第四章:医する魔法

 テフィラーに会いに行きたいが、足が動かせないとなると文字通りの足でまといどころの話ではない。
 全治三週間も待っている暇はないだろう。
 あからさまに足の件でしょんぼりとしているアディンに、シャルヘヴェットが若干の明るいトーンで投げかけた。
 
「アディンの怪我を治す方法として、治癒魔法がありますよ」

 それって、とアディンは顔を上げる。

「高額なあれ……だよね?」
「高額な……まあ、そうですけど、なにか嫌ってます?」

 眉を寄せるアディンに、シャルヘヴェットは不思議そうに頷いた。
 そう、治癒魔法については、浮かぶ顔があるのだ。

「医療現場で治癒魔法は憧れの存在な一方で、ずるい技だって逆恨みされてるから……。あ、でも僕自身はそういうイメージがあるだけで、別に嫌いなわけじゃないよ」

 昔、その話をした時に憤ってたレフアーのことを思い出して、アディンは苦笑いを浮かべる。

「なら良かったです。治癒魔法を使いましょう」
「でもそんな大金は……」
「自分でかければいいんですよ」

 シャルへヴェットが唐突に意味不明なことを言ったので、アディンは一瞬固まってしまった。
 そのアディンにすっと指を近づけると、シャルへヴェットはアディンの紫の瞳を指す。

「俺たちは魔法が得意な紫眼クリファなんですから」

 言われた意味が結局わからなかったのだが、この日は解散して、翌日また日程決めで集まる運びとなった。
 その時に詳しく話しますね、と治癒魔法についてはそれきりで、教えてもらえなかった。

 シャルへヴェットは『祓い師長室』兼自室に、従者はそれぞれの自室に、アディンはこの医務室にて体を休めることにした。
 のだが、皆が部屋を出て行ってから少しして、カナフがひょっこり戻ってきた。

「アディンさん、足怪我してるのにお一人じゃあ大変ですよね」

 やることないなと気を抜いていた矢先にカナフが現れたので、アディンは驚いて、わ!と声を漏らしてしまった。

「よかったら私の部屋で暇つぶします?色々本もありますし、動きたいときは手伝いますからっ」
「えっ、でも……」

 女の子の部屋だし……と言いかけて、ハグの件を思い出す。

(カナフはそういうのあんまり意識してないのかも……)

 逆に、意識してしまった自分が恥ずかしくなって、アディンはつい助かるよ!と頷いてしまった。
 カナフは嬉しそうに歯を見せて笑うと、アディンの体を支えるように寄り添ってくれた。
 少しドキドキしてしまうが、そう思っているのは自分だけだと思うと今度は虚しくなり、それ以降、道中気にならなくなっていった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「ようこそ!」

 カナフは再び自室にアディンを招き入れると、丁寧に椅子に座らせてくれた。
 相変わらず、どこか甘い匂いがするお腹のすく部屋だ。

「お邪魔します」
「アディンさんのお家も、自分の部屋とかありましたか?」
「うん、あっ、でも勝手にそう思ってただけで、ただの本置き場だったかも」

 診療所では、小窓の薄い光が差し込む小さな書斎が、アディンのお気に入りの場所だった。
 そこにいるとレフアーは読書中を気遣ってか、いつもノックして入ってきてくれるのだ。

「アディンさんも、本に囲まれて生活していたんですねっ。私記憶なくしてるので、この部屋にあった小説の内容全然覚えてなくって」

そう言いながら眺める先には数段に及ぶ、たくさんの小説が並んでいる。

「休日とか読みふけっちゃうんですよねぇ。そういう意味では記憶喪失もお得!なんて〜」
「困ったこともたくさんあったでしょ……?」
「ん……まあもちろんそうですけど、これ見てくださいっ」

 そう言いながら、カナフはさっき見ていた本棚から一冊適当に引き抜く。
 それから、一番最後のページに挟んであった紙切れを、にまにまと笑みを浮かべながらアディンに差し出した。整った字で、長文が書かれている。

