第四章:医する魔法
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「派手に折られたな」
テヴァが患部をじろじろと眺めて顔をしかめる。
アディンも包帯でぐるぐる巻にされた足をさすって、痛みを誤魔化すために息を吐いた。
「テ、テフィラー……」
なんと言っていいかわからず、名を呟くことしかできない。
彼女はなんだったのか、メレッドの構成員?
メレッドとはなんだ?
あの時、すぐに彼女は行方をくらまし、ツェルもそれを追いかけるために窓から飛び出て行ったという。
呼ばれた医師が応急処置を施してくれ、そのまま医療塔に世話になる運びとなった。
シャルヘヴェットは怪我のことを相当心配してくれていた。事を急ぐ必要ができたため、テヴァに様子を見るようにお願いして、カナフと共に医療塔を去ったのがいくらか前の話だ。
怪我の状態はというと、肩やら腰やらの打ち身はともかく、足首が完全に折れてしまっていた。
骨折患者は診療所でよく診ていたが、実は自分が骨折するのは初めてだ……。
「そもそも、テフィラー様の仕事って、本当に製薬会社の営業だったんかぁ?アディンお前、詳しいこと聞いてないのかよ」
「僕もそうとしか……」
テヴァは悔しそうにガシガシと頭をかく。やり切れない思いがひしひしと伝わってくる。
アディンも申し訳なくなって、頭を押さえた。
「クッソ、テフィラー様に変に疑いかけたくねえな……。俺らを騙してたんか?それともあのツェルのやつが余計なことしたんか!?」
「なにか暴いちゃいけない情報だったんだ……。でもテフィラーが、僕たちを騙すなんてことは」
「いや、けどお前意図的にやられてんだろーが。いずれ同じことになるかもしんねぇし、もっとやべーことになってたかも……」
でも、を重ねていって、少しずつ二人は気を重くしていく。
「ま、憶測で色々話したって意味ねえわな。今シャルへヴェット様とカナフのやつが『メレッド』とかいう組織を調べてるし、少し休ませてもらおーぜ」
テヴァはカーテンを開けて、暗い部屋に陽を注ぎ入れた。
シャルへヴェットが使っていたのと同じような間取りの病室で、ベッドと小机だけの簡素な造りだ。
そのベッドの足元に、テヴァはどかりと腰をかけた。座っていたアディンが少しだけ跳ねる。
アディンは窓から差しかかる日差しを受けながら、テヴァに意見を乞う。
「ツェルって、シャルとは知り合いなのかな」
「わっかんね〜。まあ、どう見ても初対面じゃあなかったな」
シャルへヴェットの従者を三年近く務めている彼でも、やはり知らない人物らしい。
テヴァは唇を尖らせて、背を向けたまま少し愚痴を吐く。
「俺なんも知らねぇんだよな、シャルへヴェット様のこと。知ってることの量だけが、信頼に繋がるとは思ってねえけどさ。あんまり信用されてねーのかなって、すげえたまーにだけど思う」
ぎし……とわずかに届くベッドの揺れに、なんとなく背側からでも寂しさを感じ取れる。
「僕が言うのもあれだけど、シャルはかなり口下手だよね」
「は?マジでお前が言うな」
慰めたつもりが裏目に出たので、アディンはしばらく黙ることにする。
「や、けど俺が信頼してもらえるほど貢献できてるかっつわれると、怪しいんだよなあ」
彼もカナフ同様、ツェルの言葉に少なからずダメージを受けているようだった。
完全に言い返せていない雰囲気が、対話の中でも汲み取れた気がする。
ただツェルもツェルで、あそこまで強く言うことないのではなかろうか……。
「カナフの記憶でも戻ってくれりゃ、もっとシャルヘヴェット様のこと聞き出せんのによ」
テヴァの嘆きが聞こえたかのようなタイミングで、カナフが勢いよく部屋に入ってきた。
「私がどーかしましたー!?」
「声デケェな!マジでうるせえ」
テヴァを無視して、カナフはアディンの怪我を心配してきたので、アディンは「大丈夫だよ」と笑ってみせる。
「アディンさん、ごめんなさい。私たちがいたにも関わらず、お守りできなくて……」
「そんな!二人はシャルの従者なんだから、僕を守る必要はないでしょ?気にすることじゃないよ」
