ジョジョの奇妙な冒険(短編)
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Les Fleurs du mal
浮世離れした女だった。メローネは、彼女と出会ったきっかけもよく覚えていない。きっと頭が弱そうで股が緩そうで都合が良かったから抱いたのだろう。
その証拠に、彼女に関する最初の記憶は、情欲の熱も冷めないホテルの一室でのワンシーンから始まる。大抵の女は恋人気分に浸るためか執拗くパーソナリティについて話そうとするものだが、かに座のAB型の彼女は、互いの名前も身分もむやみに詮索しなかった。事後ですら何も求めずに身支度を始めたものだから、メローネの口からは引き留める言葉がこぼれた。
「なあきみ、名前は」
彼女は何を今さら、とでも言いたげな笑みを浮かべる。
「夢主、よ」
それが本名なのか偽名なのか、今でも分からない。だが、彼女が初めて口にしてくれた自身の名だ。メローネは既に、彼女の世間を知らなそうな澄んだ瞳の、その秘密主義の虹彩に守られた奥にある人格に惚れていた。
それから何度か、メローネと夢主は気まぐれな逢瀬を続けた。特に連絡を交わすでもなく、メローネが彼女の熱を恋しくなった頃合いに、偶然に遭遇することが多かった。五度目の遭遇は、ちょうどメローネが仕事中のことだったが。派手に汚れた仕事着に身を包み、目の前には半身が吹っ飛んだ遺体がある中で、彼女は特に臆することもなくメローネに近寄った。
「変なアイマスクね」
「きみ、どうしてここに」
「バイク、停めてあったから」
彼女は路地の入口に停めてあるバイクを指さして、しばらく沈黙した後、不意に口を開いた。
「ねえ、あんたってさあ、あたしのこと好き?」
「ああ、好きだぜ」
「それはちょうどよかった。ねえ、メローネ」
後に続く"お願い"を聞いたとき、メローネは気を失うかと思った。生臭い空気にあてられたわけでも、現場を他人に目撃された焦りでもなく、脳髄に刷り込まれるような彼女の魅力にくらくらしたのだ。彼女の告白を聞いて、自分が何を言ったのかさえ覚えていない。ただひとつだけ確かなのは、彼女の誘いに乗ってしまったということだけだ。
「ただし、交換条件だ」
「いいわよ、なんでも聞いてあげる」
「君を孕ませたい」
その言葉にも彼女は一切動じないまま、「いつもやってる癖に」、と減らず口をこぼした。
「……っ」
身体にこびり付いた血をシャワーで流して、まとわりつく熱をベッドの上で発散した。彼女の子宮にぴったり重なって精を吐くまでの数十分の営みは、まるで神聖な儀式のようにすら思えた。彼女の胎の奥の奥で、自分たちの罪の結晶が芽吹いたのかと思うと、それだけで同じ地獄に落ちられるような気がした。
「なあ、夢主」
「どうしたの?」
「次に会えるのはいつだ」
「さあね、そのうち」
夢主は相変わらず危機感のない表情でいた。このまま永遠に彼女の表情は変わらないような気がした、その証拠を突き付けられたのはたった数日後のことだったけれど。
「お前のこと嗅ぎ回ってた女、始末したぞ。メローネ」
彼女は死体になってもなお一切の痛みも悩みも感じていないような、とにかく愚かで安らかな顔をしていた。
「ねえ、メローネ」
あの日の手の感触を反芻しながら、メローネは彼女の願いを叶えられなかったことを静かに悔いるのだった。あの日彼女の腹の底に芽吹いた罪は、自分の脳髄にも根を張っていた。
「殺されるならあなたに殺されたいわ、お願い」
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