「本の感想?」

 そうなんです!とカナフは嬉しそうに、最初に書かれている日付を指さす。今から大体五年前だ。

「これ、恐らくシャルヘヴェット様の字なんですよぅ。多分、昔の私はシャルヘヴェット様と小説を貸し合って、感想を交換していたのです!」

 なんとも誇らしげに、カナフは小説を高々と掲げた。

「なんて楽しいことをしているのかっ!そして私は読み終えたら、シャルヘヴェット様のご感想まで読むことができる、超〜っ嬉しい特典付きなんですよ」
「へぇ〜!じゃあシャルの部屋には、カナフの渡した感想が残ってるのかな」
「そっ!?それは……取ってあるかは定かでは無いですが……。でもでも、こんなに大量に貸し借りしてたなんて、結構仲良しじゃないですか?」

 うんうん、とアディンは頷く。

「このことをちょっと自慢したくて見せちゃいました〜あはっ!」
「この間……あの後シャルとは上手く話せたの?」

 シャルヘヴェットの病室でカナフが泣き出してしまった後、彼女を廊下に残して宿に向かってしまったのが、ずっと気がかりだったのだ。

「あ、はいっ!それが、シャルヘヴェット様が廊下にいたのに気づいてくださって。一体一で、ちゃんとお話してくれました」
「そうだったんだ」
「やっぱり、話をすればするほど、シャルヘヴェット様はお優しい方だなって思います!」
「カナフは本当にシャルが大好きなんだね」

 アディンの言葉に、元気に動いていたカナフはピタリと止まり、乙女らしくモジモジと顔を赤らめた。

「はい……。で、でも憧れではありますけど、手が届かない存在というか。そうあって欲しいというか。私は、素敵なお姿を遠くから眺めていたいんです。それで、ああなんて良い方の元で働けてるんだろうって、少し幸せな気持ちになりたくて……。贅沢な話ですがっ」

 意外な返答に、アディンはぽかんとしてしまった。
 スキンシップが多くてうっかり勘違いしそうになっていたが、彼女の本命はシャルヘヴェットなのだろうと思っていたから。

「恋人同士になりたいとか、そういうんじゃないんだ……」

 つい声に出ていて、アディンははっと口を押える。

「いや〜、お付き合いするならアディンさんみたいな方がいいなぁ」

 きっと冗談を言ったのだろうが、突然の発言に、アディンは返す言葉が見つからず顔を赤くして黙り込んでしまった。
 それを見て、カナフもはっとすると、つられて変な空気になる。

「す、すみませんっ、私すぐこういうこと軽々しく言っちゃって……」
「ご、ごめん!僕が変に捉えちゃったからっ」

 彼女を直視できずに、アディンは慌てて顔を伏せて手を合わせた。

「……そ、そういうふうには見られてないのかなって思ってたから」

 一言一句理解に時間を要しながら、カナフは分かりやすくカクカクと動揺した動きを見せる。

「わ!ごめんなさいっ、私の無神経でご迷惑を」
「迷惑じゃないよ!」

 声を上げてからアディンは慌てて向き直った。

「迷惑じゃ、ないから……距離とったり、しないでね」
「は……はい!」

 珍しくカナフはうろたえて、それから気まずそうに吐露した。

「その……テフィラーさんのこと少しでも思い詰めないようにと思って、なにか話題を探してたんです。変に空回っちゃって、す、すみませんっ!」

 ぱちくりと、アディンは突然謝られたことに呆気にとられ大きく瞬きをした。

(気遣わせちゃったな……)

 そのまま彼女と近くの喫茶店で食事を済ませ、アディンは頭の中で小さな反省会を繰り広げながら、医務室に戻った。
 不安を和らげようとして自身の話を持ち出してくれたのだとしても、今まで近くにいなかった歳の近い友人ができたようで、アディンは少し嬉しかった。
 ベッドに横になると、考え事を始めないように唱えながら目をつぶる。

