第四章:医する魔法
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「イマ、おはよう」
男は檻の中に声をかけた。
「今日、なんだか不思議な感覚がしてね。君と似た魔力を感じた気がした。はは、おかしなことを言ってるだろう?僕もそう思うんだけど。でも、たしかに遠くの方でなつかしい感覚がしたんだ」
外に漏れないように、男は小声で檻に話しかけ続けた。
「もしかしたらアディンかもしれない。そうだったらいいな、元気に、安全に暮らしてくれていれば」
檻の中のそれは、赤い瞳を男に向けて低いうなり声を絞り出した。
「うん。大丈夫、きっとあの子は幸せにやっている」
男はそれに微笑みかけると、そっと檻を撫でた。
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いつから同じ体勢のまま固まっていたのだろう。
急に襲われた激しい頭痛で集中しっ放しだったことに気がつき、アディンは我に返った。
「っは――!」
うずくまるアディンを、少し離れていたところで見ていたマクシムが支えてやる。
「長かったねぇ~。さすが紫の目の魔力量ってところかな」
「なんとなく……魔力の減った感覚が、わかった気がします……」
数十分前から、アディンはひたすら鉢に植わった花の苗に対して魔法をかけていた。双葉だった苗はどんどん成長していき、ようやくつぼみを付けたあたりだった。
がんがん痛む頭を押さえて、なんの花なのかわからない植物を見やる。
「慣れてくると、魔力の注ぎ方がつかめてくるからスピードも上がるし、まとめていくつも花を咲かせたりできるよぉ」
葉を撫でて、マクシムは窓の外に目を移した。
もう日が暮れてきて、人々が足早に移動しているのが見える。テヴァも言っていたが、早い時間から店を閉めるのか、旗を畳んでいる店主の姿もちらちら伺えた。
「今日はそろそろお開きかなぁ。魔力もだいぶ使ったしね。たくさんご飯食べてしっかり寝たまえ~若者ぉ~」
「師匠、今日はありがとうございました」
師匠の呼び名が定着してきたことに満面の笑みを浮かべて、マクシムは病室を後にした。
残されたつぼみを付けた植物に、アディンは独り言を言う。
「強力な強化魔法を使えるようになったら、僕も皆の役に立てるかな」
名もわからない花は、ただただ言葉を受け止める。
「テフィラーとも、ちゃんと話せるかな……」
静かな病室はアディンの声を響かせた。
ぽつりとベッドに一人腰かけていると寂しくなってしまいそうなので、アディンは壁伝いに立ち上がると廊下に出た。
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待ち合いになっている広間が椅子もあるし、様々な機器がガラス張りでよく見えるようになっているのが、前からちょっと気になっていた。
そこを目指してゆっくり進んでいると、廊下の窓から心地の良い風が入ってきて、思わず外を覗いてしまう。
だんだん暗くなってきた街には、少しずつ灯りがつき始め、一帯がぼんやりと光っていた。
「アディン」
不意に廊下の向かい側から声をかけられ、アディンはびくりとそちらを見やった。
「シャル!」
「お疲れ様です。どこか行くつもりでした?手伝いましょうか」
仕事が片付いて、こちらに足を運んだようだった。
アディンは微笑みかけて、首を振る。
「大丈夫、ちょっと部屋が静かすぎるなぁって思って散歩してたんだ」
そうでしたか、とシャルヘヴェットはアディンの眺めていた外をちらりと見た。
「いいところでしょう?イェソド都も」
「うん、気っていうのかな?それが整ってる感じの雰囲気で。それに皆、いい人だよね」
シャルヘヴェットはそれを聞くと、優しげに笑みを浮かべて頷いた。
「魔法はどうでしたか。感覚はつかめそうですか」
アディンは大きく首を縦に振って見せる。
