スーパーダンガンロンパ2(短編)
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僕みたいな凡人となるとことさら、神に祈らないと生きていけない。希望に縋らないと生きていけない。絶対的に何かを妄信して、この世の醜悪な部分にピントが合わないように、騙し騙し生きていくしかない。
しかし超高校級の面々となると、自ら神の代役をやってのける。ある時は偶像に、ある時は先導者に、ある時は希望そのものに。僕はその輝かしさに惚れ込んだといっても過言ではない。
そして、それが真の輝きをみせる、まるで僕のためだけに、お誂え向きに用意されたこのステージ。ジャバウォック島。無作為に集められた16人の高校生。その中に、彼女はいた。
苗字名前は、神に等しい存在だった。
"超高校級の教祖"、それが彼女の肩書き。政界とも権力的な繋がりを示唆されている宗教団体の、存在を秘匿されていた一人娘。もちろんそこまで巨大な宗教団体となると、悪い噂が絶えることはない。
しかし彼女はそこでの決定権を一切有していない。ただ"神の子"として、圧倒的なカリスマ性と奇跡じみた力によって、人々を魅了するための客寄せパンダに相違ないのだ。
だからこそ、僕は彼女に興味を惹かれた。彼女の異常なまでな底抜けの安心感が、信用に足る理知的な振る舞いが、時折見せる同情を誘うような人間らしさが、僕たちの心の奥底に根を張ることに、誰も拒否反応を示さなかった。むしろそれを無意識下で受け入れているようだった。なぜならこの島において、神に足るのは彼女だけ……。
そう思っていた僕の幻想が、崩れ去るのはあっという間だった。否、幻想を抱いていた時点で、僕らはみんな彼女の手のひらの上だったのかもしれない。
その日は珍しくスコールが降った。能天気に照り付ける南国のお日様も、暗雲の向こうになりを潜めた。からっと晴れてくれるならまだしも、湿気を伴った途端に島の熱気は悪意を孕んだものになった。
土砂降りの雨はもちろん、ぬるく湿った空気にあてられるのは誰だって嫌に違いない。その日は誰もコテージから出ようとはしなかった。けれど昼過ぎ、コテージを繋ぐ木製の橋が、ことこと鳴っているのを聞いた。誰かの足音に違いない。
誰が外を歩いているのか気になるのは自明の理だろう。この状況、誰のアリバイも証明できない状態でもし人殺しが起きるということだけは、避けたいと思うのが当然だ。
僕がブラインドの隙間からそっと外を見ると、そこには雨に打たれながら、超高校級の教祖……、苗字さんが歩いていた。
どうして苗字さんが? 僕が息をするのも忘れて釘付けになっていると、苗字さんはどこかから帰ってきた所らしかった。この雨の中、わざわざ外に出るようなことをするなんて。
誰かと会ってきたのか? しかしこのコテージを出入りする足音は、苗字さんのもの以外聞いていない。朝食後、僕らは全員がコテージに戻る所を確認している。
だとすると……彼女はどうして外に出たのだろうか。苗字さんの後ろ姿を見送って暫くしてから、僕はやっと息をした。何でこんなにも動揺しているんだろう。別に彼女が何をしようと勝手じゃないか。
何故か胸騒ぎがした。何かとんでもないことが起きようとしていて、それを阻止しないと取り返しのつかないような気がした。それは僕の中のなにか経験に基づいた理論的なものなのか、それともただの直感に過ぎないのか。どちらにせよ、僕はじっとしていることが出来なかった。
僕はコテージを出ると、苗字さんのコテージに向かった。インターホンを押す。返事はない。もう一度鳴らす。やはり返事はなかった。
恐る恐る扉に手をかけると、鍵のかかっていなかったそれは簡単に開いてしまう。故意ではない。そもそもこの環境で戸締りを忘れるような、不用心さが悪いのだ。もし何か言われたらそう居直って、それから……、動悸が止まない。呼吸がどんどん浅くなっていく。薄暗い部屋の中、ぼんやりとした視界がじきに闇に慣れていく。"それ"のはっきりとした輪郭を捉えた瞬間、呼吸だけが思考を置き去りにしてひゅうひゅうと喘鳴のように鳴っていた。
散乱している薬のPTPシート、その中心で倒れているのは間違いなく苗字さんだった。薄らと意識があるらしい。薄明の中で動く僕を、その瞳がぎろりと睨みつけている。それはまるで……眼だけがひとつの生物のように、慈愛に満ちた彼女の躯からこぼれ落ちて、穢れてしまったような。心の奥底に遠慮なく手を突っ込まれて、ぐちゃぐちゃに掻きまわされるような気味の悪いものだった。
「…………、狛枝くん……?」
苗字さんの声は、まるでおとぎ話の怪物のように、低く掠れていた。部屋中が、ぐちゃぐちゃに荒らされている。台風でも暴れまわったようだ、としか形容できなかった。
「こっ……、これ、どうし……」