そう言われても、カナフは煮え切らないようだ。
うんうん唸っていたが、急に両手で頬をはたくと向き直る。
「話を切っちゃってすみません、それで何のお話を?」
「お前の記憶が戻りゃ、シャルへヴェット様の過去のこととか知れたのにって話だよ」
背を向けたまま答えるテヴァに眉を寄せて、カナフは持っていた資料を机に置き、近くの丸椅子に腰掛けた。
「それは私が一番思ってますぅ〜」
ムッとした顔がまたケンカに繋がりそうだったので、慌ててアディンが口を挟む。
「ほ、ほら、別に怖い上司ってわけじゃないんだし、仲良くなれる場でも作ってみたら?」
「アディンお前、その場ってなんなんだ?お前作れるんか?」
振り返ったテヴァにバチバチにメンチを切られて、アディンは反射的にごめん、と謝った。
「でも、ガツガツ質問するのは大事かもしれませんねっ。過去の女性の話とか私は知りたいんですけど……!」
「ああ?お前、明るい話の持ってき方が雑なんだよ」
拳を握り意気込むカナフに、テヴァのメンチを切っていた顔はますます酷くなる。
アディンはそういえばと、受付の女性のことを思い出す。
「受付のあの……目に焼き付けておく美人の……」
「なんです?それ」
「ああ、マクシムお姉様な」
カナフはハテナを浮かべたが、テヴァがすぐに名前を教えてくれた。その名前に、カナフがちょっぴり怪訝そうな表情を見せる。
「げ、マクシムさん……」
「そ、そう!そのマクシムさんが、シャルを飲みに誘ってなかった?仲良さそうじゃない?」
「たしかにマクシムさんとシャルへヴェット様は、美男美女でお似合いだと、よく噂が立っていますが……」
言いながら、カナフは自分の言葉を否定するかの如く激しく首を振る。
「いやいや!でも、シャルへヴェット様の得意魔法は火ですし!マクシムさんは火と相性の悪い水なので、まだ希望はありますっ」
「いや何の根拠にもなってねーし、それ魔法属性占いだろ」
さっきまで暗かった空気が、若干柔らかさを取り戻してきたことにほっとする。
「歳も近いのかな?大人っぽかったよね」
「シャルへヴェット様よりひとつ上だったはず。二十七だったっけな」
テヴァの教会美女データが謎に役に立っているのが少し腹立たしいカナフは、すっと立ち上がって握った拳を突き上げた。
「いても立ってもいられないので、私マクシムさんに真相を聞いてきますっ!」
「お、思い立ちすぎじゃない!?」
ふんふん鼻を鳴らし意気込むカナフを、アディンは慌てて止める。
そこにちょうど、シャルへヴェットが資料を抱えて戻ってきた。
「みなさ……」
「シャルへヴェット様!マクシムさんとはどんなご関係なんですかぁ!」
少し涙目なカナフの質問に状況が分からず、シャルへヴェットはアディンたちを伺ったが、テヴァが肩をすくめるだけだった。
「なんですか急に。ただの同期ですよ」
「ホントですかぁ……」
良かったと言わんばかりの脱力した着席に、シャルへヴェットはさらに困惑の色を見せた。アディンが補足する。
「二人とも、もっとシャルのこと知って仲良くなりたいんだって」
「な、アディンお前」
テヴァが赤くなってアディンを止めるが、シャルへヴェットは目をぱちくりとさせて驚いていた。
「そ、そうなんです?」
親しみやすさに欠けてるということなのかと、シャルへヴェットは気まずそうに顎を撫でた。
部屋の空気感はどんよりとは程遠くなったが。
何となくだが、皆が皆、明るく取り繕うような気配があるのは間違いなかった。
彼はもっていた資料を、カナフの持ってきたものと合わせて机に揃えた。それから、気を取り直すように、こほんと咳払いする。
「メレッドとテフィラーについて、わかったことをお話します」
無理に張っていた良い雰囲気が一転。
それが深刻な眼差しだということは、ここにいる誰もが瞬時に察せるものだった。
「派手に折られたな」
テヴァが患部をじろじろと眺めて顔をしかめる。
アディンも包帯でぐるぐる巻にされた足をさすって、痛みを誤魔化すために息を吐いた。
「テ、テフィラー……」
なんと言っていいかわからず、名を呟くことしかできない。
彼女はなんだったのか、メレッドの構成員?