「師匠の教え方が上手いからだと思うけど、魔法自体はあっさり唱えられてびっくりしちゃった。僕が今まで唱えられなかったのは、魔法の種類が違ったからだったんだね」
「師匠って呼んでいるんですか?」
はは、とめずらしくシャルヘヴェットは声を漏らして笑った。
「あとはコントロールできるようにって」
「順調そうでよかったです。マクシムはあんな感じですけど、仕事も魔法もできるいい人ですから。聞けるうちに色々聞いておいてください」
「うん、紹介してくれてありがとう。僕、魔法使えるようになるなんて思ってなかったから、今すごく楽しいよ。シャルもお仕事順調だった?」
ええ、と今日一日を思い返すようにして、シャルヘヴェットはくすりと笑った。
「皆、アディンのこと大好きですよ。仕事中も大丈夫かずっと気になってて、しょっちゅうアディンの話になってましたから」
そんなことを言われるとなんだか照れてしまう。
「そうだったの?あはは、僕もシャルの話してたよ」
「え。変な話じゃないですよね……?」
うっかり口を滑らせかけて、アディンは慌てて口をつぐんだ。
シャルヘヴェットはその後も、風呂の準備を手伝ってくれたり、食事を揃えたり、色々世話をしてくれて戻っていった。
イェソド都で数日過ごしながら、アディンはとても充実した日々を実感していた。
事件こそありはしたが、新しいことをたくさん経験できて、周りの人にも恵まれて、一日があっという間なのだ。
それなのに、テフィラーの元へ行くまでの一週間という期間はとてつもなく長く感じる。
(不思議だ……)
毎日、窓から月の満ち欠けを伺って、少し漠然とした不安に襲われる。
きっと、メレッドのこと、紫眼 のこと、両親のこと、そしてなにより私を恨めと言ったテフィラーのことが頭の中を駆け巡るからだ。
僕も何か役に立ちたい。
日を重ねる毎に、その気持ちがアディンの中で大きくなってきていた。
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「おっはよーアディンくん!」
目覚めは、とても早いマクシムの来室によって訪れた。
「あれっ、わ、おはようございます」
まだ外は薄暗く、日が昇る前である。
テヴァから借りているぶかぶかの寝巻き姿だったアディンは、はだけていた前を慌てて整える。
「ごめ〜ん、まだ寝てたねぇ!いいよ、もうちょい寝てても」
「あ、いや大丈夫ですっ。ちょっと準備させてください」
バタバタと身支度を始めるアディンを、マクシムは小動物を愛でるような目で見ている。
「アディンくんさ――」
机に置かれていた資料を眺めて、マクシムが呼びかけた。
アディンは上着を羽織って返事をする。
「賢いからわかると思うけどぉ、シャルるんたち結構、余裕ないでしょ?アディンくんがいい感じに、柔らかくしてあげて欲しいなぁって」
昨日の元気さとは裏腹に、朝からなんだか物憂げな彼女に、アディンは準備の手を止めてちゃんと耳を傾けた。
メレッドの資料をぺらぺらとめくって、マクシムはため息をつく。
「私は肝心なところでグイグイ行けないからぁ。シャルるんがまだ、従者とかいなくて一人でぼろぼろになってる時も、私は元気づけることを言うくらいしかできなかったし……。傍から見てて、すごく分かったんだよねぇ。カナフちゃんが来てからのが、シャルるん明らかに調子良くなったって」
肩を落とすマクシムが、なんとなくアディンの目には寂しそうに見えた。
「アディンくんにもさ、同じパワーを感じたんだよぉ。もしうずくまってたら、手を差し伸べてあげてほしいなって」
「師匠……」
「だから、三人を支えてもらうためにも、魔法頑張ろぉね〜!」
「は、はいっ!」
彼女は空気を切り替えるかのようにパチンと指を鳴らして、こちらを指差す。
「さっ、辛気臭いのやめやめ〜!」
続きやるかー!と元気いっぱいに声を張るマクシムに、アディンも立ち上がって答える。
