第五章:メレッド
いよいよアディンの怪我に治癒魔法をかける時が訪れた。
プレッシャーにならないように、皆はあえて病室には来ないようにしてくれたので、変わらず師匠・マクシムと二人きりである。
魔法を教わり始めて四日目。
昨日は魔力の消費をなるべく抑えておこうか、というマクシムの提案で、後半はあまり魔法は使わず治癒魔法の使用例について話を聞いていた。
失敗例を聞いていると、使用者側の魔力切れが原因で二次被害が起こったり、受けた方が魔法過剰により筋肉を断裂したりなど、治癒魔法がかなり危険なものだとわかる。
マクシムはアディンの目の前に立ち、じっと足と魔力を観察した。
「まあ〜自分の体だから、かけすぎた時はわかると思うし。深刻に考えなくても大丈夫だよぉ」
かける勢いだけは気をつけてね、と緊張するアディンに彼女は笑いかける。
いざ本番という感じがして昨日からそわそわしていたが、アディン自身、不安より実は期待の方が大きい。
「ダメそうならすぐ止めてあげるし」
「ありがとうございます。心強いです」
こくりと頷いて、マクシムはアディンの前にそのまま片膝を着いてスタンバイした。
「よし!やってみよっか!」
アディンは大きく返事をし、そっと足元に手を添える。
静かな病室で大きく深呼吸すると、その空気は一層ピンと張りつめた。
「いきます」
そっと手の先に力を込める。
実際に魔法を使ううちに、魔力がふんわりと目視できるようになってきた。これが魔力だという確証はないのだが、自身と対象物の間に光が見えるのだ。
実際に光っているのかもわからない。目で見えているふうに錯覚しているのかもしれない。
淡い光がだんだんと大きくなり、安定する。
呼吸を忘れずに、ゆっくり、ゆっくり、を意識。
『治癒魔法中は必ず落ち着いて、客観的視点で』
と、講習中に何度もマクシムから呪文のように聞かされた。
だんだん余裕が生まれてくると、骨の繋がりや炎症がイメージできてくる。
足は固定されていて動かせないので、今動かすと痛いか否かはわからない。しかし明らかに軽くなる感覚があった。
(もう、大丈夫……かな?)
やりすぎた失敗例を聞いていたのもあって、アディンは余裕を持って魔法を止めた。
額から汗が流れて、一瞬視界がくらりと歪む。
一気に現実に引き戻され、先程まで見えていた魔力の光のようなものは少しも感じなくなる。
「おっと」
マクシムが、がくんと頭を揺らしたアディンを受け止めた。
「あ、ありがとうございます……な、治ったかな」
「見てみよー!」
ぱっと笑顔になって、マクシムは足を固定している包帯をくるくると巻き取る。
久々に現れた左足は、見た目だけでは大して違いがわからない。強いて言えば腫れはないと思われる。
ドキドキしながらアディンはスッと立ち上がり、一度マクシムに目をやると、一歩を踏み出した。
「あっ」
痛くない?
もう一歩出てみるが、うん、痛くない。
痛くない!
「師匠……!」
「おお!」
アディンの表情でマクシムも結果を理解した。
歩き回れる嬉しさで、アディンは病室内をぐるぐると行ったり来たりする。
本当に自分の魔法で怪我を治せた!
