第三章:魔導兵器と禁忌
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目を覚ました時には、見知らぬ場所にいた。
(どこだ――?)
シャルへヴェットは辺りを見渡す。硬く冷たい床で目覚めて体が痛い。
薄暗く少し肌寒いようで、石壁に覆われたその部屋は狭く、分厚いドアが威圧感を放っていた。
さっきまで、いつものように司教の面倒な呼び出しを食らっていたのだ。
面倒とは言っても、内容はさほど面倒ではない。珍しく丁寧に今回の出張について聞いてきたので、最初から最後までを述べたまでだ。
体を起こそうとひねるも妙に重たく、眠気が抜けないような倦怠感がある。扉に手をかけたいが、下手に頭を持ち上げると、吐き気に襲われそうなくらいだった。
あの時のワインだけで、ここまで毒気が抜けない感覚がするのはおかしい。
待て、たしかそのワインの後に……
『人間に対する冒涜だ』
「……日の王」
頭の中に声がして、胸に手を当てるとシャルヘヴェットは呟く。
「何が起こったか、知ってるのか?」
『そのまま胸に手を当てて考えてみるがいい』
「……」
「お前はいつも勝手だ。何か言ってきて、こっちの質問には答えない」
癪だったが、彼 の言う通りに思い返し始めると、答えはすぐに繋がった。
まさか。
本当にそうだとしたら、これは、
紛れもなく冒涜だ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
――アディンたちと港で別れたその日、魚車で一眠りしたシャルへヴェットは、帰って早々にかかった呼び出しに警戒していた。
従者たちはあくまで祓い師の仕事に同行してもらう役割なので、こういった上からの呼び出しに連れていくことはできない。
「少し部屋を空けます。二人とも今回は特に疲れたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」
要請で遠出した際は、いつもそうして労ってから二人をそれぞれの自室に返すので、ここまではいつもと同じ流れだった。
司教の呼び出しはしょっちゅうだったが、今回の警戒理由は、場所だった。初めて入るその場所に、裾を整えながら階段を下る。
ふと見えた窓からの町の景色は、建物の先が真っ暗でどこか不気味だった。今日は新月か、などとどちらでもいいことが浮かんでくる。
扉を叩くと、いいぞ、と中から声がした。
「失礼致します」
「ふん、遅かったじゃあないか。昨日の便で帰ってくるかと思ってたんだがなあ」
どっしりと椅子に座り込んで、司教は笑顔で迎えた。
小太りで縁起の良さそうな福耳をしているが、それが隠れるほどの煌びやかな装飾を、頭から首にかけて様々に垂らしている。
後ろにボトルを抱えた彼の部下が立っており、テーブルの上にはグラスが用意されていた。
「悪天候で、思うように帰れませんでした」
「ほう、それはご苦労だったな。ほれ、座らんか」
入り口付近で立ったまま様子を伺っていたシャルへヴェットを、司教は焦ったいというように手招きした。
目の前のグラスの説明がなされる。
「ケセド産のいいワインが手に入ったんだ。山奥で栽培されている希少種の葡萄だそうだ。気分がいいからの、お前にも分けてやろうと思ってな」
「それは……貴重なものをありがとうございます」
シャルへヴェットは一瞬ためらいつつも、一口含んでから、頷いて見せる。
「美味しいですね」
「だろう。せっかくなら、気分良く話を聞いてもらえた方がいいしの」
「それで、ご用件は」
まあそう急ぐなと、司教は手元のグラスを豪快に煽った。
空になったグラスに、彼の部下が酒を注ぎ足す。
「今回の出張はどうだったんだ?」
「今回の、ですか……?」
いつもは聞いてこないような内容の話に、シャルへヴェットは戸惑いながらも答える。
「街からの救援要請ではなく、行商人からの情報提供でしたので……到着が間に合わず、既に数人は魔物化が進んでいました。それによってほかの町人が傷つけられる二次被害は防げましたが、完全には」
