第三章:魔導兵器と禁忌
金の装飾が繊細に施された、それでいて決して下品な見た目とは反する重たい扉を押し開ける。アディンは廊下に出るや、ため込んでいた息をたっぷりと吐き出した。
ようやく自分の番の事情聴取が、完了したのだった。呼ばれるまで一人きりの部屋で待たされていたので、誰が先に終えていて、どこにいるのかが全くわからない。
「はあっ……」
廊下で警備している教会員に視線を向けられたので会釈すると、施設の出入り口の方に足を進める。
先ほどまで呼ばれていた(普段から教皇が応接室として使用していると思われた)その部屋には、両側にそれぞれ大きな窓が構えられ、奥の壁にはその大きな窓を合わせても足りないくらいの、巨大な画が飾られていた。
きっと少しでも芸術に対する教養があれば、あれがどういったものなのかすぐにわかるくらい、有名な画であろう迫力だ。あいにくアディンに価値はわからなかったが、まず足を踏み入れて最初に見えたものがそれだったのは間違いない。
しかし教皇が第一声を発した途端、画の迫力が教皇の迫力 に食われてしまった。
アディンは恐る恐るここまでの事柄をひとしきり話し、勝手に魔導兵器室に立ち入ったことを謝罪した。
驚いたのは、深々と頭を下げるアディンにかけられた教皇の声が、ひどく優しいものだったことだ。
ひどく、そう、慈愛に満ちたものというのだろうか。逆立った心の一片を撫で戻してくれるような、痛いくらい優しい――というのが合っているかもわからない――感覚が初めてだったのだ。
委縮することはないと笑みを差し向けてくれたが、そう言われて気を抜ける体の強張り方ではなかった。
彼はシャルへヴェットがもう一人の紫の眼、つまりアディンのことを、長年探しているのを知っていた。
アディンが目の前に現れたことを我が身のごとく喜んでいたし、今回の件については言葉の端々に心配の念が感じられたしで、シャルへヴェットが彼を信頼していると言っていた理由がわかった気がする。
面会の結論だけ言ってしまえば、アディンは別に不法侵入といった罪に問われることはなく、反対に、今回の事態に巻き込んでしまい申し訳なかったと、詫びられたような形だった。
何があったのかを大まかに説明してもらったが、簡単に表してしまうならば、司教・シェケーは禁忌である「人間の複製」を行ったのである。
司教は重大な罪に問われるが、そんな彼に対しても、気持ちを汲みたい部分はあるのだと教皇は言っていた。
「司教も魔物に辛い目に遭わされた境遇がある。あやつの言う通り、紫の眼の一族がなにかしらの企みを持っている可能性も、たしかにゼロではない。しかし、シャルへヴェットのやつが懸命に赤眼を治療している姿を見て、その気持ちが偽りだとは誰も思わん。全て切り離して考えなければならぬ」
そう締められて、アディンもとりあえずは安心したのだった。
「それで、えっと、入り口を出て左手の塔だったよね」
アディンの手には、絵の描かれた栞のようなものが握られていた。
教皇から手渡された『医療塔』への入館証である。
去り際に、教皇から頼まれごとを受けたのだ。
内容はシンプルで、シャルへヴェットの様子を見に行ってやってほしい、というもの。彼は聴取の際「司教を一発殴らないと気が済まない」と相当に腹を立てていたらしく、彼を我が子のように見てきた教皇も、初めて見るほどの怒り様だったそうだ。
それが本人が受けた仕打ちにではなく、それに関する別の件に対しての怒りだったらしいのだが、教皇からは詳しく聞かせてもらえなかった。
そのことと容体が気になるが、なにより早く知った顔と話がしたくて、アディンは医療塔へと急いだ。
案内された塔の中には最新の医療機器が並んでいて、アディンはそれらがいちいち気になって仕方なかった。
診療所では考えられない設備だ。
ついさっき、魔導兵器室で「人が目の前で消えてしまった」しこりが疼く一方で、革命的すぎる医療設備には、心のどこかで好奇心が刺激されてしまう。
案内人が部屋の扉を開け、こちらですと礼をして去っていった。
外からの陽が明るく心地よい、程よく広い一人用の部屋だ。
「アディン!」
シャルへヴェットはすぐにこちらに気がつくと体を起こした。慌ててアディンはベッドに駆け寄る。
「体動かさなくて大丈夫だよ!」
「……いや、平気です。怪我はしてないので、痛みはありません」
シャルへヴェットはこめかみを押さえながらそう言うと、近くに置いてあったコップの水をぐいと飲み干した。
「ここまでテフィラーと来てくださったそうですね。巻き込んでしまった挙句、あんなもの まで見せてしまった。本当に、本当に申し訳ありません」