「やった!」
ぴょんぴょん跳ねて、アディンはマクシムの方に振り向くと拳を握る。
「師匠、やりました!ありがとうございます!」
「んはは!おめでとぉ〜!」
有頂天のアディンを、マクシムは思い切り抱きしめた。
「さすが私の弟子!」
背中を力強くさすられて、アディンはえへへ、と照れ笑いする。
マクシムは体を離すと、嬉しそうに目を合わせた。
「皆に報告にしいこっかぁ」
「はい!」
ダッシュだ!とマクシムに手を引かれ、アディンは小走りで彼女について行く。
本部棟にはマクシムの顔パスで入り込み、四階の奥の部屋にたどり着く。
祓い師長室と札が下げてある扉を、マクシムは雑にノックすると、すぐにどうぞと声がした。
マクシムが扉を開けると同時に、アディンの背中を押す。つんのめりながら入室するアディン。
「お、お邪魔します!」
中には皆がちょうど集合していて、アディンが姿を現したのを見るや否や「わっ!」と沸き立った。
「アディンさん!おめでとうございます!」
真っ先にカナフが駆け寄ってくると、押し倒す勢いで飛びついてくる。
テヴァも思わず立ち上がり、シャルへヴェットは持っていた書類を置いて拍手した。
「あっ、ありがとう!」
アディンは問題ない様子を、足を回して皆に見せる。
「おかげさまで、なんとか治りました」
「治癒魔法使えんの、マジ助かるわ」
治った足を不思議そうに眺め、テヴァは感嘆のため息をもらす。
突撃型な戦闘スタイルのテヴァには、常に生傷が絶えないらしい。もしかしたら役に立てるかもしれない、とアディンは胸を躍らせる。
シャルヘヴェットは微笑むと、アディンの頑張りを讃えてくれた。
「こんな短期間でよく治しましたね。きっとマクシムから教わる他に、自分で勉強もしたんでしょう?想像よりも早くて驚きました」
「えへへ……皆も気にかけてくれたし、師匠の指導も分かりやすかったからだよ」
「でっしょ〜?アディンくんも、いい生徒だったからさぁ」
両肩をすりすりと撫でられて、アディンはちょっぴり頬を赤くする。
「変なことされませんでした?」
「失礼なっ!」
一応心配するシャルヘヴェットに、マクシムが眉を吊り上げてつっこんだ。アディンは大丈夫だと手を振る。
「出発までの残りの期間は、そうだな……もしよければ俺の寝室お貸しするので、適当に過ごしてください。そこの扉です」
そうか、今までいたのは病室だった。怪我が治ったのに滞在するわけにもいかない。
アディンは言われた扉をちらりと開けてみる。祓い師長室内にある、唯一の個室だ。
ベッドと棚、小さな机と椅子が揃う日当たりのいい部屋だった。
「あれ、けどシャルはどうするの?」
「そこの椅子で寝るの慣れてるので……。ほらそれに、夜は夜で、ね」
日記を少し取り出して見せて、彼は日の王のことをアディンにだけわかるようにほのめかす。
察したアディンは、皆もいる手前、下手に遠慮せずにとりあえず頷いた。
祓い師長室に設置されている大きめなソファは、座ると沈みそうな材質だった。彼曰く、よくそこで書類をいじってると寝落ちしてしまうらしいが……。
なんだか悪いと思いつつ、後で布団は洗濯乾燥かけときますから、とシャルヘヴェットは既にそのつもりのようなので、今回はありがたくそうさせてもらうことにした。
一度戻って病室を片付けてくると、荷物を持ってシャルヘヴェットの自室に移動する。
マクシムは一通り手伝ってくれた後、またお祝いに来ると言って受付に戻っていった。
「そこの棚を開けると本なんかもあるので、部屋の中は好きに漁ってくださいね」
言われて一つずつ覗く。あれだけ祓い師長室にも本があったのに、自室で管理されている本のラインナップが気になった。
小説と、歴史書っぽいのも並んでいる。
収納棚の中は様々なお菓子の空き缶で仕切られていて、なんとも生活感のないきっちりとした部屋だ。クローゼットの中には私服だろうか、一着だけハンガーに掛けられていた。
「そういえば……シャルもカナフの本の感想、残してるの?」