肩を組まれて、アディンは少し戸惑いながらも両手でガッツポーズを作ってみせた。
「私も、アディンくんの怪我が完治したら一発しかけてみるかなぁ」
彼女が冗談めかしく言ったので、この時は軽く流していたのだが、アディンはマクシムの有言実行力を理解していなかったのだ。
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「おお〜すげぇ、うおっ」
昼頃になって、様子見がてら昼食を届けに来てくれたテヴァに、アディンは早速魔法を試させてもらっていた。
マクシムに監視されながら魔法を調節できるように粘る。
腕に強化魔法が作用したテヴァは面白がって、箒の素振りを楽しんでいた。
「むちゃくちゃ軽いわ、これ真剣振ってもかなり早く振れんじゃね!?」
「だめだめ、急に軽くなりすぎたりしたら、剣吹っ飛んじゃうよぉ?」
マクシムはそう言ってから、アディンにストップをかけた。
ふぅ、と息をついてアディンは深呼吸する。
集中して魔法を使ったあとでも、あまり体の負担を感じずにこなせるようになってきた。
「すげーな、本当に使えるようになってんじゃねぇか」
「まだ治癒魔法まではいけてないんだけど……」
「いや、上等だろ」
テヴァは元の感覚に戻った腕をぐるぐると回しながら、にやりとした。
「俺も魔法使いてぇ〜」
「テヴァっちは無理だねぇ。魔力皆無」
きっぱりと言い切られて、テヴァは心底ショックな表情を浮かべた。
「だいぶ人相手にも、程良い具合がわかってきたみたいだねぇ」
「はい!実験体ありがとう、テヴァ」
「お前さらっとひでぇこと言ってんぞ」
いつでも相手するぜ、とテヴァは感覚が戻ったばかりで重たそうな腕を、なおも動かしながらそう言った。
テヴァが戻っていき、アディンとマクシムは昼食を取り終ると午後の部に勤しむ。
いくらか同じような実験をしては休憩を挟みを繰り返して、体力的にはかなり応えた一日だった。
それでもマクシムが帰った後もモチベーションが高まっていたので、アディンは魔法の勉強を継続するため、カナフに借りていた魔法の教科書を読みふけっていた。
相変わらず専門用語は難しいのだが、感覚的にわかる部分が増えてきたので、理解しやすくなっている。
(強化魔法は、風船に空気を限界まで入れる作業だって、師匠言ってたな)
与えすぎで起こる事故について目を通しながら、アディンはマクシムに言われたことを思い出す。
それから、ここが勉強しないと難しい部分なのだが、魔法はそれぞれ術式という文字で表すことができるようだ。
それにより目で見て魔法の適量を把握できるので、術式通りに唱えることで、無駄なく適切な処置を行える。
まだ感覚で魔法を放っているアディンには、その式を見てもどのくらいのどんな魔法なのかさっぱりである。魔法を式で表そうとした人は偉大だ。
(そういえば魔導兵器室の入口は、魔法のかかった扉だったっけ)
打ち消す術式が込められた鍵ではないと、開かない仕組みらしい。
しかし反対に術式を解くことができれば、鍵がなくても開くということでもある。
アディンはベッドに横になったまま、本の半分くらいまでをいっぺんに読み進めて、腕が痛くなってくると寝返りを打った。
本に書かれていることを試してみたくて、アディンはうずうずと天井に手をかざす。
「勝手に魔法使ったら、師匠に怒られちゃうよね……」
それでもなんとなく試したい気持ちを抑えられず、アディンは本に書かれていた視力の強化魔法をこっそり試してみることにした。
窓の外を眺め、アディンはそっとこめかみあたりに手を添えると、魔法をかけ始める。
じわじわと遠くが鮮明に映りだした。窓の中で食事を楽しむ家族の姿、その口元にクリームがついているところまでくっきりと見えて、アディンは身震いした。
もっと遠くも……どこまでなら……。
木が生い茂る森の中を覗き始めて、アディンはくらりとめまいに襲われ、ベッドに倒れ込んだ。
(視界がちかちかする……!)
