第五章:メレッド
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扉を開けた先は、ガラス張りの棚にファイルや本が並ぶ資料室のような場所だった。
彼女・テフィラーは、咄嗟に開いた扉に反応してから、アディンたちの姿を見、手にしていた資料をばさばさと落下させた。
「ア……アディン……!」
唇を震わせて彼女は一歩後ずさる。
「……テフィラー。理由もなしに僕はテフィラーのこと恨めないよ」
なぜここにいるかなどは、もはや彼女は気にしていないようだった。
再び正面から顔を合わせることは、もうないだろうと思っていたからだ。
アディンはやっと目の前に現れたテフィラーに、急いで詰め寄った。
「どうして、どうしてずっと嘘をついて一緒にいたの!?テフィラーの目的はなんだったの?なんで、騙すつもりならあんなに優しくしたの……」
「……」
開口一番にまくし立てられ、テフィラーは少し返答に迷ってから首を振る。
「……優しいのは、私じゃなくてあなたの方だわ。私は適当に合わせて流すつもりだった」
「どういうこと?」
目を伏せて、アディンの質問に答えるべく彼女は平静を保ったまま続けた。
「本来、あなたを生きたままここに連れてくることが目的だったのに……。シャルへヴェットに遭遇したところで計画が狂ったわ。でも、紫眼 や彼らの動きの情報を得られるチャンスだと思って、詮索することにした」
淡々と、当時のことを振り返りながら、彼女の計画が紐解かれていく。
「でもそうしているうちに、私の気が変わってしまったの」
ぎゅっと袖の端をつまんで、彼女は言い淀む。
口を開こうとしたアディンを遮って、テフィラーは低いトーンで言葉を発した。
「どうして診療所に送り届けた時、そこで終わりにしなかったのよ」
「え……?」
「っ……どうして足を怪我させて動けなくしたのに、こんなところまで追いかけてきてるの!?」
声を荒らげたテフィラーに、アディンは思わず怯んでしまう。
「大人しくしてくれていれば……」
ため息混じりに落胆する彼女に、アディンは困惑した。予想をしていない回答だったのだ。
彼女の望みは一体……。
「テ、テフィラーとちゃんと話がしたかったんだよ。僕はテフィラーにたくさん助けてもらってたから、理由も聞けずに別れたままは嫌だった!」
「そうよね、あなたはそういう人だった」
とアディンの言動を納得したかのように、テフィラーは呆れにも似た笑みをこぼしてまた首を振った。
「助けたんじゃないわ。生きてここに連れてくるために、傷つけないようにしてただけ。最初から私が外に連れ出さなければ、危険にさらされることもなかった。そうでしょう?」
「で、でも。結局連れては来なかった」
テフィラーは、即座に跳ね返してくるアディンの返答に黙り込む。
ツェルはその間も彼女を警戒し、張り詰めた空気が部屋を覆う。
アディンはテフィラーの顔を覗き込むように、少し身をかがめて問うた。
「なんで……?」
「なんでもよ」
今度はテフィラーがラリーを叩き割る勢いで、冷たく返す。
なんでもなんて、いい加減な答えを飲み込めるわけがない。
一向に目を合わせてくれないテフィラーに、アディンはずんずんと距離を詰めると
「教えてよ」
と、まっすぐに問うた。
多分、いつもならこんなにストレートなお願いなどできない。嫌じゃなかったら教えて欲しいくらいに留めただろう。
しかし、今はそれでは気が済まなかった。
心のどこかで、これは彼女の本心ではないと、そう確定して欲しいと渇望している。
じっと向き合い、どちらも一言も発さぬまま時が流れた。
長い沈黙が、小さな資料室を支配する。
いつまでも動かぬ両者に、ついにツェルが痺れを切らして横槍を入れた。
「全部黙ってやり過ごす気かもしれないけど、放火事件のことも周知されてるわよぅ?」
「……!」
声が出かけて言葉にならず、強固だったテフィラーのポーカーフェイスががらりと崩れた。
泳ぐ目は、ツェルのこともアディンのことも捕らえていない。
