第一章:魔物化現象
「お腹が痛いと言いながら、しばらく戻ってこないと思ったら……」
心配したんですよと、少し疲れた表情を隠すように祓い師は左手で顔を覆う。
明るくなったところで改めて眺めると、ややくたびれた様子であっても、それが粋になってしまうくらいには整った顔立ちをしていた。
「すっ、すみません!シャルヘヴェット様の体調が回復した時に、スムーズに話ができた方がいいかなぁと……!」
カナフがぺこぺことすると、「お気遣い、ありがとうございます」と、祓い師は彼女の肩を優しく叩いた。
それから、紫の瞳はアディンたちに向けられた。
「突然失礼します。俺はイェソド教会の――」
「ずばり当てるわ。シャルヘヴェット・フラムマ様ですね」
彼の言葉をかき消したのはテフィラーだった。
「……失礼。祓い師様はお偉い様だから、知っていて当然よね」
「えっ、あっ、さっきの怒ってますか!?ごめんなさい!」
カナフが大慌てでテフィラーに手を合わせると、冗談だってばと、テフィラーは笑ってみせる。
何となく会話の主導権を握られるのを防いでいる感じだと、アディンはどこか強気のテフィラーをぼんやりと見つめた。
祓い師・シャルヘヴェットは調子を崩さず、胸に手を当て頭を下げる。
「大して偉くはありません。気軽にシャルと呼んでください」
笑顔で返すシャルヘヴェットに、
「それは恐れ多いので……」
と、テフィラーはさすがに申し訳なさそうに首を振った。
少し残念そうなシャルヘヴェットに視線を移した時、アディンはふと彼の変わった様子に気がついた。
「もしかして熱がありませんか?少し顔色が悪い気が……」
「え」
やや顔が赤い気がしたのだ。彼の肌が白かったから、分かりやすかったのだろう。
シャルヘヴェットは驚きと共に、額の汗を確認するように拭う。
カナフもびっくりした様子で「よく見てますね」と感心の声を漏らした。
「すみません。大勢の赤眼を祓うと、少し体調に影響が出てしまうんですが、問題ありません」
「け、けど熱のある時にあんまり無理しちゃダメですよ!これ、体を休ませるのに効果的な薬草……」
そう言ってアディンは、上着の救急箱から小さな袋を差し出した。疲労や風邪に効くので常備している。
「怪しいものじゃなくて、診療所で使っていたものなので!安全です。香りもします」
シャルヘヴェットは礼を言って受け取ると「いい香りですね」と柔らかな笑みを浮かべる。
「診療所ということは、アディンさんは医師なんですか?」
彼の問いかけに、バノットの時と同じように否定するアディン。
「見習いです。その、ずっと立ってるのもあまり良くないです。よかったら座ってお話しませんか……?」
アディンが反応を伺いながら提案すると、カナフが賛成と手を挙げてくれた。
声をかけてきたものの、シャルヘヴェットたちも何から話せばいいのか悩んでいるようだった。とりあえず、とシャルヘヴェットは切り出す。
「お二人はこの後どこへ向かう予定でしたか?」
アディンらの赤眼を祓っていないことから、ここにはたまたま立ち寄っただけだと見抜いた様子だ。テフィラーが答える。
「ひとまずゲブラーの首都に向かおうかと」
「たしか、迷ってこの街に来たって言ってましたよね」
カナフが横から補足する。
「ええ、そうなの。ネツァク都の北の方に、彼のいた診療所があるのだけど、そこまで戻るつもりで」
表情を変えず淡々と受け答えするので、何か悪いことを隠しているような気持ちになる。対してシャルへヴェットは、体調がすぐれないにも関わらず、依然、柔らかい表情を保っていた。
「何故迷ってしまったのです?」
「転移……」
言いかけたアディンに被せるように、テフィラーが続ける。
「急に知らない女に襲われて、ここまで飛ばされてしまったんです。私に向けて放ってきた魔法に、アディンまで巻き込まれてしまった」
「魔法は、治癒・強化魔法を除いて、人体への使用は許されていませんよねっ。なにか恨みを買うことでも?」
鋭くカナフが尋ねると、テフィラーは首を振る。
「よく分かりません。その女とは全く面識がなくて。私はただ、営業の仕事でネツァク都を訪れていましたから」
「お仕事中だったんですね。それは災難な!」
納得しているのかわからなかったが、カナフがうんうんと頷くのをアディンは横目で見て言う。
「僕たち、ゲブラーの都心に行けるでしょうか……」
「その点は大丈夫でしょう」
アディンの不安だだ漏れの問いに、シャルヘヴェットはしっかりと肯定してくれた。
