第四章:医する魔法

 シャルヘヴェットは、皆に資料を回して見てもらうようにそれらを配った。

「メレッドは、紫眼クリファに疑いを持っている者たちで構成された、組織のようです」

 カナフも次いで、持っている資料をペラペラとさせながら、ともに調べてきたことを話し始める。
 
「魔導兵器が当時『高度な魔力を持つ紫色の目の存在によってもたらされた』と記している文献は、実は幾つかあるようで。メレッドという組織は、恐らくそこから紫眼クリファの存在を知り、現在の行方を調べてたっぽいですよぅ。
 表向きはテフィラーさんが言ってたように、魔法薬の販売なんかをやってるみたいです。有名な商品もありますねぇ」
「でもこんなに資料が出てきたってことは、そこまで隠れられてない組織なのかな?」

 回ってきたメレッドの過去の動向記録を見ながらアディンが呟くと、カナフがいや、と否定する。

「じ、実はですね……」

 カナフは斜め上を眺めてから、ぴんと指を立てる。

「偶然にも、私たちよりも先に調べてた人がいたみたいでっ。まとまって見つけることができました」
「……ツェルが調べてたのかな?」

 アディンはすぐに思い当たった人物を挙げて、ちらりとシャルヘヴェットの方に目を向ける。
 シャルヘヴェットが発言する前に、テヴァが口を開いた。

「シャルヘヴェット様、あのツェルとかいう女と知り合いなんすか」

 資料を捲る手を止めて、シャルヘヴェットは間を開けてから、少しだけ頷く。

「彼女は昔、教会に勤めていたので」

 さらっと発せられた一言に、テヴァは目を丸くした。

「え、じゃあ、ヤツの面識ないです〜って感じの態度はなんだったんすか!?」
「本人が話したくない意志を持っている限りは、俺からは何も……。いずれ、その時が来たら話します」

 言い切ると、彼は申し訳なさそうに
「必ず」
 と付け加えてから、話題を戻した。

「ツェルはおそらく味方なので、今はテフィラーの件に集中しましょう。彼女が、中途半端にアディンに怪我をさせたのも気になります」

 骨折、全治三週間と医師から言われた怪我を眺めて、アディンはため息をつく。
 恨むなら、私を恨んで――……。
 耳元で、最後に彼女はそう言ったのだ。

 彼女のことを考えると、たくさん助けてもらった思い出ばかりが頭を過ぎる。

 どこにも怪しい組織に属しているような素振りはなかったし、紫眼クリファの話を聞いた時も、驚いた顔をしていた。
 優しくされた記憶が、思い当たる節を隠そうとしているのだろうか。と思っていたが、シャルへヴェットは引っかかったところがあるようだった。

「以前、彼女の体内魔力量の多さが気になって、尋ねてみたことがあるんです」

 皆で滞在した、ゲブラー都の港での話だ。

「魔法が得意なのではないかと聞いたら、上手い感じにはぐらかされてしまって。唱えられたら『楽しい』って思えるのか……みたいなことを言っていたのが気になりました」
「そういえば僕、一緒に診療所に行った時に魔法を見せてもらったよ。お花みたいな、繊細な魔法だったな」
「んだよ!?がっつり魔法使える人じゃねぇか」

 テヴァが椅子に片膝立てながら、頬杖をついていた手を離して驚いた顔をする。
 あの時、魔法に感動するアディンとレフアーを見て、彼女は確かに楽しそうにしていたのだ。
 彼女が珍しく声を出して笑っていたので、よく覚えている。

「メレッドの研究の中に――」

 カナフが資料を漁って、その中の一枚を皆に広げて見せる。

「魔力増強剤というものがありまして。これは紫眼クリファの技術とは関係なく、こっちの世界の人々が研究していたものらしいんですけど……」
「えっ。これ飲むだけで体内魔力が増えるの?すごい薬だけど……出回ってないのが不思議だね」

 カナフがその言葉に顔をしかめる。

「出回っていないということは、非合法薬なわけですよぅ。なにかしら体に悪影響を及ぼしたり、まだ人が服用したら危険な研究状況にある薬ってことですよね」

 その紙を見ながら、アディンはふと『強力な魔法』という点で、脳内に結びついたことがあった。

「もしかして」

 アディンの思いがけず漏れた声が、皆の注目を集める。

「あっ……。その、最初会った時の話。ツェルに転移魔法を撃たれたせいで、ゲブラー都に飛ばされたのかと思ってたんだけど。本当はテフィラーが転移魔法を放ってツェルから逃げた、とか、ないかな?」

 転移魔法……と、シャルへヴェットが小さく繰り返す。

「転移魔法を魔導兵器から放てる話は、聞いたことがありません。転移魔法となると、かなり魔法を使いこなせる人間じゃないと唱えられないですが、なにか薬が作用しているという線はありえますね」

 シャルへヴェットはアディンの話に頷きながらそう言った。
 だとしたら最初の時点で、テフィラーは『飛ばされてしまったみたい』と、アディンに嘘をついていたのだ。

「じ……じゃあ偶然じゃなくて、テフィラーは僕に何かするつもりで診療所に来たってことなのかな。ツェルも僕に用があるって言ってたけど、狙ってたのは、僕じゃなくてテフィラーだった」
「なるほどです!私たちより先にこのことを調べてた可能性が高いですし、メレッドの構成員が、良からぬ企みでアディンさんに近づくのを阻止しようとした。って考えたら、辻褄が合いますね……」

