第一章:魔物化現象

紫眼クリファのやり方は間違っている――?」

 シャルへヴェットの言葉を、アディンは思いがけず繰り返した。
 魔物化の説明に比べて、より表情を曇らせたシャルヘヴェットだが、アディンはむしろ、この大事そうな話の方が一つも理解できていない。
 揺られる馬車の中で向き合った四人は、自然と前のめりに身を寄せ合っていた。
 間をあけて、シャルヘヴェットが問うた。

「アディン、あなたは魔導兵器がどのような仕組みで、いつから使われているか、知っていますか?」
「えっと……」

 魔導兵器が普及したのはここ数百年の間だということは知っている。
 仕組みは説明ができない。魔導兵器が何かと問われたら、便利な魔法の力を発動できる機械と、答えるしかないだろう。
 はっきりとした回答ができないアディンに、シャルヘヴェットは柔らかい口調で続ける。

「魔導兵器は、誰でも魔法の力が使える便利な機器ですよね」
「うん」
「あれの仕組みは、人が魔法を使う時と同じで、濁りのない魔力を濁らせることで発動させています」

 濁りのない魔力というのは、さっき魔物化で説明されたので、なんとなくイメージはできる。

「人が魔法を放つ時は、その人の体内にある、濁りのない魔力を代償にするでしょう?なので使いすぎると疲弊したり、滅多にありませんが、赤眼になることもあります」
「でも体内の濁った魔力は、基本的には放っておけば自然と浄化されて綺麗に戻るんだよね?」

 その通りです!と、カナフが拍手してくれた。

「魔導兵器も同様に、魔法を発動させるためには、魔力を濁らせるという代償を伴いますが……」
「そっか!魔導兵器は機械だから、体内の魔力っていうものがなくて……」

 ないから?
 わかったつもりで声を上げたが、結局疑問符が付いてしまい、アディンは顔を赤らめた。

「いい気づきですよ。ないから……空気中の魔力を使用するんです」
「空気中にも魔力があるの……?」

 またちょっと、こんがらがってきた。
 だがさっきから「体内」の魔力という呼び方をしていたのだから、体外の、つまりは「空気中」にも魔力は存在するわけだ。
 そこまで巡らせて、今度こそちゃんと繋がった。

「わかった!魔物化の原因は、取り込んで処理しきれなかった、濁った魔力が原因だったよね。取り込んでたのは、今言った空気中の魔力のことで……。
 つまり呼吸するのと同じように、人間は空気中の濁った魔力を吸って、浄化したものを吐き出してるんだ!」

 ひとつ浮かんだところから芋づる式に、アディンは解にたどり着いていく。

「もしかしてだけど魔導兵器は、人が吐き出した綺麗な魔力を濁らせることで、魔法を発動させてる……ってことかな!?」
「おお、まさに……」
「ま、待って!でもそれだと魔導兵器が増えすぎたら、人間の浄化が追いつかなくなるんじゃ」

 喋りながら恐ろしいことに気づいて、アディンは両手で口を塞いだ。

 しかし、本当に恐ろしかったのは、次のシャルヘヴェットの一言であった。

「もう、追いついてないんです」

 アディンが覆った手の下で、口が勝手にあんぐりと開く。

「えっ……?」
「魔導兵器などなければ、魔物化現象なんて起こらないんですよ」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「数百年前、まだ一部の者しか魔法が使えなかったこの世界に、魔導兵器とその製造法をもたらした人たちがいました」

 発明されたのではなく?
 アディンは話を止めないように、頭の中でそんな返しをする。

「それが俺たちの祖先、紫眼クリファです」
「クリファ……」
「紫の眼を持つ一族をそう呼びます」

 初めて聞いた。これも世間一般では当たり前に知られた言葉なのだろうか。
 と、思っていたらテフィラーが割り込んできた。

「そんな単語、初耳なのだけれど」
「それは当然のことです。紫眼クリファは当人たちの間でしか、使われていない言葉ですから」

 ちらりとカナフの方を見やると、彼女もぽっかりと口を開けていて、シャルヘヴェットの従者でありながら、どうやら知らなかった様子だった。
 テフィラーがさらに質問を畳みかける。

紫眼クリファが皆、紫の眼だとしたら、魔法に精通している一族ということよね」
「そうです。紫眼クリファの高度な魔法文化があったからこそ、魔導兵器の発明に至れたということになります。あなたは勘が良さそうですね」
「……そんな一族が、魔導兵器の危険性を知らないはずがないわよね。あなたたち、何を企んでるの?」

