朝焼けに忍ぶ
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藤丸立香はマスターである。
しかも人類最後なんて大層な名前を背負わされた、小さな子供。魔術の才能は私から見て──あまりあるとは言えないけれど、それでも必死にあがいていた。私がその子に出会ったのは最後の特異点に突入する直前だった。召喚サークルの中央に降り立った私の顔を見たあの子は、驚いたような顔をして、数秒後に涙を拭った。
曰く、先の特異点で私とこの子は約束をしたらしい。もう一度必ず会おうと。そしてその時には──。
「あら、マスター。ずいぶん夜更かしなのね。」
「や、なんか眠れなくて。」
ミーティングルームでずっと本を読んでいた私が言えることではないのだが、そこはサーヴァントと人間の差である。私は寝ずとも変わらない、魔力の消費を抑えるため、夜は睡眠をとることも多いが、今日は昼間に見つけた本を読みきってしまいたかった。
「それでなんとなく、カルデアを散歩してた。」
いたずらを母親に見つかった子供のように笑うマスター。この子は時折そんな笑い方をする。
「それはいいのだけれど。あなたは明日も忙しいんだから、あまり無理をしてはいけなくってよ?……あまり、眠れていないのでしょう?」
だがそれも仕方ないことだと、口にしてから思う。もう残すは1つになった特異点。それは旅の終わりを、そして私たちの夢の終わりを意味している。8つめの、きっと魔術王の本陣となる特異点を無事修復できれば、死者は在るべきところに還り、この子供は現実に引き戻される。この世界の大事に関わったこどもが何事もなく日常に帰ることができると言い切れるほど、私は若くなかった。エレナには隠し事ができないな、と柔らかく笑うマスターを尻目に、注いできた紅茶に口をつける。もうずいぶん冷えていた。
「何度も考えるんだ。考えても無駄だって、頭では分かっちゃいるんだけど。昼間はいい、でも一度横になると部屋の静けさに溺れそうになる。それで、いらないことを考える…。」
「彼女のことなら仕方ないわ、あなたとあの子は一心同体と言っても過言ではないもの。半身が無くなるのは想像でも誰しも身がすくむものよ。」
「マシュはもちろんだけど、エレナのことも、だよ。」
思わずまじまじとマスターの顔を見つめる。言ったことがすぐに理解できなかったせいだ。だってこの子にとっての一番は何よりもマシュ・キリエライトで、その次には戻るべき日常のはずだ。彼の世界に使い魔、いちサーヴァントたる自分が入る余地も必要もないと思っていたから。別段不当な扱いを受けたとも思わないが、特別であったとも思わない。そのくらいの、ちょうど良い関係性だったはずなのに、この子の瞳は、声は、恋情に溺れた人間そのものだった。
「君がとても大切なんだ、許されるなら人理修復が終わってもきみといたいくらい、そのためなら日常は捨ててもいいくらいに。」
暖かな陽光が藤丸立香を照らす。目の前の人物が桃とも紫ともつかない色合いに染まるのを見て、なぜだか顔が熱くなる。まるでこの子が私のもののようだった、なんて、死んでも言えるはずがない。
「この気持ち、許してくれる?」
「マス、」
「立香。今だけでいいから…」
「……立香。」
窓から見える朝焼けは私たちを優しく照らす。これは許された恋ではない。死者に恋した生者はすべからく咎を背負う。
「それでも君の手を離す方が怖いから。」
許されぬことでもいい、いま朝焼けに偲んだ想いだけが真実なのだった。
朝焼けに偲ぶ
しかも人類最後なんて大層な名前を背負わされた、小さな子供。魔術の才能は私から見て──あまりあるとは言えないけれど、それでも必死にあがいていた。私がその子に出会ったのは最後の特異点に突入する直前だった。召喚サークルの中央に降り立った私の顔を見たあの子は、驚いたような顔をして、数秒後に涙を拭った。
曰く、先の特異点で私とこの子は約束をしたらしい。もう一度必ず会おうと。そしてその時には──。
「あら、マスター。ずいぶん夜更かしなのね。」
「や、なんか眠れなくて。」
ミーティングルームでずっと本を読んでいた私が言えることではないのだが、そこはサーヴァントと人間の差である。私は寝ずとも変わらない、魔力の消費を抑えるため、夜は睡眠をとることも多いが、今日は昼間に見つけた本を読みきってしまいたかった。
「それでなんとなく、カルデアを散歩してた。」
いたずらを母親に見つかった子供のように笑うマスター。この子は時折そんな笑い方をする。
「それはいいのだけれど。あなたは明日も忙しいんだから、あまり無理をしてはいけなくってよ?……あまり、眠れていないのでしょう?」
だがそれも仕方ないことだと、口にしてから思う。もう残すは1つになった特異点。それは旅の終わりを、そして私たちの夢の終わりを意味している。8つめの、きっと魔術王の本陣となる特異点を無事修復できれば、死者は在るべきところに還り、この子供は現実に引き戻される。この世界の大事に関わったこどもが何事もなく日常に帰ることができると言い切れるほど、私は若くなかった。エレナには隠し事ができないな、と柔らかく笑うマスターを尻目に、注いできた紅茶に口をつける。もうずいぶん冷えていた。
「何度も考えるんだ。考えても無駄だって、頭では分かっちゃいるんだけど。昼間はいい、でも一度横になると部屋の静けさに溺れそうになる。それで、いらないことを考える…。」
「彼女のことなら仕方ないわ、あなたとあの子は一心同体と言っても過言ではないもの。半身が無くなるのは想像でも誰しも身がすくむものよ。」
「マシュはもちろんだけど、エレナのことも、だよ。」
思わずまじまじとマスターの顔を見つめる。言ったことがすぐに理解できなかったせいだ。だってこの子にとっての一番は何よりもマシュ・キリエライトで、その次には戻るべき日常のはずだ。彼の世界に使い魔、いちサーヴァントたる自分が入る余地も必要もないと思っていたから。別段不当な扱いを受けたとも思わないが、特別であったとも思わない。そのくらいの、ちょうど良い関係性だったはずなのに、この子の瞳は、声は、恋情に溺れた人間そのものだった。
「君がとても大切なんだ、許されるなら人理修復が終わってもきみといたいくらい、そのためなら日常は捨ててもいいくらいに。」
暖かな陽光が藤丸立香を照らす。目の前の人物が桃とも紫ともつかない色合いに染まるのを見て、なぜだか顔が熱くなる。まるでこの子が私のもののようだった、なんて、死んでも言えるはずがない。
「この気持ち、許してくれる?」
「マス、」
「立香。今だけでいいから…」
「……立香。」
窓から見える朝焼けは私たちを優しく照らす。これは許された恋ではない。死者に恋した生者はすべからく咎を背負う。
「それでも君の手を離す方が怖いから。」
許されぬことでもいい、いま朝焼けに偲んだ想いだけが真実なのだった。
朝焼けに偲ぶ
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