CLAMP作品小説

ここは白鷺城の城下町にある日本国白鷺城の忍軍の頭である黒鋼とその妻のユゥイの家。一月前、二人の間に赤子が産まれ、「黒曜」と名付けられたその赤子は黒髪赤眼の一から十まで父親似の男児だ。今はその赤子、黒曜が母親のユゥイの白々とした大きな胸に口をふくませながら、力強い吸いつきでごくごくと母乳を飲んでいる最中だ。その光景から黒曜の懸命に生きようとする力が感じられてユゥイと黒鋼は見守るような優しい眼差しで黒曜を見つめている。

そうしてしばらくして母乳を飲み終えてお腹が満たされた黒曜はあっという間に眠ってしまったようだ。その様子を見てユゥイはくすっと微笑み、黒鋼に言う。

「君が赤ちゃんだった頃もこんな風にお義母様のお乳をごくごくと力強く飲んでたのかなー」

「……うるせぇよ」

ユゥイは黒鋼を写し取ったように彼にそっくりな黒曜を通じてまるで赤子だった頃の夫に出会えたような感じがして嬉しい気持ちでいっぱいである。そんなユゥイの微笑みに黒鋼は照れてしまい、話題を変えようと話を切り出した。

「アレがあったら子育ても少しは楽になるだろうな」

「黒たん、アレって何?」

「阪神共和国の店に売っていた赤子用の粉乳と缶やパックに入った調乳済みの液体乳の事だ。アレがあれば父親もガキに乳をやる事が出来るだろう」

「あー!そういえばあったよね。粉ミルクと液体ミルクだっけ?」

「そうだ。アレがあればお前が手を離せない時に黒曜が腹を空かせた時でも俺が与えてやる事が出来るからな」

黒鋼が言っているのは母乳の代わりに乳児が飲むことができる乳幼児に必要な栄養素が含まれた粉ミルクと液体ミルクの事である。かつて彼らが次元を渡る旅で訪れた阪神共和国、ピッフル国、インフィニティ等の近代化が進んだ国では存在している乳児のための飲み物だが、今二人が住んでいる日本国には存在しないものだ。

「黒たん……君も黒曜にミルクをあげたいって思ってるのかな?」

「それは否定しねぇが……粉乳や液体乳があれば俺が黒曜にそれを与える事でお前の負担が減るだろう」

「ミルクをあげたいって思う気持ちは否定しないんだー、さすがお父さん」

「……ほっとけ」

自分が黒曜に粉乳、液体乳を与える事で妻の負担が減ると主張する黒鋼の良き夫っぷり、父親っぷりにユゥイは嬉しい気持ちを隠しきれず、黒鋼に抱きつく。

「黒たんがオレの事も黒曜の事もそんなに大切に思ってくれて……オレ、すっごくすっごく嬉しい」

「……そうかよ」

「そんなに君が黒曜に粉ミルクや液体ミルクを与えたいならさ……四月一日君にお願いしてみようか?」

「あの店主に取り寄せてもらうのか、その手があったな」

「じゃあ早速四月一日君に連絡しようか」

「おう」

ユゥイが言っているのは対価を払う代わりに願いを叶えてくれる“ミセ”の現店主、四月一日の事だ。彼に連絡を取るためにユゥイは指を動かしてスピアを唱えて四月一日のいる“ミセ”に通信する。



