第五章:メレッド

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「カナフ……!?」

 青い瞳に少し癖のある金色の髪。綺麗よりも可愛いといった顔つきは彼女そのものだった。
 ぞわっとした冷たい感覚が背中を逆撫でして、アディンは思わず半歩退く。

「ええ。本当の優秀で可愛いカナフちゃんは、私」

 にっこりとしたその顔は、普段見せるカナフのそれだ。

「まさか、あなたが試験体の……」

 テフィラーの言葉に、ツェルはくすりとして口元を抑えた。

「怪我して使えなくなっちゃった私も私なのよ?でも、私の劣化が今もシャルヘヴェット様の隣で使えない頭動かしてんのが、すっごく腹立つ」

 どういうことだ?アディンは戸惑いながら彼女の顔をじっと見つめた。
 ツェルはアディンと目が合うと、まずは笑いかけてから状況を教えてやる。

「つまりね、元々シャルヘヴェット様の従者で、三年前に大怪我したのが私。で、その時の私を元に実験的に造られたのが、今アディンくんが『カナフ』って呼んでる女。記憶喪失じゃなくて、アイツにははなから記憶なんてないのよぅ」
「つ、造られたって……」
「シャルヘヴェット様を複製した魔導兵器あるでしょ?あれ。多分シャルへヴェット様を複製するのが本命で、私は事前実験に利用されたってとこじゃない?私は教会にいないものにされた。コピーとすり替えられたの」

 あまりに突然に事実を明かされ、アディンは頭の処理が追いつかなかった。
 カナフは魔導兵器で複製された人間……?
 かつてシャルヘヴェットと共に従者として過ごしていたのは、今のカナフではなかった――。
 アディンが背を丸くして下を向く様子を見て、ツェルは黙ったまま考えさせる時間をくれたようだった。
 ツェルが何かあると都度、助けてくれると思っていたが、彼女が助けようとしていたのは――。

「じゃあ、ツェルはシャルを助けるために……。でも、正体は明かせないから、こうやって協力してたってことなの……?」
「協力なんて、大層なことはしてないわよ。私が司教を、司教を裏で操ってたメレッドを憎んだだけ。私の居場所を奪ったこいつらをね」

 くいと顎でテフィラーを示すと、ツェルは一瞬寂しそうに目を閉じた。
 テフィラーは言葉を詰まらせながら、ツェルに問いかける。

「教会に無理やりにでも戻れなかったの」
「は?……言ったでしょ、私は大怪我してたのよ。体が治った頃にはシャルヘヴェット様の隣にはアイツがいた。
 バカ正直に話してもシャルヘヴェット様を困らせるだけだもん。あそこに居られないのなら、私は教会に所属する理由なんてないんだから」

 彼女がシャルヘヴェットのことを慕う気持ちは、いま聞いた事だけでも十二分に伝わった。それに、ここまでの入念な下調べや、体を張った協力体制を考えればそれがどれほどのものなのかが理解できる。
 当時の彼女が身を引くことを決意した時の思いは、計り知れない。

「ツェル……」
「ま、アディンくんに迷惑をかけたくないならついて行ってあげることね!自分の意志で」

 声を被せて、ツェルはアディンの言葉を塞いだ。
 彼女はテフィラーを指さして、また顔に似つかない低い声で言い放つ。

「……そうじゃないなら、とっとと魔法でも何でも使って勝手にくたばればいいわ。じゃあ、私はやることやったし消えるから」

 再びフードを深く引っ張って、ツェルは背を向けた。唐突に消えるなどと言うので、アディンは「えっ」とだけ、また状況についていけないが故の情けない声を出す。
 今ここにアディン一人置いていっても問題ないとツェルは判断したようだ。
 元の生活に戻るかここで捕まるかの二択がアディンに投げられたことで、もう後は、アディンの決断に任せるつもりなのかもしれない。
 恐らく彼女はシャルヘヴェットらの手助けに向かうつもりだろう。

