CLAMP作品小説

小狼の対価の旅が終わり、小狼はサクラが待つ玖楼国に、モコナはミセがある日本に帰っていった。産まれた国のヴァレリアも育った国のセレスも滅んだファイは帰るべき場所がなかったが、黒鋼に強引に連れて行かれる形で彼の故郷である日本国に行く事になったのである。

そうしてファイが黒鋼と共に日本国に帰郷してから半年後、日本国の言葉が問題なく話せるようになったファイはある決意を固めていた。

「あ、あのね、黒様」

「なんだ」

二人がいるのは白鷺城にあるファイの部屋である。どうしても二人で話したい事があるとファイが黒鋼を自室に呼んだのだ。

「黒様にどうしても話したい大事な話があるんだ。いいかな……?」

「どうしても話したい大事な話?まさか俺を不幸にしないために俺から離れたいとか言うんじゃねぇだろうな?」

眉間に皺を寄せながらファイが話したい大事な話の内容を疑う黒鋼。だがファイの話したい内容とは黒鋼が想像している事とは真逆の事であった。

「ううん、違うよ。まあオレは前科が多いから君がそう疑うのも無理もないけどね」

「じゃあ何なんだ、大事な話ってのは」

ファイは黒鋼に微笑みながら言う。

「大事な話って言うのは……、これを君に受け取って欲しいって事だよ」

ファイが黒鋼に差し出したのは輪が黒に輝いて中央に深紅の宝石があしらわれた黒鋼をイメージしたような指輪だ。

「なんだこれは?」

「あ、ごめん。いきなり渡されても何が何だか分からないよね。オレが育ったセレス国にはね、伴侶になってほしいと心から想う大切な人に指輪を渡すっていう風習があったんだ。ずっと昔……、アシュラ王が『いつかファイに大切な人が出来たらこの指輪を差し上げなさい』ってこの指輪を下さったんだ」

「伴侶になってほしいと心から想う大切な人……」

ファイが言った『伴侶になってほしいと想う大切な人』という発言、ファイが指輪を渡したその意味を知った黒鋼の顔は一気に真っ赤になっていくが、そんな黒鋼の様子を気にする事なくファイは続けた。

「だけど黒様も知っている通り、当時のオレは死んでしまった『ファイ』を生き返らせて『ファイ』に命とオレの名前を返す事しか考えられなかったからアシュラ王が下さったこの指輪の意味なんて考える余裕はなかったけど、今のオレならこの指輪の意味がはっきりと分かるよ。だから……、黒様にこの指輪を受け取って欲しいんだ」

ファイは真剣な眼差しで黒鋼を見つめ、言い切った。

「お前もやっとそうやって自分から手を伸ばすようになったか。俺が長い間辛抱強くお前に前向きになれと教えた甲斐があったってモンだ」

黒鋼は積極的になったファイの態度を嬉しく思い、ニヤリと笑いながらファイの金髪を掴みながらわしわしと強く撫でた。

「わっ、ちょっと黒様!返事はどうなの!?」

「喜んで受けとるに決まってんだろ」

「本当の本当に?」

「ああ」

「よ……かった……、嬉しい……、嬉しいよぅ……」

黒鋼に指輪を受け取ってもらえたファイは緊張の糸が切れて黒鋼の膝に倒れ込んでしまった。

「それで、この指輪はどの指に嵌めるんだ?」

「左手の薬指に嵌めるんだよ。左手の薬指には心臓とつながる大切な血管があるって言われているからね」

ファイは指輪の着け方を説明しながら黒鋼の機械の左手の薬指に指輪を嵌めた。

「えへへ……、黒様。凄く似合ってるよ」

「そうか」

自分が渡した指輪を黒鋼が嵌めてくれているという事実に喜びが隠せず、頬が赤く染まるファイ。そんなファイに黒鋼はある事を指摘した。

「そういえばこの指輪はアシュラ王がお前に渡したんだったな」

「うん」

「アシュラ王も夢見だったのか?」

「そうだよ」

「ならあの王は全てお見通しだったってわけか」

「どういう事?」

ファイはきょとんとした顔で首をかしげる。

「よく考えてみろ、セレス国にいた時のお前がまだ会ってもいない俺の事を詳しく知っているはずがないだろうが。例え飛王から前もって俺の存在を知らされてたとしてもな。その当時のお前にアシュラ王はお前に大切な人が出来たらこの指輪を差し上げなさいと言ったんだろう?この指輪、どこからどう見ても俺に渡す事を前提としたような色をしてるだろうが」

「だから?」

「つまりだな……、アシュラ王は夢で先を視てお前が選ぶのは俺だって最初から全部分かってたって事だ。でなかったらこんな輪っかが黒で宝石が深紅の指輪にはしねぇだろうよ」

「あ……、本当だ……、アシュラ王は最初から全部お見通しだったんだ……」

黒鋼の指摘でアシュラ王が夢見で最初からファイが一番に選ぶ人の全てを知っていた事に気付いたファイ。ファイに自身を殺させたいという思惑があったとはいえ、アシュラ王がファイを大切に思う気持ちは紛れもなく本物だったのだ。アシュラ王がくれたその優しさにファイは涙を流す。

「アシュラ王……、ありがとうございます。オレ……、貴方の分も精一杯生きて幸せになります」

アシュラ王に感謝の言葉を捧げたファイ。そんなファイの耳にある言葉が耳に入った。

「あれ……、アシュラ王……?」

「どうした?」

「今、アシュラ王が『幸せになりなさい』って言ってくれたように聞こえたんだ」

「そうか、あの王もお前が自分の気持ちに積極的になったのを喜んでるんだろうな」

黒鋼は再びファイの金髪を撫でる。先程の掴みながらわしわしとではなく、優しい、優しい手つきで。ファイはそんな黒鋼に甘えるように擦り寄った。



そして後日、黒鋼は日本国の職人にファイに渡すための指輪を作らせた。その指輪は輪が白に輝いて中央に蒼い宝石があしらわれたファイをイメージしたような指輪だった───



END
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