*   *   *



「四月一日君、モコナ、お久しぶり」

「……久しいな」

『お久しぶりです、黒鋼さん、ユゥイさん』

『黒鋼ー!ユゥイー!久しぶりー!!』

ユゥイがスピアを唱え、四月一日が白いモコナの額から出る光で繋いだ事で四月一日のいる“ミセ”との通信が繋がり、丸く浮き上がった光の中に互いの顔が映る。

四月一日も白いモコナもかつてファイの名を名乗っていた魔術師が真名の『ユゥイ』として生きる事を決めた事は知っており、彼らも魔術師の事を真名で呼んでいるのである。

『黒鋼とユゥイが揃って連絡してくるなんて珍しいね!モコナの事が恋しくなっちゃったの〜?』

白いモコナは嬉しそうな表情と声で二人に問う。黒鋼とユゥイはそんな白いモコナの様子にかつて彼女と一緒に旅をしていた時の事を思い出し、微笑む。

「モコナはいい意味で変わらないねぇ」

「全くだな」

『うふふ♡モコナはいつでも可愛いモコナなの♡』

黒鋼とユゥイの様子に白いモコナもかつての旅を思い出し、生き生きとした姿を二人に見せている。

「……それはひとまず置いておいて。黒鋼さん、ユゥイさん、何の用で連絡したんですか?」

“ミセ”の現店主、四月一日が黒鋼とユゥイに用件を問う。ユゥイは四月一日を見つめ、要件の内容を話し始めた。

「あのね、実は一月前に黒たんとオレの赤ちゃんが産まれたんだ」

『黒鋼とユゥイの……赤ちゃん!?』

「という事は、本当にお父さんとお母さんになるんですね。おめでとうございます」

『黒鋼とーさんと、ユゥイかーさんだねっ!』

ユゥイの驚きの報告に白いモコナは驚きながらも嬉しそうにし、四月一日は祝福の言葉を贈る。そして黒鋼とユゥイの赤子がどんな顔をしているのか興味津々のようだ。

『どんな顔してるの?見たい見たい』

『そうだな、おれも見てみたい』

「こいつだ。名は黒曜という」

白いモコナと四月一日の要望に応えた黒鋼は布団に眠っている黒曜を抱きかかえ、白いモコナと四月一日から黒曜が見えるように丸く浮き上がった光の中心に持っていく。

『わぁー、どこからどう見ても黒鋼にそっくりなの!!』

「……本当に全てが黒鋼さんに似ていますね」

髪型、髪色、肌色と全てが黒鋼に似ている黒曜の姿に白いモコナははしゃぎ、四月一日は少々呆れ顔だ。黒曜が眠っている今、白いモコナと四月一日からは瞳の色が分からないため、ユゥイが黒曜の瞳の色を説明する。

「あはは、こんなに黒たんにそっくりで可愛いでしょう?瞳の色も黒たんと同じなんだよ」

『ユゥイさんの血はどこにいったんでしょうか』

『これだけ黒鋼によく似た男の子なら将来とっても強くなるねっ!!』

「分かってんじゃねぇか、白饅頭」

黒鋼は白いモコナの言葉でたちまち上機嫌になり、ニヤリと笑ってみせる。

『それで、お二人の要件というのはその子に関係する事ですか?』

「うん、そうだよ。あのね、別の次元から赤ちゃんが飲む粉ミルクと液体ミルクとそれを飲むために使う哺乳瓶を取り寄せられないかな?」

『ユゥイ、お乳出ないの?』

粉ミルク、液体ミルクという単語を聞いた白いモコナはユゥイの母乳が出ないのかと心配そうに訴える。

「ううん、お乳はちゃんと出るよ。粉ミルクと液体ミルクが欲しいのは黒たんが黒曜にあげたがってるからなの」

「おい、ちょっと待て!それは……っ」

『それは……なんなの〜?』

四月一日に連絡する前の一部始終の全てを説明しようとしたユゥイを黒鋼は顔を真っ赤にして止めようとするが、白いモコナがそこに割り込み、ニヤニヤした顔で茶化す。そんな白いモコナに答えるようにユゥイは続ける。