言葉が出ない。声帯が震えるばかりで、肝心な単語が出てこなかった。僕はその場に立ち尽くして、ただただ彼女の姿を眺めることしかできなかった。
「……一人でいさせて、欲しかったな」
そう言って彼女はふと微笑んだ。それは普段僕らの誰にも向けられたことがないような、嘲りと諦めを孕んだものだった。
プラスチックの抜け殻がぐちゃりと音を立てる。そういえば、苗字さんは胃が弱いとかで、いつも食後に薬を飲んでいたっけ。
「……確かめにきたんでしょ」
「違うよ……ただ僕は、苗字さんが出歩いているのが気になって」
「だから、いつも通りのわたしでいてほしいと思って、ここに来たんでしょ?」
苗字さんはそこで初めて、僕の方に目を向けた。異形に乗っ取られたかのように思えた濁った瞳が、苗字さんの意思で僕に向けられている。
その違和感は耐えきれないもので、僕は初めて彼女を受け入れられないとひどく思った。胸に抱きしめていた安心感がそのまま腐り落ちていくようだった。
「……本当に心配だっただけなんだ。だってほら、もし誰かに襲われたりしたら大変だし……。それにこの大雨だよ? そんな日に外出するなんておかしいじゃないか……。ねえ、そうだよね? 苗字さんに限って、自殺なんてするわけないよね? だって、だって苗字さんは超高校級の……」
「超高校級の、神様?」
僕の口から出る言葉は、もはや自己暗示に近かった。自分に言い聞かせるように、そうじゃないと困るのだというように。どうしてこんなに必死になっているんだろう。自分ですら滑稽に思えるくらいに、まるで彼女の死が世界の終わりだとでも本気で信じてしまっているように、僕は苗字さんを妄信していた。
苗字さんは微笑んでいた。眼球が涙に溺れて、次第に光を失っていった。脈がどんどん遅くなっていく。
幸せも安らぎも奇跡も希望も、全部、頭の中のほんとうに小さな小さな……ミクロの火花のせいなんだよ。
嫌なことも好きなこともぜんぶ、ちょっといじられたらぜんぶめちゃくちゃになっちゃうんだよ。
ふふ、でも、もうかみさまなんていないの。かみさまは、本物のせかいにいちゃいけないんだよ。
結論から言うと、彼女はこの島に連れてこられた時点で、死が確定していたようなものだった。
彼女の神様は、PTPシートに包まれて、胃袋の中に消えていった。そこから血管を通って、脳味噌の中で……小さな小さな火花になるんだったっけ。
奇跡も希望も、教祖たる器も、きっと彼女自身の才能なんかじゃないんだ。そう思い出す度に、雨上がりのぬるい空気が頬を撫でる気がして、嫌な気持ちになった。
しかし超高校級の面々となると、自ら神の代役をやってのける。ある時は偶像に、ある時は先導者に、ある時は希望そのものに。僕はその輝かしさに惚れ込んだといっても過言ではない。
そして、それが真の輝きをみせる、まるで僕のためだけに、お誂え向きに用意されたこのステージ。ジャバウォック島。無作為に集められた16人の高校生。その中に、彼女はいた。
苗字名前は、神に等しい存在だった。
"超高校級の教祖"、それが彼女の肩書き。政界とも権力的な繋がりを示唆されている宗教団体の、存在を秘匿されていた一人娘。もちろんそこまで巨大な宗教団体となると、悪い噂が絶えることはない。
しかし彼女はそこでの決定権を一切有していない。ただ"神の子"として、圧倒的なカリスマ性と奇跡じみた力によって、人々を魅了するための客寄せパンダに相違ないのだ。
だからこそ、僕は彼女に興味を惹かれた。彼女の異常なまでな底抜けの安心感が、信用に足る理知的な振る舞いが、時折見せる同情を誘うような人間らしさが、僕たちの心の奥底に根を張ることに、誰も拒否反応を示さなかった。むしろそれを無意識下で受け入れているようだった。なぜならこの島において、神に足るのは彼女だけ……。
そう思っていた僕の幻想が、崩れ去るのはあっという間だった。否、幻想を抱いていた時点で、僕らはみんな彼女の手のひらの上だったのかもしれない。
その日は珍しくスコールが降った。能天気に照り付ける南国のお日様も、暗雲の向こうになりを潜めた。からっと晴れてくれるならまだしも、湿気を伴った途端に島の熱気は悪意を孕んだものになった。
土砂降りの雨はもちろん、ぬるく湿った空気にあてられるのは誰だって嫌に違いない。その日は誰もコテージから出ようとはしなかった。けれど昼過ぎ、コテージを繋ぐ木製の橋が、ことこと鳴っているのを聞いた。誰かの足音に違いない。
誰が外を歩いているのか気になるのは自明の理だろう。この状況、誰のアリバイも証明できない状態でもし人殺しが起きるということだけは、避けたいと思うのが当然だ。
僕がブラインドの隙間からそっと外を見ると、そこには雨に打たれながら、超高校級の教祖……、苗字さんが歩いていた。