 じろりとテフィラーが冷たい視線を送る。アディンとカナフは反射的に身を引いたが、シャルヘヴェットは動じなかった。

「……ですので、俺は一族に間違っていると伝えたい、いや、訴えたいんですよ」

 話が最初に戻ってきた。

「俺とアディンはとある理由があって、一族を追放されている身ですから、どちらかといえば俺たちはこの世界の味方です」
「つ、追放!?」

 あまりに唐突に妙なワードが聞こえてきて、アディンは、かすれ声で即座に疑問を投げかける。

「ぼ、僕……何か悪いことをしたってこと?」
 
 対して、シャルヘヴェットは長話の疲れも相まってか、少し歯切れの悪い調子で答えた。 

「ええと……アディンの状況によって、説明が変わります。追放についてはあなたが……というか、あなた自身が問題を起こしたわけではありません。大丈夫です」
「そ、そうなの?」
「ただ、これについても少々話が厄介です……。とりあえずアディンにご協力いただければ、紫眼クリファの長と直接話ができる状態に持っていけます」

 色々とわかりそうだったのに、最終的に難解な着地をしてしまった。
 ただ一つ言えるのは、そんなの協力しないわけにはいかないじゃないか、ということだ。
 しかしながら、今の今まで田舎の診療所で医者の手伝いをしていただけの世間知らずに、一体何ができるというのか。

「魔導兵器は今なお、その便利さ故に増え続けている。この馬車のようにです」

 馬のいななきが聞こえて、魔導兵器の脅威を知ったばかりの皆は顔をしかめた。

 この馬も、魔導兵器なのである。

 本物の馬を魔法の力で複製して造られたもので、なんと意のままに操ることができるのだ。言うならば、魔法の馬。
 さっきの話を振り返ると、つまりはこの馬を動かすことで、空気中の魔力は濁っていき、人々の体内にそれが沈澱していく……。

 世界では、交通面ではほとんどと言っていいほど、魔導兵器で生成された動物たちを使用している。
 操縦者というものも存在せず、馬の見た目こそしているが、決められたルートを行き来することのできる賢い道具なのだ。

 テフィラーが教会員の二人を交互に見てから、アディンに教えるように言う。

「複製の魔導兵器の使用許可は、唯一イェソド教会にだけ下りているのよ」

 これは一般常識として、さすがに知っていた。アディンはテフィラーに頷いてみせる。
 イェソド都は全国に点在する教会の中心、聖地ということと、その複製の魔導兵器の技術を持つちょっぴり怪しげな……いや神秘的な場所というイメージだ。
 カナフがテフィラーの一言で、みるみる渋い顔になった。

「なんか、教会が悪いことしてるみたいですねぇ」
「ごめんなさい、他意はないの。複製の魔導兵器に限らず、武器や生活用の魔導兵器はどこででも造られているし」

 シャルヘヴェットも、カナフをなだめるようにしてテフィラーの発言に付け加えた。

「生き物を複製し操る魔導兵器は、命に関わる重要な機器です。
 下手に操作方法が広まることのないよう、教会でも限られた者しか操作できないようになっています。俺も知りません」

 馬車はところどころひび割れた道に差し掛かり、車体を大きく左右に揺らす。

 考えようとすればするほど、あまりの情報の多さに、思考を放棄したくなってしまった。
 そんなアディンに、カナフの明るく安心感のある声が降りかかる。

「感染地を訪れながら、私たちはず〜っとアディンさんのことを探してました。なので、本っ当に奇跡が起きたって感じなんですよぅ、今この瞬間が!」
「僕を、探してた……」

 再び逞しく響いた馬のいななきと共に、馬車がガタンと音を立てて止まった。終点のようだ。
 ここからあと一つ、これより一回り大きな馬車を乗り継げば、ゲブラー都の中央にたどり着くという。

「そろそろ日も暮れてきましたし!今晩はここの宿に泊まってもいいですかっ?」

 いの一番に馬車を飛び出し、そう皆に問いかけたカナフは、テフィラーが財布を険しそうに覗く姿を見ると、
「相部屋なら出しますよっ」
 と先程のシャルへヴェットを真似た。が、すぐに本人に注意されてぺこぺこと頭を下げる。
 シャルヘヴェットはちらりと宿の方を見てから、アディンらに提案した。

「すみません。俺たちもそんなに持ち合わせがなくて、二部屋分しか出せないのですが……それでもよければ四人で取りましょう。如何なさいますか」

 テフィラーがありがたいわ、と返事をすると、アディンも遅れないように同意の頷きをして見せた。
 カナフだけ、
「じゃあ部屋分けは男女、ですか?テフィラーさんと同室は嬉しいですけど、シャルへヴェット様と離れるの嫌です〜!」
 と、冗談なのか本気なのか……ひとり賑やかにごねていた。
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