第一章:魔物化現象
どのくらい経ったのだろう。
アディンは白から黒く移り変わった目の奥を見つめていた。
手に力を込めると指先が跳ねて、我に返ったかのように瞼が上がる。
目前には暗い……だが雲のまにまに微かに星の瞬く夜空があった。
慌てて体を起こす。
いくら体をひねっても、辺りの風景に全く見覚えがなく……まさか死んでしまったのだろうか。いや、驚愕のあまり言葉が発せない。
背丈のある草が所々に繁り、どこか空気がしっとりしている気がする……。
きょろきょろと辺りを見回すと、少し先の沼地に、先程のスーツの女性の後ろ姿があるのが見えた。あの姿勢の良さ、間違いない。
アディンは重たい体をゆっくりと持ち上げて、とにかく彼女の元へと歩を進めた。
間もなく二、三歩行ったところで、周囲に気配があるのに気づく。
息を止め耳を澄ますと、低く震えるような魔物の唸り声が聞こえた。
まだ死んでないかも……と思えたが、アディンの体は強張った。
「あのっ……」
アディンが声をかけた時、女性が気づくのと同時に、近くの草陰がガサッと動いた。
――魔物に見つかった!
しかし構えぬうちに、彼女の投石が魔物の眉間に見事、命中した。細い声を上げながら、魔物は闇の中へと逃げていく。
力の入っていた肩がずるりと落ちた。
「夜に街の外で大きな声を出すのは厳禁よ」
「ご、ごめんなさい」
もう一度周りを確認してから、小声で尋ねる。
「その……ここは」
アディンの問いに、彼女は眉をひそめた。
「私にもわからないの。恐らくさっきの怪しい女、魔導兵器を使ってたでしょう。見た?」
銃の周りに微かに光の粒が見えて、アディンにもそれが『魔導兵器』であるとすぐにわかった。
「あの銃で転移魔法のようなものを受けたんじゃないかしら。この湿度の高い感じ、さっきいたネツァク都とはまるで違うわよね」
転移魔法……。
確かに、元いた診療所に比べて、明らかに空気が張り付くような感じがある。
アディンはこくりと頷いた。
「とりあえず夜の町外は危険だから、近くの街を探しましょう」
「は、はい!」
転移魔法とはその名の通り、人を転移させる魔法だ。それくらいは知っている。
しかし、今まで魔法に触れる機会のなかったアディンには、それがすごい魔法なのか一般的な魔法なのかの区別がつかなかった。
とはいえ、突然どこか知らない場所に飛ばされてしまうなんて、あまりに恐ろしい事態だ。まだ状況を飲み込めていない自分がいる。
彼女は堂々としているように見えるが、魔法で転移するのは普通のことなのだろうか。
さっきまで雪かきをしていたのにと、身震いしたところで、自分が汗臭い服のままだったことを思い出し、思わず距離を取る。
ただ、この女性のことを警戒していると思われたら申し訳ないので、咄嗟に名乗った。
「あの、僕、アディン・ピウスって言います」
女性はアディンの一連の動作にきょとんとした顔をすると、目を細めてから右手を差し出した。
「そんなに硬くならないで。敬語もいらないわ。私はテフィラー・オーラーティオー」
「オーラーティオーさん……。よろしくお願いします」
「いやだわ、テフィラーと呼んで。長いから」
優しい笑みを浮かべる彼女にどきりとして、思わず反射的な笑顔を作る。
よろしくね、アディン。と綺麗な髪を揺らして、テフィラーは握り返したアディンの手に、優しく力を込めた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
見知らぬ土地を、あてもなくとぼとぼ歩いた。
黙って歩いているせいもあってか、気を抜いたら途端に倒れてしまうんじゃないかと思えるくらい、ずっと気を張り詰めっ放しだった。
喉の渇きにも耐えられなくなってきた頃、次第に空が薄明るくなってくると、視界の先の方に微かに建築物が映った。
二人があっと声を漏らしたのはほぼ同時だっただろう。