猛烈な頭痛と吐き気も襲ってくると、その場から動けなくなる。
しばらくじっとしているとそれらはだんだんと落ち着いてきて、再び顔は上げられたのだが、魔法の反動か涙が滝のように溢れて止まらない。
「まず……」
傍に置いてあったタオルを顔に押し付けて、アディンは気持ちを整えるために深呼吸した。
十数分経ってようやく、涙が止まった。
アディンは急なのどの渇きに襲われ、急いで水を取りながら目をこすった。
「あ、危なかった」
うっかりかけ続けていたら出血でもしていたのだろうか。加減がわからず、万が一があると思うとゾッとした。
やはりまだマクシムがいない時は唱えたら危険だ。
アディンは身に染みて、魔法の危険さを体感したのだった。
「イマ、おはよう」
男は檻の中に声をかけた。
「今日、なんだか不思議な感覚がしてね。君と似た魔力を感じた気がした。はは、おかしなことを言ってるだろう?僕もそう思うんだけど。でも、たしかに遠くの方でなつかしい感覚がしたんだ」
外に漏れないように、男は小声で檻に話しかけ続けた。
「もしかしたらアディンかもしれない。そうだったらいいな、元気に、安全に暮らしてくれていれば」
檻の中のそれは、赤い瞳を男に向けて低いうなり声を絞り出した。
「うん。大丈夫、きっとあの子は幸せにやっている」
男はそれに微笑みかけると、そっと檻を撫でた。
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いつから同じ体勢のまま固まっていたのだろう。
急に襲われた激しい頭痛で集中しっ放しだったことに気がつき、アディンは我に返った。
「っは――!」
うずくまるアディンを、少し離れていたところで見ていたマクシムが支えてやる。
「長かったねぇ~。さすが紫の目の魔力量ってところかな」
「なんとなく……魔力の減った感覚が、わかった気がします……」
数十分前から、アディンはひたすら鉢に植わった花の苗に対して魔法をかけていた。双葉だった苗はどんどん成長していき、ようやくつぼみを付けたあたりだった。
がんがん痛む頭を押さえて、なんの花なのかわからない植物を見やる。
「慣れてくると、魔力の注ぎ方がつかめてくるからスピードも上がるし、まとめていくつも花を咲かせたりできるよぉ」
葉を撫でて、マクシムは窓の外に目を移した。
もう日が暮れてきて、人々が足早に移動しているのが見える。テヴァも言っていたが、早い時間から店を閉めるのか、旗を畳んでいる店主の姿もちらちら伺えた。
「今日はそろそろお開きかなぁ。魔力もだいぶ使ったしね。たくさんご飯食べてしっかり寝たまえ~若者ぉ~」
「師匠、今日はありがとうございました」
師匠の呼び名が定着してきたことに満面の笑みを浮かべて、マクシムは病室を後にした。
残されたつぼみを付けた植物に、アディンは独り言を言う。
「強力な強化魔法を使えるようになったら、僕も皆の役に立てるかな」
名もわからない花は、ただただ言葉を受け止める。
「テフィラーとも、ちゃんと話せるかな……」
静かな病室はアディンの声を響かせた。
ぽつりとベッドに一人腰かけていると寂しくなってしまいそうなので、アディンは壁伝いに立ち上がると廊下に出た。
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待ち合いになっている広間が椅子もあるし、様々な機器がガラス張りでよく見えるようになっているのが、前からちょっと気になっていた。
そこを目指してゆっくり進んでいると、廊下の窓から心地の良い風が入ってきて、思わず外を覗いてしまう。
だんだん暗くなってきた街には、少しずつ灯りがつき始め、一帯がぼんやりと光っていた。
「アディン」
不意に廊下の向かい側から声をかけられ、アディンはびくりとそちらを見やった。
「シャル!」
「お疲れ様です。どこか行くつもりでした?手伝いましょうか」
仕事が片付いて、こちらに足を運んだようだった。
アディンは微笑みかけて、首を振る。
「大丈夫、ちょっと部屋が静かすぎるなぁって思って散歩してたんだ」
そうでしたか、とシャルヘヴェットはアディンの眺めていた外をちらりと見た。
「いいところでしょう?イェソド都も」
「うん、気っていうのかな?それが整ってる感じの雰囲気で。それに皆、いい人だよね」