どうして苗字さんが? 僕が息をするのも忘れて釘付けになっていると、苗字さんはどこかから帰ってきた所らしかった。この雨の中、わざわざ外に出るようなことをするなんて。
誰かと会ってきたのか? しかしこのコテージを出入りする足音は、苗字さんのもの以外聞いていない。朝食後、僕らは全員がコテージに戻る所を確認している。
だとすると……彼女はどうして外に出たのだろうか。苗字さんの後ろ姿を見送って暫くしてから、僕はやっと息をした。何でこんなにも動揺しているんだろう。別に彼女が何をしようと勝手じゃないか。
何故か胸騒ぎがした。何かとんでもないことが起きようとしていて、それを阻止しないと取り返しのつかないような気がした。それは僕の中のなにか経験に基づいた理論的なものなのか、それともただの直感に過ぎないのか。どちらにせよ、僕はじっとしていることが出来なかった。
僕はコテージを出ると、苗字さんのコテージに向かった。インターホンを押す。返事はない。もう一度鳴らす。やはり返事はなかった。
恐る恐る扉に手をかけると、鍵のかかっていなかったそれは簡単に開いてしまう。故意ではない。そもそもこの環境で戸締りを忘れるような、不用心さが悪いのだ。もし何か言われたらそう居直って、それから……、動悸が止まない。呼吸がどんどん浅くなっていく。薄暗い部屋の中、ぼんやりとした視界がじきに闇に慣れていく。"それ"のはっきりとした輪郭を捉えた瞬間、呼吸だけが思考を置き去りにしてひゅうひゅうと喘鳴のように鳴っていた。
散乱している薬のPTPシート、その中心で倒れているのは間違いなく苗字さんだった。薄らと意識があるらしい。薄明の中で動く僕を、その瞳がぎろりと睨みつけている。それはまるで……眼だけがひとつの生物のように、慈愛に満ちた彼女の躯からこぼれ落ちて、穢れてしまったような。心の奥底に遠慮なく手を突っ込まれて、ぐちゃぐちゃに掻きまわされるような気味の悪いものだった。
「…………、狛枝くん……?」
苗字さんの声は、まるでおとぎ話の怪物のように、低く掠れていた。部屋中が、ぐちゃぐちゃに荒らされている。台風でも暴れまわったようだ、としか形容できなかった。
「こっ……、これ、どうし……」
言葉が出ない。声帯が震えるばかりで、肝心な単語が出てこなかった。僕はその場に立ち尽くして、ただただ彼女の姿を眺めることしかできなかった。
「……一人でいさせて、欲しかったな」
そう言って彼女はふと微笑んだ。それは普段僕らの誰にも向けられたことがないような、嘲りと諦めを孕んだものだった。
プラスチックの抜け殻がぐちゃりと音を立てる。そういえば、苗字さんは胃が弱いとかで、いつも食後に薬を飲んでいたっけ。
「……確かめにきたんでしょ」
「違うよ……ただ僕は、苗字さんが出歩いているのが気になって」
「だから、いつも通りのわたしでいてほしいと思って、ここに来たんでしょ?」
苗字さんはそこで初めて、僕の方に目を向けた。異形に乗っ取られたかのように思えた濁った瞳が、苗字さんの意思で僕に向けられている。
その違和感は耐えきれないもので、僕は初めて彼女を受け入れられないとひどく思った。胸に抱きしめていた安心感がそのまま腐り落ちていくようだった。
「……本当に心配だっただけなんだ。だってほら、もし誰かに襲われたりしたら大変だし……。それにこの大雨だよ? そんな日に外出するなんておかしいじゃないか……。ねえ、そうだよね? 苗字さんに限って、自殺なんてするわけないよね? だって、だって苗字さんは超高校級の……」
「超高校級の、神様?」
僕の口から出る言葉は、もはや自己暗示に近かった。自分に言い聞かせるように、そうじゃないと困るのだというように。どうしてこんなに必死になっているんだろう。自分ですら滑稽に思えるくらいに、まるで彼女の死が世界の終わりだとでも本気で信じてしまっているように、僕は苗字さんを妄信していた。
苗字さんは微笑んでいた。眼球が涙に溺れて、次第に光を失っていった。脈がどんどん遅くなっていく。
幸せも安らぎも奇跡も希望も、全部、頭の中のほんとうに小さな小さな……ミクロの火花のせいなんだよ。
嫌なことも好きなこともぜんぶ、ちょっといじられたらぜんぶめちゃくちゃになっちゃうんだよ。
ふふ、でも、もうかみさまなんていないの。かみさまは、本物のせかいにいちゃいけないんだよ。
結論から言うと、彼女はこの島に連れてこられた時点で、死が確定していたようなものだった。
彼女の神様は、PTPシートに包まれて、胃袋の中に消えていった。そこから血管を通って、脳味噌の中で……小さな小さな火花になるんだったっけ。
奇跡も希望も、教祖たる器も、きっと彼女自身の才能なんかじゃないんだ。そう思い出す度に、雨上がりのぬるい空気が頬を撫でる気がして、嫌な気持ちになった。
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