第五章:メレッド

 地下を抜け、月明かりの元に戻る。
 ようやく彼女の傷がはっきりと見えたところで、アディンは我に返った。

「テ、テフィラー、ひっ、ひどい傷……!ごめん、ごめん僕のせいだっ」

 彼女はアディンをよろよろと建物の影に誘導すると、壁にもたれて座り込み、意識を朦朧とさせた。

(治癒魔法……!治癒魔法をかけないと!)

 アディンは震える指先で、テフィラーの背中に触れる。
 少し触れただけなのに、アディンの手はべっとりと赤く染まった。その生温かさに、思わず手を離したくなるほどに。

 早くなる鼓動を抑えるように意識するが、焦れば焦るほど逆の結果になるばかり。
 アディンは深呼吸すると、死に物狂いで治癒魔法をかけ始めた。

「止まって……!止まれ……!」

 傷口を塞ぎたいのに、どんどん血が溢れる。
 どうして。
 テフィラーは霞む意識の中で、アディンに言葉を発した。

「もう……短い命だと思う、から。今更いいの。組織を、裏切った時点で死ぬ気だったんだから」

 諦めの言葉など聞きたくはない。

「短いとか長いとか関係ない!テフィラーは死なせない!僕が、死なせたくない!」

 治れ!と何度も唱えながら、傷口を修復していく。
 魔力が乱れているのか、唱えるほどに全身から汗が湧き出てくる。呼吸も荒くなり、視界も悪い。

(ダメだよ、死んじゃ嫌だ……!)

 ぼろぼろと涙が溢れた。
 諦めないで!と叫び、必死に魔法をかけ続ける。
 温かい光がテフィラーを包み込むが、その代償にアディンの視界がくらりとしてきた。
 それでもむせび泣きながら、意識を飛ばさないように片手で壁を掴み耐える。
 息を弾ませながらアディンは名を呼ぶ。

「テフィラー……!」
「う……」

 だんだんと傷は塞がってきたかのように思えたが、絞り出さないと返事すらできないほどに彼女は苦しんでいた。

 なんで!?
 原因は何だ――!?

 考えようとするほど、思考が遠のいた。
 どこが痛いのか、何が傷ついているのか、治癒魔法を唱え続けるがテフィラーは一向によくならない。

(どうしよう、わからない……!)

 違う!違う!呼吸を乱して顔を真っ赤にして、苦しそうに魔法を唱えるアディンに、テフィラーは優しく手を添える。

「も、十分よ……もう十分、だから」
「ダメだってば!」

 ぼたぼたと流れる、汗か涙が分からないものが手元に溢れる。
 目がチカチカとしてきたが、そんなものに気を取られている暇はなかった。

――その時、アディンの肩に手がかけられた。

「治癒魔法中は必ず落ち着いて、客観的視点で!」

 声とともに、アディンの顔に布が押し付けられる。と、同時に肩から温かい魔力が流れ込んでくるのを感じた。

「止血は終わってます。次は?」

 目をやると、シャルヘヴェットが駆けつけていた。彼は問いながら、アディンの涙まみれの顔を、押し付けていた上着で拭った。
 その姿がわかって、テフィラーは、ピウスのことを彼に伝えようと口を開く。

「シャル、ヘヴェット……」
「テフィラー、話は後です。今はアディンの治癒を黙って受けてください」

 痛みに顔を歪めながら、テフィラーは小さく頷いた。

「魔法は供給量を乱さない。常に一定の力で。感情的に使ったらいけません。習いましたね?」

 落ち着いた声が耳元で繰り返され、アディンはだんだんと平常心を取り戻す。
 それでも涙は溢れるが、ぐっと堪えながら傷周辺の原因を探る。
 内臓の損傷か。

「……テフィラーごめん、ここ痛む?」

 アディンが患部を押すと、彼女は苦悶の表情でええ、と答えた。
 それなら……。
 意識を集中させる。
 どのくらいの魔力が、体から流れて出ているかはわからない。シャルヘヴェットが分けてくれているはずだが、一点を見つめたくても視界がぐらぐらとする。

「……しっかりしないと」と独り言を唱えるが、集中させたい意識は、アディンの意に反してぼやけようとした。

 傷は視えている・・・・・のだ。ダメだ、遠ざかるな。
 嫌だ!
 ダメ、落ち着いて。
 目が回る。呼吸のリズムがわからなくなる。
 どうしよう……。

(お願いします、テフィラーを助けて……!)

 なにに願ったのか。すがる気持ちでぎゅっと目を閉じる。
 その願いに、

『なんて不器用な子。ほら、肩の力を抜いてごらんなさい』

 柔らかな声が、しかし、聞き覚えのある声が応えた。
14/15ページ
スキ