「街だぁ……!」
ぽつぽつと古びた木造の家が立ち並んでいるのがわかり、アディンは安堵のあまり泣いてしまいそうな声を漏らす。
「結構歩いたのに大きな街じゃないところを見ると、ここは相当田舎なのかも……」
久々に発せられたテフィラーの声色も、なんだかほっとしているように聞こえた。
しかし近づいていくにつれ、二人は街の空気の奇妙さに気づいた。
「僕、あまり色んな街には行ったことないけど、でもなんていうかここ……廃れてる?」
「私にもそう見えるわ」
明け方なのもあるだろうが、人の気配が全くない。近づけば近づくほど気味が悪い。
どの家も当たり前のように横に畑を構えて、柵で囲んでまであるというのに、その畑の作物はほとんど枯れてしまっている。
「あっ、人がいる!」
街の中心のような開けた場所で、大きな桶を持った少女が、中身をたぷたぷ揺らしながら重たそうに水を運んでいた。
「すみません!」
アディンが呼びかけると、少女は驚いた様子でこちらを見やり、桶をそっと置いて駆け寄ってきた。
「外の人だ!こんにちは!」
「こんにちは。急に押しかけてしまってごめんなさい」
テフィラーがすかさず、少女の視線まで腰を落として挨拶をした。アディンも、こんにちはと続ける。
少女はキラキラと興味津々の表情でこちらを見上げた。前歯が一本抜けているが、笑顔は満点だ。
「もしかして、イェソド都の祓い師様ですか!」
彼女の目は、視線を合わせてしゃがんだテフィラーではなく、明らかにアディンを捉えていた。
むしろアディンが困惑の視線をテフィラーに向ける。
「ええっと……?」
少女の質問に、テフィラーは声を低くして質問で返した。
「まさか、感染地なの?」
少女の顔がみるみる暗くなる。
「イェソド都の人じゃないんだね……」
イェソド都の人とはなんのことを言っているのか、隣で聞いているアディンにはさっぱりだった。
どうやらテフィラーは、少女が顔を曇らせた理由がわかったようだ。
「ごめんなさい。私たち、迷ってここに来ただけなの」
テフィラーが答えると、そっかと少女はくるりと背を向け、桶の方へ走っていく。
もう少し話を聞きたいと引き止めかけた二人に、彼女は桶を手に振り返り、
「早く来てー!」と大きく叫んだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ついていった先は彼女の家だった。
「お兄さん、お水運んでくれてありがと!」
どういたしまして、とアディンは微笑み、水が並々入った桶を置き、玄関にあった蓋を被せる。
「本当に祓い師様じゃないの?」
「祓い師様って……?」
知らないの?と言ったのは、少女ではなくテフィラーだった。
「イェソド協会のお偉いさん……有名人よ?」
「バノットたちみたいな感染者がいっぱいいる街があるとね、ジュウシャ?って人と一緒に赤い目を治しに来てくれるんだって!」
バノットと言った少女は「んっ」と長い前髪をかき分けて、瞳を露わにした。黒々と濁った赤い眼だ。
「赤眼……」
きゅっと胸が縮こまる感じがした。大怪我を負った人の患部を、初めて確認した時のような。
診療所の棚に並ぶ医学的書物を読み漁るのが好きだったアディンは、もちろん赤く変化した眼、『赤眼』のことは知っていた。
赤眼というのは、ある日突然目が赤く染まり、数日後に魔物化してしまうという『魔物化現象』の症状だ。
赤眼になることを感染というのだが――アディンは初めて目にしたが――この少女・バノットのような状態である。
しかし、魔物化現象は体内の魔力の異変が原因らしく、医学の力ではどうにもできない病気なのだ。
「じ、じゃあ君は魔物に……」
アディンは言いかけて、しまったと口を塞ぐ。途端にバノットの顔がくしゃっと歪んだ。
「バノット……魔物になるかもしれなくて危ないから……。まだ赤い目になってないパパもママも皆も、バノットたちが治るまで遠くの街に行ってるって」
