第三章:魔導兵器と禁忌
鍵を閉めると、メモ書きとこちらを交互に見るシャルへヴェット――もとい、日の王が迎えた。
「数日ぶりだな、月の子。元気そうでなによりだ」
彼なりの挨拶があったのは意外だった。
しかし蛇に睨まれた蛙の如く、じっと向けられた視線には、低く頷くことしかできない。
「シャルヘヴェット が逃した時は呆れ返ったが。自ら戻ってくるとは貴様、阿呆だな」
「そっ、そうかもね」
裏返りながら、やっと声が出る。
この間の威圧的な態度を取られては、また好き勝手言われて終わってしまうかもしれない。
アディンは、自分なりの強気な態度で振る舞うことにした。
「信じてもらえたと思うんだけど、僕本当に、月の王のこと知らないんだ」
日の王は明らかに不服そうな顔で腕を組むと、壁のように積み上げられた荷物の山に寄りかかった。
「ノート の『夢の話を確認』というのはなんだ」
「小さい頃から何回も見る夢があるんだ」
「話してみろ」
アディンは事細かに夢の内容を打ち明けた。
日の王は黙って聞いていたが、話が終わる頃には体を起こし、アディンのすぐ傍まで迫っていた。
「それは月の王の記憶だ。貴様は夢を介して、何度も月の王の記憶を覗いている」
「本当に月の王の……!」
記憶を覗いているということは、あれは実際にあった光景なのか。
滅びる世界の光景――。
「貴様の中を見せろ。月の王は上の世界へ向かう間に魔力を使い果たし、眠っている可能性が高い」
中を見せるとはどういうことかと尋ねる前に、日の王は右手でアディンの肩をつかむと、鋭い目で睨んできた。
恐らく、さっきシャルへヴェットに魔力を分け与えた方法と、同じようなことをしているのだろう。
やっと解けかけた緊張が再び押し寄せ、アディンはぴくりとも動けずに、ただじっとその目を見返した。
「……」
目を見ているようで、そのずっと奥を見られている感覚をこそばゆく思いながら、離したくなる視線をぐっと堪える。
「体内魔力の動きがなさすぎる」
目を凝らしながら、日の王が一言、そう漏らした。どういうことだろうか。
アディンは考えようとしたが、肩を握る手の力がだんだんと強くなり、思わず「あのッ」と声を出してしまった。
日の王は、ぱっと視線を外すと、突き放すようにして肩の手を除けた。
「月の子、貴様なぜこんなにも魔力が滞留している」
「……どういう意味?」
「魔法を使っていないのか」
無意識に肩をさすりながら、アディンは眉を八の字にした。
「使えなくて……」
まさか、と日の王はあからさまにアディンの発言を鼻で笑う。
「そのようなわけがあるまい。上の世界はそんなに魔力の扱いが下手なのか?月の子とはいえ、温 く育ったな」
「その月の子って、僕のことだよね」
またフン、と笑われて、さすがにアディンもむくれた。
「かつての地には太陽の国と月の国が在ったことを、聞かされていないか?」
「聞いた。日の王が太陽、月の王が月の国を治めてたんでしょ」
「わかっているじゃないか。貴様は月の国の血を引いている、紛れもない月の国の子孫だ」
それで月の子か。
そういえば日の王と月の王は『自国の血の流れる極めて抵抗力の低い子ども』に取り憑いたと、シャルへヴェットが言っていた。
シャルへヴェットの細かい説明も時々混乱するが、日の王の大雑把な話の進め方はもっと難易度が高い。
「それで月の王は……」
「貴様の体内魔力が流れないせいだろう。刺激がないから目覚めないといったところだ。魔法を使って、早く彼女を起こせ」
そんなことを言われても、使えないものは使えないのだ。
「困るという顔をしているな?別に難しいことではない。貴様とて、かつての地にいた月の民の子。シャルへヴェットの奴に赤眼の祓い方でも教わったらどうだ」
「赤眼を祓う力は日の王が貸したんじゃ……」
日の王は大きく目を開くと、腕を組み、俯いた。
「これは骨が折れる……。貸したのは祓う力ではない、多くを祓える力だ。赤眼を祓うことなど、ある程度の魔力を持っていれば誰しも容易いこと……」