ふと思い出して扉から顔を覗かせて伺うと、シャルヘヴェットはペンを動かしていた手を止めて、目だけこちらに向けた。
まだ祓い師長室に残って書類をまとめていたカナフ本人も、肩をびくっとさせてこちらを見る。
「あれ、アディンも本の貸し借りのこと知ってるんですか?」
「あっ、カナフの部屋に行った時に話聞いてたから、なんとなく気になって……。き、聞いちゃダメなやつだった?」
カナフの反応を見て、アディンは彼女に申し訳なさそうに確認するが、カナフはいいえっ、と首を振った。
「シャルヘヴェット様が話題にしたことなかったので、あんまり触れたくない部分なのかな〜と思ってただけですっ」
「そういうわけじゃないんですが……」
シャルヘヴェットは失礼、とアディンの横を通り過ぎると、奥の棚の上の方から小さな箱を取り出した。
多分クッキーの入っていた可愛い缶だ。
彼は祓い師長室の広い机にそれを持ち出すと、アディンを呼んだ。
「内容はあんまり真剣に読まないで欲しいんですが、ちゃんと残ってますよ」
少し埃っぽくなった缶の蓋を剥がすと、中から大量のメモ紙が現れた。
カナフも初めて見るのか、その量にうわ、と声を上げた。
「すごいあるね」
あまり読まないで欲しいと言われると内容が気になってしまうので、アディンは見ないフリでなんとなく一枚を読んでみる。
初めの方はたしかに本の感想が知的に綴られていたのだが、
『最近、ちゃんと寝てくださいってお伝えしてるのに、全然寝ていませんよね?私が自室戻ったからって油断してるんだと思いますけど、全部灯りでわかってますから。いつまでも子供扱いしないでくださいね!』
最後の方は普段の彼に対しての注意のようなものが書かれている。
ちらりと他のメモ紙にも目を通す。
『休みの日くらい制服じゃない服着たらどうですか?服の選び方も分からないんですか?仕方ないので私が服屋さんついて行ってあげます。あとでちゃんとご予定のお返事ください。』
『食事を疎かにするのはやめてくださいっていつも言ってますよね!?本読む暇があったら食事もとってください!仕事ができるのと生活ができるのは違いますからね。仕事にも支障をきたしたいなら何も言いませんけど。』
「ダメ出し……?」
アディンはつい、思ったまま呟いてしまった。
シャルヘヴェットが恥ずかしそうに他のメモを読み返して小さく頷く。
「俺のできないことがバレるので、その辺にしておいてください……」
カナフもそれを読みながら頭を抱える。
「い、今じゃ考えられないくらい、シャルヘヴェット様に対して気が強いんですがぁ……!」
「ちゃんとできる子なので、言われる分にはいいんですけど……。誰かに読まれるのはちょっと恥ずかしいですね」
そう言いながら、また子とか言ってしまった、とシャルヘヴェットは一人で口を塞いでいる。
「ふふ、素直じゃないかもしれないけど、すごく愛ある感じ」
少し幼げなのに上から目線な彼女の文章に笑みを浮かべると、アディンの発言に二人は少しだけ気まずそうだった。
「これ、読んでてもいい?」
と他のメモ紙をパラパラとさせてアディンは尋ねたが
「私もいたたまれないのでご勘弁ください!」
とカナフにもNGを食らってしまったので、その缶はあえなく棚に戻されてしまった。
「彼女のおかげでちゃんとした生活ができてるので、感謝ですね」
戻しながら、アディンにだけ聞こえるように彼はこっそりそう言った。
ダメ出しのメモを大事にまとめてとってあるくらいなので、彼は相当カナフのことを信頼していたし大切に思っていたのだろう。
カナフがシャルヘヴェットに遠慮なく手を差し伸べることができたおかげで、彼はきっと救われたのだ。
病室でマクシムがしていた心配を思い返しながら、アディンは遠目に二人の様子を眺めていた。
そんな思いをしばらくぼんやりと巡らせてから、アディンはカナフに借りていた魔法の教科書の続きを開いた。