「なにそれ……赤眼の町人だけを残して、残りは安全な土地に逃げたって言うの?」
テフィラーはより一層、怪訝そうな顔でバノットに向かい合う。
「しかも両親まで……。信じられないわ。町長は感染地のお祓い依頼を出したのかしら」
「依頼って、そのイェソド都の祓い師とかいう人に?」
アディンが尋ねると、テフィラーに合わせてバノットも頷いた。
「すぐに来てくれるよね!パパもママも祓い師さまが街を綺麗にしてくれたら、必ず帰って来るって言ってたもん!」
バノットは言い張りながらも、その赤い目に涙を浮かべていた。
一体何日、ここに置き去りにされてしまっているのだろう。
それに他の赤眼の町人で、既に魔物化してしまった人はいるのだろうか。色々と気になるところだ。
窓の先の閑散としている広場を眺めながら、アディンはごくりと唾を飲み込んだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「祓い師というのはね、赤眼を元に戻せる力を持った人のことなの」
バノットが「休むのに使っていいよ!」と貸してくれた部屋に腰を下ろしたアディンは、『祓い師』についてテフィラーに説明を受けていた。
「うそ、そんな人いたんだ!僕、赤眼になったら治す方法はないのかと思ってた」
アディンの反応に、テフィラーは思わず額に手を当てる。
「祓い師を知らないなんて。箱入りにも程があるわよ」
「せ、世間知らずな自覚は……すごくあるんだけど」
言っていて恥ずかしくなってしまったが、祓い師なるものを知らないのは、そんなにおかしなことなのだろうか。
テフィラーはアディンの顔をまじまじと見つめ、何か言いかけたが、しかし……と悩むように何度も俯きながら口元を撫でる。
本当に世間知らずね。と言いたいところを黙ったのだろうか。
「いや」と、その勘ぐりを否定するかのように、テフィラーはまた口を開く。
「あなた、その人と同じ紫色の眼なのに、本当に知らないの?」
「え……」
どういう意味?と首を傾げるアディンに、テフィラーはまた額を抑えるようにして、
「紫の眼は珍しいのよ。今のところ彼 しかいない……はずだったから」
と、少し呆れたようなニュアンスを含みながら言った。
それに対して困った表情を浮かべるアディンに対し、もうこれ以上は無駄と感じたのか、テフィラーは言葉を続けなかった。
その態度に、アディンもなんと言ったらいいのかわからず黙り込んでしまう。
沈黙のまま、二人はなんとなく部屋の端々に分かれて、それぞれで休息を取った。
体は限界に近かったのだろう。
傍にある布団に横になると、睡魔はアディンの思考を塞ぎ込むかのように、すぐさま眠りへと誘ってしまうのだった。
アディンは白から黒く移り変わった目の奥を見つめていた。
手に力を込めると指先が跳ねて、我に返ったかのように瞼が上がる。
目前には暗い……だが雲のまにまに微かに星の瞬く夜空があった。
慌てて体を起こす。
いくら体をひねっても、辺りの風景に全く見覚えがなく……まさか死んでしまったのだろうか。いや、驚愕のあまり言葉が発せない。
背丈のある草が所々に繁り、どこか空気がしっとりしている気がする……。
きょろきょろと辺りを見回すと、少し先の沼地に、先程のスーツの女性の後ろ姿があるのが見えた。あの姿勢の良さ、間違いない。
アディンは重たい体をゆっくりと持ち上げて、とにかく彼女の元へと歩を進めた。
間もなく二、三歩行ったところで、周囲に気配があるのに気づく。
息を止め耳を澄ますと、低く震えるような魔物の唸り声が聞こえた。
まだ死んでないかも……と思えたが、アディンの体は強張った。
「あのっ……」
アディンが声をかけた時、女性が気づくのと同時に、近くの草陰がガサッと動いた。
――魔物に見つかった!