いくらなんでもツェルはストレートにぶつけすぎだと焦ったが、状況を打開するにはそうすることが最も効果的なのだということも理解できた。
「あんたが町を燃やしたのも、メレッドの指示だったわけ?」
「ち、違……」
「違うよね」
狼狽えるテフィラーを助けるようなアディンの否定に、ツェルは意外そうにわずかに眉を上げる。
「テフィラーが得意なのは氷の魔法だもん。僕、少し魔法の勉強したんだ。町を焼くほどの大きな火なんて、氷魔法が得意な人が唱えられるはずがない……そうだよね?」
「……」
アディンの発した理由に驚きを見せながらも、テフィラーは観念した様子で呟いた。
「……妹がいたの」
袖をまた微かに握って、テフィラーは続けた。
「生きていれば丁度アディンくらいの。活発な子だった」
「妹……」
いた、という過去形で語られるそれは、テフィラーの肩に重たくのしかかった呪いのようなものだった。
ぽつりぽつりと、彼女は言葉を紡ぐ。
「私の両親は、メレッド で魔力増強剤の研究をしていたわ。それで、どうしても成果を試したかったみたい。どのくらい効果があるのか、副作用はいか程か。子供でも、その力に耐えうることができるのか」
子供でも……。
「私たちは食事に仕込まれた薬に気づかずに、それを摂ってしまった」
「え……!」
魔力増強剤――カナフが言っていた、流通していない、危険かもしれない薬のことだ。
アディンは思い返して唾を飲む。
「私は問題なかったけれど、まだ小さかった妹は魔法が暴走してしまった。まず家が一瞬にして燃えた。
魔力増強剤は寿命を魔力に変えるみたい。残された寿命が多かったからだと思うけれど、あの子の暴走は止まらなくて、最終的に町全体を燃やしたわ」
魔法の基本書は一通り読み込んだつもりだったが、
「寿命、を?」
このことについては微塵も目にした記憶はない。
魔法とは空気を濁らせるだけではなく、使い方によって寿命をも蝕むようなものなのか?
一瞬にして燃えた。一夜にして町が焼失した事件……。
感情を抑えて話すテフィラーだが、その体はわずかに震えているように見えた。
「私は幸い、得意魔法が氷だったから、氷の壁で身を守り続けることによって生きてられた。でも、寿命を失ったあの子は、魔法を使い果たしてそのまま……」
「そん、な……」
「生き残った町人からは私が町を焼いたのだと疑われて、私は殺される前に逃げなくちゃと思ったの。あの子が、『私の分も生きて』と言ったから……」
最後の言葉が、彼女の顔を苦々しく歪ませた。
こんなこと、誰が予想できようか。
壮絶な彼女の過去に、アディンは唖然として動けず、追い詰めに出たツェルでさえも複雑な表情を浮かべていた。
「メレッドは、私を生かしてくれる場所だから所属してるだけ。別に紫眼 に恨みも妬みもないの。アディンがまたあの診療所でひっそりと暮らしてくれていれば、私はまたあなたを狙わずに済んだのに。それだけよ」
「そ……それは、テフィラーが僕の居場所を知った上で、黙っておいてくれたってこと?」
「そうするつもりだったわ」
それに、と彼女は加える。
「あなたがここに来たら、きっと悲しい思いをする」
何かを思うように、テフィラーはちらりと左の方を見た。
それからやっとアディンの方を見やって、握っていた袖を離す。
「最後のチャンスをあげる。今から診療所に戻って、元の生活をして。そしたら見逃すわ。お互いそれが心を痛めずに済む方法だと思う」
元の生活。
アディンは眉をひそめた。元の生活なんて、外の世界を知った後で戻れるわけがない。
まだやらなきゃいけないことがたくさんある。少なくとも、今の自分には戻ることはできない。
今ここでテフィラーが魔法でも使ってくれば、簡単に捕らえられてしまうだろう。紛れもなくチャンスだ。しかし……。
「心は痛いよ。もうとっくに……」
テフィラーが突然いなくなってしまった日から。
アディンはぽっかり空いた穴のようなものを、気にしないようにずっと目を逸らそうと必死だった。
