第五章:メレッド

「あっ、いて、痛ててて」

 テヴァの呻き声で、カナフは目を覚ます。

「あ、ぐ、クッソ」
「ちょっと……大丈夫?」

 心配になって近づくと、テヴァは手で大丈夫だと合図を送る。
 シャルヘヴェットから先に部屋を取っておくよう指示をされた二人は、馬車で隣町まで向かい、大部屋の端と端のベッドで横になり体を休めていた。
 大抵の傷は余程のことがない限り舐めときゃ治るんだと放置する男なので、これだけもがいているということはかなり深い傷だろうと、カナフは余計に心配になった。
 それもそのはずだ。
 魔物を切ったあの時、彼は脇目も振らずに走っていたが、たしかに何度か刃を食らっていた。

「大丈夫、大丈夫っ……ぐ、いい体勢が見つかんねぇだけ」

 体を転がす度に唸るテヴァを、カナフはさすがに心配が勝って手を貸しにいく。

「傷側を真上にした方が楽でしょ」

 テヴァの肩を引いて転がしてやると、テヴァは一層叫び声を上げた。

「痛でででで!おい、無理やり転がすんじゃねぇよ!あっ、痛ぅ〜」
「あ、ごめんなさい」
「……あ~、でもだいぶ楽かもしんねぇ」

 息を整えてカナフに背を向けた状態のまま、テヴァは手をヒラヒラとさせて礼を言う。

「サンキュな」
「何が放っておいても治るですかぁ。動くのも痛がってるのにまったく……」
「おま、小言を言うんじゃねぇよ」

 脇腹をさすって、テヴァは大きく息を吐いた。それから汗の滲んだ額を拭う。

「……」

 こちらを見ないままやり取りする背中が、カナフには少し落ち込んでいるように見えた。本当に放っておいてほしそうにも見える。
 勝手な思い込みかもしれないが……。

「あのさ」

 カナフは彼の大きな脇腹の傷を眺めて、申し訳なさそうに小声で言った。

「あの時、決断任せちゃってごめん」

 あの時というのが、魔物を葬った時だということは、テヴァもすぐに察しがついた。
 あえて避けていたために、ずっと心の隅に引っかかっていたからだ。

「動かなきゃって私も思ったのに、全然動けなかった。テヴァに呼ばれてなかったら私、何一つ……」
「おい、よせよ」

 彼女の後悔と謝罪の言葉に、テヴァは少し苛立ちも含んだ声で返した。

「俺だってあれで合ってるかわかってねえんだよ……」

 部屋からの去り際、あんな状況でもピウスはテヴァの気持ちを考えてくれたのだろう。
 罪悪感を抱かせないために「ありがとう」と、かえって素直に受け取れないような、優しい言葉をかけてくれたのだ。
 いっそのこと罵ってもらった方が、ストレートに自分のやったことを仕方がなかったと割り切れたかもしれないのに。

「合ってるよ……」

 カナフは壁に立てかけられたテヴァの剣に目をやって、自分にも言い聞かせるように頷いた。

「ああするしかなかったよ」
 
 ああするしかなくて、私にはできないって思ってしまって、動けなかったんだから。
 
「シャルへヴェット様が俺の親父を切ってなかったら、俺も多分、切れてねえよ。結局は、俺はあの人の決断に乗っかってるだけだ。……じゃあな、俺はもう寝る」

 テヴァは一息にそう吐くと、うっすら開けていた目を瞑る。
 その経験があったから切れたのだとして。
 彼は間違いなく英断をとったのだと、そんなことが言いたくて、しかし言葉にならず。カナフの口からは嘆息が漏れるのみだった。
 カナフはそのまま数分くらい、このままでは眠れない気がして傍のベッドに腰かけたままぼうっとしていたが、体調管理も責務だと律して立ち上がった。
 部屋の薄闇にそのまま消え入りそうな細い声で、カナフは眠りについたテヴァの背中にぽつりと呟く。

「ありがとう……ございます、テヴァ。普段はめちゃくちゃウザイけど、こういう時、従者が二人で良かったかもって思った」
「一言多いんだよ、バーカ」

 眠ったはずの背中から普段の調子で言い返されて、カナフは驚いた拍子にベッドの縁に足をぶつけた。

「痛ぁっ」

 大きな音がしたので無視もできず、テヴァが首だけ後ろに向けると、彼女はつま先を両手で抱えて跳ねていた。

「う~っ、そっちだって一言多いし!」
「何ぶつけてんだよ、だっせえの」
「はあ!?」

 無意識に大きな声が出て、カナフはそれが自分でおかしくなり、ふっと吹き出した。

「もうホントバカみたいなんですけどっ」

 いつもの調子に戻ったカナフに、テヴァも自然と笑顔になっていた。
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