「俺……私たちも、ゲブラーの都心を経由してこの町まで来ました。大体馬車を乗り継いで三日程です」
「お、お金とか……」
「相乗りでよければこちらで持ちますよ」
「本当ですか」と目を輝かせるアディンと「かたじけないわ」と少し萎縮するテフィラーとで反応は割れたが、いずれにせよ馬車を共にすることとなった。
一日一本の馬車がもうすぐ来ると言うので、四人は停留所に急いだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「アディンさん十六歳なんですかっ!同い年だ、やったー!」
元気よくカナフにハイタッチを求められて、アディンはそっと両手を合わせる。
なんというか、きっと彼女はアディンの辛い気を紛らわせるために、ハツラツと接してくれているのだろう。
タイミングよく馬車が到着し、街を惜しむ間もなく出発してしまった。
停留所に向かう途中で、アディンは密かにバノットの家に頭を下げた。
「教会で働いているとあんまり同い年と交流することないんですよねぇ」
「そ、そうなんだ……僕もだよ」
高齢の患者に慣れているせいか、歳の近い相手が近くにいるのが妙に落ち着かない。
「この際ですから、各々ラフに話しましょう」
と言いつつ、敬語のままの最年長のシャルへヴェットに、テフィラーがお言葉に甘えてと同意する。
これも多分、沈んだ気持ちを和らげようとする彼なりの心遣いだ。
「お二人はどんなご関係で?」
シャルへヴェットが尋ねると、テフィラーは肩を上げる。
「つい昨日か一昨日かに知り合った仲よね」
「う、うん。歳も今初めて知りました……」
「ちょっとかしこまらないでよ」とアディンより六つも年上だったテフィラーは、困ったようにアディンを振り返った。
「いいなぁ、仲良しですね。ぜひ私とも仲良くなってください!」
そわそわとカナフに期待の目を向けられ「もちろん、僕でよければ」とアディンは笑顔で答えた。
内心で同い年なのにちゃんと仕事していてすごいなぁと、自分のちっぽけさを情けなく思いながら、ふと紫の眼のことが頭に浮かぶ。
「そうだ、あの。あっ、シャル……って呼んでいいのかな」
「ぜひ呼んでください。なんですか?」
「僕って、シャルと同じ紫の、その……」
小声で尋ねられた問いに、一瞬ぽかんとしたシャルへヴェットだったが、そうか……そうですよねとブツブツと整理してから向き直った。
「テフィラーも触れるか隠すか迷っているようだったので、もうはっきり言っておきますが……。結論から言うと、俺の目とアディンの目は関わりのある紫ですよ」
先程カナフに紫の眼と言われて確証を得たものの、断定されて、どこか胸の奥の方がそわりと逆立った感覚がした。
「じゃあ僕も、シャルみたいに赤眼を治すことができたのかな」
「それは――まだ無理かもしれません」
彼は魔物の鮮血を残した白いグローブの手を翻して、身振り手振りを加えながら話を続けた。
「魔物化というのは、空気中にある『濁った魔力』が体内に取り込まれ、満杯になると起こる現象です」
細菌などが原因で起こる病気には詳しいアディンだが、魔力の問題で起こる病気には幾分疎く、解説を前のめりで伺う。
「もう満杯になっているというサインが赤眼であり、魔物になるのはそれが抱え込めなくなった結果です」
「……」
「人は本来、自然に体内で魔力を綺麗にすることができるのですが、濁った魔力が取り込まれる量が多くなると、浄化が追いつきません。
それに比べて紫の眼の俺たちは、そもそもの体内魔力量がとても多く、浄化スピードも早い」
「あの、アディンさんっ。魔力は目に表れるというのは、ご存知ですか?」
カナフの付け足しに、アディンはなんとなくの知識ながら頷いて見せる。
とりあえず紫の眼は、魔力的にいいスペックの表れということなのだろう。
ゆっくりと丁寧に語るシャルへヴェットに、アディンも相槌をいれながら聞き入る。
「俺は、罹患者の濁った魔力と、自分の濁りのない魔力を差し替えることで、魔物化を防いでいるんです」
単語単語で繰り返しながら、アディンは初めて知る事実をジリジリと噛み砕いた。
カナフがまた、横から添える。
「つまり、意思疎通のできない魔物状態になってしまうと、祓うことはできなくなってしまいます……!」
「そっか……。赤眼のうちは治せても、魔物化したら戻せない……」
ここまで大丈夫かと確認され、あまり自信はないが首を縦に振る。
