第四章:医する魔法

 シャルへヴェットたちは先に仕事をすましておくと言って医務室を後にし、残ったマクシムがこの場で早速、魔法について説き始めた。

「ホント魔力多いね〜。さすが紫の目!アディンくんはねぇ、確かに強化系の魔法が得意そうだよ」
「マ、マクシムさんは見ただけで魔力とか分かるんですか?」
「そういうの敏感な人いるんだよね。なんとなく目を見るとわかるっていうか。私もそういうカンジ〜」

 火とか水は出せなかったんでしょ?と聞かれて頷くアディンに、じゃあとマクシムは自分を指さした。

「私の体を軽くするイメージしてみて。ハイッ、軽やかに〜動いちゃうよ〜」

 アディンにそう指示して、ぐるぐると同じところをゆっくりと歩き出すマクシム。
 なんの説明もなく、いきなり歩き回るマクシムに驚きながら、アディンはじっとその様子を観察する。
 彼女に言われたとおり、彼女の足を見つめて、軽くなる……と浮いている彼女の足をイメージした。

 すると。

「おおっ?」

 がくんと明らかに膝がまっすぐになり、マクシムはつんのめって壁に手をついた。

「いい!つかみはいいよぉ〜!」

 これは。
 魔法が使えた、のか!?

「う、嘘」

 あまりに突然、初めての感覚が指を伝い、アディンの目が大きく見開かれる。

(僕も魔法が使える……!)

 驚きと歓喜に湧くアディンの表情を見て、マクシムは髪をかきあげながらにんまりとする。

「今、軽くしようってなんとなくイメージしてたでしょ?そしたら今度は、ちょっと考え方を変えてみて。足とか腰の筋肉が強化されたら、動きが軽くなると思わない?そういうイメージしてみよ〜」

 彼女に言われたまま、アディンはまたイメージを描く。
 足が軽くなるということは、重量が軽くなるか足に筋肉がついた状態かのどちらかだ。強化魔法だから、筋力を強化するイメージなのか……。
 アディンの魔法が伝わると、マクシムは楽しそうに回ったり跳ねたり、身軽な体で美しく舞い始めた。

「すごい、すご〜い!アディンくん才能あるねー!」

 本当に、唱えられている……。
 想像よりはるかにスムーズに魔法が唱えられてしまったので、少し拍子抜けというか、嬉しい半面、複雑な気持ちだ。
 使っているという実感も全くない。

「治癒魔法の場合はー、イメージが怪我の内容によって変わるんだよねぇ。今回のアディンくんの場合は骨折でしょ、骨折って体の中でどういう風に治っていくかわかる?」

 ええと、とアディンは顎に手を添え、医療書の言葉をわかりやすく引用しようと試みる。

「炎症が収まってくると、血腫から出る成長因子が細胞を増やして……。それで、それが軟骨を形成して、だんだん元の強い骨に戻っていく、みたいな……」
「え、なんか詳しいね?あっ、診療所にいたってシャルるん言ってたなぁ!なーるほど、そういう事ね」

 マクシムはうんうん、と一人納得して大きな瞳を輝かせた。

「いける!いけるよ、アディンくん!それをイメージすればいいだけ。詳細をちゃんと描けるほど有利なんだから!」

 まさか医学の知識が、魔法にも生きてくるとは。
 相容れないものだと思っていたので、思いがけない繋がりにアディンは少し嬉しくなる。

「でもだよ」

 アディンの頭にぽんと手を置いて、マクシムは大事なポイントを添えた。

「魔力の消費のことを考えないとなんだなぁ」
「魔力の消費……」
「今なんとなくさ、魔法使ってみた前と後で、体の感じ違う気がする?」

 言われてみれば、放った後は息を止めていた感覚に襲われて、少し息が苦しくなったような。
 それ、とマクシムはウインクした。

「次は消費をコントロールできるように練習しよっか!強化魔法ってただ思い切り放てばいいわけじゃないからねぇ。やりすぎると逆に、かけられた方はコントロール効かなくなるから。いい塩梅を覚えなきゃ」

 そう言いながら、マクシムはアディンの隣に腰掛けた。
 ベッドがぎし……と鈍い音を立てて軋むと、彼女はグローブを脱いだ長い指を、アディンの胸元に這わせる。

「目をつぶって魔力を感じて……」

 魔力ってなんだ?とアディンはマクシムの手つきにムズムズしながら、その指のあたりに意識を向ける。
 魔法は使えたが、体の中に魔力が巡っている感じはまだよくわからない。

 魔力の話で思い出したが、もっと魔法を操れるようになったら、月の王も目覚めてくれるだろうか。
 しかし今のところ、マクシムに触れられている指先の感覚はただ、こそばゆいのみだ。
 マクシムは目を閉じて顔を歪めているアディンを面白そうに眺めて、胸元の指をぷに、と唇に移動させた。

「感じてって言われても難しいよねぇ~。あは、若い子の唇ぷるぷる」

 びっくりしてアディンは目を開ける。

「マ、マクシムさん」
「可愛いねぇ。あんまし根を詰めちゃうと集中力続かないし、ちょっと休憩しよっか!魔力は休んでるうちに回復するから」
「で、でもまだそんなに魔法も使ってないし……まだ僕、大丈夫です」

 マクシムは長いまつげを揺らして瞬きすると、アディンの頬をつまんだ。

「めっ、だよぉ。師匠の言うことは聞かなきゃ。おしゃべりタイムしよ」

 ふにふにと楽しそうに頬を引っ張っられて、アディンは困ってしまった。
 対するマクシムはむしろウキウキだ。

「ね、師匠って呼んでよぉ。ほら、魔法の専門家とかって、よく弟子取ったりするじゃん?」
「は、はい。その、師匠……」

 一向にマクシムのペースから抜け出せない。
 何かこちらからも話題を振らないと、おしゃべりタイムなのに色々と触られて、気が持たなそうだ。
 診療所では、待ち時間に患者の相手を任されることも多かったからコツは知っている。誰かの話題を出すのだ。
 今のところ、マクシムと接点がありそうなのはシャルへヴェットくらいだ。その話題を振ろう。

 アディンはお願い通りに師匠と呼んでちらちら伺うと、彼女はなぁに、と満足げに聞いてきた。

「師匠はシャルと知り合って長いんですか?」

 脈絡のない質問の理由は聞かずに、マクシムは笑顔で答えた。

「長いよ?私もシャルるんも一年違いくらいで教会ここに入ってるからほぼ同期だねぇ。その時、私は十四とかだったかなぁ。十年以上は同じところで働いてるね~」
「そ、そうなんですね。仲がよさそうだったから……」

 アディンがそう言うと、マクシムは嬉しそうにはにかむ。

「そぉ見える?あは、シャルるん私には塩だからさ~」

 確かに、あの誰にでも温和そうなシャルへヴェットが、マクシムに対してはやたら薄い返事をしていた気がする。
 昔からそんな感じなのかと尋ねると、マクシムは思い返すように少し考えてからきっぱり答えた。

「んーん!周りがやたら冷やかすからぁ、シャルるんがちょっと距離とってる~ってカンジ」
「じゃあ嫌いとか苦手とかいうわけじゃないんですね」
「そーだよ!それが面白いから私も絡むんだからっ。それに初めての……」

 あっ!とマクシムは斜め上を向いてわざとらしく首を傾げた。

「今の絶対怒られちゃうから、聞かなかったことにしてぇ」

 初めての、なんだろう。怒られるとか言ってる割には、彼女はけらけらと楽しそうだった。
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