CLAMP作品小説

それぞれの願いのために様々な異世界を巡る旅をしている小狼、サクラ姫、黒鋼、ファイ、モコナの一行は現在、機械文化が発達しており、空中を飛ぶ乗り物「ドラゴンフライ」によるレースが盛んな国、ピッフルワールドという国に滞在中だ。今の彼らの目的はピッフル・プリンセスカンパニーの社長、知世=ダイドウジが主催するドラゴンフライレースに出場し、優勝賞品のサクラの羽根を獲得する事である。

明日はいよいよドラゴンフライレースの予選である。明日の予選に備えて早めに就寝した一行であったが、黒鋼の部屋から魘されているかのような苦しそうな声が聞こえてくる。


*   *   *


「母上!母上!!」

「結界が……切れてしまう……」

「誰か!誰か早く!!」

「諏訪を……あなたを……」

「喋っちゃ駄目だ!血が!!血が…………止まらない」

「守れな……」

「母上!?母上ぇええ!!!」

「きゃああぁあ!」

「魔物が城内に!」

「どうして結界の中に!?」

「領主様が討伐に向かわれたのに!」

諏訪姫が何者かに刺され、事切れた事で諏訪領内の結界が切れ、魔物が領主屋敷の中に入り込んできたのだ。領主屋敷の中に入り込んできた魔物が口に咥えているのは黒鋼の父、諏訪領主の左腕と諏訪の家宝、銀竜だった。魔物討伐に向かった諏訪領主は返り討ちに遭い、亡くなったのである。


*   *   *


「母上……!!父上……!!」

「黒たん!黒たん!!」

黒鋼は自身の過去に起きた故郷の壊滅、両親が非業の死を遂げた日の夢を見ていて魘されていたのだ。隣の部屋から聞こえる彼の苦しそうな声に気づいたファイは直ぐ様黒鋼の部屋に入り、魘されている彼を起こす。

「黒たん!ねえ黒たんってば!!」

「……は!!ここは……ってどうしててめぇがここにいるんだ」

「黒たんが魘されてたから起こしにきたんだよ。具合悪い?大丈夫?」

ファイはベッドから起き上がった黒鋼の両手を握り、心配そうな表情で黒鋼を見つめている。

「いや、体調が悪いとかじゃねぇ。夢見が悪かっただけだ」

「夢?」

「俺の過去の夢だ。もうあの日の夢を見る事はねぇと思っていたが、知世に会った影響で里心がついちまったのかもな……」

「黒たん……」

里心がついたという黒鋼の発言にファイの胸が苦しくなる。黒鋼の願いは彼が元いた国、日本国に帰る事。一行がこの国、ピッフルワールドで出会った知世=ダイドウジは黒鋼が生涯ただ一人仕えると決めた主、知世姫と同じ魂を持つ異世界の同一人物だ。知世姫本人でないとはいえ、仕えるべき主と同じ魂を持つ存在と出会った影響は大きいのだろう。

「俺も情けねぇ……もう二度と泣かねぇと決めたのに……な」

黒鋼は故郷壊滅と両親の死の夢を見た事で完全に気落ちしてしまっている。ファイはそんな黒鋼の事を正面から優しく抱きしめた。

「!?な、なにしてんだてめぇ……!!」

ファイの突然の行動に黒鋼は驚き、心臓の鼓動が高鳴っていくのを感じている。

「オレが悪い夢を見た時はいつもこうしてくれた人がいてね、こうしてもらうとオレは凄く安心してゆっくり眠れるようになったの」

その人がオレに温もりを与えてくれたようにオレも黒たんに温もりを与えてあげたいと黒鋼の背中に回った自分の両手をポンポンして強張った黒鋼の体に安心感を与えていくファイ。ファイのその行動で強張った黒鋼の体が徐々に柔らかくなっていく。黒鋼の体が柔らかくなっていくのを感じたファイはその行動を続けながら言葉を続けた。

「ねぇ、黒たん。君は阪神共和国にいる時にこう言ったよね。『泣きたくなきゃ強くなるしかねぇ、何があっても泣かずにすむようにな』って」

「ああ、言ったな」

「君のその言葉にオレは『泣きたい時に泣ける強さもあると思う』って言ったよね」

「ああ」

「だから……泣きたい時は泣いてもいいんだよ」

「!!」

「君は意地っ張りで負けず嫌いだから……他人に弱いところは絶対に見せないんだよね。そんな君にとって泣くって事は格好悪い事なんだろうけど……泣く事にはね、悲しい気持ち、悔しい気持ちを素直に表現して精神的に落ち着ける効果があるんだよ」

「………………」

「悲しい気持ちや悔しい気持ちは抑えれば抑え込むほど負担が大きくなっちゃうんだよ。君が悲しい気持ち、悔しい気持ちを抑え込んで苦しんでいるのを見るとオレも苦しくなっちゃう。だから……だからね、オレと二人の時は遠慮せずに泣きたい時に泣いていいんだよ」

君の悲しい気持ちも悔しい気持ちもオレが全部受けとめてあげるからと言い、黒鋼の髪を自身の両手で優しく撫でるファイ。黒鋼はファイの母性に亡き母の面影を感じ、ファイに全てを委ねて今まで抑え込んでいた悲しさと悔しさを丸ごと洗い流すように静かに泣いた。

「黒たん……」

ファイは自分の胸の中で静かに涙を流す黒鋼を見つめ、ある事を思う。

(ねぇ、黒たん……。君のその涙はオレだけのものだよね。知世姫の前でも泣いたのかな……?そんな事を思うと辛い気持ちになるけど……これからは、そっとオレだけに見せてほしいな。君のその涙……オレだけのものにしたい……)

自分の胸の中で静かに涙を流す黒鋼を愛しく感じ、黒鋼の涙を自分だけのものにしたいと密かな独占欲を抱くファイ。彼が黒鋼に抱く気持ち、自分で引いた線を既に通り越してしまっている事に気付くのはあと少し先の事である───



END
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