第五章:メレッド

 ブティードゥートは足を凍らされかけたところでテフィラーの氷魔法だと気づき、氷柱を免れると叫んだ。

「裏切る気かい!?」
「無効化が解除されるのは三分間だけよ!氷が溶ける前に廊下こっちに!」

 テフィラーはブディードゥートの言葉を無視して皆にそう告げると、素早い氷の刃をブディードゥートに向かって放つ。

「テフィラー!どういうつもりだっ。無効化の制御室で協力してるやつはどこのどいつだ!」

 一同が廊下に撤退するのを確認しながら、テフィラーは不敵に笑みを浮かべる。

「ごめんなさい、ボス。私ちゃんと自分の頭で考えることにしたの」
「何を言って……」
メレッドここから出るために協力を頼んだわ。あなたの大嫌いな紫眼クリファに」
「はァ……!?」

 じわじわと状況を理解してきて、ブディードゥートはその細い目を、目玉が落ちてしまうほどに大きく開いた。額にはメキメキと青筋が走る。
 テフィラーは最後に廊下に出ると、部屋の入口を氷の壁で覆った。
 その壁は内側から大剣でヒビを入れられるが、脆くなる都度、即時に再構築される。

「皆、今のうちに逃げて」
「テフィラーさん、敵になったわけじゃ……」

 カナフがぽそりと漏らすと、テフィラーは魔法を継続させながら険しい顔をする。

「ごめんなさい。私はあなたたちに酷いことをした」

 ミシミシと氷が音を立て、勢いよく崩れた。
 怖気ずくことなく、テフィラーは新たな壁を作り上げてブディードゥートの行手を阻む。

「詳しいことは後で必ず話すわ。とにかく今は逃げて!私も後からアディンを連れて追いかけるから」
「けど、このままじゃテフィラー様が危ないすよ!」

 テヴァが額から汗を流す彼女を心配し、首を振る。
 テフィラーが『アディン』と言ったのをピウスは聞き逃さなかった。

「アディンも来ているのか」

 はっとして、テフィラーはピウスの問いかけに無言で頷く。
 テフィラーの気まずそうな視線から、彼女もアディンと彼の関係を知っているのが伺えた。小さく、そうかとだけピウスは発する。
 それからピウスはちらりと氷の壁を目すると、落ち着いた様子でテフィラーと氷壁の間へ立ち入るようにして彼女を後ろに下がらせた。
 それと同時に魔法を唱えると、たちまち巨大な魔法の暴風壁が氷に代わってそびえ立つ。厚みも強度も安定した高度な魔法だということが、間近で見上げたテフィラーにはわかった。

「君の魔法は良くない方法を使っているようだ。私が代わろう」

 テフィラーが戸惑いの表情を見せると、後ろからシャルへヴェットが声を上げた。

「ピウスさん!あなただってさっきから魔法を使い続けて、魔力切れ寸前のはずです!俺が……」
「いいんだシャル、私はまだ大丈夫。君はもしものために魔力を温存しておきなさい。それに、君たちでは・・・・・きっと、あの女を殺すことはしないだろうから」

 彼は早く行くようにテフィラーの背中を優しく押した。
 テフィラーが躊躇いながらもその場を離れると、ツェルが行くわよ!と合図して皆は駆け出す。
 ピウスがその様子を確かめたとき、テヴァはやっと彼と目が合って立ち止まった。

「おっさん、その――」
「ありがとう」

 ピウスはそう言って、テヴァの出かけた謝罪を遮った。

「私には、もうどうすることもできなかったんだ。君のおかげで救われた。私もイマも、それにシャルも、だ」

 目を見開き、テヴァはそんな大業は成しえていないと否定しようとして、その言葉は違うと口をつぐむ。
 それをわかっていると言うように、ピウスは頷いた。

「さあ、急ぐんだ」

 テヴァは深く礼をするとその場から走り出す。
 自らはその場から動かないピウスに、シャルへヴェットは呼びかけた。

「ピウスさん、必ずあなたも……」
「シャル!」

 曲がり角からこちらを心配そうに見やる彼の名を呼んで、ピウスは微笑んだ。

「会えて、本当にうれしかった。アディンのことをよろしく頼むよ」

 最後の会話のようなことを言うピウスに、シャルへヴェットは訴えかける。

「あなたも逃げてください!」

 その言葉に、ピウスは返答を示さなかった。

「……大丈夫、君のやろうとしていることは間違っていない。どうか、最後まで貫いてくれ」

 ピウスは笑顔を浮かべそう言い切ると、背を向けて魔法に集中する。
 アディンのことを巻き込んでしまっているのは俺なのに。
 シャルへヴェットは歯を食いしばると、「必ず」と返してテフィラーたちの後を追った。

 シャルへヴェットに対して最後に投げかけられた微笑みは、あの頃・・・と同じ、優しく包み込んでくれるような――心地の良い笑みだった。
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