言いながら、日の王は顔を曇らせた。
組んでいた腕を解き、苦しそうに胸を抑える。
「そういえば、こいつの体は魔力を消耗していたな」
深呼吸して息を整えると、彼はどこか気だるそうにアディンを見やる。
「貴様が見た通り、厄介な状況になった」
「や、厄介……?」
「今まではのんびりと貴様を探していたとて、何の問題もなかったが。何かが紫眼 の存在にちょっかいをかけ始めたのなら、話は変わってくる」
理解できそうでできない言い回しに、アディンは視線をきょろきょろとさせた。
その様子を情けなく眺めながら、日の王は言い換える。
「紫眼 の能力を利用するために、人体を複製するなどと愚かな発想が生まれるまでになった。我々が制裁を下す前に、余計な邪魔が入る可能性が大いにあるということだ」
……そうだ。
落ち着いて考えてみれば、魔導兵器で人を作り出していたのだ。しかも、目の前でそれを消した。
人が簡単に、無かったことになったのだ。
こんなにおぞましいことは、ない。
制裁という言葉を聞いて、アディンは気になっていたことを尋ねた。
「その、制裁って具体的には何を……」
こんな接触をしてきているのに、今更なにを。と、日の王の顔に書かれている。
「上の世界に逃げた裏切り者共を、抹殺するのだ」
「抹殺……!?」
フンと鼻を鳴らすと、日の王は魔力の消耗により乱れる呼吸に胸を抑える。
「紫眼 は、この世界に魔導兵器を導入し、我々の世界と同じ道を辿らせようとしている。人が消滅する様を遠くから眺めたのち、空 になった世界を、自分たちの新たな土地にせんと目論んでいる」
「え、あっ……。シャルがずっと言ってた、紫眼 のやり方って……」
「こいつが何を言っているのかは知らんが、心配には及ばん。それがどうであれ関係はない。いずれにせよ彼らは、我々と共に過去の失敗として消滅する運命なのだ」
舌打ちして、彼はアディンを指さすと「月の子」と、改まった。
「早く魔法を覚えろ、いいな。貴様の魔力は覚えた。もう逃げられないと思え」
「な」
シャルへヴェットが勝手だと言っていた通り、彼は壁に持たれるとずるりと膝を崩す。
「ま、待ってよ」
聞こえているかわからないが、これだけは最後に言っておきたい。
「僕はアディン!月の子じゃなくて、アディン・ピウスだから!」
聞こえたか否か、目を開けた日の王は、もうシャルへヴェットに戻っていた。
「数日ぶりだな、月の子。元気そうでなによりだ」
彼なりの挨拶があったのは意外だった。
しかし蛇に睨まれた蛙の如く、じっと向けられた視線には、低く頷くことしかできない。
「
「そっ、そうかもね」
裏返りながら、やっと声が出る。
この間の威圧的な態度を取られては、また好き勝手言われて終わってしまうかもしれない。
アディンは、自分なりの強気な態度で振る舞うことにした。
「信じてもらえたと思うんだけど、僕本当に、月の王のこと知らないんだ」
日の王は明らかに不服そうな顔で腕を組むと、壁のように積み上げられた荷物の山に寄りかかった。
「
「小さい頃から何回も見る夢があるんだ」
「話してみろ」
アディンは事細かに夢の内容を打ち明けた。
日の王は黙って聞いていたが、話が終わる頃には体を起こし、アディンのすぐ傍まで迫っていた。
「それは月の王の記憶だ。貴様は夢を介して、何度も月の王の記憶を覗いている」
「本当に月の王の……!」
記憶を覗いているということは、あれは実際にあった光景なのか。
滅びる世界の光景――。
「貴様の中を見せろ。月の王は上の世界へ向かう間に魔力を使い果たし、眠っている可能性が高い」
中を見せるとはどういうことかと尋ねる前に、日の王は右手でアディンの肩をつかむと、鋭い目で睨んできた。
恐らく、さっきシャルへヴェットに魔力を分け与えた方法と、同じようなことをしているのだろう。
やっと解けかけた緊張が再び押し寄せ、アディンはぴくりとも動けずに、ただじっとその目を見返した。
「……」
