ファイアーエムブレム小説

デイン=クリミアの国境、オルリベス大橋での戦でデイン王アシュナード腹心の将【四駿】の一人、プラハ将軍を撃破し、ようやく母国の土を踏むことができたクリミア軍。そのクリミア軍の軍師であり、同時にグレイル傭兵団の参謀でもある黒髪の少年魔道士セネリオは一人天幕の中でクリミア軍総大将兼グレイル傭兵団団長アイクに言われた心をぎゅっと抱きしめられるかのような温かい言葉を胸の中でリフレインさせている。


*   *   *


「俺を信じろ。おまえがたとえ何者でも、俺がおまえを認めてやる」

「おまえが、ラグズの血が混じった印なんとか……なのは分かった。それで、それがどうしたんだ?」

「特になにも変わらん。セネリオはセネリオだろう。俺の団の有能な参謀だ。おまえがいないと、団はたちまち立ち行かなくなる」


*   *   *


「アイク……あなたは本当にどこまでも真っ直ぐで優しすぎます……。そんなあなただから僕は……」

セネリオは寝袋の中に顔を埋めて真っ赤に染まった顔を隠すかのようにしてアイクへの想いを独言し、彼とはじめて出会った頃の事と彼と再会した時の事を思い出していた。

「賢者が死んで……口のきけない僕は飢えて死にかけていた……。そんな僕にアイク、あなただけが手を差し伸べてくれた。だから……アイク、あなただけが僕にとって特別な存在なんです……」

セネリオは物心がついた時には母親ではない女性に何らかの義務として育てられ、その女性はセネリオの事を厄介者として扱い、セネリオに対して一欠片の愛情も持ち合わせてはいなかった。
セネリオが四歳になる頃、彼の額にあるベオクとラグズの献血児の象徴たる印を魔道士が力を得るために精霊と契約を交わした時につく印、精霊の護符と誤認した老い先短い賢者に引き取られ、賢者から寝食の時間も惜しんで魔道の知識を詰め込まれる。その二年後に賢者は亡くなり、その頃にはセネリオは一通りの魔道を身につける事ができたが、賢者の館を出て近くの村に行った時にはじめて自分が一言も口をきけない事に気づく。読み書きはできるし、相手の言葉も理解できる。けれど自分では何も話せないのだ。セネリオを何らかの義務で育てていた女性も賢者もセネリオに一方的に言葉を投げつけはしたけれど返事を必要としなかったため、これまで言葉を発する機会がなかったからである。
セネリオが向かった賢者の館の近くの村は獣牙族が住むガリア王国国内にあるベオクだけが暮らす村であり、ベオクとラグズの混血児である『印付き』のセネリオはラグズと事を荒立てたくない村人のベオク達から忌み嫌われて石をぶつけられる等の迫害を受け、食料を得る事はできなかった。
セネリオは村を追い返されて飢饉で森の入口に倒れてしまい今にも餓死寸前だったが、そんな彼に自分のサンドイッチを差し出す一人の少年が現れる。この少年こそが幼い頃のアイクであり、はじめてセネリオの事を一人の人間として扱い、優しく接してくれた存在だったのだ。セネリオは飢餓が満たされた事はもちろんだが、それ以上に自分に声をかけて助けてくれる人がいたという事実に『嬉しい』という感情が芽生えたのである。
幼い頃のアイクはまた翌日もサンドイッチを持ってくるとセネリオに約束したがその翌日、村は様変わりしていてそこら中に村人と鎧をつけた兵士達の死体が散らばっていたのだ。セネリオは一人一人死体を調べて恩人の少年のアイクがいなかった事からアイクは生きていると確信し、村に残された食料と衣類と金銭を手にしてアイクを探す事を決めてガリア王国を後にした。
ガリアの樹海ではじめて遭遇したラグズから汚い物を見るような蔑んだ冷たい眼差しを向けられて何も見なかったかのように去るという心を冷たくする行為を受け、傷ついた心でガリアの樹海を抜けてクリミア王国に辿り着き、一番近い教会を訪ねる。その教会ではセネリオの額の印が精霊と契約を交わした時につく印、精霊の護符と誤認した司祭から魔道の才のある子供として世話を受けれるようになり、教会で一般教養と言語を身につけ、生きるために最低限の知識を得たセネリオは教会を後にし、アイクを探すためにクリミア王国国内を数年間彷徨うのだった。
そうしてクリミア王国中を旅し、ようやく恩人の少年のアイクと再会を果たしたセネリオだが、アイクはセネリオとの記憶を失ってしまっていた。

「あなたは僕との記憶をなくしていた……でも僕はそれでもよかった。僕はたった一人だけ、僕に暖かい手を差し伸べてくれたあなたに会いたかっただけ、ただそれだけなんですから……」

セネリオは寝袋の中で自分の体を抱きしめながら独言を続ける。

「あなたは記憶をなくしてしまっても何一つ変わることなく真っ直ぐで優しい心で僕に手を差し伸べてくれて、存在るだけでいいと言ってくれた……僕にとってそれが何よりの幸せなんです。あなたの記憶の中に僕との思い出がなくても僕はあなたのために僕にできる全てであなたに尽くし、あなたの支えになる……そう心に決めたんです。ですからアイク、あなたはいつまでも、何があっても……あなたはあなたのまま、その真っ直ぐで優しい心をなくさないで大切にしてください」

アイクが自分との記憶をなくしてしまい、アイクの過去の思い出に自分が存在しなくとも幼き日のアイクから受けた恩に報いるために見返りを求める事なくアイクに絶対の忠誠を誓うセネリオ。セネリオ自身はまだ気付いていないが、アイクへの忠誠以上の想いが彼の胸の奥に眠っている。セネリオがアイクへ向ける優しくて暖かい感情にセネリオが気づくのはまだ少し先の事である───



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