シャルヘヴェットはそれを聞くと、優しげに笑みを浮かべて頷いた。
「魔法はどうでしたか。感覚はつかめそうですか」
アディンは大きく首を縦に振って見せる。
「師匠の教え方が上手いからだと思うけど、魔法自体はあっさり唱えられてびっくりしちゃった。僕が今まで唱えられなかったのは、魔法の種類が違ったからだったんだね」
「師匠って呼んでいるんですか?」
はは、とめずらしくシャルヘヴェットは声を漏らして笑った。
「あとはコントロールできるようにって」
「順調そうでよかったです。マクシムはあんな感じですけど、仕事も魔法もできるいい人ですから。聞けるうちに色々聞いておいてください」
「うん、紹介してくれてありがとう。僕、魔法使えるようになるなんて思ってなかったから、今すごく楽しいよ。シャルもお仕事順調だった?」
ええ、と今日一日を思い返すようにして、シャルヘヴェットはくすりと笑った。
「皆、アディンのこと大好きですよ。仕事中も大丈夫かずっと気になってて、しょっちゅうアディンの話になってましたから」
そんなことを言われるとなんだか照れてしまう。
「そうだったの?あはは、僕もシャルの話してたよ」
「え。変な話じゃないですよね……?」
うっかり口を滑らせかけて、アディンは慌てて口をつぐんだ。
シャルヘヴェットはその後も、風呂の準備を手伝ってくれたり、食事を揃えたり、色々世話をしてくれて戻っていった。
イェソド都で数日過ごしながら、アディンはとても充実した日々を実感していた。
事件こそありはしたが、新しいことをたくさん経験できて、周りの人にも恵まれて、一日があっという間なのだ。
それなのに、テフィラーの元へ行くまでの一週間という期間はとてつもなく長く感じる。
(不思議だ……)
毎日、窓から月の満ち欠けを伺って、少し漠然とした不安に襲われる。
きっと、メレッドのこと、
僕も何か役に立ちたい。
日を重ねる毎に、その気持ちがアディンの中で大きくなってきていた。
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「おっはよーアディンくん!」
目覚めは、とても早いマクシムの来室によって訪れた。
「あれっ、わ、おはようございます」
まだ外は薄暗く、日が昇る前である。
テヴァから借りているぶかぶかの寝巻き姿だったアディンは、はだけていた前を慌てて整える。
「ごめ〜ん、まだ寝てたねぇ!いいよ、もうちょい寝てても」
「あ、いや大丈夫ですっ。ちょっと準備させてください」
バタバタと身支度を始めるアディンを、マクシムは小動物を愛でるような目で見ている。
「アディンくんさ――」
机に置かれていた資料を眺めて、マクシムが呼びかけた。
アディンは上着を羽織って返事をする。
「賢いからわかると思うけどぉ、シャルるんたち結構、余裕ないでしょ?アディンくんがいい感じに、柔らかくしてあげて欲しいなぁって」
昨日の元気さとは裏腹に、朝からなんだか物憂げな彼女に、アディンは準備の手を止めてちゃんと耳を傾けた。
メレッドの資料をぺらぺらとめくって、マクシムはため息をつく。
「私は肝心なところでグイグイ行けないからぁ。シャルるんがまだ、従者とかいなくて一人でぼろぼろになってる時も、私は元気づけることを言うくらいしかできなかったし……。傍から見てて、すごく分かったんだよねぇ。カナフちゃんが来てからのが、シャルるん明らかに調子良くなったって」
肩を落とすマクシムが、なんとなくアディンの目には寂しそうに見えた。
「アディンくんにもさ、同じパワーを感じたんだよぉ。もしうずくまってたら、手を差し伸べてあげてほしいなって」
「師匠……」
「だから、三人を支えてもらうためにも、魔法頑張ろぉね〜!」
「は、はいっ!」
彼女は空気を切り替えるかのようにパチンと指を鳴らして、こちらを指差す。
「さっ、辛気臭いのやめやめ〜!」
続きやるかー!と元気いっぱいに声を張るマクシムに、アディンも立ち上がって答える。
肩を組まれて、アディンは少し戸惑いながらも両手でガッツポーズを作ってみせた。
「私も、アディンくんの怪我が完治したら一発しかけてみるかなぁ」
彼女が冗談めかしく言ったので、この時は軽く流していたのだが、アディンはマクシムの有言実行力を理解していなかったのだ。