メレッドとはなんだ?
あの時、すぐに彼女は行方をくらまし、ツェルもそれを追いかけるために窓から飛び出て行ったという。
呼ばれた医師が応急処置を施してくれ、そのまま医療塔に世話になる運びとなった。
シャルヘヴェットは怪我のことを相当心配してくれていた。事を急ぐ必要ができたため、テヴァに様子を見るようにお願いして、カナフと共に医療塔を去ったのがいくらか前の話だ。
怪我の状態はというと、肩やら腰やらの打ち身はともかく、足首が完全に折れてしまっていた。
骨折患者は診療所でよく診ていたが、実は自分が骨折するのは初めてだ……。
「そもそも、テフィラー様の仕事って、本当に製薬会社の営業だったんかぁ?アディンお前、詳しいこと聞いてないのかよ」
「僕もそうとしか……」
テヴァは悔しそうにガシガシと頭をかく。やり切れない思いがひしひしと伝わってくる。
アディンも申し訳なくなって、頭を押さえた。
「クッソ、テフィラー様に変に疑いかけたくねえな……。俺らを騙してたんか?それともあのツェルのやつが余計なことしたんか!?」
「なにか暴いちゃいけない情報だったんだ……。でもテフィラーが、僕たちを騙すなんてことは」
「いや、けどお前意図的にやられてんだろーが。いずれ同じことになるかもしんねぇし、もっとやべーことになってたかも……」
でも、を重ねていって、少しずつ二人は気を重くしていく。
「ま、憶測で色々話したって意味ねえわな。今シャルへヴェット様とカナフのやつが『メレッド』とかいう組織を調べてるし、少し休ませてもらおーぜ」
テヴァはカーテンを開けて、暗い部屋に陽を注ぎ入れた。
シャルへヴェットが使っていたのと同じような間取りの病室で、ベッドと小机だけの簡素な造りだ。
そのベッドの足元に、テヴァはどかりと腰をかけた。座っていたアディンが少しだけ跳ねる。
アディンは窓から差しかかる日差しを受けながら、テヴァに意見を乞う。
「ツェルって、シャルとは知り合いなのかな」
「わっかんね〜。まあ、どう見ても初対面じゃあなかったな」
シャルへヴェットの従者を三年近く務めている彼でも、やはり知らない人物らしい。
テヴァは唇を尖らせて、背を向けたまま少し愚痴を吐く。
「俺なんも知らねぇんだよな、シャルへヴェット様のこと。知ってることの量だけが、信頼に繋がるとは思ってねえけどさ。あんまり信用されてねーのかなって、すげえたまーにだけど思う」
ぎし……とわずかに届くベッドの揺れに、なんとなく背側からでも寂しさを感じ取れる。
「僕が言うのもあれだけど、シャルはかなり口下手だよね」
「は?マジでお前が言うな」
慰めたつもりが裏目に出たので、アディンはしばらく黙ることにする。
「や、けど俺が信頼してもらえるほど貢献できてるかっつわれると、怪しいんだよなあ」
彼もカナフ同様、ツェルの言葉に少なからずダメージを受けているようだった。
完全に言い返せていない雰囲気が、対話の中でも汲み取れた気がする。
ただツェルもツェルで、あそこまで強く言うことないのではなかろうか……。
「カナフの記憶でも戻ってくれりゃ、もっとシャルヘヴェット様のこと聞き出せんのによ」
テヴァの嘆きが聞こえたかのようなタイミングで、カナフが勢いよく部屋に入ってきた。
「私がどーかしましたー!?」
「声デケェな!マジでうるせえ」
テヴァを無視して、カナフはアディンの怪我を心配してきたので、アディンは「大丈夫だよ」と笑ってみせる。
「アディンさん、ごめんなさい。私たちがいたにも関わらず、お守りできなくて……」
「そんな!二人はシャルの従者なんだから、僕を守る必要はないでしょ?気にすることじゃないよ」
そう言われても、カナフは煮え切らないようだ。
