鋼に対する悪口を話しているのを襖越しに聞いてしまったのである。
「知ってるか?今、追放された黒鋼が帰ってきて集中治療を受けているらしいぜ」
「知ってる知ってる。脇腹を抉られ、左腕も失うという重体らしいじゃないか。あんな有様じゃもう忍としてやっていけないだろうし、月読姫様に仕える事もできなくなるだろうよ。俺達に散々威張り散らしてきた
「まさに天罰ってやつだな。俺なんてあいつに『こんな弱い奴と働けるか!』って暴言を吐かれた挙句、暴力も振るわれたんだ!あんな奴、死んでしまえばいいんだ!!」
兵達と忍達が悪口を言っているのは知世姫の次元移動の術によって日本国に追放される前の黒鋼の事である。諏訪が壊滅した後、白鷺城に移って忍となってからの彼は城内で乱暴を働き、兵や忍軍の仲間達にも横柄に接し、主の知世姫にも無礼な態度を取る有様の乱暴狼藉という言葉が似合う悪名高い存在だったのだ。
異世界を巡る旅の中で心身共に成長した黒鋼だが、旅を経て変わった黒鋼の事を知らない日本国の者達から見た黒鋼はパワハラ、命令違反、暴力事件を繰り返して追放された不良忍でしかなく、黒鋼の人望など無いに等しいのだ。黒鋼が知世姫に仕える忍になってからというもの、彼による暴言、暴力等のパワハラ行為を散々受けてきた兵達や忍達からしたら黒鋼がそのまま死んでしまえばいいと思うのも当然と言えば当然である。
「黒鋼を……悪く言うな……悪く言うなっ……!!」
襖越しに兵達と忍達の黒鋼に対する悪口を聞いてしまったファイは落ち込むのと同時に怒りに震え、黒鋼を悪く言った兵達と忍達に文句を言うために襖を開けようとするが、襖を開けようとした瞬間に『小狼』の声が聞こえてきたのだ。
「『死んでしまえばいい』だなんて簡単に言うな!彼は両親と故郷を失うという壮絶な経験をし、大切なものを誰にも奪われないために強さを求めた……。そうして今、やっと彼は大切な
『小狼』は黒鋼に対する悪口を言っていた兵達と忍達を真っ直ぐに見据え、言った。だが、兵達と忍達の返答はそんな彼の言葉を真っ向から否定するものだった。
「黒鋼が両親と故郷を失ったのは理解してるぜ。だがな、子供の頃に家族や故郷を失った奴はこの日本国にはごまんといる。家族や故郷を失ったのは黒鋼だけじゃねぇんだよ!!」
「俺だって戦で家族も故郷も失って忍になったんだ。日本国の事情も何も知らない異国人が横から口を出すな!!」
「そうだそうだ!不幸な生い立ちなのは俺だって同じだ!俺は両親を流行病で失い、身寄りもなかったからはずっと物乞いをして食いつないでいたんだぞ。天照帝様が救ってくださらなかったら俺は兵になる事もなく、とっくの昔に死んでいただろうな……」
「そんな惨めだった俺達に比べたら黒鋼は故郷が壊滅するまでは領主の息子として産まれた坊っちゃん育ちで嵩高な布団に広い部屋があって使用人がいる贅沢な環境だったんだ。俺達にはそんな贅沢な環境すら与えられなかったんだぞ。かつては贅沢な環境があっただけでも黒鋼は俺達よりはるかにマシだろうよ」
「それなのに黒鋼は成人した後も自分こそがこの世で一番不幸な存在だとでも言わんがばかりに我儘し放題で俺達には当然の事、天照帝様や月読姫様にも無礼な態度を取り続けていたんだ!!これが俺達をはじめとする他の忍達や兵達、天照帝様や月読姫様に対する侮辱でなくて何なんだ!!」
「……!!」
黒鋼の好き勝手な我儘な振る舞いにより辛酸を嘗めさせ続けられてきた兵達と忍達の怒りの言葉はあまりにも重い。確かに黒鋼は飛王・リードの介入で両親と故郷を失うという不幸に見舞われた。だが、この日本国は戦乱の世の中にあり、それ故に領主ですら戦で死んでしまう事もあるのだ。領主ですら簡単に死んでしまう事もあるのだから、平民だった彼らの親が死んでしまう事や故郷を失うという事は日本国に住んでいる以上、普通にあり得る事であり、決して黒鋼だけが特別に不幸だったわけではないのである。兵達と忍達の言葉の重さに『小狼』は二の句が告げず、黙って立ち尽くす事しかできなかった。
「分かったか?小僧。分かったら二度と黒鋼の事を話すんじゃねぇぞ」
