第四章:医する魔法

「アディンさん、ありがとうございました。もう大丈夫です!」

 そうカナフが力こぶを作ってみせるので、共に部屋に戻ると、シャルへヴェットはここ数日間で手を付けられていなかった仕事に追われていた。
 教会員が部屋に押しかけてきたのだろう。なにやら打ち合わせをしている。
 病み上がりなのに忙しない。
 邪魔にならないように廊下ででも待っていようかと思ったが、カナフがテフィラーの分とふた部屋、宿を取ってくれたらしい。今日はそこへ向かうこととした。
 医療塔の外に出ると、ちょうど花壇の脇のベンチに腰掛けるテフィラーの姿があったので、合流して宿に向かうことにする。

「大変だったわね」
「予想してない方向の事件だったよね……」

 二人のため息が重なる。
 診療所を出た時点では思いもしなかった展開に、二人は改めてどっと疲れを自覚したのだった。

「大丈夫?無理してない?」
「うん、大丈夫」
「……明日は、もっとゆっくりできるといいわね」

 彼女の気配りにはいつも助けられる。
 テフィラーと話してると、ちょっぴりホッとできるのだと、二人きりになって実感した。 

 ここまでの出来事を思い返しながら、アディンは一つ、すっかり忘れていたことを思い出した。

「そういえば、テフィラーはあの後ツェルを見た?」
「言われてみれば見てないわね」
「途中まで一緒だったのに、どこ行っちゃったんだろう」
「さあ……。私は、あなたとテヴァと部屋を出ていったところを見たのが最後よ」

 一体、なにが彼女の目的なのかさっぱりである。
 ただ一つ言えるのは、彼女がいなければ事件を解決することはできなかったかもしれない、ということだ。
 なぜか名前も知られているし、妙に優しく話しかけてくるし、突然現れるし……。

 従者の二人とはどう見ても初対面だった様子なので、テフィラーの心配していた『シャルへヴェットと引き合わせる役のグル』という線は薄そうだ。

 テフィラーとは、翌朝また合流して、改めて本部塔の受付に向かおうと約束して別れた。
 今日の夢には月の王が顔を出してくれたりしないだろうか、なんて思って目をつぶったが呑気なもので、気がついたら朝になっていた――。

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 翌朝、受付を介してシャルへヴェットたちに会いに行こうかと思っていたが、先回りしてエントランスでテヴァが待っていた。
 時間になったら仕事部屋まで案内するよう、シャルへヴェットに頼まれたらしい。

「はあ、散々な目に遭ったな。けど、テフィラー様の協力のおかげでマジ助かったっす。あとアディンも」

 雑な礼はさておき、彼も彼で相当疲れているはずだ。労ると、彼は前を向いたまま一言だけ「おう」と返してきた。
 言われた時間までまだ少しあるらしく、テヴァが一つ提案する。

「やることなければ、イェソド教会周りでも案内するっすよ。どうします?」
「そうね……」

 テフィラーに視線を送られて、せっかくならとアディンは頷く。正直、またすぐ真剣な話をしに行くのは気が重たい。
 イェソド都に着いたばかりで、気になるものもたくさんある。
 じゃあまず、とテヴァはすぐそばの受付台まで誘導した。

「教会に来たら絶対会っとくべきお姉様から」
「ん……?」

 なんか思ってた案内と違うかもしれない。
 テヴァは顔を覗かせると、奥にいたウェーブがかった髪の女性に声をかける。

「マクシムお姉様、お疲れ様す!」
「テヴァっちじゃん。お疲れ〜」

 後ろにアディンたちがいたのが見えたのか、彼女は仕切りを越えて表に出てきた。
 コツコツと高いヒールで近づいてくると、その顔に見覚えがあった。最初に受付で話を通してくれた受付嬢だ。
 向こうも気づいたのか、ああ!と、両手を打つ。