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「おお〜すげぇ、うおっ」
昼頃になって、様子見がてら昼食を届けに来てくれたテヴァに、アディンは早速魔法を試させてもらっていた。
マクシムに監視されながら魔法を調節できるように粘る。
腕に強化魔法が作用したテヴァは面白がって、箒の素振りを楽しんでいた。
「むちゃくちゃ軽いわ、これ真剣振ってもかなり早く振れんじゃね!?」
「だめだめ、急に軽くなりすぎたりしたら、剣吹っ飛んじゃうよぉ?」
マクシムはそう言ってから、アディンにストップをかけた。
ふぅ、と息をついてアディンは深呼吸する。
集中して魔法を使ったあとでも、あまり体の負担を感じずにこなせるようになってきた。
「すげーな、本当に使えるようになってんじゃねぇか」
「まだ治癒魔法まではいけてないんだけど……」
「いや、上等だろ」
テヴァは元の感覚に戻った腕をぐるぐると回しながら、にやりとした。
「俺も魔法使いてぇ〜」
「テヴァっちは無理だねぇ。魔力皆無」
きっぱりと言い切られて、テヴァは心底ショックな表情を浮かべた。
「だいぶ人相手にも、程良い具合がわかってきたみたいだねぇ」
「はい!実験体ありがとう、テヴァ」
「お前さらっとひでぇこと言ってんぞ」
いつでも相手するぜ、とテヴァは感覚が戻ったばかりで重たそうな腕を、なおも動かしながらそう言った。
テヴァが戻っていき、アディンとマクシムは昼食を取り終ると午後の部に勤しむ。
いくらか同じような実験をしては休憩を挟みを繰り返して、体力的にはかなり応えた一日だった。
それでもマクシムが帰った後もモチベーションが高まっていたので、アディンは魔法の勉強を継続するため、カナフに借りていた魔法の教科書を読みふけっていた。
相変わらず専門用語は難しいのだが、感覚的にわかる部分が増えてきたので、理解しやすくなっている。
(強化魔法は、風船に空気を限界まで入れる作業だって、師匠言ってたな)
与えすぎで起こる事故について目を通しながら、アディンはマクシムに言われたことを思い出す。
それから、ここが勉強しないと難しい部分なのだが、魔法はそれぞれ術式という文字で表すことができるようだ。
それにより目で見て魔法の適量を把握できるので、術式通りに唱えることで、無駄なく適切な処置を行える。
まだ感覚で魔法を放っているアディンには、その式を見てもどのくらいのどんな魔法なのかさっぱりである。魔法を式で表そうとした人は偉大だ。
(そういえば魔導兵器室の入口は、魔法のかかった扉だったっけ)
打ち消す術式が込められた鍵ではないと、開かない仕組みらしい。
しかし反対に術式を解くことができれば、鍵がなくても開くということでもある。
アディンはベッドに横になったまま、本の半分くらいまでをいっぺんに読み進めて、腕が痛くなってくると寝返りを打った。
本に書かれていることを試してみたくて、アディンはうずうずと天井に手をかざす。
「勝手に魔法使ったら、師匠に怒られちゃうよね……」
それでもなんとなく試したい気持ちを抑えられず、アディンは本に書かれていた視力の強化魔法をこっそり試してみることにした。
窓の外を眺め、アディンはそっとこめかみあたりに手を添えると、魔法をかけ始める。
じわじわと遠くが鮮明に映りだした。窓の中で食事を楽しむ家族の姿、その口元にクリームがついているところまでくっきりと見えて、アディンは身震いした。
もっと遠くも……どこまでなら……。
木が生い茂る森の中を覗き始めて、アディンはくらりとめまいに襲われ、ベッドに倒れ込んだ。
(視界がちかちかする……!)
猛烈な頭痛と吐き気も襲ってくると、その場から動けなくなる。
しばらくじっとしているとそれらはだんだんと落ち着いてきて、再び顔は上げられたのだが、魔法の反動か涙が滝のように溢れて止まらない。
「まず……」
傍に置いてあったタオルを顔に押し付けて、アディンは気持ちを整えるために深呼吸した。
十数分経ってようやく、涙が止まった。
アディンは急なのどの渇きに襲われ、急いで水を取りながら目をこすった。
「あ、危なかった」
うっかりかけ続けていたら出血でもしていたのだろうか。加減がわからず、万が一があると思うとゾッとした。
やはりまだマクシムがいない時は唱えたら危険だ。
アディンは身に染みて、魔法の危険さを体感したのだった。