しかし構えぬうちに、彼女の投石が魔物の眉間に見事、命中した。細い声を上げながら、魔物は闇の中へと逃げていく。
力の入っていた肩がずるりと落ちた。
「夜に街の外で大きな声を出すのは厳禁よ」
「ご、ごめんなさい」
もう一度周りを確認してから、小声で尋ねる。
「その……ここは」
アディンの問いに、彼女は眉をひそめた。
「私にもわからないの。恐らくさっきの怪しい女、魔導兵器を使ってたでしょう。見た?」
銃の周りに微かに光の粒が見えて、アディンにもそれが『魔導兵器』であるとすぐにわかった。
「あの銃で転移魔法のようなものを受けたんじゃないかしら。この湿度の高い感じ、さっきいたネツァク都とはまるで違うわよね」
転移魔法……。
確かに、元いた診療所に比べて、明らかに空気が張り付くような感じがある。
アディンはこくりと頷いた。
「とりあえず夜の町外は危険だから、近くの街を探しましょう」
「は、はい!」
転移魔法とはその名の通り、人を転移させる魔法だ。それくらいは知っている。
しかし、今まで魔法に触れる機会のなかったアディンには、それがすごい魔法なのか一般的な魔法なのかの区別がつかなかった。
とはいえ、突然どこか知らない場所に飛ばされてしまうなんて、あまりに恐ろしい事態だ。まだ状況を飲み込めていない自分がいる。
彼女は堂々としているように見えるが、魔法で転移するのは普通のことなのだろうか。
さっきまで雪かきをしていたのにと、身震いしたところで、自分が汗臭い服のままだったことを思い出し、思わず距離を取る。
ただ、この女性のことを警戒していると思われたら申し訳ないので、咄嗟に名乗った。
「あの、僕、アディン・ピウスって言います」
女性はアディンの一連の動作にきょとんとした顔をすると、目を細めてから右手を差し出した。
「そんなに硬くならないで。敬語もいらないわ。私はテフィラー・オーラーティオー」
「オーラーティオーさん……。よろしくお願いします」
「いやだわ、テフィラーと呼んで。長いから」
優しい笑みを浮かべる彼女にどきりとして、思わず反射的な笑顔を作る。
よろしくね、アディン。と綺麗な髪を揺らして、テフィラーは握り返したアディンの手に、優しく力を込めた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
見知らぬ土地を、あてもなくとぼとぼ歩いた。
黙って歩いているせいもあってか、気を抜いたら途端に倒れてしまうんじゃないかと思えるくらい、ずっと気を張り詰めっ放しだった。
喉の渇きにも耐えられなくなってきた頃、次第に空が薄明るくなってくると、視界の先の方に微かに建築物が映った。
二人があっと声を漏らしたのはほぼ同時だっただろう。
「街だぁ……!」
ぽつぽつと古びた木造の家が立ち並んでいるのがわかり、アディンは安堵のあまり泣いてしまいそうな声を漏らす。
「結構歩いたのに大きな街じゃないところを見ると、ここは相当田舎なのかも……」
久々に発せられたテフィラーの声色も、なんだかほっとしているように聞こえた。
しかし近づいていくにつれ、二人は街の空気の奇妙さに気づいた。
「僕、あまり色んな街には行ったことないけど、でもなんていうかここ……廃れてる?」
「私にもそう見えるわ」
明け方なのもあるだろうが、人の気配が全くない。近づけば近づくほど気味が悪い。
どの家も当たり前のように横に畑を構えて、柵で囲んでまであるというのに、その畑の作物はほとんど枯れてしまっている。
「あっ、人がいる!」
街の中心のような開けた場所で、大きな桶を持った少女が、中身をたぷたぷ揺らしながら重たそうに水を運んでいた。
「すみません!」
アディンが呼びかけると、少女は驚いた様子でこちらを見やり、桶をそっと置いて駆け寄ってきた。
「外の人だ!こんにちは!」
「こんにちは。急に押しかけてしまってごめんなさい」
テフィラーがすかさず、少女の視線まで腰を落として挨拶をした。アディンも、こんにちはと続ける。
少女はキラキラと興味津々の表情でこちらを見上げた。前歯が一本抜けているが、笑顔は満点だ。
「もしかして、イェソド都の祓い師様ですか!」
彼女の目は、視線を合わせてしゃがんだテフィラーではなく、明らかにアディンを捉えていた。
むしろアディンが困惑の視線をテフィラーに向ける。
「ええっと……?」
少女の質問に、テフィラーは声を低くして質問で返した。
「まさか、感染地なの?」
少女の顔がみるみる暗くなる。
「イェソド都の人じゃないんだね……」
イェソド都の人とはなんのことを言っているのか、隣で聞いているアディンにはさっぱりだった。