怪我をしていなかったら、心の方が病んでいたかもしれない。
「テフィラーが居場所がなくて仕方なくメレッドにいるのなら、僕たちと一緒に行こうよ」
敵対する理由がないのなら、こういう選択もありだと思った。
いや、この手を取って欲しいと願った。
お願い……。
アディンの提案にテフィラーは微かに髪を揺らし、だから優しすぎるって言ってるのよ、と小さく呟いて言った。
「……どこに?もう、ここから逃げられるはずないのよ。それに、私が投薬を受けてからもう十年。その間にも、メレッド で色々な魔法を使ってきたわ。
今更どこかに行こうったって、増強剤で魔法を使ってきた体はもうきっとボロボロだわ。下手に抗って周りを巻き込むくらいなら、ここで静かに死ぬ方がマシよ」
再び俯く彼女を、アディンの後ろから声が刺した。
「……随分、弱気なこと言うじゃなぁい?」
ツェルのその声は、明らかに苛立ちを含んでいる。
アディンはその声の重たさに驚いて振り向いたが、彼女の表情はフードで隠れて見えなかった。
テフィラーの視線も彼女に移る。
ツェルの顔は確かに見えなかったはずだが、間違いなく『睨んで』いる。
「意志もなく動かされてるだけの奴って、見ていてイライラすんのよ。消去法みたいな選択ばっかりして、責任逃れしているだけじゃない」
ツェルの声が、また一段階鋭くなる。
「生きていられればいいのなら、もっと他人に迷惑かけない場所で生きればいいだけじゃない。何が心を痛めない方法よ。この期に及んでよくまぁそんなこと、いけしゃあしゃあと言えるわね」
正論だけならまだ飲み込めるが、悪意もこもったそれにテフィラーは眉を寄せる。
「……あなたには関係のないことじゃない」
「関係ない?ハッ」
ツェルはその言葉を笑い飛ばした。
「あんたたちのふざけた計画で、狂わされた人間だっているってのに」
テフィラーだけでなく、アディンもその発言が理解できずに言葉を返せない。
だがそれも、すぐに明らかになった。
ゆっくりと、ツェルが顔を隠していた黒いフードを剥がした。
ずっと声だけでイメージしていた彼女の素顔を、初めて見た。はずだった。
両サイドに結われた金髪と、くりくりした空色の目。幼げな顔立ちに、黒一色の服装はあまりに不釣り合いだ。
その顔を、アディンはよく知っていた。無論、テフィラーも。
「カナフ……!?」
憎しみの情を顕わにしていたが、その顔は、カナフと瓜二つだったのだ。
扉を開けた先は、ガラス張りの棚にファイルや本が並ぶ資料室のような場所だった。
彼女・テフィラーは、咄嗟に開いた扉に反応してから、アディンたちの姿を見、手にしていた資料をばさばさと落下させた。
「ア……アディン……!」
唇を震わせて彼女は一歩後ずさる。
「……テフィラー。理由もなしに僕はテフィラーのこと恨めないよ」
なぜここにいるかなどは、もはや彼女は気にしていないようだった。
再び正面から顔を合わせることは、もうないだろうと思っていたからだ。
アディンはやっと目の前に現れたテフィラーに、急いで詰め寄った。
「どうして、どうしてずっと嘘をついて一緒にいたの!?テフィラーの目的はなんだったの?なんで、騙すつもりならあんなに優しくしたの……」
「……」
開口一番にまくし立てられ、テフィラーは少し返答に迷ってから首を振る。
「……優しいのは、私じゃなくてあなたの方だわ。私は適当に合わせて流すつもりだった」
「どういうこと?」
目を伏せて、アディンの質問に答えるべく彼女は平静を保ったまま続けた。
「本来、あなたを生きたままここに連れてくることが目的だったのに……。シャルへヴェットに遭遇したところで計画が狂ったわ。でも、
淡々と、当時のことを振り返りながら、彼女の計画が紐解かれていく。
「でもそうしているうちに、私の気が変わってしまったの」
ぎゅっと袖の端をつまんで、彼女は言い淀む。
口を開こうとしたアディンを遮って、テフィラーは低いトーンで言葉を発した。