「シャルるんのお客さんだ〜。ちゃんと会えた?忙しい奴だからさぁ」
「ええと、は、はい」

 今回の事件については他言無用でと教皇に釘を刺された通り、どうやら他の教会員には事情が伝わってないらしい。
 テヴァがチラリと時計を見て説明する。

「今日も話す予定なんすけど、まだ手が空かないらしいんで。時間まで教会を案内してるっす」
「なるほどね!いや〜、ウチの動いてないと死ぬが迷惑をかけるねぇ。私はここで受付やってるマクシム・ペルブランドゥスだよぉ。よろしくねぇ」
「あ、よろしくお願いします。アディン・ピウスといいます」
「テフィラーよ」

 それぞれとサクサク握手を交わして、マクシムは面白そうにアディンを眺めた。

「この間シャルるんが帰ってきた時に、今度紫の目の少年が訪ねて来るかもしれないから、通すように言われてたんだよ〜。少年てどんな子が来るのかなーって思ってたから、ちゃんと挨拶できてよかった!純粋な感じでかわい〜ねぇ」
「え、ええと……」
「あ、テヴァっち、ついでにシャルるんに今度こそ飲み行こって誘っといて〜」

 それだけ言うと、またねと受付台の方に戻っていく。身なりは優雅そうに見えて、嵐のような人だ。

「マクシムお姉様は教会一の美女だ。目に焼き付けといた方がいい」

 テヴァが腕を組みながらそっとアディンにそう教えてきたので、素直に焼き付けている様子に、側から見ていたテフィラーは笑っていた。

 それから数箇所、テヴァが教会の中や近くの市場を紹介してくれた。
 教会の建物はどこも天井が高く、見上げると吸い込まれてしまいそうで、ちょっぴり落ち着かない。
 市場の雰囲気は、この間カナフと回ったゲブラーの港より少し小規模というか、整っていて静かだ。

 そんな調子で回っていると時間になったようで、三人は再び本部棟に戻ってくると、仕事部屋を目指す。
 中央に長く伸びる廊下を渡って、中庭を囲むように設置されている階段を数階、とぼとぼと登った。

「着いたっす」

 そう言いながらテヴァが『祓い師長室』と記された大きな扉を開けると、大きな平机と赤いソファ、壁を覆う本棚が目に入ってきた。
 棚のそばで書類を整理していたカナフが、ぺこりと礼をする。
 扉が開いた音を聞きつけてか、追うように部屋の右側にある小さな扉からシャルへヴェットが現れた。

「アディン、テフィラー!来てくださってありがとうございます」

 二人をソファに案内してシャルへヴェットが向かいのスツールに座ると、テヴァは来客時の手筈なのか、黙って茶の準備を始める。

「お二人にはなんとお礼を言ったらいいか」

 深々と頭を下げたかと思うと、目の前の書類やペンを申し訳なさそうに端にやるシャルへヴェットに、テフィラーはくすりと笑った。

「もう職務に追われてるなんて、なかなか祓い師さまもブラックなのね」
「事態を公にしていないせいもありまして、急に休むわけにもいかず。すみません、すぐに応対できなくて」
「色々案内してもらって、返っていい気分転換ができたわ」

 テヴァが用意してくれたカップを受け取ると、紅茶とほんのり蜂蜜の香りがした。

「シャルへヴェット様、市場のメイさんとこ常連だったんすね」
「メイさんて香水の……そっちまで回ってきたんですか?」
「主に綺麗な女性のとこよね」

 テフィラーに見破られてテヴァは誤魔化すように、一番好みなのはやっぱりテフィラー様すけど!などと言っているが、傍で聞いていたカナフは呆れた様子だった。

「あ、あとマクシムお姉様が、飲みに行こうって誘ってたっす」

 シャルへヴェットは、ああ、マクシム……と呟いて
「彼女は人を容赦なく酔い潰しに来るので、俺は遠慮しておきます」
 と伝言をすぐに断った。テヴァはもったいない!と驚いていたが。

 アディンは、そんなやりとりの間でチラリとカナフの方を盗み見た。
 昨日の今日のことで調子が気になったが、シャルへヴェットがあの後ちゃんとケアしてくれたのかもしれない。二人の様子に、とくにぎこちなさは感じられなかった。
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