教皇もそうだったのだが、いきなり謝罪から入られて返答に戸惑ってしまう。
「う、ううん。びっくりしたけど、謝らないで」
依然苦い顔をするシャルへヴェットに、アディンは大きく首を振って見せる。
「シャルが帰ってこないってカナフもテヴァもすごく焦ってたから、無事でよかった。……その、怪我はなくて安心したけど、体調はどう?」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしましたね。おかげさまで体調も問題ありません」
「魔力は?」
アディンは手に持ったままだった入館証をしまいながら、教皇の言ったことを思い出して尋ねた。シャルへヴェットの魔力消耗が激しい様子だったので、できれば魔力を分けてやって欲しいとも頼まれていた。
魔導兵器室でふらついていた様子は、単純な体力消耗によるものかと思っていたが、教皇にそう言われて合点がいったのだ。
シャルへヴェットは痛いところを突かれたといった顔で、布団の裾を握る。
「なかなかこんなに濁らせたことがなかったので、今はちょっとだけ辛いかも……。ですが数日もすれば快復しますから、ご安心ください」
彼が平気だとアピールして笑顔をつくるので、返って心配になってしまった。こういう顔は、迷惑をかけたくない患者がよくやるのだ。
「ぼ、僕の体内魔力を分けるとか、できるのかな。教皇様が心配してて」
「いえ、アディンに負担をかけるのは」
「僕は全然、元気だし!むしろこういう時に使ってもらえなきゃ、無駄な魔力だからっ」
分けるというのがどういうことなのか理解していなかったが、恐らくシャルへヴェットならやり方はわかる、はずだ。
「どうすればいいの?」とアディンに迫られ、シャルへヴェットは申し訳なさそうに、手を差し出した。
「すみません……では、手を握っていただけますか。アディンは俺の目をじっと見ていてください。なにか苦しかったりしたら、言ってくださいね」
「う、うん」
これはきっと、シャルへヴェットが赤眼を祓う時の行為と同じだ。
赤眼の人の濁った体内の魔力を、自身の綺麗な魔力と入れ替えると言っていたのを思い出す。今回はシャルへヴェットに、綺麗な魔力を渡すという解釈で間違いないはずだ。
静かな病室で、互いに無言で目を合わせる。握った手が汗ばんでいないか、心の隅で気になり始めた。
すぐに手が温かくなったのを感じ、次第にすうっと清涼感に似た、しかしどこかくすぐったい感触が、腕から足先までを伝う。それからだんだんと、言葉では表しにくい、重たい不快感が次ぐ。
勝手に、やることは採血と近いことなのかと思っていたが、明確になにかが体を巡っているのがわかった。
もしかすると、これが魔力の感覚なのだろうか。
ぼんやりと視線は目の前の深い紫に向いたまま、頭の中ではごちゃごちゃと感覚を言語化しようと言葉を並べている。
「紫眼 の話を聞きに、来てくれたんですか?」
話しかけられて、咄嗟に焦点がはっきりとシャルへヴェットの目に戻る。
「わ!う、うん。その、まだ結論が出たわけじゃないんだけど、ちゃんと話を聞いてから納得できたら決めようと思って」
握っていた手を緩めると、シャルへヴェットは「ありがとうございます、かなり楽になりました」と目線を下げた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「話しておきたいことがたくさんあって、どこから話したらいいか迷います。アディンはあの後、レフアーさんにお話聞けましたか」
アディンも同じように一度視線を外してから、もう一度顔を上げて頷く。
「うん。僕、今まで拾われたのかと勘違いしてたんだけど、両親がレフアーさんに預けたんだって聞いて、両親のことも気になり始めちゃって……」
「アディンのご両親は、優しくて腰の低い方たちですよ。俺のことも、アディンと同じようにシャルと呼んでくれていました」
穏やかで自然な返答に、アディンは思わず「え!」と大声を上げ、ベッドに脛を強打した。
「だ、大丈夫ですか」
シャルへヴェットの心配もじんじん痛み出す足も気に留めず、アディンは勢いのまま、両手をベッドについて迫る。
「ま、待って!シャルは僕の両親のこと知ってるの⁉」
「知ってるというか、俺が好きでよく遊びに行ってたので……。お世話になってました」
「あ、遊びに⁉」
紫眼 はそんなに人数がいないんだと言われたが、アディンは少し納得いかない。
「知り合いだったなんて、教えてくれたら良かったのに……」
