第四章:医する魔法
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
テフィラーには、五つ離れた妹がいた。
彼女は天真爛漫で、大人しいテフィラーとは真反対な性格をしていた。
「お姉ちゃん!ママと一緒にパイを焼いたのっ。みんなで食べよ」
その日もいつもと変わらない、平和な夕暮れだった。
妹がミトンを付けたまま呼びに来て、得意のミートパイがテーブルに切り分けられている。
今でもたまに夢に見るのだ。
その後の悲惨な光景を。
パイを口にした妹が、火に変わる姿を。
「私の分も生きてね」
あの時の言葉を。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
魔力の消費量で気づかれてしまったのか、隠しておこうと思った昨日の魔法のことがあっさりマクシムにばれてしまい、アディンは頭を下げた。
「師匠のいないところでごめんなさい……」
「もぉ、だめだよ~。年相応の好奇心旺盛なカンジは可愛いけどさ」
今日のレッスンが始まり、朝食をとったばかりの病室はまだ微かにコーヒーの香りが漂っている。
何の魔法を使ったかまで当てられて震えたが、単に目が腫れていただけだった。
「お風呂でも覗いてたぁ?」
「ち、ちがいます!」
否定しつつも、よく考えたらそんな悪用もできるのか、と変に感心してしまうアディン。
マクシムはぐっとアディンの顎に手をやり顔を引き寄せると、目を見つめて魔力量を確認した。
「まあ、今日、治癒魔法試してみる分には問題ない量かな」
覗かれていた目を丸くして、アディンは思わず声を上げる。
「やっと治癒魔法使えるんですか!?」
いい食いつきに、マクシムは、にかっと歯を見せた。
「まだ骨折治せるところまではいけないかもだけど~。想像よかスムーズだから、明日あたりには歩けるようになってるんじゃない?」
出発までの一週間をたっぷり使う予定だったと計画を語るマクシムは、髪をかき上げ、気合を入れるように高いところで一つに束ねた。
さすが教会一の美女とテヴァも言っていただけあって、普段見えない首筋が露わになっただけですさまじい色気だ。
それをわかってるのか、彼女は視線だけ振り向くようにしてにんまりと笑みを浮かべる。
「治癒魔法はいわば愛の魔法!医学的な面も強いけど、精神的にも相手を癒してあげないとねぇ」
高い魔法費用もらうわけだし、とマクシムは指でコインを作って見せた。
「診療所でも、少しでも患者さまの痛みとか不安が和らぐようにって思って接してるんですけど、そんな感じですか……?」
「いいんじゃない~?アディンくんなりの愛をプレゼントしたらいいと思うよぉ」
そう言ったマクシムに腕や首を撫でられるようにして迫られ、アディンは体に触れられるたびにドキドキしてしまった。
「シンプルにボディータッチは、体温を感じられて癒されるでしょぉ?苦手な人じゃなければ効果的だよね」
繰り返しになるが、さすが教会一の美女のなせる業である。
マクシムは姿勢を正し、胸元から裁縫道具を取り出すと、その中にあった針で自身の指先をためらいなく刺した。
突然そんなことを始めたので、アディンは大慌てで気持ちを切り替える。
「これを治してみるところからやってみよっか!」
指先を差し出され、アディンはじっとその傷を見る。出た血が丸く膨れていくが、刺し傷としては浅い。
皮膚の細胞を活性化させるイメージだ。
マクシムの手ごとそっと握り、ゆっくりと魔法をかけていく。
傷は一瞬で塞がり薄れていき、その速さにマクシムも舌を巻いた。
「すごぉい!超早いじゃん」
すっかり元通りな指先を見て、アディンも安堵する。
(傷が治せた……!)
