第五章:メレッド

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 左の方向は実験部屋が並んでいて、ドアの前には番号が振られていた。
 カナフは帰り道を把握するためにその番号を時々メモし、後ろを警戒する。

「どこ目指して歩いてんすか」

 シャルヘヴェットの後ろを着いて歩きながらテヴァが耳元で問う。

「明らかなボスらしい部屋があればそこに。このまま最奥まで行ってみましょう」

 小声で返して、シャルヘヴェットは実験室の壁に空いた小窓に、片目を押し付けた。

「とくに使われてはいなそうですね……」

 先程から続く実験部屋はどこも中が空だった。

「ここの奴ら、皆、顔を把握し合ってるんすかね?身ぐるみ奪った方が身バレしなくて安全じゃないすか」
「安全かもしれませんが……できるだけ危害を加えたくはないんです。攻撃したら百パーセント敵になりますから」

 ちょうどその時、先の方から足音と話し声が聞こえてきた。

 ドキリと身構えた三人は、先程確認した無人の実験室のドアを引く。
 鍵はかかっていなかった。
 滑り込むようにしてそこに身を潜めると、声が通り過ぎるのを待ちながら、三人ともその会話に耳をそばだてた。

「あれはもう記録することないだろ?進展してるのか?」
「さあ……何かしらずっとやってはいるっぽいけど。でもいくら紫眼クリファでも無理でしょ、ゼロから作り出すのは」
「そもそも魔物化したら話も通じなくなるし、今大人しくしてるのが怖いくらいだよ」
「ねぇ。まあ、だいぶ時も経つし弱ってるのかな。餌もないし」
「魔物って何食うんだ?人襲ってくるくらいだし肉か……」

 若い二人の男性が、奥から歩いてきた様子だった。何かを記録しに行っていたようだ。

「行ってみますか?」

 カナフがシャルヘヴェットの方を伺うと、彼は小窓から外を確認してこくりと頷いた。
 三人は気を張り巡らせながら、さっきの若い男たちの来た方向へ一気に駆けた。
 ここが最奥だろうか。曲がったところの突き当たりに、大きな扉が構えていた。

「ここも魔法で鍵がかかっているんでしょうかっ……」

 用水路への入口に似たそれを見て、周りを探りながらカナフが困った顔で振り向く。

「ええ、扉に術式が込められているみたいですね。……嫌な術式だな」
「嫌なって、どういう事っすか?」

 シャルヘヴェット曰く、複数の式が組み合わさっており、それぞれの解を組み合わせることで最終式が導けるという……端的に言えば厄介な作りだと言う。

「カナフ、ここの下二行の解を求められますか?俺は上の方から解いていくので」
「わ、わかりました!やってみます」

 シャルヘヴェットが手をかざすと扉にかけられた術式が映し出される。カナフも幾分か魔法学には詳しいので、魔法は使えなくとも式は読めるのだ。
 それに対して全く読めないテヴァは、大量の文字の並びにうえ、と舌を出した。

 テヴァが角で見張りながら、二人は集中して術式を解く。
 数十行あるようなそれを黙々と計算していると、テヴァが遠くに人影があるのを見つけて声をかけた。

「やべ、こっちに来てるかもしれねっす!多分さっきのやつらだ」

 術式を解きながら二人はちらりと反応し、計算を急ぐ。

「カナフ、いけましたか」
「……ハイ!」

 数秒遅れてカナフが解を伝えると、シャルヘヴェットはそれらを組み合わせて最終解を導く。

「もう来るっす!」

 テヴァが二人の元に走ってくると、指先で文字を走らせていたシャルヘヴェットがヤケクソで扉に手をかざした。

「合ってろ!」

 ガコンと鈍い音を立て、分厚い扉が中心から左右に割れた。
 男らが曲がり角に差し掛かる直前で三人は扉の中に転がり込み、大きな机の影に身を忍ばせた。

「あれ、扉開けっ放しだったか?」
「お前、忘れ物してるくらいだから、鍵も閉め忘れたんじゃん」

 切れかけた息を抑えながら、三人は深く呼吸をしたいところをじっと耐える。
 男らは忘れ物とやらを手に取ると、また談笑しながら部屋を出ていった。

 鈍い音がして扉が閉まる。
 はー……と息をついて、皆顔を見合わせた。

「ここ、なんの部屋なんでしょう……」

 カナフが二人に顔を近づけて小声で言うと、目元だけ机からひょっこりと出して辺りを見渡す。
 すぐそばに柵が見えて、カナフは頭を引っ込める。

「何か閉じ込められていますっ」

 小声だが、硬い素材の壁がその声をも微かに反響させる。
 その声が柵もとい、檻の中に届いたのだろうか。中の何かが柵のそばに寄って来た音がした。

 足音は明らかに人のものだ。

「誰か……いるのか。強い魔力の匂いがする……」

 小さくかすれているが、男の声だった。
 三人はどきりとして体を強張らせた。
 一呼吸置いて、シャルへヴェットが二人に動かないよう手で合図すると立ち上がった。

「……」

 警戒した様子で檻の方を見やるシャルへヴェットの目に、一人の男が映った。
 向こうもこちらに気づいたが、先に口を開いたのはシャルへヴェットの方だった。

「なっ、どうして……!」

 目を大きく見開いて、彼は柵のところに駆け寄る。
 中の男は一瞬身構えたが、近付いてきたシャルへヴェットに焦点があった途端、柵を鷲掴みにした。

「まさか……シャル、なのか!?」

 瞳を震わせ唾を飲み込む。
 自身をシャルと呼んだこの男のことを、シャルへヴェットはよく知っていた。

「ピウスさん――……!」

 互いに見合わせる紫色の目が、彼らが同族であることを物語っていた。
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