「す、すみません。アディンの気を引くようなことばかり言って誘い込むのは卑怯かなと思って。それに、万が一敵対したら、知っていることが多いほど辛い」
「そうかもしれないけど……。で、でもやっぱりもっと紫眼 のこととか、両親のこととか、ちゃんと知りたい!」
窓にちらりとヒートアップする自分の姿が映り、アディンは姿勢を正して、聞きたかったことを思い出す。
「そうだ、僕、夢で日の王と会ったよ」
「え」
シャルへヴェットはその切れ長の目を大きく見開いた。
「会ったって……」
自身の中にいるはずの存在を、シャルへヴェットは胸を撫でて確かめる。
アディンはあたふたと補足した。
「ええとね!僕は多分『誰か』の夢かなにかを見てたんだ。僕が動いてると思ってたんだけど、僕じゃなかったというか?」
アディンは、自分でも意味の分からない説明になってきた頭を、両手でぐりぐりと揉む。
「と、とにかくその夢がね、今までも何回か見たことある夢で。いつも同じ人が出てくるんだけど……」
「その人物が、日の王と名乗ったんですか?」
アディンの散乱するワードを拾い上げて、シャルへヴェットは首をかしげる。
「名乗ってない、けど」
夢のあのぞわぞわする不思議な感覚を辿りながら、なんと表現したらいいのか、アディンは考えた。
「わかったんだ、そうだって。この間、シャルの中の……日の王に会ったでしょ。だから本当の見た目は知らないんだけど、びびっと来た感じで」
「そう、ですか。日の王に会ったことによって、アディンの中 に影響があったんでしょうか……」
「もしかしたら、僕が見てた夢は『月の王』のものなのかなって思ったり」
薄々、日の王と月の王の話を聞いていたので、夢を見た後にそんなことを考えていたのだ。
日の王にもう一度会えれば、確証を得られるだろうか。
だが、そのことが顔に出ていたのか、シャルへヴェットはそれにあまり肯定的ではない反応を示した。
「日の王とアディンを、あまり会わせたくはないんですが……」
アディンは反射的にどうしてと聞きかけたが、ですが、に続く言葉を待った。
「直接話した方が、もしかしたら『月の王』に影響を与えられるかもしれませんね」
「う、うん。日の王に夢の話をしたら、何かわかるかもしれないし」
シャルへヴェットは少し考えて、胸元から小さなノートを取り出した。
「まず、俺と日の王の状況について、詳しく話してもいいですか?」
ノートの表紙には、日記と書かれている。前に宿の机で見かけたのと、同じものだろう。
アディンは改まるシャルへヴェットの問いかけに、ごくりと唾を飲み込んだ。
ようやく自分の番の事情聴取が、完了したのだった。呼ばれるまで一人きりの部屋で待たされていたので、誰が先に終えていて、どこにいるのかが全くわからない。
「はあっ……」
廊下で警備している教会員に視線を向けられたので会釈すると、施設の出入り口の方に足を進める。
先ほどまで呼ばれていた(普段から教皇が応接室として使用していると思われた)その部屋には、両側にそれぞれ大きな窓が構えられ、奥の壁にはその大きな窓を合わせても足りないくらいの、巨大な画が飾られていた。
きっと少しでも芸術に対する教養があれば、あれがどういったものなのかすぐにわかるくらい、有名な画であろう迫力だ。あいにくアディンに価値はわからなかったが、まず足を踏み入れて最初に見えたものがそれだったのは間違いない。
しかし教皇が第一声を発した途端、画の迫力が教皇の
アディンは恐る恐るここまでの事柄をひとしきり話し、勝手に魔導兵器室に立ち入ったことを謝罪した。
驚いたのは、深々と頭を下げるアディンにかけられた教皇の声が、ひどく優しいものだったことだ。
ひどく、そう、慈愛に満ちたものというのだろうか。逆立った心の一片を撫で戻してくれるような、痛いくらい優しい――というのが合っているかもわからない――感覚が初めてだったのだ。
委縮することはないと笑みを差し向けてくれたが、そう言われて気を抜ける体の強張り方ではなかった。
彼はシャルへヴェットがもう一人の紫の眼、つまりアディンのことを、長年探しているのを知っていた。
アディンが目の前に現れたことを我が身のごとく喜んでいたし、今回の件については言葉の端々に心配の念が感じられたしで、シャルへヴェットが彼を信頼していると言っていた理由がわかった気がする。
面会の結論だけ言ってしまえば、アディンは別に不法侵入といった罪に問われることはなく、反対に、今回の事態に巻き込んでしまい申し訳なかったと、詫びられたような形だった。