「黒たんがね、粉ミルクや液体ミルクがあればオレが手が離せない時に黒曜がお腹を空かせても俺が与えてやる事ができるから便利だって言ったんだよ~」

『そうなんだ〜、黒鋼が本当にお父さんになったんだなって実感するねっ』

「……うるせぇ」

盛り上がるユゥイと白いモコナの言葉に黒鋼は照れてそっぽを向く。話が脱線する前に四月一日が本題に戻った。

『つまり、日本国にはない粉ミルクと液体ミルク、それを飲むための哺乳瓶が欲しいという事ですね』

「ああ、そうだ」

『分かりました、早速取り寄せます。それでは、対価は……貴方方がいる日本国の料理でお願いします』

「日本国の料理……か。じゃあ黒たんの特製手打ちうどんはどう?」

『黒鋼の手打ちうどん〜?』

『黒鋼さん、料理なさるんですか?』

てっきりユゥイが作った日本国の料理が対価として出てくるものと思っていた四月一日と白いモコナは驚きを隠せずにいる。

「……俺が料理したら悪いか」

「もー、黒たんってばそんなに睨まないの。黒たんの手打ちうどん、凄く美味しいんだよ。オレがつわりで苦しんでいた時に作ってくれたんだ」

「あれだけ青白い顔で苦しむお前の姿を見ていたらメシの一つや二つ、作ってやるのが当たり前だろ」

『つわりで苦しむユゥイのために食事を作るなんていい旦那さんだね、黒鋼♡』

「うん、あの時の黒たんの優しさに本当に感動しちゃった。あの手打ちうどんは黒たんの優しさも調味料として入ってるからきっと物凄く美味しかったんだよ。だからその黒たんの優しさたっぷりの手打ちうどんを“ミセ”のみんなにも食べてほしいなって」

ユゥイは自信満々で黒鋼の手打ちうどんの美味しさを説明する。ユゥイのその説明で白いモコナは黒鋼の手打ちうどんを食べたい気持ちが強くなり、完全に黒鋼の手打ちうどんの口になってしまったようだ。

『四月一日ー!モコナね、黒鋼の手打ちうどんが食べたい!!』

『ユゥイさんがそんなに勧めてくれるならきっと美味しいんでしょうね、では、対価は黒鋼さんの手打ちうどんという事で。なお、今後粉ミルクと液体ミルクが必要になった時の対価は全て同じものでお願いします』

「ああ、分かった。何玉必要なんだ」

『モコナとモコナと四月一日とマルとモロと百目鬼の六玉分!』

「六玉だな。早速打ってくる」

黒鋼はそう言うと台所に向かい、うどんを打つ作業を始める。黒鋼のその様子を見て四月一日も別の次元からユゥイに頼まれた粉ミルク、液体ミルク、それを飲むための哺乳瓶を取り寄せる準備に取り掛かった。

『では、これから頼まれたものを取り寄せる準備に入りますのでそろそろ切りますね。用意ができ次第モコナを通じてそちらに届けますので』

「うん、分かった。こっちも黒たんの手打ちうどんが出来上がったら送るね」

『了解しました』

通信が終わった事で丸く浮き上がった光が消えていった。



*   *   *



「黒たん、お父さんぶりが様になってるねー」

「……そうかよ」

黒鋼はあぐらをかいた足の上に黒曜を乗せるまんまる抱っこという抱き方で黒曜を抱きながら哺乳瓶で粉ミルクを与えている最中だ。黒鋼のその良きお父さんぶりをユゥイは微笑ましそうに眺めている。

「しかし、よく飲むもんだな」

「そうだねぇ、本当に君によく似て食欲旺盛だなぁ」

黒曜はユゥイが母乳を与えている時と同じように哺乳瓶を口をふくませながら、力強い吸いつきでごくごくとミルクを飲んでいく。黒曜はあっという間にミルクを全て飲み終え、すやすやと眠りについてしまった。

「ふふっ、可愛い」

「そうだな」

「黒たんが素直に頷くなんて珍しいね〜」

「何言ってんだ、黒曜はお前が腹を痛めて産んだ俺達の子だろう。俺が可愛いと思うのは当たり前だろうが」

黒鋼は断言する。その言葉は妻のユゥイの事も、息子の黒曜の事も愛しく思う大切な存在だと言っているも当然だ。黒鋼の気持ちが嬉しくて仕方がないユゥイは勢いよく夫の黒鋼と息子の黒曜を抱きしめた。

「オレね、黒たんの事も、黒曜の事もだーい好きだよ!!」

「そうか、俺もお前と黒曜の事が大切だ。だから必ず守る、どんな事からもな」

黒鋼はかつて家族を失った自分に新たな家族を与えてくれた妻のユゥイを機械の左腕で、息子の黒曜を生身の右腕で抱きしめ、二人を守ると誓いを立てた。



それから後日、黒鋼が黒曜に哺乳瓶で液体ミルクをあげている光景を見た白鷺城の忍、兵士、女官達はその姿がかつて乱暴狼藉で恐れられていた黒鋼とは似ても似つかない変貌っぷりに中身だけ別人になって帰ってきたんじゃないかという噂でもちきりになったのでしたとさ。



END
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