うんうん唸っていたが、急に両手で頬をはたくと向き直る。
「話を切っちゃってすみません、それで何のお話を?」
「お前の記憶が戻りゃ、シャルへヴェット様の過去のこととか知れたのにって話だよ」
背を向けたまま答えるテヴァに眉を寄せて、カナフは持っていた資料を机に置き、近くの丸椅子に腰掛けた。
「それは私が一番思ってますぅ〜」
ムッとした顔がまたケンカに繋がりそうだったので、慌ててアディンが口を挟む。
「ほ、ほら、別に怖い上司ってわけじゃないんだし、仲良くなれる場でも作ってみたら?」
「アディンお前、その場ってなんなんだ?お前作れるんか?」
振り返ったテヴァにバチバチにメンチを切られて、アディンは反射的にごめん、と謝った。
「でも、ガツガツ質問するのは大事かもしれませんねっ。過去の女性の話とか私は知りたいんですけど……!」
「ああ?お前、明るい話の持ってき方が雑なんだよ」
拳を握り意気込むカナフに、テヴァのメンチを切っていた顔はますます酷くなる。
アディンはそういえばと、受付の女性のことを思い出す。
「受付のあの……目に焼き付けておく美人の……」
「なんです?それ」
「ああ、マクシムお姉様な」
カナフはハテナを浮かべたが、テヴァがすぐに名前を教えてくれた。その名前に、カナフがちょっぴり怪訝そうな表情を見せる。
「げ、マクシムさん……」
「そ、そう!そのマクシムさんが、シャルを飲みに誘ってなかった?仲良さそうじゃない?」
「たしかにマクシムさんとシャルへヴェット様は、美男美女でお似合いだと、よく噂が立っていますが……」
言いながら、カナフは自分の言葉を否定するかの如く激しく首を振る。
「いやいや!でも、シャルへヴェット様の得意魔法は火ですし!マクシムさんは火と相性の悪い水なので、まだ希望はありますっ」
「いや何の根拠にもなってねーし、それ魔法属性占いだろ」
さっきまで暗かった空気が、若干柔らかさを取り戻してきたことにほっとする。
「歳も近いのかな?大人っぽかったよね」
「シャルへヴェット様よりひとつ上だったはず。二十七だったっけな」
テヴァの教会美女データが謎に役に立っているのが少し腹立たしいカナフは、すっと立ち上がって握った拳を突き上げた。
「いても立ってもいられないので、私マクシムさんに真相を聞いてきますっ!」
「お、思い立ちすぎじゃない!?」
ふんふん鼻を鳴らし意気込むカナフを、アディンは慌てて止める。
そこにちょうど、シャルへヴェットが資料を抱えて戻ってきた。
「みなさ……」
「シャルへヴェット様!マクシムさんとはどんなご関係なんですかぁ!」
少し涙目なカナフの質問に状況が分からず、シャルへヴェットはアディンたちを伺ったが、テヴァが肩をすくめるだけだった。
「なんですか急に。ただの同期ですよ」
「ホントですかぁ……」
良かったと言わんばかりの脱力した着席に、シャルへヴェットはさらに困惑の色を見せた。アディンが補足する。
「二人とも、もっとシャルのこと知って仲良くなりたいんだって」
「な、アディンお前」
テヴァが赤くなってアディンを止めるが、シャルへヴェットは目をぱちくりとさせて驚いていた。
「そ、そうなんです?」
親しみやすさに欠けてるということなのかと、シャルへヴェットは気まずそうに顎を撫でた。
部屋の空気感はどんよりとは程遠くなったが。
何となくだが、皆が皆、明るく取り繕うような気配があるのは間違いなかった。
彼はもっていた資料を、カナフの持ってきたものと合わせて机に揃えた。それから、気を取り直すように、こほんと咳払いする。
「メレッドとテフィラーについて、わかったことをお話します」
無理に張っていた良い雰囲気が一転。
それが深刻な眼差しだということは、ここにいる誰もが瞬時に察せるものだった。