何があったのかを大まかに説明してもらったが、簡単に表してしまうならば、司教・シェケーは禁忌である「人間の複製」を行ったのである。
司教は重大な罪に問われるが、そんな彼に対しても、気持ちを汲みたい部分はあるのだと教皇は言っていた。
「司教も魔物に辛い目に遭わされた境遇がある。あやつの言う通り、紫の眼の一族がなにかしらの企みを持っている可能性も、たしかにゼロではない。しかし、シャルへヴェットのやつが懸命に赤眼を治療している姿を見て、その気持ちが偽りだとは誰も思わん。全て切り離して考えなければならぬ」
そう締められて、アディンもとりあえずは安心したのだった。
「それで、えっと、入り口を出て左手の塔だったよね」
アディンの手には、絵の描かれた栞のようなものが握られていた。
教皇から手渡された『医療塔』への入館証である。
去り際に、教皇から頼まれごとを受けたのだ。
内容はシンプルで、シャルへヴェットの様子を見に行ってやってほしい、というもの。彼は聴取の際「司教を一発殴らないと気が済まない」と相当に腹を立てていたらしく、彼を我が子のように見てきた教皇も、初めて見るほどの怒り様だったそうだ。
それが本人が受けた仕打ちにではなく、それに関する別の件に対しての怒りだったらしいのだが、教皇からは詳しく聞かせてもらえなかった。
そのことと容体が気になるが、なにより早く知った顔と話がしたくて、アディンは医療塔へと急いだ。
案内された塔の中には最新の医療機器が並んでいて、アディンはそれらがいちいち気になって仕方なかった。
診療所では考えられない設備だ。
ついさっき、魔導兵器室で「人が目の前で消えてしまった」しこりが疼く一方で、革命的すぎる医療設備には、心のどこかで好奇心が刺激されてしまう。
案内人が部屋の扉を開け、こちらですと礼をして去っていった。
外からの陽が明るく心地よい、程よく広い一人用の部屋だ。
「アディン!」
シャルへヴェットはすぐにこちらに気がつくと体を起こした。慌ててアディンはベッドに駆け寄る。
「体動かさなくて大丈夫だよ!」
「……いや、平気です。怪我はしてないので、痛みはありません」
シャルへヴェットはこめかみを押さえながらそう言うと、近くに置いてあったコップの水をぐいと飲み干した。
「ここまでテフィラーと来てくださったそうですね。巻き込んでしまった挙句、
教皇もそうだったのだが、いきなり謝罪から入られて返答に戸惑ってしまう。
「う、ううん。びっくりしたけど、謝らないで」
依然苦い顔をするシャルへヴェットに、アディンは大きく首を振って見せる。
「シャルが帰ってこないってカナフもテヴァもすごく焦ってたから、無事でよかった。……その、怪我はなくて安心したけど、体調はどう?」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしましたね。おかげさまで体調も問題ありません」
「魔力は?」
アディンは手に持ったままだった入館証をしまいながら、教皇の言ったことを思い出して尋ねた。シャルへヴェットの魔力消耗が激しい様子だったので、できれば魔力を分けてやって欲しいとも頼まれていた。
魔導兵器室でふらついていた様子は、単純な体力消耗によるものかと思っていたが、教皇にそう言われて合点がいったのだ。
シャルへヴェットは痛いところを突かれたといった顔で、布団の裾を握る。
「なかなかこんなに濁らせたことがなかったので、今はちょっとだけ辛いかも……。ですが数日もすれば快復しますから、ご安心ください」
彼が平気だとアピールして笑顔をつくるので、返って心配になってしまった。こういう顔は、迷惑をかけたくない患者がよくやるのだ。
「ぼ、僕の体内魔力を分けるとか、できるのかな。教皇様が心配してて」
「いえ、アディンに負担をかけるのは」
「僕は全然、元気だし!むしろこういう時に使ってもらえなきゃ、無駄な魔力だからっ」
分けるというのがどういうことなのか理解していなかったが、恐らくシャルへヴェットならやり方はわかる、はずだ。
「どうすればいいの?」とアディンに迫られ、シャルへヴェットは申し訳なさそうに、手を差し出した。
「すみません……では、手を握っていただけますか。アディンは俺の目をじっと見ていてください。なにか苦しかったりしたら、言ってくださいね」
「う、うん」
これはきっと、シャルへヴェットが赤眼を祓う時の行為と同じだ。
赤眼の人の濁った体内の魔力を、自身の綺麗な魔力と入れ替えると言っていたのを思い出す。今回はシャルへヴェットに、綺麗な魔力を渡すという解釈で間違いないはずだ。