たまらなくワクワクした感情が込み上げてきて、早く足にもかけてみたくなってきた。
「誰かちっちゃい傷作った人探してきて、かけさせてもらおうかぁ」
「もう人に試しちゃっていいんですか?」
「傷は実践以外で試せないからさぁ」
ちょっと待ってて!と、マクシムは怪我人探しに部屋を出て行った。初対面の人に魔法をかけるのはかなり緊張する。
数十分経って、彼女は教会員を何人か捕まえて戻ってきた。
「紫の目……!?」
若い男がアディンを見て驚いた声を上げる。
「シャルるんのお友達的な子だから、安心してぇ」
「ア、アディン・ピウスです。魔法を試すのに協力してくれてありがとうございます」
皆に礼をしてから、早速、一人目と対面する。
男は軽い擦り傷を膝に作っていた。酒に酔って転んじゃってね……と恥ずかしそうに頭をかく。
「頭を打たなかったのは不幸中の幸いでしたね。失礼します……」
診療所でもこんなような会話したなぁなどと思いながら、アディンは男の膝に手を添えて、魔法をかける。
(かなり軽度の擦過傷。傷も綺麗に洗われてるし、腫れもなさそう)
十秒も立たずに傷はきれいさっぱり消えてなくなり、男は感動していた。
「今まで治癒魔法なんてかかったことなかったけど、瞬きしてるうちに治っててびっくりだよ」
「よかった。お大事にしてください」
つい診療所の癖でお決まりのフレーズが出てきてしまい、アディンは一人くすりとした。
その後も四、五人同じような軽い我をしている人を無事治して、息をつく。
一部始終を見ていたマクシムは、上出来というふうにアディンの頭をくしゃくしゃに撫でまわした。
「いいね~!このくらいの怪我なら、もう練習要らないねぇ」
「本当ですか!?」
このまま足まで治せるのを期待したが、休憩のストップがかかった。
度々魔力の回復を待たないとなのがもどかしい。
「治癒魔法が高額で施されるのは、魔力の消費が圧倒的に激しいからなんだよぉ。昨日アディンくんも視力強化して分かっただろうけど。思ったよりすぐバテたでしょ?」
たしかに、考えてみれば結構短時間で頭痛に襲われてしまった。
「しかも、アディンくんみたいに感覚で使ってる場合、自分の残りの魔力量を計算できずに、魔力切れを起こすこともあるからぁ」
魔力切れの状態はこの間シャルヘヴェットが辛そうにしていたのを見ていたので、なんとなく分かった。
彼の場合は飲み食いしていなかったのも原因だと思うが、立っているのも困難な様子だった。
万が一危険な場所で治癒魔法を使っていて、自分が倒れてしまったら元も子もない。
「自分の魔力量を数値で知って、術式で計算できたら一番効率いいんだよねぇ」
昨日読んだ術式についての話に、アディンは大きく頷く。
「も、もし師匠にもっと教わる時間ができたら術式についても聞きたいです。自分でも本読んだりしてもっと術式も学びたいと思います」
「お!意欲的だねぇ。シャルるんも、アタシの持ってる魔法の本片っ端から借りてって勉強してたなぁ」
今じゃ術式を組み立てるのも解くのも、彼の方が早いのだとマクシムは両肩を上げてため息をついた。
それから、よかったらもう使わないだろうからと、マクシムは自室からポケットサイズの術式の基本書を持ってきてアディンにくれた。
基本から、少し応用の利いた魔法の術式が一覧になっており、この位の魔法がどんな式で表されるかなどかなり具体的に書かれている。
「いいでしょ、例えばこの火の魔法の短い術式だとこんな感じでぇ」
本のはじめに書かれている直径5センチメートルの火の玉2秒の記載通り、マクシムは手のひらに火の玉を作る。
「この式に、この式が組み合わさるとこう」
そう言いながら火の玉を爆発させると、マクシムはあちち〜と手のひらを扇がせた。
「火系の魔法はあんまし得意じゃないんだよぉ。私の専門は真逆の水だからさ〜」
「術式それぞれが、どのくらいの威力の魔法なのかが書かれてるんですね」
ぱらぱらと捲ってみて、アディンは治癒魔法の項目に目を通してみる。
しかし治癒魔法は針で何ミリ刺した傷が何秒で完治する――などと、例えを試すのがなかなか面倒だった。
まず針で刺した傷で試すのは、治癒魔法を習得する際の方法の一つのようだ。