 その時、テフィラーのポケットの魔導通知機が大きな音を鳴らした。

「……第一実験室に侵入者?」

 テフィラーは顔を上げ、アディンに質問した。

「もしかして、シャルヘヴェットたちも来ているの?」
「ボスと話をしに来たんだ」

 テフィラーはそれを聞いて首を振った。

「それは無茶よ……!ボスは血の気が多くて話が通じない。それに、あの人は強化魔法のような効果をもたらす、筋増強薬を飲んでるの。第一実験室は魔法が使えない部屋だわ、危ない」

 それを聞いて、ツェルはすぐに部屋を飛び出した。
 咄嗟に後に続こうとして踏み止まる。
 開いたままの扉から、アディンはもう一度テフィラーに視線を移すと手を伸ばした。

「テフィラー……!」

 アディンは彼女に懇願した。

「僕と一緒に来て!」
「……!」

 正面から向き合った彼女の目は、戸惑いと不安に揺れていた。
 テフィラーにそんなつらい過去があったなんて、知りもしなかった。
 故郷のティファレト都の話をした時だって、その事を思い出して苦しかったかもしれない。
 魔法を見せてくれた時だって、本当は辛かったかもしれない。

 そんな中で、彼女が命令だとしても自分を助け、守ろうとしてくれた行動の中に、きっと優しさの部分は存在していたはずだ。
 それが単に都合のいい解釈なだけだったとしても、ここでテフィラーの手をつかまない選択肢は、アディンにはなかった。

「僕は世間知らずで、魔法も剣も銃も使えない弱いやつだから」

 アディンは、ぐっと、めいっぱいにテフィラーに手を伸ばす。

「テフィラーの力を貸してください!」

 いちばん最初にツェルの銃弾から守るためにアディンの手を引いてくれたのは、テフィラーだった。
 あの手が、僕を外の世界に連れ出してくれたんだ。

 しなやかさの欠けらも無い、力強く一直線に伸びる手。

 その屈託のない、まだ清らかな手に、テフィラーは恐怖すら感じていた。
 両親に薬を飲まされてから、町を焼いたと疑われてから、テフィラーは人を信じられなかった。
 しかしメレッドなら、言うことを聞いてさえいれば身の安全は守られる。
 そうして置いてもらってきた場所を裏切ること。
 それから他の人をまた信じなくてはならないことが、怖くてたまらない。

 それに、ここにはアディンの探している人物がいることを、テフィラーは知っていたのだ。
 これこそが、アディンについておくべき最大の嘘であり
「アディン……」
 その嘘を持ってして、信頼を得ることは不可能な人物だった。

 ぎゅっと拳を握り、彼女はアディンの顔を伺った。

「今からここで辛いことがあっても、耐え抜いてくれる?」
「辛いこと……」

 もう確定しているような辛い未来を、今ならまだ選ばずに済むのだと、それでもその手を伸ばすのかと、最後の忠告をされている。

「うん、約束するよ」

 ここで手を引っ込めた方が、後悔するに決まっていた。

 それなら。
 テフィラーは、アディンの動かぬ意志に全てを託すことにした。

「第一実験室の魔法無効化を解いて、私が魔法で応戦するわ。制御室のスイッチを起動させると、三分の間、魔法無効化が解除されるの」

 そう言いながら、テフィラーは握っていた拳をゆっくり解いて持ち上げる。

「制御室から実験室までは、走っても三分じゃ辿り着けない構造になっていて。だから……あなたにスイッチの起動を頼みたい」

 持ち上がりきらないテフィラーの手を、アディンはすかさず引き寄せた。 
 テフィラーはその手に込められた力に、思いがけず顔を見やる。
 アディンの表情は明るく、しかし不安も恐怖もすべてを押し込んだ強い瞳をしていた。

「うん、僕がやることを詳しく教えて」

 テフィラーは頷くと、こっち!と廊下へ駆け出した。
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