「そうだそうだ。黒鋼は俺達にとって仲間なんかじゃない!あいつが大切な
「お前はせいぜいあの金の髪の異国人と一緒に黒鋼の回復を願うこったな。まぁあれだけの重体だ、助からないと思うがな」
そう言い捨てて兵達と忍達は去っていった。『小狼』は日本国の国柄、黒鋼の同僚や部下達がかつて乱暴狼藉だった頃の彼に受けた被害に関する事情も知らずに安易な気持ちで口を挟んでしまった後悔から自分を責め、襖越しに一連のやり取りを聞いていたファイもまた黒鋼が知世姫、天照、蘇摩を除いた日本国の人達からよく思われていない現実を突き付けられた事でさらに深く落ち込んでしまい激しく泣いたのだった。
* * *
「ねぇ、黒様」
「なんだ?」
ファイは黒鋼の裸の胸を抱きしめる体勢はそのままで、左手で彼の短髪を優しく撫でながら言う。
「知世姫の術で追放される前の君は白鷺城内でしょっちゅう乱暴を働いて……兵や忍軍の仲間達にも横柄に接して……知世姫にも無礼な態度を取る乱暴狼藉な不良忍だったんだよね」
「……そうだな」
突然ファイから旅に出る前の過去の悪行について突っ込まれた黒鋼は事実が事実なので否定できず、肯定の返事を返した。
「一度目の旅の時、君が重体で眠ってる間に旅に出る前の君から乱暴の被害にあった兵達と忍達が君に対しての悪口を話してるのを聞いちゃったんだ」
「……そうか」
「黒様に対するその悪口を聞いて……オレは悔しくて悔しくて仕方がなかった。オレを守るために重体を負った黒様がなんでこんなに好き勝手言われなきゃいけないんだって」
「………………」
黒鋼に対する悪口を話していた兵達と忍達に対し、心の底から悔しい気持ちが溢れ出るファイ。かつての自分の乱暴狼藉な振る舞いが原因で愛する
「……ユゥイ」
「ど、どうしたの?黒様」
結婚初夜を迎えるその時までずっと名前を呼ぶ事のなかった黒鋼が真名を呼んだ事にファイは思わず目を見開く。
「確かに過去の俺は城内で乱暴を働き、兵や忍達にも横柄に接し、主にも無礼な態度を取ってきた。それは紛れもない事実だ。否定はしない」
「……うん」
「それに俺は今まで俺を殺そうとして向かってきた奴を殺し、俺が生涯守ると決めたものを奪おうとする奴も殺してきた。今まで何人殺したかも覚えてねぇ。俺は俺が殺してきたたくさんの奴らの屍の上に立っている」
「……分かってるよ」
「俺が過去にしてきた悪行で俺を恨んでいる奴らや俺が殺してきた奴ら……俺はたくさんの人間を傷つけてきた。いつかその報いを受ける日が必ず来るだろうな」
黒鋼は自分が過去にやってきた悪行の数々と何人殺したかも覚えてないくらいの人々の屍を思い、懺悔の気持ちで語る。後悔の気持ちでいっぱいになっている黒鋼に対し、ファイは『君だって君が傷つけてきた人達と同じくらいに十分傷ついてきたんだから何も背負う必要はない』と慰めようとしたが、そんな言葉では黒鋼にとって気休めにしかならないと察し、彼の唇に自身の唇を軽く重ねた後、黒鋼の顔を見つめて決意の言葉をかける。
「もし、そうだとしても……君がした事が罪だというなら、オレもその罪を背負いたい」
「ユゥイ……」
ファイの瞳と言葉から強い意思を感じ取り、黒鋼はファイを見つめ返す。
「その為にいつか罰を受けるならそれでも構わない。オレは君と……鷹王様と生きたい」
ファイは黒鋼の真名を呼び、黒鋼がしてきた過去の罪が原因となっていつか罰を受ける事になったとしても黒鋼とともに生きていきたいという強い心の想いを黒鋼に打ち明ける。
「……俺と添い遂げる覚悟があるんだな」
「当たり前じゃない。オレは君にどこまでもついて行くよ。たとえ地の果てまでもね」
「地の果てまでも……か。言い切りやがったな」
「ふふっ、それくらい君の事が好きって事だよ」
「そうかよ、俺もお前が好きだ」
「そんなの知ってるよぅ。だってオレも君の事が大好きなんだから……」
そうしてピロートークを続けているうちに夜が更けていき、今日から二人の結婚生活が始まる。いつか後の未来に罰を受ける時が来るのかは分からない……が、今のこの幸せが一日でも長く側にあるようにと二人は心から強く願い続けるのだ───
END
26/26ページ