「スタートが遅れた割には、被害は小さかったというわけか。上手くやったな」
「不幸中の幸いとも言えるかもしれませんが、それでも幾人か犠牲者が出てしまったことは、悔やまれます」
グラスの手が止まっているシャルへヴェットを見て、あまり口に合わなかったかねと、司教が圧をかけて来た。とんでもないと、シャルヘヴェットは再びワインを口にする。
じっと見られているので飲み干すと、すぐに司教の部下が新たに注いだ。
「やはり強力な祓い師は、数人欲しいと思わんかね」
「……どういうことです?」
「だから、お前の力を持った者が何人もいれば、もっと魔物化の被害は防げるだろうて」
「それは、そうかもしれませんが」
「わしはいい方法を思いついたんだ。それで気分がいい。因果応報というのがあるだろう?まさにそう言った考えだが、聞きたいかね」
やけに勿体ぶった話し方をしてくる司教に、内心ムッとしながらも、シャルへヴェットは「ぜひ」と首を縦に振った。
「はは、そうか!では、聞くより体験してもらった方が早かろう!」
――司教の声に合わせて、四方から突如、こちらに向かって銃声が響いた。
しかしシャルへヴェットは、その銃から放たれる魔法の軌道を瞬時に把握し、魔法の火柱を立ち上げるとあっさりと打ち消す。
「どういうつもりです」
「化け物め」
その光景に一時の焦りを見せた司教だが、その表情はすぐに悦に変わった。
「だから因果応報だとも。優秀なクリファの、シャルへヴェット殿」
「クリファ……なぜ、その名を知って……!?」
再度放たれた魔法を打ち消そうとした時、視界がぐらりと傾いた。
「ようやく準備が整ったぞ」
司教の薄ら笑いを睨みつけたのを最後に、シャルへヴェットは深い眠りに落ちてしまった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
この時の眠りが、ワインに仕掛けられたものだったのは間違いない。
しかし、この全身の体内魔力を逆なでされたような気持ちの悪い感覚。
それがワインとは別の要因なのは、明らかだった――。
目を覚ました時には、見知らぬ場所にいた。
(どこだ――?)
シャルへヴェットは辺りを見渡す。硬く冷たい床で目覚めて体が痛い。
薄暗く少し肌寒いようで、石壁に覆われたその部屋は狭く、分厚いドアが威圧感を放っていた。
さっきまで、いつものように司教の面倒な呼び出しを食らっていたのだ。
面倒とは言っても、内容はさほど面倒ではない。珍しく丁寧に今回の出張について聞いてきたので、最初から最後までを述べたまでだ。
体を起こそうとひねるも妙に重たく、眠気が抜けないような倦怠感がある。扉に手をかけたいが、下手に頭を持ち上げると、吐き気に襲われそうなくらいだった。
あの時のワインだけで、ここまで毒気が抜けない感覚がするのはおかしい。
待て、たしかそのワインの後に……
『人間に対する冒涜だ』
「……日の王」
頭の中に声がして、胸に手を当てるとシャルヘヴェットは呟く。
「何が起こったか、知ってるのか?」
『そのまま胸に手を当てて考えてみるがいい』
「……」
「お前はいつも勝手だ。何か言ってきて、こっちの質問には答えない」
癪だったが、
まさか。
本当にそうだとしたら、これは、
紛れもなく冒涜だ。
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――アディンたちと港で別れたその日、魚車で一眠りしたシャルへヴェットは、帰って早々にかかった呼び出しに警戒していた。
従者たちはあくまで祓い師の仕事に同行してもらう役割なので、こういった上からの呼び出しに連れていくことはできない。
「少し部屋を空けます。二人とも今回は特に疲れたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」
要請で遠出した際は、いつもそうして労ってから二人をそれぞれの自室に返すので、ここまではいつもと同じ流れだった。