 月明かりが差し込む医務室は、ぼんやり明るく、優しい光が心地いい。

 ただちょっぴり、ひとりが寂しい夜だった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 月明かりを見つめながら、一人になった部屋のベッドで、カナフはころりと寝返りを打つ。
 アディンを誘ったのは、実は彼の不安を和らげるためだけではない。
 ひとつ気がついた最悪な『もしも』を、自分の中からかき消したかったからだ。

 しかし、一人きりになるとどうしても、しまい込んだはずの勘が冴えてくる。

――時は遡り、図書館にて。

「アーラさん、ちょっと前にもこの本借りていきましたよね」

 カナフが持ってきた資料に、司書の女性はふふっと笑ってそう言った。

「え、私でした?」
「その時、たくさん資料持っていかれたので覚えてるんですよ」

 たくさん資料を持っていった記憶などない。
 大体図書館には、古い小説を漁りに来たり、ちょっと復習したい勉強に関する本を拝借しにくる程度だ。
 ただ、この司書の言葉にカナフの興味のアンテナが反応した。

「あ、あ〜!はいっ、思い出しました。あれ、あの時ってどんな服着てましたっけ?」
「え、服ですか?」

 変わった方向からの質問に、司書はなぜそんなことを聞くのかと首を傾げる。
 慌ててカナフは笑顔を作った。

「あ、あはっ……その、最近なくしちゃったアクセサリーがあって〜。その時付けてたっけなぁと!」
「いやー……、多分アクセサリーは付けてなかったと思いますよ。制服でしたね」
「そ、そうですか!残念っ」

 制服ということは、『カナフ・アーラ』の名を使って図書館を利用した教会関係者?
 しかも、司書がちゃんと顔を見ている……。

「そういえば!アーラさん、いつもと違う制服着てるなあとは思ったんですよ。なんとなく可愛くアレンジしてるような感じの」

 司書が思い出したのと同時にぽんと手を打って笑ったので、カナフも合わせて口角を二、三ミリ引き上げた。

「え……。あ〜っ!あの制服ですかぁ!なんか気分転換したかったんですよねぇ、あの時っ」

 制服のアレンジなど、もちろんしたことがない。

「ありがとうございますっ。あの、その時借りてた他の資料も、もう一度借りることってできますか?」
「いいですよ。貸し出し記録、見てみますね」

 驚いたことに、司書が渡してくれた資料はメレッドについて書かれているものばかりだった。
 少し関係のない本も混ざってはいたが、一から本棚を探したのでは数日かかりそうな量の資料が、一瞬にして集まってしまった。

 別の棚で資料を探っていたシャルヘヴェットは、カナフの持ってきた膨大な資料に舌を巻いた。

「こんなに……!?さすがカナフ、頼んで正解でしたね」
「え、えへへ〜!」

 わざとらしくヘラヘラとしてから、カナフは小声で彼に質問した。

「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
「どうしました?」
「私、この制服以外の制服を、以前着てたりしましたか?」

「え」

 その時の顔つきが、明らかに真剣なそれに変わったのを、カナフは見逃さなかった。
 すぐにゆっくりと瞬きをして、シャルヘヴェットは目を逸らしつつ頷く仕草をする。

「あ、ええ……。記憶を無くす前は器用に、首元をヒラヒラしたデザインに作り直して着てましたよ。こっちの方が可愛いからって」

 急にそんなことを聞いてきた部下に、シャルヘヴェットも変だと思ったのだろう。
 最近全く触れていなかった、記憶喪失の件を尋ねてきた。

「なにか、思い出したんですか?」

 まっすぐな眼差しの問いに、自分の探るような行為が後ろめたくなり、カナフは全力で首を振る。

「え、あ……いやぁ!この間、昔そういう制服着てたよね〜と教会員さんに言われて。私、知らなかったので」
「ああ、そうでしたか。あの制服、あとでカナフの部屋に届けられたと思ってましたが……。どこに行ってしまったんでしょうね」
「……」

 やっぱり。
 どくどくと、鼓動の鈍い音が早まっていくのがわかる。

(その制服を着てたカナフ・アーラは)

 握られたグローブの中の拳には、じっとりと嫌な汗が滲んでいた。

じゃない)

――なんだかすごく、ひとりが怖い夜だった。
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