「アディンは確かに紫の眼なので、この世界の人よりは魔力を多く有します。しかし、そもそも魔力という存在を感知するのには、少しコツが要るんです」
「い、一朝一夕にはいかないってことなんだね」
そう言いながら、さりげなく発された『この世界の人』という言葉が引っかかる。
顎に手を添えながら隣で聞いているテフィラーは、このことについては突っ込んでいない。
これも周知の事実なのだろうか。
「そうですね。もちろん目の色に関係なく、魔力の感覚を掴める人はいます」
「う、うーん、なんとなくわかったかも……?」
つい自信がなく曖昧な言葉を選んでしまったが、いやはや、魔法がそんな測れるようなものだったなんて。
とにかく紫の眼だからといって簡単に魔法が扱えたり、赤眼を治したりできるわけではないということだ。
シャルへヴェットはひとしきり喋ると、息を吐いて背もたれに体を預けた。
その隣でうって変わって元気なカナフが、挙手しながら興奮気味に言う。
「そういう他人の濁った魔力を感知できる人が、祓い師として働けるんです!レアですよ、レア!」
「働けるって……祓い師ってシャルの他にもいるんだ……?」
「ですです!シャルヘヴェット様は、祓い師は祓い師でも『祓い師長様』ですからね!」
すごい人の中のすごい人だ。というアディンの視線を察知したのか、シャルヘヴェットは気まずそうに目を逸らす。
カナフは憧れの眼差しで、引き続き語った。
「一般的な祓い師が一日に祓うことのできる量は、シャルへヴェット様の小指の爪にも満たないんですが……。
複数人いれば、教会に自らお祓いに来る赤眼の人たちに、対応できるくらいの力にはなるわけです!」
「おお……」
「今回のような集団感染のケースは稀で、大体は前ぶれなく罹患したから、イェソド教会に治しに来るというものですのでっ」
カナフの勢いを削ぐように、久々にテフィラーが口を開く。
「もしかして、アディンを祓い師に誘おうと、声をかけてきたわけじゃないわよね」
その問いを、シャルへヴェットが体を起こしながら否定した。
「俺はもっと重要なことで、アディンに頼みたいことがあるんです」
ワントーン低くなったシャルへヴェットの声に、四人しか乗っていない馬車の空気は、ぴんと張り詰める。
「アディン。俺と共に『紫眼 のやり方は間違っている』と、訴えに来てはくれませんか」
心配したんですよと、少し疲れた表情を隠すように祓い師は左手で顔を覆う。
明るくなったところで改めて眺めると、ややくたびれた様子であっても、それが粋になってしまうくらいには整った顔立ちをしていた。
「すっ、すみません!シャルヘヴェット様の体調が回復した時に、スムーズに話ができた方がいいかなぁと……!」
カナフがぺこぺことすると、「お気遣い、ありがとうございます」と、祓い師は彼女の肩を優しく叩いた。
それから、紫の瞳はアディンたちに向けられた。
「突然失礼します。俺はイェソド教会の――」
「ずばり当てるわ。シャルヘヴェット・フラムマ様ですね」
彼の言葉をかき消したのはテフィラーだった。
「……失礼。祓い師様はお偉い様だから、知っていて当然よね」
「えっ、あっ、さっきの怒ってますか!?ごめんなさい!」
カナフが大慌てでテフィラーに手を合わせると、冗談だってばと、テフィラーは笑ってみせる。
何となく会話の主導権を握られるのを防いでいる感じだと、アディンはどこか強気のテフィラーをぼんやりと見つめた。
祓い師・シャルヘヴェットは調子を崩さず、胸に手を当て頭を下げる。
「大して偉くはありません。気軽にシャルと呼んでください」
笑顔で返すシャルヘヴェットに、
「それは恐れ多いので……」
と、テフィラーはさすがに申し訳なさそうに首を振った。
少し残念そうなシャルヘヴェットに視線を移した時、アディンはふと彼の変わった様子に気がついた。
「もしかして熱がありませんか?少し顔色が悪い気が……」
「え」
やや顔が赤い気がしたのだ。彼の肌が白かったから、分かりやすかったのだろう。
シャルヘヴェットは驚きと共に、額の汗を確認するように拭う。
カナフもびっくりした様子で「よく見てますね」と感心の声を漏らした。
「すみません。大勢の赤眼を祓うと、少し体調に影響が出てしまうんですが、問題ありません」
「け、けど熱のある時にあんまり無理しちゃダメですよ!これ、体を休ませるのに効果的な薬草……」
そう言ってアディンは、上着の救急箱から小さな袋を差し出した。疲労や風邪に効くので常備している。