「式の解き方も後ろの方にあるから、見てみてね〜」
まず魔法でしか使わない記号や文字が使われているのが難解そうだが、覚えてきたらきっと面白くなる。
休憩中も熱心に本を読み耽るアディンの様子に、マクシムは「感心、感心っ」と上機嫌に鼻歌を歌っていた。
自分で怪我を治せるようになったら、足を引っ張らずに、それどころか必要としてもらえる存在になれるかもしれない。
この日はマクシムに教わりながら本に集中し、割とそれが楽しかったのもあり、魔力を蓄える午後となった。
そして翌日、ついに治癒魔法をかける最後の調整が始まった。
テフィラーには、五つ離れた妹がいた。
彼女は天真爛漫で、大人しいテフィラーとは真反対な性格をしていた。
「お姉ちゃん!ママと一緒にパイを焼いたのっ。みんなで食べよ」
その日もいつもと変わらない、平和な夕暮れだった。
妹がミトンを付けたまま呼びに来て、得意のミートパイがテーブルに切り分けられている。
今でもたまに夢に見るのだ。
その後の悲惨な光景を。
パイを口にした妹が、火に変わる姿を。
「私の分も生きてね」
あの時の言葉を。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
魔力の消費量で気づかれてしまったのか、隠しておこうと思った昨日の魔法のことがあっさりマクシムにばれてしまい、アディンは頭を下げた。
「師匠のいないところでごめんなさい……」
「もぉ、だめだよ~。年相応の好奇心旺盛なカンジは可愛いけどさ」
今日のレッスンが始まり、朝食をとったばかりの病室はまだ微かにコーヒーの香りが漂っている。
何の魔法を使ったかまで当てられて震えたが、単に目が腫れていただけだった。
「お風呂でも覗いてたぁ?」
「ち、ちがいます!」
否定しつつも、よく考えたらそんな悪用もできるのか、と変に感心してしまうアディン。
マクシムはぐっとアディンの顎に手をやり顔を引き寄せると、目を見つめて魔力量を確認した。
「まあ、今日、治癒魔法試してみる分には問題ない量かな」
覗かれていた目を丸くして、アディンは思わず声を上げる。
「やっと治癒魔法使えるんですか!?」
いい食いつきに、マクシムは、にかっと歯を見せた。
「まだ骨折治せるところまではいけないかもだけど~。想像よかスムーズだから、明日あたりには歩けるようになってるんじゃない?」
出発までの一週間をたっぷり使う予定だったと計画を語るマクシムは、髪をかき上げ、気合を入れるように高いところで一つに束ねた。
さすが教会一の美女とテヴァも言っていただけあって、普段見えない首筋が露わになっただけですさまじい色気だ。
それをわかってるのか、彼女は視線だけ振り向くようにしてにんまりと笑みを浮かべる。
「治癒魔法はいわば愛の魔法!医学的な面も強いけど、精神的にも相手を癒してあげないとねぇ」
高い魔法費用もらうわけだし、とマクシムは指でコインを作って見せた。
「診療所でも、少しでも患者さまの痛みとか不安が和らぐようにって思って接してるんですけど、そんな感じですか……?」
「いいんじゃない~?アディンくんなりの愛をプレゼントしたらいいと思うよぉ」
そう言ったマクシムに腕や首を撫でられるようにして迫られ、アディンは体に触れられるたびにドキドキしてしまった。
「シンプルにボディータッチは、体温を感じられて癒されるでしょぉ?苦手な人じゃなければ効果的だよね」
繰り返しになるが、さすが教会一の美女のなせる業である。
マクシムは姿勢を正し、胸元から裁縫道具を取り出すと、その中にあった針で自身の指先をためらいなく刺した。
突然そんなことを始めたので、アディンは大慌てで気持ちを切り替える。
「これを治してみるところからやってみよっか!」
指先を差し出され、アディンはじっとその傷を見る。出た血が丸く膨れていくが、刺し傷としては浅い。
皮膚の細胞を活性化させるイメージだ。
マクシムの手ごとそっと握り、ゆっくりと魔法をかけていく。
傷は一瞬で塞がり薄れていき、その速さにマクシムも舌を巻いた。
「すごぉい!超早いじゃん」
すっかり元通りな指先を見て、アディンも安堵する。
(傷が治せた……!)