司教の呼び出しはしょっちゅうだったが、今回の警戒理由は、場所だった。初めて入るその場所に、裾を整えながら階段を下る。
ふと見えた窓からの町の景色は、建物の先が真っ暗でどこか不気味だった。今日は新月か、などとどちらでもいいことが浮かんでくる。
扉を叩くと、いいぞ、と中から声がした。
「失礼致します」
「ふん、遅かったじゃあないか。昨日の便で帰ってくるかと思ってたんだがなあ」
どっしりと椅子に座り込んで、司教は笑顔で迎えた。
小太りで縁起の良さそうな福耳をしているが、それが隠れるほどの煌びやかな装飾を、頭から首にかけて様々に垂らしている。
後ろにボトルを抱えた彼の部下が立っており、テーブルの上にはグラスが用意されていた。
「悪天候で、思うように帰れませんでした」
「ほう、それはご苦労だったな。ほれ、座らんか」
入り口付近で立ったまま様子を伺っていたシャルへヴェットを、司教は焦ったいというように手招きした。
目の前のグラスの説明がなされる。
「ケセド産のいいワインが手に入ったんだ。山奥で栽培されている希少種の葡萄だそうだ。気分がいいからの、お前にも分けてやろうと思ってな」
「それは……貴重なものをありがとうございます」
シャルへヴェットは一瞬ためらいつつも、一口含んでから、頷いて見せる。
「美味しいですね」
「だろう。せっかくなら、気分良く話を聞いてもらえた方がいいしの」
「それで、ご用件は」
まあそう急ぐなと、司教は手元のグラスを豪快に煽った。
空になったグラスに、彼の部下が酒を注ぎ足す。
「今回の出張はどうだったんだ?」
「今回の、ですか……?」
いつもは聞いてこないような内容の話に、シャルへヴェットは戸惑いながらも答える。
「街からの救援要請ではなく、行商人からの情報提供でしたので……到着が間に合わず、既に数人は魔物化が進んでいました。それによってほかの町人が傷つけられる二次被害は防げましたが、完全には」
「スタートが遅れた割には、被害は小さかったというわけか。上手くやったな」
「不幸中の幸いとも言えるかもしれませんが、それでも幾人か犠牲者が出てしまったことは、悔やまれます」
グラスの手が止まっているシャルへヴェットを見て、あまり口に合わなかったかねと、司教が圧をかけて来た。とんでもないと、シャルヘヴェットは再びワインを口にする。
じっと見られているので飲み干すと、すぐに司教の部下が新たに注いだ。
「やはり強力な祓い師は、数人欲しいと思わんかね」
「……どういうことです?」
「だから、お前の力を持った者が何人もいれば、もっと魔物化の被害は防げるだろうて」
「それは、そうかもしれませんが」
「わしはいい方法を思いついたんだ。それで気分がいい。因果応報というのがあるだろう?まさにそう言った考えだが、聞きたいかね」
やけに勿体ぶった話し方をしてくる司教に、内心ムッとしながらも、シャルへヴェットは「ぜひ」と首を縦に振った。
「はは、そうか!では、聞くより体験してもらった方が早かろう!」
――司教の声に合わせて、四方から突如、こちらに向かって銃声が響いた。
しかしシャルへヴェットは、その銃から放たれる魔法の軌道を瞬時に把握し、魔法の火柱を立ち上げるとあっさりと打ち消す。
「どういうつもりです」
「化け物め」
その光景に一時の焦りを見せた司教だが、その表情はすぐに悦に変わった。
「だから因果応報だとも。優秀なクリファの、シャルへヴェット殿」
「クリファ……なぜ、その名を知って……!?」
再度放たれた魔法を打ち消そうとした時、視界がぐらりと傾いた。
「ようやく準備が整ったぞ」
司教の薄ら笑いを睨みつけたのを最後に、シャルへヴェットは深い眠りに落ちてしまった。
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この時の眠りが、ワインに仕掛けられたものだったのは間違いない。
しかし、この全身の体内魔力を逆なでされたような気持ちの悪い感覚。
それがワインとは別の要因なのは、明らかだった――。