「どうして診療所に送り届けた時、そこで終わりにしなかったのよ」
「え……?」
「っ……どうして足を怪我させて動けなくしたのに、こんなところまで追いかけてきてるの!?」
声を荒らげたテフィラーに、アディンは思わず怯んでしまう。
「大人しくしてくれていれば……」
ため息混じりに落胆する彼女に、アディンは困惑した。予想をしていない回答だったのだ。
彼女の望みは一体……。
「テ、テフィラーとちゃんと話がしたかったんだよ。僕はテフィラーにたくさん助けてもらってたから、理由も聞けずに別れたままは嫌だった!」
「そうよね、あなたはそういう人だった」
とアディンの言動を納得したかのように、テフィラーは呆れにも似た笑みをこぼしてまた首を振った。
「助けたんじゃないわ。生きてここに連れてくるために、傷つけないようにしてただけ。最初から私が外に連れ出さなければ、危険にさらされることもなかった。そうでしょう?」
「で、でも。結局連れては来なかった」
テフィラーは、即座に跳ね返してくるアディンの返答に黙り込む。
ツェルはその間も彼女を警戒し、張り詰めた空気が部屋を覆う。
アディンはテフィラーの顔を覗き込むように、少し身をかがめて問うた。
「なんで……?」
「なんでもよ」
今度はテフィラーがラリーを叩き割る勢いで、冷たく返す。
なんでもなんて、いい加減な答えを飲み込めるわけがない。
一向に目を合わせてくれないテフィラーに、アディンはずんずんと距離を詰めると
「教えてよ」
と、まっすぐに問うた。
多分、いつもならこんなにストレートなお願いなどできない。嫌じゃなかったら教えて欲しいくらいに留めただろう。
しかし、今はそれでは気が済まなかった。
心のどこかで、これは彼女の本心ではないと、そう確定して欲しいと渇望している。
じっと向き合い、どちらも一言も発さぬまま時が流れた。
長い沈黙が、小さな資料室を支配する。
いつまでも動かぬ両者に、ついにツェルが痺れを切らして横槍を入れた。
「全部黙ってやり過ごす気かもしれないけど、放火事件のことも周知されてるわよぅ?」
「……!」
声が出かけて言葉にならず、強固だったテフィラーのポーカーフェイスががらりと崩れた。
泳ぐ目は、ツェルのこともアディンのことも捕らえていない。
いくらなんでもツェルはストレートにぶつけすぎだと焦ったが、状況を打開するにはそうすることが最も効果的なのだということも理解できた。
「あんたが町を燃やしたのも、メレッドの指示だったわけ?」
「ち、違……」
「違うよね」
狼狽えるテフィラーを助けるようなアディンの否定に、ツェルは意外そうにわずかに眉を上げる。
「テフィラーが得意なのは氷の魔法だもん。僕、少し魔法の勉強したんだ。町を焼くほどの大きな火なんて、氷魔法が得意な人が唱えられるはずがない……そうだよね?」
「……」
アディンの発した理由に驚きを見せながらも、テフィラーは観念した様子で呟いた。
「……妹がいたの」
袖をまた微かに握って、テフィラーは続けた。
「生きていれば丁度アディンくらいの。活発な子だった」
「妹……」
いた、という過去形で語られるそれは、テフィラーの肩に重たくのしかかった呪いのようなものだった。
ぽつりぽつりと、彼女は言葉を紡ぐ。
「私の両親は、
子供でも……。
「私たちは食事に仕込まれた薬に気づかずに、それを摂ってしまった」
「え……!」
魔力増強剤――カナフが言っていた、流通していない、危険かもしれない薬のことだ。
アディンは思い返して唾を飲む。
「私は問題なかったけれど、まだ小さかった妹は魔法が暴走してしまった。まず家が一瞬にして燃えた。
魔力増強剤は寿命を魔力に変えるみたい。残された寿命が多かったからだと思うけれど、あの子の暴走は止まらなくて、最終的に町全体を燃やしたわ」
魔法の基本書は一通り読み込んだつもりだったが、
「寿命、を?」
このことについては微塵も目にした記憶はない。
魔法とは空気を濁らせるだけではなく、使い方によって寿命をも蝕むようなものなのか?
