第一章:魔物化現象

「そん、な……」

 こんなに呆気なく。
 あの子は、バノットは、ついさっきまで目の前ではしゃいでいた、普通の子供だったのに。
 赤眼のこともその末路も、知識として知っていた。
 十分知っていた。

 けれど実際の光景は、事実を述べたられただけでは説明がつかない、悲惨なものだったのだ。

 テフィラーも、アディンの震えを目してすぐに察しがついたようだった。そっとアディンの肩に手を添えて、震えが収まるのを待ってくれていた。
 そっと見上げた先の彼女の表情は、どこか慣れたような、その中で何かに反抗しているような、険しい目をしていた。

「あなた達もすぐに逃げてくださ――」

 振り返った金髪の少女は、アディンとテフィラーを目にすると、その丸い目をより一層大きく見開いた。

「あなた……!」

 言いかけた少女を遮るように、テフィラーがアディンの帽子を、ぐいと下げる。

「忠告ありがとう。丘の上の集会所よね、今から向かうわ」

 少女は何か言いたげなのを飲み込んで、こくりと大きく首を縦に振った。
 丘に向かいながら、アディンは追いつかない頭の中を整理しようと、テフィラーにたどたどしく話しかける。

「さ、さっきの子は避難を呼びかけてた子だよね……。あんな一撃で、ま、魔物を倒すことができるものなのかな」

 あ、いや実際に目の前で倒してはいたけれどと、歯切れ悪くアディンはもごもごと口ごもる。
 多分バノットが言っていた『ジュウシャ』というのが、あの金髪の少女なのだと思う。幼い見た目の割に、かなりしっかりしていた。

「腕か何かに、魔導兵器を着けていたんじゃないかしら。ただ殴っただけじゃ、さすがにああはならないわ」

 魔導兵器というのが、魔法の力が加わった機器だということは無論アディンも知っていたが、

「ツェルとかいう子が使ってた銃と同じような、武器の、魔導兵器?」

 物騒なものとは縁のない生活をしていたアディンにとって、武器に馴染みはない。

「そうだけど……。あなた、それもちゃんと見たことがないの?」

 ――『武器のような』という表現は魔導兵器の『兵器』の部分と被るわけだが、これには理由がある。
 魔導兵器とは、日常で使う『魔法の力を利用した機器』の総称なのだ。
 例えば調理に使う火起こし台や、洗濯物に風を起こす乾燥機など、高価だが日常で使われるものもある。

 最も一般的なのは、交通面に関係しているのだが、これは後程、実物を見ることになるだろう。


 集会所に着くと、めそめそと涙する人や励まし合う人でいっぱいで、辺りは悲しみに満ちていた。
 つられて、整理が追いつかない頭の中から、バノットの姿が蘇って来る。
 思わず彼女がくれたあの美味しいパンを戻してしまいそうになり、口元を抑えてうずくまった。

「アディン」
 
 テフィラーが身をかがめて背中をさすってくれると、少しだけ呼吸が楽になった気がした。
 
「無理に頑張らなくてもいいのよ。どこかに座りましょう、歩ける?」
 
 涙がたまる目で頷くと、今にも溢れてしまいそうだった。
 自分も祓い師と同じ目をしているのならば、同じように、彼女のことも治してあげられたんじゃないだろうか。
 考えたら鼻先がつんと熱くなり、これ以上考えたらだめだ、と思考を止めようと必死になるが、返って強くなるばかり。

 テフィラーがハンカチを差し出してくれたことで、ようやく自分が既に涙にまみれていることに気がついたのだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 その晩は、町人たちと共に集会所で夜を越した。ほとんどが眠れていないようだ。
 アディンも同様だったが、紛れ込む町外者をとやかくいう人はいなかった。
 
「最初に見つけた街がこんなことになってるなんて……」
 
 アディンがぽつりと呟くと、テフィラーは本当に、と声になるかならないかの小さな声で応えた。

「ただでさえ外の街を知らなかったあなたには、かなり、こたえたでしょう」
「テフィラーは、今までに同じような経験があるの……?」
「いろんな街があるのよ」

 それだけ言うと、彼女は黙り込んで瞼を閉じてしまった。


 もう日が昇る直前になって、祓い師と従者は避難所に帰ってきた。

「全て終わりました。皆さん、ご協力いただき本当にありがとうございました」

 祓い師たちが深々と頭を下げると、町人をまとめていた恰幅のいい女性が立ち上がり、口を開く。

「こんな辺鄙な土地まで足を運んでくれてありがとう。信じて待っていてよかったよ」

 周りから拍手が起こり、祓い師はまた深々と礼をした。感謝します……と小さく言ったのがアディンには聞こえた気がした。

 彼らもかなり疲弊していたのだろう。夜通し、人と魔物の相手をしていたら当然だ。
 皆が自宅に戻ったあとも、集会所の近くで腰を下ろしていた。
 顔役の女性が家で休んでいくように誘っていたが、やんわりと断っている様子だった。

 アディンたちも集会所から人がいなくなってくると、行先に困って街の中央に戻ってきた。

「少し、その……祓い師の人と話してみたい気はするんだけど」

 もじもじとアディンはテフィラーの表情を伺う。

「何を聞きに行くの?」
「そっ、それが漠然としすぎてて……」

 もじもじの核心を突かれて、言い淀むアディン。
 きっかけを掴めず困っていたところに、まさかの相手側からアクションがあった。

「この街の方じゃないですよねっ」

 ひょっこりと姿を現したのは、従者の少女だった。
 サイドに一つに結われた金髪と、くりくりした空色の目。服装は祓い師と同じだから、制服なのだろう。

「私、イェソド教会・祓い師長の従者してます。カナフ・アーラと申します!」

 カナフと名乗った少女は、敬礼のポーズをとって見せた。

「私たち、迷ってこの街に来たの」

 この街の人じゃないという確認に、テフィラーははっきりと答えた。

「迷って?それは、大変な時に来てしまいましたね……」

 いちいち反応の動作が大きいカナフは、結われた髪を、動く度に元気よく揺らしている。

「あの、僕はアディ――」
「お待ちください!」

 アディンが名乗ろうとしたところを、カナフは大きな声で塞いだ。
 うん?と首を傾げるアディンに、カナフは得意げに人差し指を立てる。

「あなた今『アディン・ピウスです』って言おうとしましたね!?」
「えっ、なんでわかったの!?」

 アディンの純粋な反応に、カナフは笑顔に、テフィラーは少し警戒気味な表情になる。
 カナフはぺこりと頭を下げると「からかってごめんなさい」と謝った。

「実は、アディンさんのことは前から知っていたんです」
「え?」
「名前だけ……ですけど。どこにいるとかどういう人とか、そういうのは知りません。『アディン・ピウス』という紫の眼の方が存在しているということだけ、知ってました」

 紫の眼と言われて、自分はやはりそれで間違いないのだと確信を得る。

「知っていたのは私ではなくて、シャルヘヴェット様なんですけどね!」
「カナフ――」

 後ろから名前を呼ばれて、彼女の髪がまたぴょんと跳ねた。
 彼女が振り返ると同時に、アディンたちも視線を向ける。

 祓い師だった。
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