静かな病室で、互いに無言で目を合わせる。握った手が汗ばんでいないか、心の隅で気になり始めた。
すぐに手が温かくなったのを感じ、次第にすうっと清涼感に似た、しかしどこかくすぐったい感触が、腕から足先までを伝う。それからだんだんと、言葉では表しにくい、重たい不快感が次ぐ。
勝手に、やることは採血と近いことなのかと思っていたが、明確になにかが体を巡っているのがわかった。
もしかすると、これが魔力の感覚なのだろうか。
ぼんやりと視線は目の前の深い紫に向いたまま、頭の中ではごちゃごちゃと感覚を言語化しようと言葉を並べている。
「
話しかけられて、咄嗟に焦点がはっきりとシャルへヴェットの目に戻る。
「わ!う、うん。その、まだ結論が出たわけじゃないんだけど、ちゃんと話を聞いてから納得できたら決めようと思って」
握っていた手を緩めると、シャルへヴェットは「ありがとうございます、かなり楽になりました」と目線を下げた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「話しておきたいことがたくさんあって、どこから話したらいいか迷います。アディンはあの後、レフアーさんにお話聞けましたか」
アディンも同じように一度視線を外してから、もう一度顔を上げて頷く。
「うん。僕、今まで拾われたのかと勘違いしてたんだけど、両親がレフアーさんに預けたんだって聞いて、両親のことも気になり始めちゃって……」
「アディンのご両親は、優しくて腰の低い方たちですよ。俺のことも、アディンと同じようにシャルと呼んでくれていました」
穏やかで自然な返答に、アディンは思わず「え!」と大声を上げ、ベッドに脛を強打した。
「だ、大丈夫ですか」
シャルへヴェットの心配もじんじん痛み出す足も気に留めず、アディンは勢いのまま、両手をベッドについて迫る。
「ま、待って!シャルは僕の両親のこと知ってるの⁉」
「知ってるというか、俺が好きでよく遊びに行ってたので……。お世話になってました」
「あ、遊びに⁉」
「知り合いだったなんて、教えてくれたら良かったのに……」
「す、すみません。アディンの気を引くようなことばかり言って誘い込むのは卑怯かなと思って。それに、万が一敵対したら、知っていることが多いほど辛い」
「そうかもしれないけど……。で、でもやっぱりもっと
窓にちらりとヒートアップする自分の姿が映り、アディンは姿勢を正して、聞きたかったことを思い出す。
「そうだ、僕、夢で日の王と会ったよ」
「え」
シャルへヴェットはその切れ長の目を大きく見開いた。
「会ったって……」
自身の中にいるはずの存在を、シャルへヴェットは胸を撫でて確かめる。
アディンはあたふたと補足した。
「ええとね!僕は多分『誰か』の夢かなにかを見てたんだ。僕が動いてると思ってたんだけど、僕じゃなかったというか?」
アディンは、自分でも意味の分からない説明になってきた頭を、両手でぐりぐりと揉む。
「と、とにかくその夢がね、今までも何回か見たことある夢で。いつも同じ人が出てくるんだけど……」
「その人物が、日の王と名乗ったんですか?」
アディンの散乱するワードを拾い上げて、シャルへヴェットは首をかしげる。
「名乗ってない、けど」
夢のあのぞわぞわする不思議な感覚を辿りながら、なんと表現したらいいのか、アディンは考えた。
「わかったんだ、そうだって。この間、シャルの中の……日の王に会ったでしょ。だから本当の見た目は知らないんだけど、びびっと来た感じで」
「そう、ですか。日の王に会ったことによって、アディンの
「もしかしたら、僕が見てた夢は『月の王』のものなのかなって思ったり」
薄々、日の王と月の王の話を聞いていたので、夢を見た後にそんなことを考えていたのだ。
日の王にもう一度会えれば、確証を得られるだろうか。
だが、そのことが顔に出ていたのか、シャルへヴェットはそれにあまり肯定的ではない反応を示した。
「日の王とアディンを、あまり会わせたくはないんですが……」
アディンは反射的にどうしてと聞きかけたが、ですが、に続く言葉を待った。
「直接話した方が、もしかしたら『月の王』に影響を与えられるかもしれませんね」
「う、うん。日の王に夢の話をしたら、何かわかるかもしれないし」
シャルへヴェットは少し考えて、胸元から小さなノートを取り出した。
「まず、俺と日の王の状況について、詳しく話してもいいですか?」
ノートの表紙には、日記と書かれている。前に宿の机で見かけたのと、同じものだろう。
アディンは改まるシャルへヴェットの問いかけに、ごくりと唾を飲み込んだ。