 カナフにまとめられると、もう否定できない事実が見えてきてしまった気がした。

「やっぱり何するつもりかはわかんねーけど、騙してたのは間違いねぇってことか」
「そのっ、あんまりテフィラーのこと……」

 腕組みをして眉をひそめるテヴァに、アディンは訴える。

「わ、悪く言わないであげてほしい……」

 俯くアディンにテヴァは腕をほどき、
「事実を言っただけだろ。まぁ、気持ちはわかるけどよ……」
 と、困ったように頭をかく。

 それでも。ここまで事実が揃っていても、アディンはまだ、何かの事情があったせいじゃないのかと彼女を疑いきれなかった。
 何の目的で一緒にいたのか。
 嘘をついていたなら、どうして診療所まで送り返してくれたのだろう。

 しかし、そこに追い打ちをかけるかのごとく、別の話が畳みかけてきた。

「もう一つの資料を見ていただけますか」

 そう言ってシャルへヴェットが広げたのは、図書館で保管されていた新聞だった。

「え、私と調べてた時こんなのありましたか?」

 カナフが記事をちらりと覗いてから、シャルへヴェットを見上げる。

「いや」

 彼は新聞の上の日付を指さすと、説明を始めた。

「この資料もツェルが見つけてたようなんですが、後から司書の方が思い出して持ってこられたので、目を通してみたんです。カナフには組織について調べてもらうために、一旦伏せていました」

「この日付、今から大体十年前くらい?」

 アディンは示された数字に首をかしげる。カナフは伏せられていた理由に頷いて、アディンの呟きを拾う。

「図書館の新聞の保存期間て十年でしたよね!」
「ええ……。ぎりぎり破棄される前でよかったです」

 シャルへヴェットは日付の指を一面の大きく書かれた事件に移動させた。覗き込むテヴァが
「ティファレト都3-1番街、一夜にして焼失か」
 と、読み上げる。

 黙って記事を読み始めたが、アディンはその内容を声に発せずにはいられなかった。

「強力な魔法による延焼によって、街一帯が一夜にして焼失……自警団は住民の目撃情報から、火元となった住宅に住んでおり、事件後に逃亡した少女――」

「テフィラー・オーラ―ティオー(13)を犯人と見て、行方を追っています」

 その文面に、一同は絶句した。

 しんと静まり返る部屋は、メレッドという謎の組織に次いで、さらに重くのしかかる驚愕の事件に凍り付いてしまった。
 
「嘘だろ……」

 テヴァが第一声を小さく放ったのに対して、アディンは反射的に振り返った。

「嘘だよ……!こんなの、こんなこと、テフィラーがするわけないよ!」

 否定するアディンに、テヴァは舌を打つ。

「記事の事実は覆しようがねーだろ!俺だって信じたくねえけど、他の家族を差し置いて、テフィラー様だけが逃げてるところが見られてんだからよ」
「でっち上げられたかもしれない!」
「あのなあ!」

 テヴァがアディンの肩に掴みかかったところで、シャルヘヴェットが両者の間に入って引き離した。

「事実か否かはさておき、このような事件に関わっていた可能性が高い、という話です」
「そ、そうですよぅ!これがテフィラーさんとメレッドを紐づけたかは謎ですけどっ、なんでこんなことをしたのかってところは、本人にしか分からないんですから!」

 カナフもフォローに回ると、シャルヘヴェットはその新聞を、元あったようにくるくると丸めた。

「ごめんなさい。メレッドとは別の話なので必要ないとは思ったんですが、テフィラーのことだったので、皆も知っていた方がいいかと持ってきてしまいました……。
 いずれにせよカナフの言う通り、本人がどういうつもりなのかは、直接聞かないとわからないことです」
「……」

 テヴァとアディンの上がっていた肩が、どちらも納得いかないままに一旦は落ち着く。

「メレッドの本拠地は、首都マルクトにあります」

 今度は新しく地図を広げると、シャルへヴェットは詳細部分を指さす。
 地図で見ただけでは首都の景色など想像もできないが、その広さだけは一目瞭然だった。

「テフィラーに問い詰めるならここに行くのが間違いないでしょう。メレッドが紫眼クリファに対して何かしら動きだしているとしたら、俺のやりたいことにも恐らく支障が出る。
 なので俺は、一度メレッドここと話をしに行こうと思います」

 その発言に、カナフがすかさず手を挙げて乗っかる。

「シャルへヴェット様、この件に関しては私たち従者もテフィラーさんと関わりありますし、ついて行っていいですよね!?」

 シャルへヴェットは少し渋りを見せたが、結果として首を縦に振った。
 彼女はナチュラルに、テヴァと嬉しそうに顔を合わせる。

 皆が行くなら、足でまといかもしれないが自分もついて行きたい。
 あれだけ優しくしてくれたのが、騙すためだけとは思えないのだ。直接会って話をしたい。

「僕もついて行――」

 アディンは立ち上がりかけ、思い出した。

「そうだ……足」

 このままでは追いかけられないのだ。物理的に。
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