どうやらテフィラーは、少女が顔を曇らせた理由がわかったようだ。
「ごめんなさい。私たち、迷ってここに来ただけなの」
テフィラーが答えると、そっかと少女はくるりと背を向け、桶の方へ走っていく。
もう少し話を聞きたいと引き止めかけた二人に、彼女は桶を手に振り返り、
「早く来てー!」と大きく叫んだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ついていった先は彼女の家だった。
「お兄さん、お水運んでくれてありがと!」
どういたしまして、とアディンは微笑み、水が並々入った桶を置き、玄関にあった蓋を被せる。
「本当に祓い師様じゃないの?」
「祓い師様って……?」
知らないの?と言ったのは、少女ではなくテフィラーだった。
「イェソド協会のお偉いさん……有名人よ?」
「バノットたちみたいな感染者がいっぱいいる街があるとね、ジュウシャ?って人と一緒に赤い目を治しに来てくれるんだって!」
バノットと言った少女は「んっ」と長い前髪をかき分けて、瞳を露わにした。黒々と濁った赤い眼だ。
「赤眼……」
きゅっと胸が縮こまる感じがした。大怪我を負った人の患部を、初めて確認した時のような。
診療所の棚に並ぶ医学的書物を読み漁るのが好きだったアディンは、もちろん赤く変化した眼、『赤眼』のことは知っていた。
赤眼というのは、ある日突然目が赤く染まり、数日後に魔物化してしまうという『魔物化現象』の症状だ。
赤眼になることを感染というのだが――アディンは初めて目にしたが――この少女・バノットのような状態である。
しかし、魔物化現象は体内の魔力の異変が原因らしく、医学の力ではどうにもできない病気なのだ。
「じ、じゃあ君は魔物に……」
アディンは言いかけて、しまったと口を塞ぐ。途端にバノットの顔がくしゃっと歪んだ。
「バノット……魔物になるかもしれなくて危ないから……。まだ赤い目になってないパパもママも皆も、バノットたちが治るまで遠くの街に行ってるって」
「なにそれ……赤眼の町人だけを残して、残りは安全な土地に逃げたって言うの?」
テフィラーはより一層、怪訝そうな顔でバノットに向かい合う。
「しかも両親まで……。信じられないわ。町長は感染地のお祓い依頼を出したのかしら」
「依頼って、そのイェソド都の祓い師とかいう人に?」
アディンが尋ねると、テフィラーに合わせてバノットも頷いた。
「すぐに来てくれるよね!パパもママも祓い師さまが街を綺麗にしてくれたら、必ず帰って来るって言ってたもん!」
バノットは言い張りながらも、その赤い目に涙を浮かべていた。
一体何日、ここに置き去りにされてしまっているのだろう。
それに他の赤眼の町人で、既に魔物化してしまった人はいるのだろうか。色々と気になるところだ。
窓の先の閑散としている広場を眺めながら、アディンはごくりと唾を飲み込んだ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「祓い師というのはね、赤眼を元に戻せる力を持った人のことなの」
バノットが「休むのに使っていいよ!」と貸してくれた部屋に腰を下ろしたアディンは、『祓い師』についてテフィラーに説明を受けていた。
「うそ、そんな人いたんだ!僕、赤眼になったら治す方法はないのかと思ってた」
アディンの反応に、テフィラーは思わず額に手を当てる。
「祓い師を知らないなんて。箱入りにも程があるわよ」
「せ、世間知らずな自覚は……すごくあるんだけど」
言っていて恥ずかしくなってしまったが、祓い師なるものを知らないのは、そんなにおかしなことなのだろうか。
テフィラーはアディンの顔をまじまじと見つめ、何か言いかけたが、しかし……と悩むように何度も俯きながら口元を撫でる。
本当に世間知らずね。と言いたいところを黙ったのだろうか。
「いや」と、その勘ぐりを否定するかのように、テフィラーはまた口を開く。
「あなた、その人と同じ紫色の眼なのに、本当に知らないの?」
「え……」
どういう意味?と首を傾げるアディンに、テフィラーはまた額を抑えるようにして、
「紫の眼は珍しいのよ。今のところ
と、少し呆れたようなニュアンスを含みながら言った。
それに対して困った表情を浮かべるアディンに対し、もうこれ以上は無駄と感じたのか、テフィラーは言葉を続けなかった。
その態度に、アディンもなんと言ったらいいのかわからず黙り込んでしまう。
沈黙のまま、二人はなんとなく部屋の端々に分かれて、それぞれで休息を取った。
体は限界に近かったのだろう。
傍にある布団に横になると、睡魔はアディンの思考を塞ぎ込むかのように、すぐさま眠りへと誘ってしまうのだった。