こちらはもう少しで読み切れそうなので、後でマクシムが持ってきてくれたポケット基本書と読み合わせて、要点をまとめようと考えていたのだ。
紙とペンを借りて、アディンは残りのページに集中する。
本を読み始めると時が過ぎるのがあっという間だ。気付かぬうちに日が落ち、アディンは冷たい窓からの風で夜になったことに気がつく。
勝手についた窓際の灯りで机周りが照らされていたので、その点では読書には困らなかったのだ。
彼らはまだ仕事中だろうか?と、アディンは邪魔をしないように静かに扉を開き、確認する。
テヴァも戻ってきていたが、三人とも机の周りで、まだ忙しそうに何かをまとめていた。
少しお腹がすいてきたので、アディンはレフアーが荷物に忍ばせてくれていた財布を取り出す。
(ここ数日は、なんだかんだ皆にごはん用意してもらっちゃってたしな……)
廊下側の扉からそっと出ると、アディンは食事をこしらえに市場に向かった。
プレッシャーにならないように、皆はあえて病室には来ないようにしてくれたので、変わらず師匠・マクシムと二人きりである。
魔法を教わり始めて四日目。
昨日は魔力の消費をなるべく抑えておこうか、というマクシムの提案で、後半はあまり魔法は使わず治癒魔法の使用例について話を聞いていた。
失敗例を聞いていると、使用者側の魔力切れが原因で二次被害が起こったり、受けた方が魔法過剰により筋肉を断裂したりなど、治癒魔法がかなり危険なものだとわかる。
マクシムはアディンの目の前に立ち、じっと足と魔力を観察した。
「まあ〜自分の体だから、かけすぎた時はわかると思うし。深刻に考えなくても大丈夫だよぉ」
かける勢いだけは気をつけてね、と緊張するアディンに彼女は笑いかける。
いざ本番という感じがして昨日からそわそわしていたが、アディン自身、不安より実は期待の方が大きい。
「ダメそうならすぐ止めてあげるし」
「ありがとうございます。心強いです」
こくりと頷いて、マクシムはアディンの前にそのまま片膝を着いてスタンバイした。
「よし!やってみよっか!」
アディンは大きく返事をし、そっと足元に手を添える。
静かな病室で大きく深呼吸すると、その空気は一層ピンと張りつめた。
「いきます」
そっと手の先に力を込める。
実際に魔法を使ううちに、魔力がふんわりと目視できるようになってきた。これが魔力だという確証はないのだが、自身と対象物の間に光が見えるのだ。
実際に光っているのかもわからない。目で見えているふうに錯覚しているのかもしれない。
淡い光がだんだんと大きくなり、安定する。
呼吸を忘れずに、ゆっくり、ゆっくり、を意識。
『治癒魔法中は必ず落ち着いて、客観的視点で』
と、講習中に何度もマクシムから呪文のように聞かされた。
だんだん余裕が生まれてくると、骨の繋がりや炎症がイメージできてくる。
足は固定されていて動かせないので、今動かすと痛いか否かはわからない。しかし明らかに軽くなる感覚があった。
(もう、大丈夫……かな?)
やりすぎた失敗例を聞いていたのもあって、アディンは余裕を持って魔法を止めた。
額から汗が流れて、一瞬視界がくらりと歪む。
一気に現実に引き戻され、先程まで見えていた魔力の光のようなものは少しも感じなくなる。
「おっと」
マクシムが、がくんと頭を揺らしたアディンを受け止めた。
「あ、ありがとうございます……な、治ったかな」
「見てみよー!」
ぱっと笑顔になって、マクシムは足を固定している包帯をくるくると巻き取る。
久々に現れた左足は、見た目だけでは大して違いがわからない。強いて言えば腫れはないと思われる。
ドキドキしながらアディンはスッと立ち上がり、一度マクシムに目をやると、一歩を踏み出した。
「あっ」
痛くない?
もう一歩出てみるが、うん、痛くない。
痛くない!
「師匠……!」
「おお!」
アディンの表情でマクシムも結果を理解した。
歩き回れる嬉しさで、アディンは病室内をぐるぐると行ったり来たりする。
本当に自分の魔法で怪我を治せた!