「怪しいものじゃなくて、診療所で使っていたものなので!安全です。香りもします」
シャルヘヴェットは礼を言って受け取ると「いい香りですね」と柔らかな笑みを浮かべる。
「診療所ということは、アディンさんは医師なんですか?」
彼の問いかけに、バノットの時と同じように否定するアディン。
「見習いです。その、ずっと立ってるのもあまり良くないです。よかったら座ってお話しませんか……?」
アディンが反応を伺いながら提案すると、カナフが賛成と手を挙げてくれた。
声をかけてきたものの、シャルヘヴェットたちも何から話せばいいのか悩んでいるようだった。とりあえず、とシャルヘヴェットは切り出す。
「お二人はこの後どこへ向かう予定でしたか?」
アディンらの赤眼を祓っていないことから、ここにはたまたま立ち寄っただけだと見抜いた様子だ。テフィラーが答える。
「ひとまずゲブラーの首都に向かおうかと」
「たしか、迷ってこの街に来たって言ってましたよね」
カナフが横から補足する。
「ええ、そうなの。ネツァク都の北の方に、彼のいた診療所があるのだけど、そこまで戻るつもりで」
表情を変えず淡々と受け答えするので、何か悪いことを隠しているような気持ちになる。対してシャルへヴェットは、体調がすぐれないにも関わらず、依然、柔らかい表情を保っていた。
「何故迷ってしまったのです?」
「転移……」
言いかけたアディンに被せるように、テフィラーが続ける。
「急に知らない女に襲われて、ここまで飛ばされてしまったんです。私に向けて放ってきた魔法に、アディンまで巻き込まれてしまった」
「魔法は、治癒・強化魔法を除いて、人体への使用は許されていませんよねっ。なにか恨みを買うことでも?」
鋭くカナフが尋ねると、テフィラーは首を振る。
「よく分かりません。その女とは全く面識がなくて。私はただ、営業の仕事でネツァク都を訪れていましたから」
「お仕事中だったんですね。それは災難な!」
納得しているのかわからなかったが、カナフがうんうんと頷くのをアディンは横目で見て言う。
「僕たち、ゲブラーの都心に行けるでしょうか……」
「その点は大丈夫でしょう」
アディンの不安だだ漏れの問いに、シャルヘヴェットはしっかりと肯定してくれた。
「俺……私たちも、ゲブラーの都心を経由してこの町まで来ました。大体馬車を乗り継いで三日程です」
「お、お金とか……」
「相乗りでよければこちらで持ちますよ」
「本当ですか」と目を輝かせるアディンと「かたじけないわ」と少し萎縮するテフィラーとで反応は割れたが、いずれにせよ馬車を共にすることとなった。
一日一本の馬車がもうすぐ来ると言うので、四人は停留所に急いだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「アディンさん十六歳なんですかっ!同い年だ、やったー!」
元気よくカナフにハイタッチを求められて、アディンはそっと両手を合わせる。
なんというか、きっと彼女はアディンの辛い気を紛らわせるために、ハツラツと接してくれているのだろう。
タイミングよく馬車が到着し、街を惜しむ間もなく出発してしまった。
停留所に向かう途中で、アディンは密かにバノットの家に頭を下げた。
「教会で働いているとあんまり同い年と交流することないんですよねぇ」
「そ、そうなんだ……僕もだよ」
高齢の患者に慣れているせいか、歳の近い相手が近くにいるのが妙に落ち着かない。
「この際ですから、各々ラフに話しましょう」
と言いつつ、敬語のままの最年長のシャルへヴェットに、テフィラーがお言葉に甘えてと同意する。
これも多分、沈んだ気持ちを和らげようとする彼なりの心遣いだ。
「お二人はどんなご関係で?」
シャルへヴェットが尋ねると、テフィラーは肩を上げる。
「つい昨日か一昨日かに知り合った仲よね」
「う、うん。歳も今初めて知りました……」
「ちょっとかしこまらないでよ」とアディンより六つも年上だったテフィラーは、困ったようにアディンを振り返った。
「いいなぁ、仲良しですね。ぜひ私とも仲良くなってください!」
そわそわとカナフに期待の目を向けられ「もちろん、僕でよければ」とアディンは笑顔で答えた。
内心で同い年なのにちゃんと仕事していてすごいなぁと、自分のちっぽけさを情けなく思いながら、ふと紫の眼のことが頭に浮かぶ。
「そうだ、あの。あっ、シャル……って呼んでいいのかな」
「ぜひ呼んでください。なんですか?」