目を見ているようで、そのずっと奥を見られている感覚をこそばゆく思いながら、離したくなる視線をぐっと堪える。
「体内魔力の動きがなさすぎる」
目を凝らしながら、日の王が一言、そう漏らした。どういうことだろうか。
アディンは考えようとしたが、肩を握る手の力がだんだんと強くなり、思わず「あのッ」と声を出してしまった。
日の王は、ぱっと視線を外すと、突き放すようにして肩の手を除けた。
「月の子、貴様なぜこんなにも魔力が滞留している」
「……どういう意味?」
「魔法を使っていないのか」
無意識に肩をさすりながら、アディンは眉を八の字にした。
「使えなくて……」
まさか、と日の王はあからさまにアディンの発言を鼻で笑う。
「そのようなわけがあるまい。上の世界はそんなに魔力の扱いが下手なのか?月の子とはいえ、
「その月の子って、僕のことだよね」
またフン、と笑われて、さすがにアディンもむくれた。
「かつての地には太陽の国と月の国が在ったことを、聞かされていないか?」
「聞いた。日の王が太陽、月の王が月の国を治めてたんでしょ」
「わかっているじゃないか。貴様は月の国の血を引いている、紛れもない月の国の子孫だ」
それで月の子か。
そういえば日の王と月の王は『自国の血の流れる極めて抵抗力の低い子ども』に取り憑いたと、シャルへヴェットが言っていた。
シャルへヴェットの細かい説明も時々混乱するが、日の王の大雑把な話の進め方はもっと難易度が高い。
「それで月の王は……」
「貴様の体内魔力が流れないせいだろう。刺激がないから目覚めないといったところだ。魔法を使って、早く彼女を起こせ」
そんなことを言われても、使えないものは使えないのだ。
「困るという顔をしているな?別に難しいことではない。貴様とて、かつての地にいた月の民の子。シャルへヴェットの奴に赤眼の祓い方でも教わったらどうだ」
「赤眼を祓う力は日の王が貸したんじゃ……」
日の王は大きく目を開くと、腕を組み、俯いた。
「これは骨が折れる……。貸したのは祓う力ではない、多くを祓える力だ。赤眼を祓うことなど、ある程度の魔力を持っていれば誰しも容易いこと……」
言いながら、日の王は顔を曇らせた。
組んでいた腕を解き、苦しそうに胸を抑える。
「そういえば、こいつの体は魔力を消耗していたな」
深呼吸して息を整えると、彼はどこか気だるそうにアディンを見やる。
「貴様が見た通り、厄介な状況になった」
「や、厄介……?」
「今まではのんびりと貴様を探していたとて、何の問題もなかったが。何かが
理解できそうでできない言い回しに、アディンは視線をきょろきょろとさせた。
その様子を情けなく眺めながら、日の王は言い換える。
「
……そうだ。
落ち着いて考えてみれば、魔導兵器で人を作り出していたのだ。しかも、目の前でそれを消した。
人が簡単に、無かったことになったのだ。
こんなにおぞましいことは、ない。
制裁という言葉を聞いて、アディンは気になっていたことを尋ねた。
「その、制裁って具体的には何を……」
こんな接触をしてきているのに、今更なにを。と、日の王の顔に書かれている。
「上の世界に逃げた裏切り者共を、抹殺するのだ」
「抹殺……!?」
フンと鼻を鳴らすと、日の王は魔力の消耗により乱れる呼吸に胸を抑える。
「
「え、あっ……。シャルがずっと言ってた、
「こいつが何を言っているのかは知らんが、心配には及ばん。それがどうであれ関係はない。いずれにせよ彼らは、我々と共に過去の失敗として消滅する運命なのだ」
舌打ちして、彼はアディンを指さすと「月の子」と、改まった。
「早く魔法を覚えろ、いいな。貴様の魔力は覚えた。もう逃げられないと思え」
「な」
シャルへヴェットが勝手だと言っていた通り、彼は壁に持たれるとずるりと膝を崩す。
「ま、待ってよ」
聞こえているかわからないが、これだけは最後に言っておきたい。
「僕はアディン!月の子じゃなくて、アディン・ピウスだから!」
聞こえたか否か、目を開けた日の王は、もうシャルへヴェットに戻っていた。