「やった!」
ぴょんぴょん跳ねて、アディンはマクシムの方に振り向くと拳を握る。
「師匠、やりました!ありがとうございます!」
「んはは!おめでとぉ〜!」
有頂天のアディンを、マクシムは思い切り抱きしめた。
「さすが私の弟子!」
背中を力強くさすられて、アディンはえへへ、と照れ笑いする。
マクシムは体を離すと、嬉しそうに目を合わせた。
「皆に報告にしいこっかぁ」
「はい!」
ダッシュだ!とマクシムに手を引かれ、アディンは小走りで彼女について行く。
本部棟にはマクシムの顔パスで入り込み、四階の奥の部屋にたどり着く。
祓い師長室と札が下げてある扉を、マクシムは雑にノックすると、すぐにどうぞと声がした。
マクシムが扉を開けると同時に、アディンの背中を押す。つんのめりながら入室するアディン。
「お、お邪魔します!」
中には皆がちょうど集合していて、アディンが姿を現したのを見るや否や「わっ!」と沸き立った。
「アディンさん!おめでとうございます!」
真っ先にカナフが駆け寄ってくると、押し倒す勢いで飛びついてくる。
テヴァも思わず立ち上がり、シャルへヴェットは持っていた書類を置いて拍手した。
「あっ、ありがとう!」
アディンは問題ない様子を、足を回して皆に見せる。
「おかげさまで、なんとか治りました」
「治癒魔法使えんの、マジ助かるわ」
治った足を不思議そうに眺め、テヴァは感嘆のため息をもらす。
突撃型な戦闘スタイルのテヴァには、常に生傷が絶えないらしい。もしかしたら役に立てるかもしれない、とアディンは胸を躍らせる。
シャルヘヴェットは微笑むと、アディンの頑張りを讃えてくれた。
「こんな短期間でよく治しましたね。きっとマクシムから教わる他に、自分で勉強もしたんでしょう?想像よりも早くて驚きました」
「えへへ……皆も気にかけてくれたし、師匠の指導も分かりやすかったからだよ」
「でっしょ〜?アディンくんも、いい生徒だったからさぁ」
両肩をすりすりと撫でられて、アディンはちょっぴり頬を赤くする。
「変なことされませんでした?」
「失礼なっ!」
一応心配するシャルヘヴェットに、マクシムが眉を吊り上げてつっこんだ。アディンは大丈夫だと手を振る。
「出発までの残りの期間は、そうだな……もしよければ俺の寝室お貸しするので、適当に過ごしてください。そこの扉です」
そうか、今までいたのは病室だった。怪我が治ったのに滞在するわけにもいかない。
アディンは言われた扉をちらりと開けてみる。祓い師長室内にある、唯一の個室だ。
ベッドと棚、小さな机と椅子が揃う日当たりのいい部屋だった。
「あれ、けどシャルはどうするの?」
「そこの椅子で寝るの慣れてるので……。ほらそれに、夜は夜で、ね」
日記を少し取り出して見せて、彼は日の王のことをアディンにだけわかるようにほのめかす。
察したアディンは、皆もいる手前、下手に遠慮せずにとりあえず頷いた。
祓い師長室に設置されている大きめなソファは、座ると沈みそうな材質だった。彼曰く、よくそこで書類をいじってると寝落ちしてしまうらしいが……。
なんだか悪いと思いつつ、後で布団は洗濯乾燥かけときますから、とシャルヘヴェットは既にそのつもりのようなので、今回はありがたくそうさせてもらうことにした。
一度戻って病室を片付けてくると、荷物を持ってシャルヘヴェットの自室に移動する。
マクシムは一通り手伝ってくれた後、またお祝いに来ると言って受付に戻っていった。
「そこの棚を開けると本なんかもあるので、部屋の中は好きに漁ってくださいね」
言われて一つずつ覗く。あれだけ祓い師長室にも本があったのに、自室で管理されている本のラインナップが気になった。
小説と、歴史書っぽいのも並んでいる。
収納棚の中は様々なお菓子の空き缶で仕切られていて、なんとも生活感のないきっちりとした部屋だ。クローゼットの中には私服だろうか、一着だけハンガーに掛けられていた。
「そういえば……シャルもカナフの本の感想、残してるの?」
ふと思い出して扉から顔を覗かせて伺うと、シャルヘヴェットはペンを動かしていた手を止めて、目だけこちらに向けた。
まだ祓い師長室に残って書類をまとめていたカナフ本人も、肩をびくっとさせてこちらを見る。
「あれ、アディンも本の貸し借りのこと知ってるんですか?」
「あっ、カナフの部屋に行った時に話聞いてたから、なんとなく気になって……。き、聞いちゃダメなやつだった?」