「僕って、シャルと同じ紫の、その……」
小声で尋ねられた問いに、一瞬ぽかんとしたシャルへヴェットだったが、そうか……そうですよねとブツブツと整理してから向き直った。
「テフィラーも触れるか隠すか迷っているようだったので、もうはっきり言っておきますが……。結論から言うと、俺の目とアディンの目は関わりのある紫ですよ」
先程カナフに紫の眼と言われて確証を得たものの、断定されて、どこか胸の奥の方がそわりと逆立った感覚がした。
「じゃあ僕も、シャルみたいに赤眼を治すことができたのかな」
「それは――まだ無理かもしれません」
彼は魔物の鮮血を残した白いグローブの手を翻して、身振り手振りを加えながら話を続けた。
「魔物化というのは、空気中にある『濁った魔力』が体内に取り込まれ、満杯になると起こる現象です」
細菌などが原因で起こる病気には詳しいアディンだが、魔力の問題で起こる病気には幾分疎く、解説を前のめりで伺う。
「もう満杯になっているというサインが赤眼であり、魔物になるのはそれが抱え込めなくなった結果です」
「……」
「人は本来、自然に体内で魔力を綺麗にすることができるのですが、濁った魔力が取り込まれる量が多くなると、浄化が追いつきません。
それに比べて紫の眼の俺たちは、そもそもの体内魔力量がとても多く、浄化スピードも早い」
「あの、アディンさんっ。魔力は目に表れるというのは、ご存知ですか?」
カナフの付け足しに、アディンはなんとなくの知識ながら頷いて見せる。
とりあえず紫の眼は、魔力的にいいスペックの表れということなのだろう。
ゆっくりと丁寧に語るシャルへヴェットに、アディンも相槌をいれながら聞き入る。
「俺は、罹患者の濁った魔力と、自分の濁りのない魔力を差し替えることで、魔物化を防いでいるんです」
単語単語で繰り返しながら、アディンは初めて知る事実をジリジリと噛み砕いた。
カナフがまた、横から添える。
「つまり、意思疎通のできない魔物状態になってしまうと、祓うことはできなくなってしまいます……!」
「そっか……。赤眼のうちは治せても、魔物化したら戻せない……」
ここまで大丈夫かと確認され、あまり自信はないが首を縦に振る。
「アディンは確かに紫の眼なので、この世界の人よりは魔力を多く有します。しかし、そもそも魔力という存在を感知するのには、少しコツが要るんです」
「い、一朝一夕にはいかないってことなんだね」
そう言いながら、さりげなく発された『この世界の人』という言葉が引っかかる。
顎に手を添えながら隣で聞いているテフィラーは、このことについては突っ込んでいない。
これも周知の事実なのだろうか。
「そうですね。もちろん目の色に関係なく、魔力の感覚を掴める人はいます」
「う、うーん、なんとなくわかったかも……?」
つい自信がなく曖昧な言葉を選んでしまったが、いやはや、魔法がそんな測れるようなものだったなんて。
とにかく紫の眼だからといって簡単に魔法が扱えたり、赤眼を治したりできるわけではないということだ。
シャルへヴェットはひとしきり喋ると、息を吐いて背もたれに体を預けた。
その隣でうって変わって元気なカナフが、挙手しながら興奮気味に言う。
「そういう他人の濁った魔力を感知できる人が、祓い師として働けるんです!レアですよ、レア!」
「働けるって……祓い師ってシャルの他にもいるんだ……?」
「ですです!シャルヘヴェット様は、祓い師は祓い師でも『祓い師長様』ですからね!」
すごい人の中のすごい人だ。というアディンの視線を察知したのか、シャルヘヴェットは気まずそうに目を逸らす。
カナフは憧れの眼差しで、引き続き語った。
「一般的な祓い師が一日に祓うことのできる量は、シャルへヴェット様の小指の爪にも満たないんですが……。
複数人いれば、教会に自らお祓いに来る赤眼の人たちに、対応できるくらいの力にはなるわけです!」
「おお……」
「今回のような集団感染のケースは稀で、大体は前ぶれなく罹患したから、イェソド教会に治しに来るというものですのでっ」
カナフの勢いを削ぐように、久々にテフィラーが口を開く。
「もしかして、アディンを祓い師に誘おうと、声をかけてきたわけじゃないわよね」
その問いを、シャルへヴェットが体を起こしながら否定した。
「俺はもっと重要なことで、アディンに頼みたいことがあるんです」
ワントーン低くなったシャルへヴェットの声に、四人しか乗っていない馬車の空気は、ぴんと張り詰める。
「アディン。俺と共に『