たまらなくワクワクした感情が込み上げてきて、早く足にもかけてみたくなってきた。
「誰かちっちゃい傷作った人探してきて、かけさせてもらおうかぁ」
「もう人に試しちゃっていいんですか?」
「傷は実践以外で試せないからさぁ」
ちょっと待ってて!と、マクシムは怪我人探しに部屋を出て行った。初対面の人に魔法をかけるのはかなり緊張する。
数十分経って、彼女は教会員を何人か捕まえて戻ってきた。
「紫の目……!?」
若い男がアディンを見て驚いた声を上げる。
「シャルるんのお友達的な子だから、安心してぇ」
「ア、アディン・ピウスです。魔法を試すのに協力してくれてありがとうございます」
皆に礼をしてから、早速、一人目と対面する。
男は軽い擦り傷を膝に作っていた。酒に酔って転んじゃってね……と恥ずかしそうに頭をかく。
「頭を打たなかったのは不幸中の幸いでしたね。失礼します……」
診療所でもこんなような会話したなぁなどと思いながら、アディンは男の膝に手を添えて、魔法をかける。
(かなり軽度の擦過傷。傷も綺麗に洗われてるし、腫れもなさそう)
十秒も立たずに傷はきれいさっぱり消えてなくなり、男は感動していた。
「今まで治癒魔法なんてかかったことなかったけど、瞬きしてるうちに治っててびっくりだよ」
「よかった。お大事にしてください」
つい診療所の癖でお決まりのフレーズが出てきてしまい、アディンは一人くすりとした。
その後も四、五人同じような軽い我をしている人を無事治して、息をつく。
一部始終を見ていたマクシムは、上出来というふうにアディンの頭をくしゃくしゃに撫でまわした。
「いいね~!このくらいの怪我なら、もう練習要らないねぇ」
「本当ですか!?」
このまま足まで治せるのを期待したが、休憩のストップがかかった。
度々魔力の回復を待たないとなのがもどかしい。
「治癒魔法が高額で施されるのは、魔力の消費が圧倒的に激しいからなんだよぉ。昨日アディンくんも視力強化して分かっただろうけど。思ったよりすぐバテたでしょ?」
たしかに、考えてみれば結構短時間で頭痛に襲われてしまった。
「しかも、アディンくんみたいに感覚で使ってる場合、自分の残りの魔力量を計算できずに、魔力切れを起こすこともあるからぁ」
魔力切れの状態はこの間シャルヘヴェットが辛そうにしていたのを見ていたので、なんとなく分かった。
彼の場合は飲み食いしていなかったのも原因だと思うが、立っているのも困難な様子だった。
万が一危険な場所で治癒魔法を使っていて、自分が倒れてしまったら元も子もない。
「自分の魔力量を数値で知って、術式で計算できたら一番効率いいんだよねぇ」
昨日読んだ術式についての話に、アディンは大きく頷く。
「も、もし師匠にもっと教わる時間ができたら術式についても聞きたいです。自分でも本読んだりしてもっと術式も学びたいと思います」
「お!意欲的だねぇ。シャルるんも、アタシの持ってる魔法の本片っ端から借りてって勉強してたなぁ」
今じゃ術式を組み立てるのも解くのも、彼の方が早いのだとマクシムは両肩を上げてため息をついた。
それから、よかったらもう使わないだろうからと、マクシムは自室からポケットサイズの術式の基本書を持ってきてアディンにくれた。
基本から、少し応用の利いた魔法の術式が一覧になっており、この位の魔法がどんな式で表されるかなどかなり具体的に書かれている。
「いいでしょ、例えばこの火の魔法の短い術式だとこんな感じでぇ」
本のはじめに書かれている直径5センチメートルの火の玉2秒の記載通り、マクシムは手のひらに火の玉を作る。
「この式に、この式が組み合わさるとこう」
そう言いながら火の玉を爆発させると、マクシムはあちち〜と手のひらを扇がせた。
「火系の魔法はあんまし得意じゃないんだよぉ。私の専門は真逆の水だからさ〜」
「術式それぞれが、どのくらいの威力の魔法なのかが書かれてるんですね」
ぱらぱらと捲ってみて、アディンは治癒魔法の項目に目を通してみる。
しかし治癒魔法は針で何ミリ刺した傷が何秒で完治する――などと、例えを試すのがなかなか面倒だった。
まず針で刺した傷で試すのは、治癒魔法を習得する際の方法の一つのようだ。
「式の解き方も後ろの方にあるから、見てみてね〜」
まず魔法でしか使わない記号や文字が使われているのが難解そうだが、覚えてきたらきっと面白くなる。
休憩中も熱心に本を読み耽るアディンの様子に、マクシムは「感心、感心っ」と上機嫌に鼻歌を歌っていた。
自分で怪我を治せるようになったら、足を引っ張らずに、それどころか必要としてもらえる存在になれるかもしれない。
この日はマクシムに教わりながら本に集中し、割とそれが楽しかったのもあり、魔力を蓄える午後となった。
そして翌日、ついに治癒魔法をかける最後の調整が始まった。