一瞬にして燃えた。一夜にして町が焼失した事件……。
感情を抑えて話すテフィラーだが、その体はわずかに震えているように見えた。
「私は幸い、得意魔法が氷だったから、氷の壁で身を守り続けることによって生きてられた。でも、寿命を失ったあの子は、魔法を使い果たしてそのまま……」
「そん、な……」
「生き残った町人からは私が町を焼いたのだと疑われて、私は殺される前に逃げなくちゃと思ったの。あの子が、『私の分も生きて』と言ったから……」
最後の言葉が、彼女の顔を苦々しく歪ませた。
こんなこと、誰が予想できようか。
壮絶な彼女の過去に、アディンは唖然として動けず、追い詰めに出たツェルでさえも複雑な表情を浮かべていた。
「メレッドは、私を生かしてくれる場所だから所属してるだけ。別に
「そ……それは、テフィラーが僕の居場所を知った上で、黙っておいてくれたってこと?」
「そうするつもりだったわ」
それに、と彼女は加える。
「あなたがここに来たら、きっと悲しい思いをする」
何かを思うように、テフィラーはちらりと左の方を見た。
それからやっとアディンの方を見やって、握っていた袖を離す。
「最後のチャンスをあげる。今から診療所に戻って、元の生活をして。そしたら見逃すわ。お互いそれが心を痛めずに済む方法だと思う」
元の生活。
アディンは眉をひそめた。元の生活なんて、外の世界を知った後で戻れるわけがない。
まだやらなきゃいけないことがたくさんある。少なくとも、今の自分には戻ることはできない。
今ここでテフィラーが魔法でも使ってくれば、簡単に捕らえられてしまうだろう。紛れもなくチャンスだ。しかし……。
「心は痛いよ。もうとっくに……」
テフィラーが突然いなくなってしまった日から。
アディンはぽっかり空いた穴のようなものを、気にしないようにずっと目を逸らそうと必死だった。
怪我をしていなかったら、心の方が病んでいたかもしれない。
「テフィラーが居場所がなくて仕方なくメレッドにいるのなら、僕たちと一緒に行こうよ」
敵対する理由がないのなら、こういう選択もありだと思った。
いや、この手を取って欲しいと願った。
お願い……。
アディンの提案にテフィラーは微かに髪を揺らし、だから優しすぎるって言ってるのよ、と小さく呟いて言った。
「……どこに?もう、ここから逃げられるはずないのよ。それに、私が投薬を受けてからもう十年。その間にも、
今更どこかに行こうったって、増強剤で魔法を使ってきた体はもうきっとボロボロだわ。下手に抗って周りを巻き込むくらいなら、ここで静かに死ぬ方がマシよ」
再び俯く彼女を、アディンの後ろから声が刺した。
「……随分、弱気なこと言うじゃなぁい?」
ツェルのその声は、明らかに苛立ちを含んでいる。
アディンはその声の重たさに驚いて振り向いたが、彼女の表情はフードで隠れて見えなかった。
テフィラーの視線も彼女に移る。
ツェルの顔は確かに見えなかったはずだが、間違いなく『睨んで』いる。
「意志もなく動かされてるだけの奴って、見ていてイライラすんのよ。消去法みたいな選択ばっかりして、責任逃れしているだけじゃない」
ツェルの声が、また一段階鋭くなる。
「生きていられればいいのなら、もっと他人に迷惑かけない場所で生きればいいだけじゃない。何が心を痛めない方法よ。この期に及んでよくまぁそんなこと、いけしゃあしゃあと言えるわね」
正論だけならまだ飲み込めるが、悪意もこもったそれにテフィラーは眉を寄せる。
「……あなたには関係のないことじゃない」
「関係ない?ハッ」
ツェルはその言葉を笑い飛ばした。
「あんたたちのふざけた計画で、狂わされた人間だっているってのに」
テフィラーだけでなく、アディンもその発言が理解できずに言葉を返せない。
だがそれも、すぐに明らかになった。
ゆっくりと、ツェルが顔を隠していた黒いフードを剥がした。
ずっと声だけでイメージしていた彼女の素顔を、初めて見た。はずだった。
両サイドに結われた金髪と、くりくりした空色の目。幼げな顔立ちに、黒一色の服装はあまりに不釣り合いだ。
その顔を、アディンはよく知っていた。無論、テフィラーも。
「カナフ……!?」
憎しみの情を顕わにしていたが、その顔は、カナフと瓜二つだったのだ。