カナフの反応を見て、アディンは彼女に申し訳なさそうに確認するが、カナフはいいえっ、と首を振った。
「シャルヘヴェット様が話題にしたことなかったので、あんまり触れたくない部分なのかな〜と思ってただけですっ」
「そういうわけじゃないんですが……」
シャルヘヴェットは失礼、とアディンの横を通り過ぎると、奥の棚の上の方から小さな箱を取り出した。
多分クッキーの入っていた可愛い缶だ。
彼は祓い師長室の広い机にそれを持ち出すと、アディンを呼んだ。
「内容はあんまり真剣に読まないで欲しいんですが、ちゃんと残ってますよ」
少し埃っぽくなった缶の蓋を剥がすと、中から大量のメモ紙が現れた。
カナフも初めて見るのか、その量にうわ、と声を上げた。
「すごいあるね」
あまり読まないで欲しいと言われると内容が気になってしまうので、アディンは見ないフリでなんとなく一枚を読んでみる。
初めの方はたしかに本の感想が知的に綴られていたのだが、
『最近、ちゃんと寝てくださいってお伝えしてるのに、全然寝ていませんよね?私が自室戻ったからって油断してるんだと思いますけど、全部灯りでわかってますから。いつまでも子供扱いしないでくださいね!』
最後の方は普段の彼に対しての注意のようなものが書かれている。
ちらりと他のメモ紙にも目を通す。
『休みの日くらい制服じゃない服着たらどうですか?服の選び方も分からないんですか?仕方ないので私が服屋さんついて行ってあげます。あとでちゃんとご予定のお返事ください。』
『食事を疎かにするのはやめてくださいっていつも言ってますよね!?本読む暇があったら食事もとってください!仕事ができるのと生活ができるのは違いますからね。仕事にも支障をきたしたいなら何も言いませんけど。』
「ダメ出し……?」
アディンはつい、思ったまま呟いてしまった。
シャルヘヴェットが恥ずかしそうに他のメモを読み返して小さく頷く。
「俺のできないことがバレるので、その辺にしておいてください……」
カナフもそれを読みながら頭を抱える。
「い、今じゃ考えられないくらい、シャルヘヴェット様に対して気が強いんですがぁ……!」
「ちゃんとできる子なので、言われる分にはいいんですけど……。誰かに読まれるのはちょっと恥ずかしいですね」
そう言いながら、また子とか言ってしまった、とシャルヘヴェットは一人で口を塞いでいる。
「ふふ、素直じゃないかもしれないけど、すごく愛ある感じ」
少し幼げなのに上から目線な彼女の文章に笑みを浮かべると、アディンの発言に二人は少しだけ気まずそうだった。
「これ、読んでてもいい?」
と他のメモ紙をパラパラとさせてアディンは尋ねたが
「私もいたたまれないのでご勘弁ください!」
とカナフにもNGを食らってしまったので、その缶はあえなく棚に戻されてしまった。
「彼女のおかげでちゃんとした生活ができてるので、感謝ですね」
戻しながら、アディンにだけ聞こえるように彼はこっそりそう言った。
ダメ出しのメモを大事にまとめてとってあるくらいなので、彼は相当カナフのことを信頼していたし大切に思っていたのだろう。
カナフがシャルヘヴェットに遠慮なく手を差し伸べることができたおかげで、彼はきっと救われたのだ。
病室でマクシムがしていた心配を思い返しながら、アディンは遠目に二人の様子を眺めていた。
そんな思いをしばらくぼんやりと巡らせてから、アディンはカナフに借りていた魔法の教科書の続きを開いた。
こちらはもう少しで読み切れそうなので、後でマクシムが持ってきてくれたポケット基本書と読み合わせて、要点をまとめようと考えていたのだ。
紙とペンを借りて、アディンは残りのページに集中する。
本を読み始めると時が過ぎるのがあっという間だ。気付かぬうちに日が落ち、アディンは冷たい窓からの風で夜になったことに気がつく。
勝手についた窓際の灯りで机周りが照らされていたので、その点では読書には困らなかったのだ。
彼らはまだ仕事中だろうか?と、アディンは邪魔をしないように静かに扉を開き、確認する。
テヴァも戻ってきていたが、三人とも机の周りで、まだ忙しそうに何かをまとめていた。
少しお腹がすいてきたので、アディンはレフアーが荷物に忍ばせてくれていた財布を取り出す。
(ここ数日は、なんだかんだ皆にごはん用意してもらっちゃってたしな……)
廊下側の扉からそっと出ると、アディンは食事をこしらえに市場に向かった。